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#115 後悔はなかった。でも、ワクワクもなかった、、、
「心の磁石」に気付いた田口仁美さんの人生物語②

こんにちは!

後悔はなかった。でも、ワクワクもなかった、、、

「心の磁石」に気付いた田口仁美さんの人生物語②を配信しました。

 

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田口仁美さん

1.安全な道を選んだ。でも──ワクワクもなかった。

あなたは今、こんな経験をしていませんか?

 

人生の大事な選択の前で、
こう考えたことはありませんか。

 

「どっちが正解か、自分には分からない。」
「失敗したくない。後悔したくない。」
「とりあえず、潰しの効く方を選んでおこう。」

 

仁美さんも、ずっとそうでした。

海外から日本に戻り、
国語も英語も得意。
でも数学は苦手。


理系?文系?どちらにするか決められない。

 

だから彼女はこう考えた。

「理系から文系には転換しやすい。
だから、とりあえず理系にしよう。」

 

理系の中でも、
物理・化学・生物のどれにするか。

 

「化学なら、物理にも生物にも転換できる。
だから、とりあえず化学にしよう。」

 

流されていたように見えますか?

いいえ、違います。


彼女は誰よりも論理的に
自分の可能性を守ろうとしていた。

 

でも──後に彼女はこう振り返ります。

 

「後悔しない人生を歩んできた結果、
確かに後悔はしなかった。
でも、ワクワクも大きく失った。」

2.心の磁石を感じていますか?

仁美さんが大事にされている言葉があります。

 

「心の磁石」。

 

頭で考えるのではなく、
心が直感でグッと引き寄せられる方向。

 

なんだかよく分からないけど、こっちが好き。
なんだか知らないけど、これはちょっと苦手──。

その感覚、ちゃんとキャッチできていましたか?

 

安全な道ばかり選んでいると、
その磁石の針が、
どこを指しているのか、
だんだん分からなくなってしまう。

 

これは、日本人だけの話ではない。

「安全に、安全に」と生きるのは、
日本人特有のことだと思いますか?

 

仁美さんは言います。

「いろんな国の人と接してきたけど、
それは関係なかった。
人間はみんな、同じ。」

 

国籍も文化も関係ない。


人はみな、失敗を恐れ、可能性を手放すことを怖がる。

 

だからこそ、あなたにもこのエピソードは刺さるはずです。

3.流されて入ったクラブ活動

あなたは今まで、
こんなふうに自分を言い聞かせたことはありませんか?

 

「みんながこっちって言うから、こっちでいいか。」
「今は無理だから、落ち着いたらやろう。」

 

音楽をやりたかった。
でも、彼女は水泳部に入った。

高校生の仁美さんには、
本当はやりたいことがあった。

 

音楽。

 

でも水泳部は部員が少なく、
勧誘が強い水泳部に
「必要とされている感覚」を覚えて、
気づいたら入部していた。

 

大学でも同じことが起きた。

フラフラ歩いていたら、
強烈な勧誘グループに捕まった。

 

「お前、名前に『棒』って入ってるじゃん。
絶対、棒術の運命だよ!」

 

──気づいたら、棒術サークルに入っていた。

笑えますか?


でも、あなたにも似たような経験、
きっとありますよね。

 

それでも彼女は、限界まで自分を追い込んだ。

面白いのはここからです。

4.流されても、本気でやれば、
喜びが見いだせる

流されて入った水泳部で、
仁美さんはプールで気絶するまで泳いだ。

 

「人間は倒れていなければ、まだ行けるはず」──


そう信じていた彼女は、
しんどければしんどいほど燃えた。

 

限界を突破することに、喜びを見出していた。

 

棒術も同じ。

心が引き寄せられて入ったわけじゃない。


でも、そこで自分を極限まで鍛えることに、
魂が共鳴していた。

 

「流されていたのに、なぜかそこで本気になれた。」

 

これ、矛盾していると思いますか?

実は、これこそが心の磁石の面白さなんです。

5.好きなことは、手放さない!

大学4年。研究室で、気づいてしまった。

 

電気化学の研究室に配属された仁美さん。
電池の材料開発に携わり、
研究内容自体は面白かった。

 

でも──

一人で、黙々と、時間を管理しながら、孤独に研究する日々。

 

それが、致命的に合わなかった。

 

実は後にカウンセラーから
「ADHDの傾向がある」と言われるほど、
時間感覚がルーズになってしまう彼女。

 

自己管理を求められる研究スタイルが、
じわじわと彼女を追い詰めていった。

 

そしてここで、
仁美さんはある大きな
「人生の分岐点」を迎えることになる──

 

「好きなことは、手放さない!」

 

今だからこそ、彼女は当時の自分にこう言えます。

 

「流されてもいい。
でも、好きなことは続ける! 諦めない!
片手でもいいから、そっちにも手を伸ばし続けて欲しかった。」

 

心の磁石は、しまわないで欲しい。
綺麗な箱の中に閉まったままにしないで欲しい。

 

この言葉、誰かに刺さりませんか?


昔好きだったこと、そっと諦めてしまったこと──
ありませんか?

6.レールに乗った瞬間、
他の世界が見えなくなった

アカデミアの王道を歩みながら、
心の磁石だけが叫び続けた女性の話

あなたは今、「これしかない」と思い込んでいる道を歩んでいませんか?

 

本当は違う景色を見たいのに、
今さら外れる勇気が出なくて、
「まあ、やめるほど嫌いじゃないし」と
自分に言い聞かせながら──

博士を取ったら、次はポスドク。


ポスドクの次は、教授。

仁美さんの人生に、ある転機が訪れた。

大学院への進学。

 

本当は社会に出たかった。
研究室の孤独な時間が、
自分には合わないと分かっていた。

 

でも父親と教授が言った。

「まあまあ、博士くらい行っておきなさいよ」

心の磁石は、はっきり反発していた。

 

でも彼女はこう思った。

 

「人生の大先輩たちが、
私のためを思って言ってくれているんだ。
だったら、そうなんだろう。」

 

──こうして、彼女はアカデミアのレールに乗った。

レールに乗った瞬間、他の世界が見えなくなった。

博士を取ったら、次はポスドク。
ポスドクの次は、教授。

 

「私の人生、これ1本しかない。」

 

そんな錯覚に、じわじわと包まれていった。

違うことがしたくなっても、
「別にいつでもできるし」と自分に言い聞かせる。

 

やめるほど嫌いじゃないから、続ける。

でも、心のどこかでずっと、うつうつとした感覚があった。

 

外から見れば、順調なキャリア。
でも内側では──

「進んでいるのに、なぜか止まっている気がする。」

それでも彼女は、根性で突き抜けた。

 

水泳部で気絶するまで泳いだあの精神が、ここでも炸裂する。

 

論文を読み、発表し、研究に没頭する。

「根性で突き抜ければ、どうにかなる。」

その信念だけを武器に、
彼女はアカデミアの世界を生き抜いた。

7.自分で選んでアメリカへ

そして──彼女は自分で選んだアメリカへ。

博士取得後、フロリダ大学の研究員へ。

さらにその後、ニューヨーク州のロチェスター大学の助教授ポジションへ。

 

流されてきた人生の中で、ここだけは違った。

中東で育ち、日本に戻り、
イタリアに留学もした。

だから「次はアメリカ」という感覚が、
自然と湧いてきた。

新しい文化に触れたい。
新しい世界を知りたい。

 

心の磁石が、久しぶりに、はっきりと北を指した瞬間だった。

 

「ここは、ちゃんと誇れるステップです。」

仁美さんは、そう語ります。

流されてきた人生の中で、


自分で選んだ数少ない一手。

 

それがアメリカだった。

でも──アカデミアのレールはまだ、続いていた。

ロチェスター大学の助教授として働く仁美さんを、
次の「人生の分岐点」が待ち受けている。

 

心の磁石は、また何かを感じ始めていた──

8.今すぐ聴いてみてください

「安全な道」ばかり選んできたあなたへ。

 

「好きなことを諦めた」記憶があるあなたへ。

 

「まあ、やめるほど嫌いじゃないし」と
自分を納得させながら続けているあなたへ。

 

「別にいつでも変えられるし」と言いながら、
何年も同じ場所にいるあなたへ。

 

「自分には合わない」と感じながら、
それでも続けているあなたへ。

 

仁美さんの言葉が、
あなたの中で眠っている心の磁石を、
もう一度揺り動かすはずです。

 

「倒れていなければ、まだ行けるはず──」

 

その根性と、流される柔らかさを両方持っていた
仁美さんの人生物語、第2話を今すぐ聴いてみてください。

 

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#114「人を元気にする人」はどう育ったのか?田口仁美さんの人生物語①

こんにちは!

 

「人を元気にする人」はどう育ったのか?
田口仁美さんの人生物語①を配信しました。

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田口仁美さん

「5歳までは日本。
そこから15歳までアラブ首長国連邦。
大学卒業までは日本。
その後アメリカで17年。」

 

そんな人生を聞いて、
あなたはどんな人を想像しますか?

 

きっと、華やかで特別な人生を歩んできた人――
そう思うかもしれません。

 

でも、今回「人生配信オンリーワン」に
出演してくださった
仁美さんの話を聞いていると、
見えてきたのはもっと人間らしくて、
もっと親しみのある姿でした。

 

今の仁美さんは、

1歳9ヶ月のお子さんを育てながら、
コーチングをし、
研修講師として活動し、
女性のリーダーシップ育成にも関わっています。

 

世界を渡り歩いてきた仁美さんの
エネルギーの源は何なのか?

