超マンダラ論
先日のブログの繰り返しになってしまいますが、
丹田にエネルギーを蓄えると、光が眉間に投影されるという、
とても参考になる文章なので、再度ご紹介いたします。
次の文は、20年、30年と、本格的に修行を積まれた人か、
あるいは、覚醒した聖人が書かれたものを、参考にして書かれたようです。
(どなたが書かれたものかわかりません。)
能望と『幸せの和』のエネルギーと、「パワーかフォースか」の理論で、
誰もが、次元の違う願望達成の能力開発が可能になるでしょう。
こんな事は人類史上考えられなかった事です。アドレナリンで、
身も心もがたがたになる、成功法を選ぶのか、それとも、人体を活発にして、すべてがうまく行くβエンドロフィンがでる成功原理を選ぶのか!
成功塾から贈る能望と『幸せの和』は、
誰もがパワーアップできて、“人類普遍の成功原理”に基づいた実践です。
では、超マンダラ論をどうぞ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この空なる領域の光、プラーナによってすべては生きている
にもかかわらず、人はそれを知らない。これが無明である。
人間は傲慢になり同時にあらゆる恐怖を囲ってしまった。しかし、
この光の内にあることを再び知る。
すべてがひとつの振動に共振する部分であることに気づくと、
そこには死がないことも知る。
「気」が動けば、想念も動く。
想念の活動を止めるにはコツがある。それは、「自分の呼吸」を
コントロールすることだと言う。
「気」は想念のエネルギーなのだから、これを抑えることができれば、
無理なく想念が静まる。ようするに、「気」が止まれば、想念も止まる。
そこで、想念を直接に抑止することは困難なので、呼吸からコントロール
する。
「気」が横溢であれば、想念も乱れる。そこで、「調息」が、まず「気」を
暴れさせない(制御)ようにする。「調息」が心を平静にするのだ。「気」が
外に向かわなければ精神の光が見えてくる。
要は、想念(思考)を「止」めるコツなのだ。やがて、精神の光は「縁中」
(下丹田=太陽神経叢)に結晶する。下丹田に光が集中すると、光が見えてくる。
下丹田に光の(黄金の胎児)意識を繋ぐと、眉間(両目の間)に光が観照で
きるようになる。
光は眉間に、現われているように見えるが、実は下丹田に結晶しているのだ。
こうして、実際われわれが外界を見る「目」とは関係がない作動によって
観照されるのである。
下丹田に結晶する光が、第三の目(眉間)に投影されている。
だから、はじめから眉間で見よう見ようとしては、見ることができない。
こうして、天眼通が生じる。この、光は、すなわち「金華」である。
金華とはマンダラだから、そのとき、彼は光と調和しているのだ。
こうして、技法は心の動きを止める呼吸法から入る。暝想と呼吸とは
表裏一体である。
さて、接神論の奥にはそれぞれ呼び方は異なるが共通の、あるイメージ(形)
が顕れてくる。
それは暝想や祈りのなかに顕れる神仏の真の姿であり、炎のように光り輝く
ものであり、時に「火」のようで、あたかも太陽のようだ。永遠の存在で、
かつ創造のはじまりからある。
歴史的にこれらの接神体験がその主体者を超越者にし、宗教を勃興させる。
簡単にいえば、溢れる光りの世界との共振であり、それとのコンタクトである。
マンダラが一元であり、かつ無限であるから、マンダラのどこの光を見ているのか、
それを知ることは難しいが、中心をもち、その只中の光こそ全一であることを知れば、同時に自分を真に知ることになるだろう。
エネルギーは基本的に4つのおおきな領域をもった性質をもち、エネルギーは
波長の短い方から、長いほうへと流れている。
この流れは循環であるので、つねに終わりがない。最後は始まりであり、
始まりは同時に終わりだということだ。紙より薄い刹那が永遠に渦巻いている。一念三千の奥義がここに潜んでいる。
中 略
こうして、時間と波動がおりなして、一瞬の渡河の連続の中で、あらゆる変化が生まれている。宇宙空間はコズミックダンスだというのはそういうわけである。そして、変化の傾向が状態ということになる。
神の化身は、こうして一瞬にある物質を消し、また、自在に取り出す。
見える世界がすべてではない。
神経と脳細胞の働きは、人間の内側から生み出されている。
未来への自発的で、創造的な思い(ちから)が休まず自分自身を作り変えている。コズミックダンスがそうであるように、それは休みがない。
人生は刻々と終始することなく自分が描いており、同時に、
神経細胞と脳も同じく活発な働きをしている。
脳はもともと夢見る器官だ。夢は自律的で自由な脳の活動であり、
”未来”に向かっている。
夢を喪失すると、さまざまな肉体的な障害を生み出し楽園から失墜する。
ところで、祈りはすべて”未来”に向かっての自発性、創造性が本来備わっ
