吃音には生まれながらの吃音と何か心理的な物からの吃音があります。先天性と後天性ですね。


今回は先天性の方について書きます。


・吃音であることは自分のせいじゃない
・どもっても仕方ない→どもって当たり前
・適材適所という言葉を受け入れる
・この世界は不平等だ


・吃音であることは自分のせいじゃない
これは当然ですね。生まれながら吃音であるのだからどうしようもないです。だからもし人と喋っていてどもったとしてもそれは自分のせいでは無いのです。


・どもっても仕方ない→どもって当たり前
吃音者はどもっても当たり前なので、堂々と吃るのが良いと思います。逆に堂々と吃れないとこの先辛いんじゃないかなと思います。

・適材適所という言葉を受け入れる
吃音であることは仕方ないと言っても、やはり障害です。出来ないこともあります。
僕は敬語の勉強も兼ねてコールセンターのバイトをした事があるのですが、そこは営業の仕事でした。
スクリプトが用意されていてそれを読むだけです。
吃らず読めることもあれば吃りまくりな時もありました。一日に数百件はコールするのですがスラスラ読めるようには全くなりません。むしろコールするにつれて吃りが酷くなる気もしました。

2週間ほど続けましたが一件も契約を取れず、同い年の女の子が2日目の勤務で契約を取っているのを見て思い知らされました。

適材適所。ここは僕には向いていない。

生まれながらにして生涯出来ないことがあるなんて認めたくありませんでしたが。どうしようもありませんでした。

コールセンターに限って言えば、電話越しの相手には声しか届きません。いくら有名企業の名を借りても吃りまくりで顔も見えない相手には不信感を抱くのは当たり前です。


・この世界は不平等だ
この世界は不平等です。

例えば

ろくな食べ物がなく餓え死ぬ子供、人一倍食べ物を消費する人
→筋トレ、デブ

ブサイク、美人
→付き合える相手、もらえるチョコの数、第一印象、対応のされ方、いじめ

貧乏の子、金持ちの子
→出される食事、教育の質、犯罪率

悪い親、良い親

生まれながら将来を定められてる人、自由に選べる人
→インド人等、日本人など

※もちろん後者は後者で辛いことはあります。



そうです。この世は不平等なのです。平等だと思いながら生きるより、不平等だと知りながら生きた方が理不尽な事に直面した時受け止め方が変わってくると思います。




ぜひ、参考になればと思います。