 

会話をしていると、
時間があっという間に過ぎてしまう理由がよくわかります。

 

異国で育った少女が、
世界を巡り、
母になり、
今伝えたいこと。

仁美さんの物語、ぜひ聴いてみてください。


1.5歳で日本を離れ、
砂漠の国で育った少女。

育ったのは、首都 アブダビ。

窓の外にはペルシャ湾。
夏は息を吸うだけで鼻が痛いほどの暑さ。
車のバンパーで卵が焼けると言われる土地。

 

そんな砂漠の国で、
彼女は世界中の子どもたちに囲まれて育ちました。

 

フランス人。イギリス人。マレーシア人。
青い目も、金髪も、茶色い肌も当たり前。

だからこそ――
日本の“普通”が、彼女には普通じゃなかった。

 


2.砂漠の国で、
真っ黒になるまで遊んだ幼少期。

外は50℃近い暑さ。
車のバンパーで卵が焼けるほどの熱気。
目の前にはペルシャ湾。

世界中の子どもたちが集まる
インターナショナルスクール。

 

そんな環境で育ちながら、
彼女は意外にも――

家では本を読み、
自分だけの物語を書き、
「魔法のポーションのレシピ」を
真剣に考える少女でした。

 

コウモリの目玉を煮込んで…なんて空想しながら、
自分の世界を広げていく。

 

その一方で、本棚を背の順に並べる。
カセットテープは必ず巻き戻して収納。


円形で裏表同じ柄の超難解パズルに何時間も没頭。

自由奔放に見えて、実は驚くほど繊細で几帳面。

そのギャップが、面白いんです。

 


3.日本に憧れる少女

そして何より印象的だったのは、
彼女がずっと「日本」に憧れていたこと。

 

普通なら海外生活を羨ましく感じるかもしれません。

 

でも仁美さんは

「日本って、こんななんだ。
チャイムが鳴る学校っていいな」

日本人なのに、日本を知らない。


だからこそ、日本文化への憧れがあった。

外から日本を見て育ったからこそ持てた視点。
その話には、思わず引き込まれます。

 


4.みんな黒髪なのが、不思議だった。

アラブで育った仁美さんが、
日本で驚いたこと。

「日本に帰ってきて、びっくりしたんです。


どこに行っても、みんな髪が黒いって。」

そんな言葉から始まった仁美さんの人生。

 

今回の「人生配信オンリーワン」は、少し特別です。

 

なぜなら彼女は、
日本人でありながら、
子どもの頃“日本を外から見ていた人”だから。

 


5.高校から日本へ。

中学は、全校40人程度の
アブダビにある小中一貫の日本人学校。

高校は、日本に帰国し
筑波大学附属高等学校に
帰国子女枠で進学。

全校40人の学校から、
一気に数百人規模の学校へ。

 

彼女が感じたのは――

「教室が静かすぎる」

先生が質問しても
誰も手を挙げない。


沈黙が流れる。

その空気に耐えられず、
つい自分が手を挙げてしまう。

 

周りから見れば少し目立つ存在。
でも本人は、それが自然だった。

 

なぜなら、彼女にとって「違う」は当たり前だったから。

 


6.人の笑顔を見ると、安心する。

その気づきは、ある朝、アブダビで
親と一緒に送迎バスを待っている時間に生まれた

「自分が笑えば、相手も笑ってくれるんだ」

その瞬間から、仁美さんの人生は
少しずつ形づくられていったのかもしれません。

 

笑顔。

 

それは愛想ではなく、
生き抜くための力でした。

相手との距離を縮めるもの。
壁をなくすもの。
違う文化をつなぐもの。

 

仁美さんは言います。

「私は元気を与えてるんじゃなくて、
人からもらってるんです」

 

人と話すと元気になる。
人と話すことが幸せ。

だから自然と、そのエネルギーが周りに返っていく。

 

会って話すだけで、
なぜか元気になる人っていますよね。

 

まさに、そんな人でした。

 

7.明るさの奥にあるもの

でも面白いのは、その明るさの奥です。

実は彼女、小さい頃からずっと「書く人」でもありました。

 

空想の物語を書く。
秘密の日記を書く。
誰にも見せたくない感情を書く。
心の闇も、感情も、言葉にして吐き出していた。

 

外では人とつながる。
内では言葉で自分を見つめる。

その両方を持っている人です。

 

だから話していても、言葉が浅くない。

笑顔の裏に、ちゃんと考え抜いてきた深さがあります。

 


8.人生を言葉にしてきた人は、強い

さらに驚いたのは、彼女自身がその理由を理解していること。

 

なぜ人と話すのが好きなのか?
なぜ笑顔を大切にするのか?
なぜ人の感情に敏感なのか?

 

それを自分の言葉で説明できる。

それは偶然ではなく、
2016年から続けてきた
コーチングの積み重ねでした。

 

自分を見つめ、
言葉にし、
何度も整理してきた時間。

 

だからこそ、彼女の話には説得力があります。

 


9.人と人の共鳴

印象的だったのは、「共鳴」という言葉。

人と人の心には波があって、
それが重なると、大きなエネルギーになる。

 

笑顔は、その距離を縮めるための入口。

この考え方が、彼女の生き方そのものだと感じました。

 

世界の違う文化の中で育ち、
言葉を大切にし、
対話を愛し、
人と深くつながっていく。

すべてが一本につながっていました。

 


仁美さんのお話を聴くと、きっと感じます。

 

「人と話すって、こんなに力があるんだ」

 

そして同時に思うはずです。

 

自分は、人の笑顔を見て安心したことがあるだろうか。


人と話して、こんなに元気になったことがあるだろうか?

 

笑顔で世界を渡り、人との対話を生き方にした女性。
仁美さんの物語を、ぜひ耳で感じてみてください。

仁美さんの人生は、派手な成功談ではありません。

 

でも、聴き終えたあと、
元気になって
心が温かくなる。

そんな時間でした。

 

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#113 あなたの隣の、すごい人生。

やるか、やらないかの寺村さんの人生物語②

こんにちは!

 

あなたの隣の、すごい人生。
「やるか、やらないか」の寺村さんの人生物語を配信しました。

 

https://youtu.be/sGKSQTtyZj0

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寺村 早紀さん

1.“このままでいいのか”に、
終止符を打った日

あなたは今、こんな悩みを抱えていませんか?

  • 「お金のために働いているけど、本当にこれでいいのか…」

  • 「もっと誰かの役に立つ仕事がしたいのに、現実は違う」

  • 「独立したいけど、怖くて踏み出せない」

そんなあなたに、ぜひ聞いてほしい話があります。

彼女の名前は、寺村 早紀さん。


保険・不動産・証券。
3つの世界を渡り歩いてきた女性です。

 

でも彼女のキャリアは、
決して順風満帆ではありませんでした。

 

不動産業界からスタートし、
マネードクターへ転職。

半独立のような形で働きながら、
「もっとフラットにお客様と向き合いたい」という
思いがずっとくすぶっていました。

 

取り扱える商品の制限。
副業できない縛り。


やりたいことと、
できることの間で
揺れ続けた日々。

 

そして2026年1月——
彼女はついに、完全独立を決意しました。

2.独立初月から「1ヶ月待ち」になった理由

独立してまだ1ヶ月も経っていないのに、
相談の予約が1ヶ月待ちになった。


なぜか?

SNSもやっていない。
広告も打っていない。
あるのは、口コミだけ

 

結婚する人の保険見直し、
相続対策の不動産相談、
資産運用のライフプラン——
次々と舞い込む依頼は、
すべて「寺村さんに頼みたい」という
人たちからの紹介でした。

 

だからこそ今、応援してくれる人が自然と集まってくる。
お菓子を持ってきてくれる人がいる。


SNSを代わりに発信してくれる人がいる。

海外から日本に移住してきた人たちのコミュニティからは
「うちでセミナーをやってほしい」と声がかかり、
ランディングページの制作を
無償で申し出てくれる人まで現れました。

3.「お金の匂いがしない人」と言われ続けて

「なんでそんなに働くんですか?」

お客様からよく聞かれます。


「食べていけてますか?」と心配される不思議な相談員。

 

でも彼女は知っています。

本当に誰かの役に立った時、
人は大きな決断をしてくれる。

それが結果として報酬になる。
その報酬の大きさが、自分の価値だ。

 

今、彼女の収入はサラリーマンの倍以上になりました。

金儲けを目指してそうなったのではなく——
ただ、役に立ち続けたら、そうなっていた。

4.「寺村さんは、特別だから」

今の彼女を見た人は、そう言う。
確かに今の寺村さんは輝いている。

 

でも、その言葉を聞くたびに、
彼女は違和感を覚える。

 

私は、特別じゃない。
むしろ、ダメな方だ。

朝、起きられない日がある。


ダイエット中なのに、ケーキを食べてしまう。

節約しなきゃいけないのに、洋服を買ってしまう。
計画を立てても、コツコツ続けられない。

それが、本当の彼女だ。

5.それでも、前に進んだのはなぜか。

彼女の答えは、拍子抜けするほどシンプルだった。

 

「やるか、やらないか。
それだけなんですよ」

 

人生の選択肢は、結局この二択しかない。
「やる」と決めたなら、どうやるかを考える。

 

ただ、それだけだと——700万円を失い、
それでも笑い続けた夜を越えてきた彼女は、
静かに言い切る。

6.あなたの周りにいる
「キラキラした人」にも、こんな夜があった。

誰かの成功だけを見て、
「自分には無理だ」と
思ったことはないだろうか?

 

寺村さんのような人がいる。

ダメな自分を認めながら、
それでも「やる」を選び続けた人が。

 

今回のエピソードは、
そんな一人の女性の正直な話だ。

7.語る価値のない人生なんて、存在しない

「自分の人生なんて、誰かに話せるものじゃない」
そう思っていませんか?

 

寺村さんも、そう思っていたかもしれない。


でも700万円を失った経験も、
転職を繰り返した葛藤も、
「役に立ちたい」という泥臭い思いも——
すべてが、今の彼女をつくっています。

 

そしてその話が、今あなたの心を動かしています。

 

寺村さんの声で、
直接聞いてください。

数字や実績じゃなく、
生きてきた話が、そこにあります。

 

「人生配信オンリーワン」—
あなたの隣の、すごい人生。

 

https://youtu.be/sGKSQTtyZj0

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#112 _700万円がゼロになっても前を向き続けた寺村さんの人生物語①

 

こんにちは!

 

700万円がゼロになっても前を向き続けた

寺村さんの人生物語を配信しました。

https://youtu.be/BV9ABh2u_kg

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寺村 早紀さん

不動産営業12年、貯金700万円を使い果たした先に、
寺村さんが掴んだ「本物の稼ぎ方」とは?

あなたは「稼げない」と悩んだことがありますか?

売上が出ない、
成果が出ない、
このままでいいのか——

 

そんな重たい問いを胸に抱えたまま、
毎日を過ごしていませんか。

 

今回のゲスト、寺村さんも、かつて同じ闇の中にいた一人でした。

しかし彼女が若い頃に出会った「ある言葉」が、
彼女の人生を根底から変えることになります。

 

「お金っていうのは、
感謝の大きさだ。

お客様からの"ありがとう"が大きければ大きいほど、
大きな対価を得られるようになるんだよ。」

 

これは彼女が若い頃、
ある人物から受けた言葉です。

 

飾り気がなく、当たり前のように聞こえるかもしれない。


でも、 この言葉を「本当に信じて行動できる人」が、
一体どれほどいるでしょうか。

1."完璧そうな人"が泣いていた——
その日、私の人見知りは終わった

彼女はもともと、人見知りの女性でした。

初対面の人と話を続けることが苦手で、
少し黙ってしまうと
「変に思われたらどうしよう」と不安になる。
自分に自信がもてなかった、と言います。

そんな彼女が不動産会社の営業職に飛び込み、
無数のお客様と出会います。

年収の高いビジネスパーソンが
実は借金で悩んでいたり、
夫婦円満に見えた家庭が
「実は離婚を考えている」と
打ち明けてきたり。

 

「外から見れば完璧そうな人でも、
誰もが言えない悩みを抱えている。


みんな同じなんだ——
そう気づいたとき、
初対面の人への壁が、スッと消えました。」

 

20代後半、周囲から
「寺村さんって、全然壁ないよね」と言われるようになった頃、
彼女の中で何かが変わっていました。

 

人と話すことが、義務ではなく、
純粋な喜びに変わっていたのです。

2."ありがとう"が、私の給料です

現在は保険会社にも証券会社にも属さない「独立系FP」として活動。


特定の商品を売るのではなく、
お客様に本当に必要なものだけを
フラットに提案する道を選びました。

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儲けがほとんど出ない商品でも、
お客様に必要なら迷わず提案する。

その姿勢を「なんでそんなことするの?」と
問われることもある。

でも彼女は言います。

「自分のために商品を売ったら、
後味が悪くないですか?

ありがとうって言われることが、
私のやりがいなんです。」

3.口座残高がゼロになった夜、
それでも続けた理由

「稼げない」と悩んだことがありませんか?

 

売上が出ない夜、
口座残高を見つめる朝、
このままでいいのかと問いながら布団に入る夜中。

そういう経験をしたことがある人なら、
今日の話はきっと胸に刺さるはずです。

寺村さんも、かつてその闇の中にいた一人でした。

4.お金は、感謝の大きさだ。——
その一言が、私の全てを変えた


寺村さんが若い頃、
こんな言葉を教えてもらったそうです。

「お金っていうのは、
感謝の大きさなんだよ。

お客様からの"ありがとう"が大きくなれば、
自然と大きな対価が返ってくるようになる。」

シンプルすぎて、聞き流してしまいそうな言葉です。

でも寺村さんは、この言葉を本当の意味で受け取りました。

「稼ぎたいなら、その分だれかの役に立て」——

理屈ではなく、
自分の軸として体に刻んだのです。

 

だから寺村さんは、
稼げない仲間を見るたびに心が痛んだといいます。

お金が足りなくなったからバイトをしようとする人。

目の前の契約に必死になるあまり、
お客様の顔が見えなくなっていく人。

「向いている方向が違う」と感じながら、
でも何も言えない自分がいた、
と静かに語っています。

5.700万円を握りしめて飛び込んだ先に、
待っていたもの


不動産営業の世界で11年半。

最初の5年はひたすら修行。
6年目からはチームを束ねる
プレイングマネージャーとして、
5〜6人の部下と一緒に成長していきました。

 

それなりに充実していた日々。
でも、ふとした瞬間に
一つの問いが浮かびあがってくるのです。

「このまま私は、一生を終えるんだろうか。」

もっとお客様の役に立てる場所があるんじゃないか?


もっと広い世界で、
もっと多くの人のために
動けるんじゃないか?

その感覚が積み重なって、
彼女はついに決断します。

 

完全歩合制の保険営業の世界へ、転職。

準備は万全でした。
転職前に現金700万円を貯め、
「もし収入が途絶えても戦い続けられるように」と
お守りとして手元に置きました。

しかし現実は、想像を超えた試練でした。

6.貯金700万円がゼロになった日、
彼女は“答え”を探し始めた


給料はゼロから始まります。
慣れない商品、慣れない業界、慣れない顧客層。
ある月の収入は10万円。

また別の月も、たいして変わらない。
そしてお守りのはずだった700万円が、
静かに、しかし確実に減り続けていきました。

 

そして、ある日ゼロになり、、、

普通の人ならここで諦めます。


バイトを始めるか、
転職先を探すか、
あるいは前の職場に頭を下げて戻るか?

でも寺村さんは、そのどれも選びませんでした。

 

彼女が代わりに向き合ったのは、

「なぜうまくいかないのか」という問いでした。

 

「一番しんどいのは、
問題点が分からないことだと思うんです。

 

問題さえ分かれば、
すぐに改善できるかは別として、
何を直せばいいかは分かる。

 

だからまずそこに時間をかけました。」

人に話を聞いて、
自分を客観視したのです。

一つひとつ丁寧に、
改善を積み上げていった。

そしてその背中を押し続けたのは、
若い頃に受け取ったあの言葉でした。

 

「役に立てれば、必ず結果はついてくる。」

 

自分の向いている方向さえ正しければ、
いつかきっと届く——
その確信が、彼女を折れさせなかったのです。

7.稼げない=役に立てていないと
気づいた日


「稼げないということは、
まだ誰かの役に立てていないということだ。」

この言葉を、寺村さんは重さを持って話します。

説教でも自慢でもなく、
自分自身が700万円を使い果たした経験の中で、
ようやく本当の意味で理解できた言葉でした。

 

あなたが今、売上に悩んでいるなら。


数字のプレッシャーに押しつぶされそうになっているなら。
ぜひ寺村さんの声を、直接聞いてみてください。

 

「人生配信 オンリーワン」——
寺村さんの物語は、今配信中です。

 

https://youtu.be/BV9ABh2u_kg

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#111 何度も転びながら、それでも前に進み続ける小西さんの人生物語②

 

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何度も転びながら、それでも前に進み続ける小西さんの人生物語を配信しました。

 

https://youtu.be/yC6rDRcQoWQ

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小西 宏明さん

「こんなに頑張ってるのに、なんで報われへんのや…」

もしあなたが、そう思ったことがあるなら――
この物語は、あなたのためのものです。

1.ラグビーと深夜バイトで不規則な大学生活

深夜2時。
カラオケ店のバックヤード。

大学時代、小西さんは、
眠気でフラつきながらも
深夜バイトで働き続けていました。

その数時間後には、
ラグビーのため
ウェイトのトレーニング。

そしてまた次の日も、同じ生活。

睡眠不足、疲労。

それでも、彼は止まりませんでした。

2.社会人として結果をつくるのは、テクニックじゃなかった

不規則な生活だった大学生活から一転。
社会人になり、深夜バイトがないため
規則正しい生活に。

そして入社して仕事は“飛び込み営業”。

地図を片手に、
自転車で街を走り回る日々。

ピンポンを押しても、
ほとんどはドアすら開かない。

普通なら、心が折れます。

でも――

小西さんは違った。

なぜか、ピンポンを押した扉が開く。
なぜか、話を聞いてもらえる。
そして、なぜか、その日のうちにお客さんが来店する。

「なんでやろな…」

理由はシンプルでした。

“嘘っぽくない”から。

飾らない、無理しない。
ただ目の前の人と向き合う。

それだけで、結果がついてきた。

3.リーダーになれなかった日、人生が動き出した

気づけば、成績はどんどん伸びていく。
入社して6年、7年とトップクラスを維持。

「仕事って、こんなに面白いんや」
まさに、水を得た魚。

しかし――

人生は、そう簡単にはいきません。

リーダー候補として、5つものプロジェクトを抱え、
営業、研修、マネジメント…すべてを背負う日々。

限界まで頑張った。

数字も出した。
チームも成果を出した。

誰もが「リーダーとして通る」と思っていた。

でも結果は――

リーダーにならず、、、

「なんでやねん…」

初めて味わう、理不尽。
努力が報われない現実。

心がやさぐれ、折れかけた、
そのとき。
ふと目に入ったのが――

“MBA”という、見知らぬ言葉。

そこから、人生は再び動き出します。

4.MBA、そしてコーチングとの出会い

MBAで学び直し。
新しい出会い。
そして、“コーチング”との衝撃的な出会い。

「これ、営業と同じや…」

質問を通して、本音を引き出す。
相手の中にある答えを、一緒に見つけていく。

それは、ただのスキルではありませんでした。

人の人生に関わる力。

もし、あのときリーダーになっていたら。
もし、あのとき悔しさを感じていなかったら。

今の小西さんはいなかったかもしれません。

人生は、ときに不公平です。

でも――
その“不公平”が、次の扉を開く鍵になることがある。

5.突然の人事異動

彼はある日、こう思いました。

「これでいける」

社内推薦で試験免除。
大企業でのキャリア人生は順調そのもの。

…のはずでした。

しかし、そこから歯車が狂い始めます。

なぜか社内に広まる噂。

「MBAに挑戦するらしい」
「小西、会社辞めるらしいぞ」

…まったくの事実無根。

けれど、その噂が引き金となり――

突然の人事異動。

下町の営業から、
いきなり“高級車ブランド”の現場へ。

6.挫折の先にあった、“学び直し”という選択

そこで彼を待っていたのは、

「今までできていたことが、全部できない」

・車の色を間違える
・車のプレートを間違える
・自信が崩れる

順調だった人生が、
一気に“不安”へと変わっていきます。

それでも彼は、逃げなかった。

MBAに挑戦し、
英語のゼミに飛び込み、
マーケティングの最前線に触れる。

そして気づきます。

「現場と学びが繋がると、こんなに面白いのか」

7.まさかの酒屋への転職

しかし――

ここで終わらないのが、小西さんの人生。
次に彼が選んだのは、

まさかの“酒屋への転職”。

大企業で働いていた時の高級車 → トラックでビール配送。
誰もがこう思います。

「なぜ?」

答えはシンプルでした。

「挑戦したかったから」

しかし、その先に待っていたのは――

・社会保険すら整っていない環境
・社長との衝突
・豪雨の中の過酷な配送
・そして、突然の体調崩壊

ついには、玄関で倒れ、救急搬送。

「このままじゃ、人生が終わる」

そこから彼が選んだ道。
それが――

“コーチング”との出会い。

8.運命のコーチングの出会いと挫折

酒屋の仕事でボロボロの体で配達しながら、
朝と夜にコーチングの資格を取得するための
学びを重ねる日々。

そしてある日、
運命の出会いが訪れます。

「精神科クリニックの理事長に会ってみないか?」

ここから、小西さんの人生は
さらに大きく動き出します。

医療の世界に飛び込み、
2つのクリニックでコーチングを使った
マネジメントという
大きなチャンスを掴みかけた小西さん。

 

「これはいける」

 

そう思った矢先——
父親の急死、
事業の重圧、
そして世界を揺るがしたパンデミック。

 

すべてが、同時に押し寄せます。

 

「このままじゃ、ダメになる」

追い込まれた末に選んだのは、
“コーチング一本での独立”という、
無謀とも言える決断。

 

しかし現実は、甘くありませんでした。

 

・売上は月10万円にも届かない
・融資は断られる
・信用は地に落ちる

 

ついには——

「マクドナルドでバイトするか…」
「ユニクロの倉庫で働くか…」

そう本気で考えるところまで、
追い詰められていきます。

9.たった一人から始まった物語が、会社になるまで

コーチングでは生活できないような状況に
追い込まれても
彼は、止まりませんでした。

 

たった一人の知人から始まった仕事。
小さな紹介。
小さなセミナー。

泥臭く、格好悪く、


それでも一歩ずつ積み上げていく。

気づけば——

2023年、流れが変わり始める。

 

そしてついに。

2024年8月。
「税金対策を考えるほど」までに事業は成長し、法人として会社を設立。

でも、この物語の本当の価値は、
“成功したこと”ではありません。

10.シェルパのようになりたい!

小西さんが語った、たった一つの言葉。

 

「シェルパのようになりたいんです」

 

山頂に立つのは、自分じゃなくていい。
光を浴びるのも、自分じゃなくていい。

 

ただ——

誰かが“人生の山”を登るとき、
その荷物を少しだけ軽くしてあげる存在でありたい。

 

これが、彼の人生の答えでした。

11.人生は一度崩れた方が面白い。

そう思えるかどうかは、
このエピソードを聴いた後に決まります。

 

もし、あなたが今——
「このままでいいのか」と、
心のどこかで問い続けているなら
この物語は、あなたのためのものです。

 

・何度も失敗した人
・遠回りしてきた人
・今まさに、踏ん張っている人

そんな人にこそ、聴いてほしい。

 

なぜならこの物語は、
「特別な人の成功談」ではなく——

“普通の人が、何度も転びながら、
それでも前に進んだ記録”だからです。

 

もしあなたが今、立ち止まっているなら。

このエピソードが、
あなたの「次の一歩」になるかもしれません。

 

 今すぐ再生して、小西さんのリアルな人生を体感してください。

きっとあなたは、こう思うはずです。

「もう少し、やってみよう」と。

 

https://youtu.be/yC6rDRcQoWQ

 

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#110 全力投球したラグビーで最後までスタメンに立てなかった努力が未来を変えた―小西さんの人生物語①

こんにちは!

 

全力投球したラグビーで最後までスタメンに立てなかった努力が未来を変えた―小西さんの人生物語を配信しました。

https://youtu.be/_Bt5cFNxupA

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小西 宏明さん

中学から大学までラグビーに全力投球するも、
最後までスタメンに立てなかった男。

✔ 努力が報われない経験
✔ 大事な場面で結果を出せなかった悔しさ
✔将来、 日本代表キャプテンになるような後輩にポジションを奪われる経験

これらすべてが、彼の人生を
“唯一無二”に変えていきます。

なぜ、小西さんの人生は
ここから大きく変わっていったのか?

なぜ、挫折の連続だった彼が
その後の人生で結果を出せるようになったのか?

“報われなかった努力”が、
どう未来に繋がるのか?

リアルすぎる人生の裏側が語られています。

その男の名前は小西 宏明さん。

Co-Creation Laboratory株式会社 代表取締役。

ICF(国際コーチング連盟)認定プロコーチとして、
ビジネスコーチング・講師・コンサルティングを行う。

その穏やかな雰囲気と豊かな発想で、
多くのビジネスパーソンの
可能性を引き出し続けている。

「コーチ・講師・小西」という、
「こ」から始まる三拍子そろった韻を踏む名前が愛されキャラでもある。

人生は、偶然の積み重ねでできている。
でも——聴けば、必然に見えてくる。

保育園の運動会では、
いつもビリだった少年が、
どうして人の可能性を引き出すプロコーチになったのか?

楕円のボールに出会った日から、
何かが変わり始めた。

その「何か」の正体を、
あなた自身の耳で確かめてほしい。

1.保育園の運動会ではビリから始まった小西少年の人生物語

「保育園の運動会では、いつもビリ。
デッドボールが怖くて、
もらったグローブが全然嬉しくなかった少年でした——」

東大阪に生まれた小西少年は、
いわゆる「アンコ型」——横にぽっちゃり、運動は苦手。

保育園の運動会では徒競走でいつもビリ。
周りが盛り上がるほど、
心はどんどん冷えていった。

2.怖いものを怖いと言える小学生

野球好きのおじいちゃんから
誕生日にもらったグローブ。

普通の子なら大喜びするはずの
そのプレゼントが、
小西少年にとってはただの「重い荷物」だった。

理由はシンプルだ——デッドボールが怖かった。

「なんかあの、野球の珍プレー・好プレーの
テレビ番組で見たんですけど、
硬いボールがドーンと当たるのを
見ているだけで怖くて……」

嫌いなものを
「好き」なふりをして生きるより、
本当に「怖い」と感じたものに
正直でいる。

それが後に、彼の最大の強みになる。

3.中学、ラグビーとの偶然の出会い

小学校の高学年。
テレビで甲子園を見ていた小西少年は、
突然、不思議な感情に支配された。

上宮高校、PL学園——
そのユニフォームがたまらなくカッコよく見えたのだ。

野球が好きなわけでもない。
上手いわけでもない。

それでも「おかん、僕、上宮高校の附属中学に行く!」と宣言していた。
根拠はゼロ。
結局、私立中学への進学希望もホロホロに
気がつけば地元公立中学に進学。

中学に進学後、野球部への体験入部を試みた。
しかし初日に「今日は面白くないから帰り」と追い返される。
次こそと意気込んだ翌日、ふと気づく——
「別に野球でなくてもいいのかも」。

そしてラグビーとの出会いは、計画でも決意でもなかった。

ただ、友人が「一緒に行こうよ」と手を差し伸べ、
断る理由を失ったその日に、
人生の扉が静かに開いた。

そしてイカつい監督に「お前、誰や」と問われたその瞬間——
小西さんの中で、何かが動き始めた。

「ラグビーの"ラ"の字も知らない」

楕円形のボールを見て
「あ、こんなボールなの?」と目を丸くした。
ラグビーのことは何も知らない。
それでもグラウンドに立った。

ラグビーを始めた理由はシンプルでした。
体格があったから。
そして、なんとなく誘われたから。

4.中学ラグビー、運命の日

でも、気づけば——3年の春まで無敗。
しかも、トライすら取られない圧倒的な強さの中学。

「究極の鬼ごっこみたいで楽しい」

そんな感覚で始めた競技で、
彼は一気に“勝者の側”へと駆け上がります。

しかし、初めての“敗北”。

大阪の強豪とぶつかった瞬間、
現実を思い知る。

負けた。
悔しい。
どうすれば勝てるのか分からない。

それでも彼は、また立ち上がる。
「次は、絶対に勝つ」
その思いが、彼をさらに強くしていきました。

そして訪れる、人生の分岐点。

中学3年の夏。
全国規模のボーイスカウトの大会か、
ラグビー部のレギュラーとしての道か。

どちらか一つしか選べない。
彼は、悩み抜いた末に“もう一つの可能性”を選びます。

——結果。

戻ってきたとき、
居場所はありませんでした。

レギュラーは、奪われていた。
しかも、そのポジションにいたのは
後に高校日本代表キャプテンになるような選手。

どれだけ努力しても、
追いつけない現実。

それでも、あきらめなかった。
誰よりも練習した。
誰よりも悔しがった。

でも——

怪我。
無理な復帰。
満身創痍。

最後の大会。背番号はもらえた。
でも、スタメンには立てない。
ベンチで、ただ試合を見つめるだけ。

“最後の笛”が鳴ったとき。
彼は、グラウンドにすら立っていませんでした。

涙が止まらない。
悔しい。
やりきれない。

「こんなはずじゃなかった」
それでも、彼は次へ進む。
名門高校からの誘い。
でも家庭の事情で選べない。

選んだのは、
自分で決めた道。
「ラグビーがしたい」

ただ、それだけで高校を選んだ。
そして高校でも、同じ現実が待っていました。

5.努力しても届かない高校ラグビー

高校でもラグビーを続けることになるが、
努力しても、届かない。
あと一歩で、届かない。

後輩にポジションを奪われる。
試合に出られない。

そして最後の大会——

またしても、グラウンドに立てなかった。
ここで、多くの人は思うはずです。

「なんだ、結局報われてないじゃないか」と。

でも——

この話は、ここで終わりではありません。
むしろ、ここからが“本当の人生”です。

もし今、あなたが

・努力しているのに結果が出ない
・誰かと比べて落ち込んでいる
・このままでいいのか迷っている

そんな状態なら——

この話は、あなたのための物語です。

6.偶然の出会いから始まった大学ラグビー

高校のラグビー生活から一転、
迎えた大学受験。

「1回、3万円の試験を、何度もドブに捨てた男」

——それでも、彼は“諦めなかった”。

落ちる。また受ける。また落ちる。

気づけば、何度も、何度も、何度も——
まるでお金を捨てているような感覚。

「もう、浪人するしかないのか…」

人生の分岐点に立たされた小西さんは、
そう思っていました。

しかし、そのわずか4日後の3月24日。
一本の連絡が、すべてを変えます。

「明日、ラグビーの練習があるから
とりあえず来い。」

理由も分からないまま向かった先で、
彼に告げられたのは——

「明日、短大の試験あるから、受けてみな。」

半ば流されるように受けた、その試験。
結果は——

合格!

ここから、小西さんの“想定外の人生”が始まります。
全国レベルを目指す、強豪・近畿大学。

「もう、しんどい思いはしたくない」
そう思っていたはずなのに、

気づけばまた、“強い場所”に立っていた。
なぜ彼は、そこを選び続けたのか?
答えはシンプルです。

「それしか、見えていなかった」

情報もない時代。
頼れるのは、たった一冊の雑誌だけ。

その中で「Aリーグ」に載っているチームだけが、
彼の世界のすべてだった。
そして始まる、地獄のような日々。

7.スター選手じゃないけど「やりきった」大学ラグビー時代

朝からラグビー。昼もラグビー。夜にやっと授業。

100人以上の部員。
6軍、7軍まで存在する過酷な競争。

レギュラーどころか、
練習すら一緒にできない現実。

シニアとジュニアを行き来する、
“中途半端なポジション”。
それでも、彼は逃げなかった。

最後の年。
レギュラーにはなれなかった。
公式戦にも、出られなかった。
それでも彼は——
ジュニアチームのキャプテンとして、チームを率いた。

仲間に嫌われても、
水も飲ませないほど追い込んでも、
「誰かを上に送り出す」ことに、
すべてを賭けた。

そして迎えた、最後の試合。
因縁のライバルとの一戦。
自分が主役ではない。それでも——
彼は、グラウンドに立った。

試合終了。

ボロボロの体。
肩は上がらず、
ユニフォームも脱げない。

それでも彼は、静かにこう思った。
「やりきった」
華やかなスタメンでもない。
スター選手でもない。

それでも——

誰よりも“濃い人生”を生きた男。
それが、小西さんです。

8.ラグビー人生から、社会人の道へ

そして物語は、
ここで終わりません。

むしろ——

ここからが本番。
「営業しかできない」と言われ、
選んだ社会人の道。

ラグビーで培った“泥臭さ”は、
果たしてビジネスの世界で通用するのか?

続きは、ラジオ番組とYouTubeで。
今すぐ再生してください。

あなたの人生の見方が、きっと変わります。

 

もし、あなたが——
「努力しても報われなかった経験」を
一つでも持っているなら、
この物語は、きっと他人事ではありません。

 

https://youtu.be/_Bt5cFNxupA

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#109 生きる屍から、人間に戻った依田さんの7年間の壮絶人生物語 ②

こんにちは!

 

生きる屍から、人間に戻った依田さんの7年間の壮絶人生物語を配信しました。

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依田 侑香里さん

今回のゲスト・依田さんは、
かつてはバリバリ働くキャリアウーマンでした。

私は大丈夫

みんな、同じことを言いますよね。

依田さんも、そう言いながら、休みなく働き続けた結果——
自分自身が病気になるという経験をしたのです。

全身真っ黒、体重30kg、余命宣告——

それでも彼女は立ち上がった

「もう家で、一人で死んだ方がマシ」

そう思った女性が出会ったのが、
何千年もの歴史を持つ「中医学」の知恵でした。

奇跡の回復を遂げるまでの人生物語です。

元気とは何か?
私たちが忘れかけている「生きる」という意味とは?

その答えが、この30分の中にあります。

1.医師も首を傾げた謎の病

「これは何ですか?」

目を覚ました依田さんは、
自分の体を見て愕然としました。

全身が真っ黒に変色していたのです。

「分かりません」

医師の答えは、
あまりにも無力でした。

即入院。
パジャマのボタンを留めたところまでは覚えている。
その後、記憶を失い、
気がついたときには全身が真っ黒。

髪は抜け落ち、
爪もなくなり、
体重はわずか30kgに。

「家族を呼んでください」

医師のその一言で、
すべてを悟りました。

弟は震えていました。

平成20年に母が、
平成22年に父が他界。
そして平成24年、姉が倒れた。

2年ごとに家族が死んでいく——
そんな恐怖が弟を襲ったのです。

「3日持てば大丈夫だと思います」

医師の言葉は、
希望というより、
祈りに近いものでした。

2.治療法なし。答えなし。未来なし。

3日間の峠は越えました。
しかし、それは始まりに過ぎませんでした。

原因不明。
治療法なし。
どんどん痩せていく体。

精神的に不安定になり、
眠れない夜が続きます。

筋肉注射で打たれる精神安定剤——
その痛みに悲鳴を上げるほどでした。

3ヶ月。
病院が重症患者を置いておける限界です。

病院間の連携が取れておらず
岡山に着いたら
入院する予定の病棟がいっぱいで。。。

結局
長逗留、或いは末期患者たちのいる病棟へ。

そこは想像以上に過酷な場所でした。

「ここにいるなら、
家で一人で死んでいる方がマシ」

1ヶ月で退院を強行。
一人暮らしのマンションへ戻りました。

しかし、人と会うだけで
帯状疱疹になり、翌日は寝たきり。
座っているだけの日々。

民間療法を試しても、
何も変わらない。

お金は底をつき、
希望も尽きかけていました。

3.「気功師って、まだこの世にいるんですか?」

病院のベッドで一冊の本を読んでいました。
東京大学名誉教授が書いた『人は死なない』。

その中に「気功師」という言葉が出てきたのです。

「超能力者なのかな?」
「1000年前の人みたいな感じ?」

そんなイメージしかありませんでした。

倒れて1年ちょっと経った頃、
ある方が声をかけてくれました。

「東京から
気功の先生が来るんだけど、
会ってみない?」

「え、気功師って、今でもいらっしゃるんですか?」

運命の出会いでした。

4.「あなたはネギ、玉ねぎ、ニンニク、生姜、エビ、カニ、鶏肉、食べないでください」

初対面で、
その気功師——
老師は、依田さんをパッと見てそう言いました。

「やっぱり気功師って何者なんだろう」

好きなものばかりでした。

玉ねぎなんて、箱買いしていたほど。
でも、その日から全てをやめました。

友達に取りに来てもらい、
全部あげてしまいました。

教わった気功の練習を毎日続けました。

座ったままでしかできませんでしたが、
することもないので、
ただひたすら続けました。

半月、1ヶ月——なんとなく、
良くなってきた気がしました。

「もしかして、本当に気功で良くなるのかな?」

5.再び襲った絶望。そして、決断

しかし翌年、全身が水疱だらけに。

検査の結果、
体のどこかに血栓があることが判明。

心臓に行けば心筋梗塞、
脳に行けば脳梗塞。

酸素量も足りず、
尿も出ない。

「もう、このまま死なせてほしい」

死にたい病が戻ってきました。

「血栓も見つけてくれなくていいです。
このまま安らかに行かせてください」

大量の薬で数値は下がりました。
しかし、血栓がどこにあるかは不明のまま。

「一生飲むかもしれません」

医師の言葉に、
絶望しかありませんでした。

6.「週に1回、治療に来ること」

家で一人、座っているだけの日々。
老師のお弟子さんから電話がありました。

「先生が診てあげるっておっしゃってる。
でも条件があって、
週に1回治療に来ること」

神戸から東京へ、週に1回。
お金も体力も無い彼女には
不可能に思えました。

「難しいです」

一度は断りました。

でも、考えました。
家でただ座っているだけ。

高い家賃も払えなくなる。
それなら——
2015年、平成27年。病気になって3年目。

依田さんは東京への引っ越しを決めました。

最初に住んだ4万3000円のアパートのように、
また小さなアパートから始めよう。

人生をやり直そう。

7.3年間の試練——足、耳、目

東京での1年目、
足が1.5倍に腫れ上がりました。

整形外科で「手術が必要」と言われましたが、
老師が治してくれました。

2年目、耳が聞こえなくなりました。
耳鼻科でまた「手術」と言われましたが、
またも老師が治してくれました。

3年目、目が見えなくなりました。

「もう一人では無理」

再び死にたい病がやってきました。

しかし、今度は西洋医学の手術を受け、
なんとか視力を取り戻しました。

8.なぜ病気になったのか——その答えを求めて

「なんで病気になっているのか」

老師は「時間をくれた」のだと、
依田さんは今、思っています。

病気を治すだけではない。
自分自身が変わらなければいけない。
根本を知らなければいけない。

全身真っ黒、体重30kg、余命宣告——
そこから立ち上がった依田さんの物語は、
まだ続いています。

9.死んだと思われていた7年という長い闘い

正直、气功師が直ぐに治してくれると思っていました。
でも、思っていたよりも時間がかかりました。

体は一向に良くなる気配を見せず、
髪は抜け続け、体重は減り続け、
いろんな病が襲ってきました。

周囲の人たちは次第に
依田さんの消息を尋ねなくなり、
やがて「もう亡くなったのではないか」と
噂するようになっていました。

社会から7年も離れていると、
人は何を失うのでしょうか?

依田さんが失ったのは、
仕事の人脈だけではありませんでした。

元の職場に戻ることは
体力的にも
現実的にも不可能でした。

「私はこれから何をして
生きていったらいいんだろう」。

そんな問いが、回復しつつある
心と体を苦しめました。

10.「どうやって治したの?」という問いかけ

徐々に、本当に徐々にですが、
依田さんの体調は良くなっていきました。

体重は戻り、髪の毛は生えてきました。

どうやら生きているらしいと知った人々が、
依田さんに尋ね始めました。

「何で治したんですか?」

「気功で治しました」
「中医学で治しました」。

そう答えると、決まって返ってくる質問がありました。
「気功って何?」
「気って何?」
「中医って何」

依田さん自身、
毎日気功を実践し、
週に1度、先生から気功治療を受けていました。

それが自分を元の人間に戻してくれている。

いえ、「人間に戻してくれている」という
表現こそがぴったりでした。

本当に生きる屍のような状態だったのですから。

でも、その「気」が何なのかを
説明できない自分がそこにいました。

「これはちゃんと知らなきゃいけない」。

その想いが、依田さんを北京中医薬大学へと導きました。
自分を救ってくれたものの正体を、
きちんと理解したかったのです。

11.「元気ですか?」の本当の意味

あなたは今日、
誰かに「元気ですか?」と尋ねましたか ?

この何気ない挨拶に、
実は深い意味が込められていることを、
依田さんは中医学を学んで初めて知りました。

「元気」というのは、
実は中医学の言葉で、
気の種類の一つなのです。

元気、宗気、営気、衛気という
四つの気の種類があり、
そのうちの一つが元気。

では、元気とはどういう状態を指すのでしょうか。

中国の伝統哲学では、
すべてが言葉で説明されています。

元気とは、
自分の気で満たされていて、
その気がちゃんと巡っている状態のこと。

つまり、「元気ですか?」と尋ねるということは、
「あなたは今日、
自分の気でちゃんと満たされていて、
その気がちゃんと巡っていますか?」と
聞いているのです。

考えたこともなかったのではないでしょうか。

でも、言葉にはちゃんと意味がある。
その意味を知ると、「ああ、なるほど」と
腑に落ちるのです。

12.私たちが知らない言葉の世界

「風邪」という言葉も同じです。

風邪は漢字で「風」の「邪」と書きます。

これは風邪(ふうじゃ)が入ってきて、
ブルブルと震えるので「風邪引いた」となるのです。

ブルブルするということは、
寒気(さむけ)がするということ。

だから最初は葛根湯を飲んだらいいと言われます。
葛根湯の中には生姜やシナモンなど、
体を温めるものが入っているのです。

元気、気持ち、空気、雰囲気、天気。

私たちにとってなくてはならないものには、
すべて「気」という文字が入っています。

「私たちって、気でできてるんです」と
依田さんは語ります。

13.失われた医学の歴史

実は江戸時代に入るまで、
日本人は中医学で治療していました。

江戸時代にオランダから西洋医学が入ってきて
それを「蘭方」と呼びました。

なので「蘭方」に対して、それまでのものを
「漢方」と呼んだのです。

私たちは今、漢方というと漢方薬だと思っています。

でも本当は違います。

薬膳も、気功も、鍼灸も、按摩も
全てを「漢方」と言います。


按摩というのも、
气功科で学ぶ推拿(すいな)の一部です。

そうやって、
かつて日本人は中医学で治療していました。

私たちの祖先が使っていた医学の智慧は、
実は私たちが日頃使っている言葉の中に、
今も息づいているのです。

14.二つの医学、それぞれの役割

「中医学と西洋医学の違いは何ですか?」。

そう尋ねられた依田さんは、
慎重に言葉を選びながら答えます。

「私はそんな偉そうなことを言ったらいけないんですけど」と
前置きしながら。

それぞれに得意分野があるのだと
依田さんは考えています。

西洋医学は
病気に対してアプローチする。

一方、中医学は
「そもそも なぜ その症状になっているんですか?」という
根本のところを探り、
根本のところにアプローチするのが得意なのです。

依田さん自身、西洋医学での手術も受けています。

でも根本治療にはならなかった。
最終的に中医学で治りました。

でも、それは西洋医学を否定することではありません。
むしろ、両方の医学にそれぞれの役割があることを、
身をもって知ったのです。

15.「病気になってからでは遅い」、成功者ほど知らない"未病"の真実

なぜ、業界トップの成功者たちが
次々と倒れていくのか?

年商、数億、数十億を稼ぐ起業家たちが、
バタバタと病気になっている——

最先端の健康管理をしているはずなのに。

高額なサプリメントを飲んでいるはずなのに。
定期的に人間ドックを受けているはずなのに。

「成功=幸せ」だと思っていたのに、
動けなくなったら何の意味もない…

ある経営者の一人が、
病床でそう綴っていました。

16.「病気を治す医者は普通。病気にさせない医者が一流」

中医学には、こんな考え方があります。

「未病を治す」

これは「病気を予防する」のではありません。

「まだ病気になっていない状態を、
ずっと続ける」という考え方です。

私たちは誰もが、
先祖から受け継いだDNAによって
「どこか弱い部分」を持っています。

完璧に健康な人なんて、この世にいない。

だからこそ、
バランスが崩れる前に整えることが大切なのです。

17.あなたに合う健康法は、他の人には合わないかもしれない

「○○が体にいい!」

テレビやネットで流れる健康情報。
でも、それってあなたの体質に合っていますか?

一人ひとり、体質も生活も思考のクセも違います。

  • 先天の気(生まれ持った体質など)

  • 後天の気(食事・呼吸・感情の使い方など)

この両方を理解することで、
初めて「自分にとって何が必要か」が見えてくる——

それが中医学の叡智なのです。

18.「分かっていても、できない」からこそ、第三者の目が必要

依田さん自身、
今も夜遅くまで仕事をしています。

起業家に休みなんてない。
やることは無限にある。

だからこそ、彼女は言います。

「客観的に自分を見てくれる人を、
そばに置くことが大事」

月に1回でもいい。
「これ食べといてくださいね」
「これはやめといてくださいね」

そう言ってくれる存在がいるだけで、
人生は大きく変わるのです。

「動けなくなってからでは、遅い」

成功も、お金も、夢も——
健康な体があってこそ、
初めて意味を持ちます。

今、この瞬間から始められる
「未病ケア」の知恵を、
依田さんが実体験とともに語ります。

✅ なぜ成功者ほど健康を失うのか
✅ 「未病」という古くて新しい概念
✅ 自分の体質を知ることの重要性
✅ おばあちゃんの知恵は、実は中医学だった
✅ 頑張りすぎるあなたが、今すぐできること

今すぐ聴いて、あなたの体と向き合う
時間を作ってください。

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ママズの家 セミナー (蛇窪神社横)
2/24 11:00〜 インスタライブ 2回/月
3/2511:00〜  インスタライブ 2回/月

 
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#108 売上120億の頂点から、爪も髪の毛もなくなる入院生活、依田さんの働きすぎた人生物語①

 
 

こんにちは!

売上120億の頂点から、爪も髪の毛もなくなる入院生活、依田さんの働きすぎた人生物語を配信しました。

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依田 侑香里さん

「こんな人生、ドラマでも信じてもらえない」

徹夜続きのバブル期の電通プロックス。
タクシーチケットを振っても、
タクシーが来ない時代。

朝3時、4時に家に帰り、
シャワーを浴びるだけの日々。

そんな激務の中、彼女はCMを作り続けた。

電通プロックスを退職した依田さんは
ドクターデヴィアス化粧品という
高級化粧品ブランドで、
売上120億を達成。

さらにプロデューサーとして独立。

華やかなキャリアの裏で、
彼女の身体は確実に蝕まれていった。

今回のゲストは、依田侑香里さん。

現在の肩書きは
「医学气功師」と「国際中医師」、「国際中医薬膳師」。

でも、そこに至るまでの道のりは、
波乱万丈の人生。

まさに「プランB」の連続。
いや、プランZくらいまで行ったかもしれない。

1.シャワーのためだけに帰る家――バブル期、彼女の限界点

バブル期の日本。
男女雇用均等法ができたばかりの時代、

撮影現場に女性がほぼいない中、
依田さんは電通の関連会社の電通プロックスで
CM制作担当として働いていた。

1年目から徹夜の連続。
「家に帰るのはシャワーを浴びるため」という日々だった。

しかし、会社でも休めない、
家でも休めない。

当時うつ病だった母親は
彼女の帰りを待ってましたとばかりに
母親は彼女の部屋に来て、
ずっと喋り続ける、
怒鳴り続ける。

母親から「あなたの存在自体が嫌だ」と言われながらも、
家を出ることを許されない。

父親は夜の10時に帰らないと、
プロデューサーにまで怒鳴り込む人だった。

限界を迎え、
電通プロックスは病気が原因で
退職することに、、、

2.一流企業から、4万3000円の部屋へ

「私の人生、どうなるんだろう」

そう思いながら、彼女は
「女の子が家を出るのは
嫁に行く時」という持論の父に
長い手紙を書いた。

母親から家を出たら
「縁を切る」と言われる矛盾。

病気で電通プロックスを退職した彼女は、
病気を治すために
病气治療を経て
月4万3000円のアパートで、
ゼロからの人生を始めることを選んだ。

3.派遣から始まった、次の時代

派遣社員として
再スタートを切ろうとした彼女を待っていたのは、
さらなる試練だった。

CM制作の経歴が「派遣しにくい」と、
派遣会社への登録すら断られる。

ようやく辿り着いたのが、
NTTドコモの黎明期。

「携帯なんて売れるか」と言うおじさんたちの中で、
彼女は毎月「何万台達成!」という時代の
転換点を目撃する。

4.畑違いの挑戦が、会社を急成長させた

「もう激務はやめよう」

広告業界は好きだけど
やめておこうと思っていたのに、
やっぱり好きで
正社員として
ドクターデヴィアス化粧品の
広報企画本部に入社。

そこで彼女は、思いがけない出会いをする。

「あんたみたいなアトピーの人間が使えたら、絶対売れる」

研究所の所長は、
ひどいアトピーを抱えた彼女を
商品開発に抜擢した。

広告の人間なのに、
商品開発。

でも、それが運命の転機となる。
彼女が関わった商品は、
会社を20億、40億、80億へと急成長させた。

ようやく掴んだ成功。
ようやく見えた光。

5.売上80億の頂点から、一本の電話で転落した

売上が80億を超えた頃、
突然の電話が鳴る。

大阪の薬務課からの呼び出しだった。

「化粧品は水だから、
潤いしか書けない。
薬事法違反です」

彼女が書いていた全ての販促物、カタログ、チラシ、
全てを廃棄しなければならなくなった。

せっかく大きくなった会社が、
再び奈落へと落ちていく。

その先に待っていたのは、
タレントからの契約拒否、
そして新たな挑戦の始まりだった。

6.あの松田聖子さんがイメージキャラクターに! 売上120億を超える!

薬事法違反からのダメージを
変えるために
あらゆる手を尽くした依田さん。

新しくCMを作るために
タレント本の「あ」から順番に調べ尽くした。

そして、思い出したのが
依田さんが憧れだった松田聖子さん。

「あの松田聖子さんがCMを受けてくれるわけがない、、、」

しかし電通プロックス時代の人脈を生かし、
なんと、松田聖子さんを
イメージキャラクターに
起用することに成功したのです。

喜び勇んでオーナーに報告したら──

「会社を潰すきか」

激怒され、エレベーターに乗った瞬間、
地震が起きました。

「神様も怒ってる」

しかし、頭のいいオーナーは
最終的にOKを出し、
松田聖子さんのCMを作成。

売上は順調に回復し、
なんと 120億円という売上まで
回復したのです。

7.「休めない」が当たり前だった時代

「先生、ちょっとしんどいんです。
でも今日、夜8時から会議があって…
ビタミン注射してください」

そう言った彼女の体温は、39.6度だった。

医師は検査をして、すぐに告げた。
インフルエンザ、そして肺炎。
即入院が必要だと。

しかし依田さんは、
医師が目を離した隙に
診察室から逃げ出した。

なぜなら、その夜のミーティングは
絶対に外せない仕事だったから。

海外から帰国したタレントとのCM打ち合わせ。

この日しかチャンスはない。
39.6度の熱を抱えたまま、
彼女は夜中まで仕事を続けた。

 

8.独立し、限界は、静かに近づいていた

依田さんは
ドクターデヴィアス化粧品を退職し、
プロデューサーとして独立後は
さらに過酷な仕事が加速します。

  • 1週間、台湾、
    1週間、スイス、
    1週間、東京...

  • 深夜2時にSkype会議

  • 朝早くから、店舗オープンからの勤務

  • 睡眠時間は3時間

  • ワイン2本飲まないと眠れない体に

9.病院で目覚めたら、肌が黒くなっていた

3年が経ったある日、
彼女の身体は限界を迎える。

突然の入院。パジャマに着替えたところまでは覚えている。

次に目が覚めたとき、
依田さんは全身が真っ黒になっていた。

最初は4人部屋だったはずが、
気づけばナースステーション横の
特別室に移されていた。

看護婦長さんがずっと付き添っていたという。

「先生、これは何なんですか?
私は黒人になったんですか?」

医師も答えられなかった。

「免疫が間違ったとしか言えない。
メラニンを大量に発生してしまったのかもしれない。
元に戻るまで、1年はかかると思う」

しかし1年では戻らなかった。
3年経っても、彼女の肌は真っ黒だった。
いや、今も完全には戻っていない。

10.爪、髪の毛がなくなり、老婆のような姿に

それは始まりに過ぎなかった。
1日3食きちんと食べても、
彼女の体重はどんどん落ちていく。

睡眠薬を何種類試しても、
眠ることができない。

医師は最終的に諦めて言った。
「人間は寝なかったら死ぬから、
どこかで寝てるはずだ。
もう薬は飲まなくていい」

髪の毛が抜け落ちた。
爪までなくなった。

「爪ってなくなるんだ」と、
依田さんは驚いた。

体重は30kgまで落ち込み、
中の肉がなくなったせいで、
座っているだけで骨が痛む。

余った皮膚がペロンと垂れ下がる。
太ももも、お尻も。

顔はシワシワになり、
まるで知らない老婆のようだった。

トイレに行くたび、
鏡に映る自分の姿を見て
「誰、これ?」と思う。

そして「ああ、私か」と気づく。
自分の姿を忘れるほどに、
彼女は変わり果てていた。

身体だけではない。
お金も、人も、すべてが消えていった。

11.3年で、貯金も人も消えた

治療のために民間療法、
様々な健康食品、
あらゆるものを試した。

「これがいいよ」
「これで治るよ」と
勧められるたびに、
お金は出ていく。

独立する前から
一生懸命働いて貯めていた貯金は、
3年で底をついた。

親友だと思っていた人たちが、
次々と離れていった。

中には、彼女を騙す人までいた。

「え、この人が?
この人が私を騙すの?」

依田さん自身も、
当時は精神的にギリギリで、
友人にひどいことを言ってしまったこともあったという。

両親はすでに他界していた。
二人とも60代で亡くなっていたのだ。

病院の6人部屋で、
他の患者には家族が洗濯物を持ってくる。

でも依田さんには誰もいなかった。
大学時代の友人たちが
代わる代わる見舞いに来てくれたが、
人と会うだけで免疫力が落ち、
翌日には帯状疱疹で寝込む。

そんな状態が続いた。

12.もう、この人生を終わりにしてください

3年が経ったころ、
依田さんは毎晩、
天に祈るようになった。

全身真っ黒で、
髪も爪もなく、
体重30kg。

お金も人も失い、

「もう、この人生を
終わりにしてください」

「私はもう無理です。
この依田侑香里という人生は、
もう限界です。

申し訳ございませんが、
輪廻転生した次の人に、
私の分まで頑張ってもらえるよう、
お願いします」

毎日、真剣に祈った。
このままでは路上生活になる。
家賃も払えなくなる。

自殺も考えた。
でも飛び降りて、
もし生き延びてしまったら?
半身不随になったら?
怖くて、自分では死ねなかった。
未来が見えなかった。

そんな彼女が、どうやって這い上がったのか?

依田さんの口から語られる、
再生への道のり。
そのの答えは、第2話にある。

今、あなたは「やりすぎ」ていませんか?

依田さんの物語は、
ただの成功談ではありません。

月曜日から金曜日まで毎日終電帰り、
土日も休まず働き続ける。

栄養ドリンクで身体を騙し、
「私は大丈夫、大丈夫、
仕事が好きだから、
全然へっちゃら」と
言っている人たち。

自分のことを後回しにして
限界を超えて
働いた先に何があるのか?


そして、本当に大切なものは何か。

その答えが、このエピソードにあります。

そして、
そこからどうなったのか?

どうやって彼女は、
「漢方医」という
全く異なる世界へと辿り着いたのか?

この配信では、依田さんの口から語られる、
リアルすぎる昭和と、
平成の働き方カルチャー、
毒親からの脱出劇、
バブル崩壊後の派遣社会、
売上80億円の成功と転落。

何度倒れても、
立ち上がり続けた
女性の物語が明かされる。

人生に行き詰まりを感じている人、
キャリアチェンジを考えている人、
家族関係に悩んでいる人、
「もう一度やり直したい」と思っている人。

彼女は今、穏やかに、
そして力強く、
漢方医として多くの人を救っている。

人生に「遅すぎる」なんてない。
人生に「終わり」なんてない。

そう思わせてくれる、圧倒的な物語が、ここにある。

 


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国際コーチ資格、ICF試験、どこにも売っていない53個のサンプル問題の解説と回答テンプレート

 

信じられない出来事が起きました、、、

 

ICF PCC資格をお持ちの八起さんが、
私のnote記事をYouTubeで
取り上げてくださったんです!

 

国際コーチ資格、ICF試験、どこにも売っていない53個のサンプル問題の解説と回答テンプレート|Talk Shift 三好康次

https://www.youtube.com/watch?v=SR3H2_TIfmk

画像
 

ICF試験の対策教材って、
本当に少ないですよね。

 

私自身が苦労した経験から
「こんな教材があったら…」という想いで
ICF試験対策で悩んでいる方のために、
どこにもない実践的な内容をまとめました。

 

それを、ICF PCC資格を持つ
20年以上の経験豊富なプロのコーチが
推薦してくださるなんて、、、涙

 

この記事が、これからICFを目指す方の力になれますように。

 

八起さん、本当にありがとうございました!
心から感謝です!!

 


画像
 

国際コーチ資格、ICF試験のために勉強しようと思ったら、
日本語の問題集や解説は見つからず、
本当に苦労しました、、、涙

 

ー英語の問題集やYouTubeはあるが、どれが良いか、わからない、、、
ー英語で勉強しようとすると理解に時間がかかる、、、
ーGoogleやDeepLなどで翻訳できるが、面倒くさい、、、
ー翻訳が時々、間違えている、、、
ーなんで、これが正解か理解できず、イライラする、、、
ー相談する人がいない、、、

 

そこで、下記リンクのSolution Academyの53個のサンプル問題を使い、

サンプル問題の解説と回答テンプレートを作りました!
ICF Credentialing Exam Simulator

 

それじゃ、「上記のリンクから、自分で勉強すればいいじゃん」と思うかもしれませんが、

下記のような問題があります。

 

ー英語しかない、、、
ー途中で中断しにくい、、、
ー53問をやろうと思うと、2~3時間もかかる、、、
ー答えは最後まで回答しないと出てこない。
答え合わせの時には、忘れている。
また問題を読み直す必要があり、時間がかかる。本当に効率が悪い。
ー解説は英語だけ。
ー解説文は短く、解説が足りない。
ーすべての問題に解説がない。
ーなんで、これが正解か理解できず、イライラが増す、、、

そこで、この問題を解決するために、、、

3種の神器を作りました!

ー1.英語と日本語を併記した問題集
ー2.回答テンプレート (Excel)
ー3.どこにも売っていない日本語の解説

1.英語と日本語を併記したサンプル問題集

(1) DeepLの翻訳だけでは間違いがあるので、1問づつ訂正しています。

(2) 1ページ目に目次があります。
目次をクリックすると、その問題にとびます。

画像
 

2.回答テンプレート (Excel file)

下記の通り、回答テンプレートも作成しました。

(1) 黄色カラムに回答を入力するだけで、すぐに正解か、不正解か表示されます。また回答する時に何を考えたかメモすることで、なぜ間違えたか見直すことができます。

画像
 

(2) 間違えた問題は、5回まで繰り返し、勉強できるようになっています。
すなわち、テンプレートは5回分あります。

1回目に間違えた問題には、自動で「もう一度」と表示されます。
時間節約のために、間違えた問題だけ繰り返すことができます。

色々な問題に手を出すより、間違えた問題だけ繰り返し行った方が、短時間で、簡単に、効率よく、本質や考え方を習得できます。

画像
 

(3) 2枚目のシートにサンプルを付けています。

画像
 

(4) 回答テンプレートのメリットは?
この回答テンプレートを使えば、下記のようなメリットがあります。

(a) その場ですぐに回答がわかります。

(b) その場ですぐ「なぜ間違えたのか?」考えることができます。

(c) いつでも好きな時に始めて、好きな時に止められます

(d) 間違えた問題だけ、繰り返し、勉強できます。
時間節約になり、効率的ですね。

3. どこにも売っていない日本語の解説

サンプル問題、53問に対して、一つ一つ丁寧に日本語の解説を作成しました。
もちろんプロコーチの方々にもアドバイスをもらいながら作成していますが、公式なものではありません。

下記はサンプル問題4に対する解説の例です。
こんな感じで、53問すべてに丁寧な解説があります。

サンプル問題4

普段はとてもエネルギッシュで陽気なクライアントが、無気力で眠れないとセッションにやってきます。
1. その問題を無視する。
2. セッションのためにエネルギーを振り絞るよう、クライアントに思い出させる。
3. 燃え尽き症候群の危険性についてクライアントに話す。
4. 身体的な原因を除外するために、医師に相談することを

下記が解説になります。

1. その問題を無視する。
【解説】 一番悪い行動
・クライアントが無気力で眠れないと訴えているのを無視するのは、クライアントの感情や健康状態に無関心であるという印象を与え、信頼関係を損なう可能性があります。
・クライアントそのものを無視することになっています。
・ICFのガイドラインに反しており、クライアントの状態に配慮しない姿勢は不適切です。
・全くコーチングではありません。
悪い行動ですね。

他の悪い質問と比較してみましょう。
―1: その問題を無視する。
―2: エネルギーを振り絞るよう、クライアントに思い出させる

下記理由から1が一番悪い行動ですね。
・2は人によっては適切です。しかし1は、どのような人にも不適切です。

・下記4つのコアコンピテンシーで考えてみましょう。
  A. Foundation  基盤を整える  
  B. Co-Creating the Relationship   関係性をともに築く  
  C. Communicating Effectively 効果的なコミュニケーション  
  D. Cultivating Learning and Growth  学習と成長を育む

1は全てX (悪い)ですが、2は人によっては成長など部分的に△になります。

     A  B  C  D
―1:  X  X  X  X
―2:  X  X  X  △

2. セッションのためにエネルギーを振り絞るよう、クライアントに思い出させる。
【解説】 悪い行動
・無気力や睡眠不足の状態にあるクライアントに対して、無理にエネルギーを振り絞るよう求めるのは、クライアントの現状を無視している行動です。これはプレッシャーを与えるだけでなく、クライアントの健康や精神的な負担をさらに悪化させる可能性があり、サポートとして不適切です。
・無気力な時に、こんなことを言われても逆効果ですよね。
悪い行動ですね。

3. 燃え尽き症候群の危険性についてクライアントに話す。
【解説】 悪い行動 (条件付き)
悪い点
・コーチが診断を行っているように見える
・医療的アドバイスになりかねない
・コーチの役割を超えている

良い点
・燃え尽き症候群のリスクについてクライアントの認識を深める助けとなる。
・無気力や眠れないといった症状は、燃え尽き症候群(バーンアウト)の兆候である可能性があるため、そのリスクについて話すことは有効です。しかし、コーチが診断を行うのではなく、あくまでクライアントの現状について認識を深め、必要なサポートを得るための助けを提供することが重要です。

4. 身体的な原因を除外するために、医師に相談することを勧める。
【解説】 一番良い行動
・無気力や睡眠障害は、身体的な問題や精神的な健康問題に関連している可能性があります。ICFのガイドラインでは、コーチはクライアントの健康に重大な懸念がある場合、適切な専門家への相談を勧めることが推奨されています。この対応は、クライアントの健康を第一に考え、適切な専門家の支援を促すため、適切です。
・コアコンピテンシー1.6では「コーチは、コーチング、コンサルティング、心理療法、その他の支援専門職の区別を維持する」ことを述べています。
・コアコンピテンシー1.7では「コーチは必要に応じてクライアントに他のサポート専門家を紹介する」よう求めています。
一番良い行動ですね。

このような解説が、53個のサンプル問題すべてに対して、丁寧に記載しています。

どれくらいの価値があるでしょうか?


下記3つの武器は、どれくらいの価値があるでしょうか?
ー1.英語と日本語を併記した問題集
ー2.回答テンプレート (Excel file)
ー3.どこにも売っていない日本語の解説

下記リンクのSolution Academy 53問を回答するだけでも、2-3時間はかかります。それを日本語に翻訳しながら、回答を考えると、簡単に数時間はかかります。
ICF Credentialing Exam Simulator

実際の経験者として、日本語に翻訳する時間が本当に勿体ない。
「誰か助けて~」と言いたくなる。

さらに間違えた問題の理由がなかなか理解できず、合格したプロコーチも、友人のプロコーチと相談していました。

しかし、、、

この3つの武器があれば、上記のような問題は一切なくなります。

・日本語に翻訳する時間はゼロ。
・あなたの大事な時間を、間違えた問題の解説だけに集中して、考えることだけに時間を使うことができます。

3つの武器を多くの方に活用して頂きたいので、ムチャクチャ安い値段に設定しました。
コーチなら1時間あたり、1万円、3万円などの価値は当り前だと思います。
でも多くの方が、悩まずに手に入れることができるように、スターバックスに行った時をイメージしてみて下さい

 

ー1.英語と日本語を併記したサンプル問題集:500円
ー2.回答テンプレート (Excel file):500円
ー3.どこにも売っていない日本語の解説 :500円

 

スターバックスに行って、

下記3つを注文した時と同じ値段で、

ICF試験に合格する

3つの武器を手に入れることができるんです。


ードリンク:500円以上
ーサンドイッチ:500円以上
ースイーツ:500円以上

 

びっくりじゃないですか?


スターバックスに行って、

3つを注文する時に深く考えないじゃないですか?

それと同じ価値で、

あなたの無駄な時間をなくし、

ストレスを減らす武器を手に入れることができます。

 

3種の神器を手に入れたい人は、

ぜひ下記から入手してみて下さい。

 

国際コーチ資格、ICF試験、どこにも売っていない53個のサンプル問題の解説と回答テンプレート|Talk Shift 三好康次

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#107 失われた日本に必要な行動力がここにある、碇さんの人生物語②

 

こんにちは!

 

失われた日本に必要な行動力がここにある、碇さんの型破りな人生物語を配信しました。

https://youtu.be/9LW5UMRIuZI

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碇 敏之さん

起業する気などなかった青年が、
なぜ30億円企業を作れたのか。

 

8年間も影に徹しながら、
なぜ4億円を稼げたのか。

そして、過疎地域の廃校で、
なぜ新しいビジネスを始めたのか。

 

その答えは、彼の人生そのものの中にあります。

 

起業を考えているあなたへ。
逆境をチャンスに変えたいあなたへ。
地方創生に興味があるあなたへ。

一人ひとりの人生には、必ず学びがある。

1.高校卒業10日前、人生は始まった

この男、ただ者ではない。

高校卒業まであと10日。


普通なら卒業式の準備をしている時期に、高校を中退し、彼は家を出た。

 

先輩の家に転がり込んで7日。


「早く出てけ」と言われ、
築地で住み込みの仕事を始める。

 

そして1年後、結婚。
さらに3ヶ月後には子供ができていた。

 

20歳で父親になった男、
碇さんの物語がここから始まる。

 

築地で働きながら音楽活動を続ける日々。

 

しかし、そこには「遅刻OK」
「飲酒運転も薬物使用も黙認」という
独特の世界が広がっていた。

 

「ここにいたら人間的にやばい」

そう感じた碇さんは、
冷凍庫のオペレーター、
半導体工場へと転職を重ねていく。

2.理解されない選択を、選び続けた人

そんな中、北海道の実家から連絡が入る。

父親が病気で手術が必要だと。


中学生の弟を残すわけにはいかない。
妻子を連れて北海道へ。

 

父親は家業を継いでくれると期待していた。
しかし碇さんの答えは違った。

 

「2拠点生活をしよう」

墓も2箇所、
家も2箇所、
仕事も家業と自分のやりたいこと、
両方やればいい――。

 

30年以上前、そんな提案をした男がいた。

 

当然、理解されなかった。
「お前とは意見が合わない」。

再び東京へ。

3.今の若者に足りないのは「行動力」だ

碇さんは語る。

「今の子たちは頭がいい。
でもリスクヘッジばかりで
行動が足りない」

 

「リスクヘッジじゃなくて、リカバリーで考える。
右に曲がりながら方向修正する方が
頭を使った方がいい」

 

「やらない選択肢は誰でもできる。
PDCAを1回転目でやめてしまう」

 

この言葉、あなたの心に刺さりませんか?

4.Windows95前夜、パソコンとの出会いが人生を変える

碇さんは、元々ミュージシャンを目指していた。

しかし、現実は厳しかった。

 

「パソコンで音楽編集しないと、
これからのミュージシャンは売れないぞ」

Windows95が出るか出ないかの時代。

そんな言葉に後押しされ、
半導体工場で働きながらパソコンを購入した。

 

音楽の道を諦めた青年が手にしたパソコン。
それが、彼の人生を大きく変える「原型」となった。

 

半導体工場では、
派遣法の制約で年間10ヶ月しか働けなかった。

2ヶ月の空白期間をどう過ごすか。

そんな時、中古パソコンのオークション会社の
アルバイト募集を見つけた。

 

「パソコンが安く買えるかもしれない」という
軽い気持ちで飛び込んだその会社で、
碇さんは中古パソコン販売の面白さに目覚める。

 

世の中にほとんど知られていなかった、その可能性に。

5.「絶対に会社なんてやりたくない」と思っていた男

実は、碇さんには起業する気など全くなかった。

家業が自営業で、
人を雇う側と
雇われる側の間の
苦労話をさんざん聞いていた。

 

「絶対にこんなのやりたくない」。
それが彼の本音だった。

しかし、運命は彼を起業へと導く。

中古パソコン会社で働いていた時、
経営者から声をかけられた。

 

「社員になるか、
それとも独立して会社を持って、
うちの業務を下請けしてくれないか」

 

そして、あの提案が来た。
「月額80万円で、アルバイト18人分の仕事をやってくれ」

「計算が合わないんです。
ちょっと預からせてください」

どう考えても無理な話だった。
普通なら、ここで断る。

しかし、彼は違った。

相手の会社の業務と
自社の業務をうまく組み合わせる方法を考えた。

数日後、彼は「逆提案」を持って
再び、その経営者の前に現れる。

 

場所を借りる、
リソースを一緒に使う。
条件を整えた逆提案を持って行き、
「これを飲んでくれるなら80万円で受けます。


飲んでくれないなら受けられません」と交渉した。

経営者は、その提案を受け入れた。

この一手が、のちに年商30億円を超える
企業グループへの扉を開くことになる。

冷静に考えれば、断るべき条件だった。

6.8年間、影に徹した男

起業したものの、碇さんには奇妙な制約があった。

「会社名で営業してはいけない。
代表の名前も出してはいけない。
表に出るな」。

オークション会社の事情で、
運営を外部委託していることを明かせなかったのだ。

会社は立ち上げた。
しかし、8年間、彼は影に徹した。

インターネット通販だけで販売し、
営業活動は一切しなかった。

それでも、結果は驚異的だった。


初年度で売上4億円。
3年で10億円に到達した。

 

「超超ブラック企業スタイル」と彼が振り返る、
猛烈な働き方があったからこそ実現できた数字だった。

 

8年後、ようやく碇さんは表舞台に立つことを許された。

 

会社名もリペアシステムサービスから株式会社RSSへ、
そして現在の株式会社リングローへと変わっていった。

7.廃校が、ビジネスになる

中古パソコン事業を軌道に乗せた碇さんは、
次なる挑戦に目を向けた。

 

「中古パソコンは、
20代後半から50代の男性には人気がある。


でも、それ以外の層にはハードルが高い」。

そのハードルをどう下げるか?
彼は常に考えていた。

ある時、壮大なアイデアが浮かんだ。


「ビルを1棟、サーバーにしよう」。

パソコン内部のようなサーバー設備を持つビル、
アミューズメントパークのような空間。

しかし、見積もりを取ると
「何億円かかるかわからない」と言われた。

 

資金力が足りない。


諦めかけた時、彼の頭に別のアイデアが浮かんだ。

「廃校なら、
タダで借りられるかもしれない」

日本全国で、人口1万人以下の小さな町や村から、
企業が撤退していた。

 

携帯キャリアも店舗も閉め、
地域の人々は十分な情報を得られず、
「別にいらない」
「使わなくてもいい」という選択をしている。

それは、もったいない。

碇さんは、廃校を拠点に、
デジタルデバイド対策を始めた。

 

地域全体を顧客化し、
ハードウェアのメンテナンスから
サポートまで提供する。

 

誰も手をつけていなかった、
ブルーオーシャンの領域だった。

8.ブレない軸、柔軟な手段

音楽からパソコン、
中古パソコン販売から廃校利活用へ。

一見バラバラに見える碇さんの選択には、
実は一本の太い軸が通っている。

 

目標への圧倒的なコミット力。
そして、「手段はあの手この手でいい」という柔軟性。

「順調なんてことは全然ない。
常に山あり、谷あり」と
碇さんは語る。

年商30億円を超える企業を築いた裏には、
語りきれないほどの苦労があった。

 

今、彼が見据えているのは、
リングローをコーポレート化して
グループ企業として成長させること。

 

そして、一般社団法人として運営している
廃校利活用事業を公益社団法人にして、
各拠点を自走させること。

 

「その地域のものにしていきたい」という、
彼の想いは揺るがない。

今すぐ聴く 

高校中退から始まった型破りな人生。


その先に見えてくる、本当に大切な「行動力」とは何か。

 

リスクヘッジではなく、リカバリーで生き抜く。

 

碇さんの人生哲学が、あなたの明日を変える。

 

「やらない選択肢は誰でもできる」

 

今すぐ聴いて、あなたも一歩を踏み出そう。

 

https://youtu.be/9LW5UMRIuZI


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