ている。そして、それらがどうしても必要なものなのだ。それゆえに、
祈りは生きる力となる。
また、芸術と祈りとは自発性と能動性において、全くおなじものといえる。
人生は芸術であるというのは自由と創造性において、まさしく真である。
中 略
この速さはすでに直観的な推測を許さない。原子そのものも波動のように
収縮と拡張を瞬時に繰り返しているのだ。
それも、非常に高速で、捕らえることのできない早さで。振動は、
それゆえにあらゆる物体の宿命である。人間もその例外ではない。
その振動の波長に、人間はあたかも音叉のように、影響を受ける受容体なのだ。
意識の中心は拡張と収縮をしていること、そして、そのサイクルは10の15乗、1千兆サイクルに及ぶ。
また、その驚異的な数値に値する驚くべき人体の事実もある。それは、
人間の染色体に秘められている。
それは、わずか1ミリしかないDNAに、たった4つの塩基によって、
約一京(10の16乗)ビットの情報が貯えられていることである。その情報は、ひとつひとつの細胞が再生のためにもつ情報量ばかりではなく、タイマーのような時系列もコントロールする情報が含まれている。
その細胞が人体には60兆も集まっての構成されているのだ。
人間のもつ情報のレベルが10の16乗であり、光に転換するとエネルギー
としての振動は、同様に一秒間に10の16乗に転換される。つまり、光の振動の写し絵のような存在、それが「DNA」といっても過言ではない。
霊的な光はあらゆる光体のなかでも最も精妙な波長の短い光りである。
ところで、人間の脳の波動は7ヘルツの振動というアルファ波から、
13~28ヘルツのベータ波位の振動を(一秒間)に起こしている。
わたしたちの肉体の脳波はかなりゆっくりしている。しかし、意識の宇宙は
1京にも及ぶ振動の光まで(電磁波)連続して存在すると考えられる。
振動は、存在の源泉であり、万物の生存のリアリティと同義であるとしか言い
ようがない。一刹那を現実だとすると、宇宙は一京分の一秒の高速で描画され
ている。
こうして、フィールドの拡張といっても意識の面では一瞬におこなわれ、
繰り返されていると思われる。
生命のダンスは躍動であり、それは、物理学的にいうと原子核のなかの
振動のようである。音は空中を伝わる静と動の繰り返しで伝わる。要は波である。音も波形を描くが、振動とは波である。
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成功塾は、多くの人に最大級の幸せを与える事ができるでしょう。
幸せとは何を得るかではなく、
何を与えられるかによってきまる。
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⇒ 『成功塾』 新プラン
丹田にエネルギーを蓄えると、光が眉間に投影されるという、
とても参考になる文章なので、再度ご紹介いたします。
次の文は、20年、30年と、本格的に修行を積まれた人か、
あるいは、覚醒した聖人が書かれたものを、参考にして書かれたようです。
(どなたが書かれたものかわかりません。)
能望と『幸せの和』のエネルギーと、「パワーかフォースか」の理論で、
誰もが、次元の違う願望達成の能力開発が可能になるでしょう。
こんな事は人類史上考えられなかった事です。アドレナリンで、
身も心もがたがたになる、成功法を選ぶのか、それとも、人体を活発にして、すべてがうまく行くβエンドロフィンがでる成功原理を選ぶのか!
成功塾から贈る能望と『幸せの和』は、
誰もがパワーアップできて、“人類普遍の成功原理”に基づいた実践です。
では、超マンダラ論をどうぞ・・・
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にもかかわらず、人はそれを知らない。これが無明である。
人間は傲慢になり同時にあらゆる恐怖を囲ってしまった。しかし、
この光の内にあることを再び知る。
すべてがひとつの振動に共振する部分であることに気づくと、
そこには死がないことも知る。
「気」が動けば、想念も動く。
想念の活動を止めるにはコツがある。それは、「自分の呼吸」を
コントロールすることだと言う。
「気」は想念のエネルギーなのだから、これを抑えることができれば、
無理なく想念が静まる。ようするに、「気」が止まれば、想念も止まる。
そこで、想念を直接に抑止することは困難なので、呼吸からコントロール
する。
「気」が横溢であれば、想念も乱れる。そこで、「調息」が、まず「気」を
暴れさせない(制御)ようにする。「調息」が心を平静にするのだ。「気」が
外に向かわなければ精神の光が見えてくる。
要は、想念(思考)を「止」めるコツなのだ。やがて、精神の光は「縁中」
(下丹田=太陽神経叢)に結晶する。下丹田に光が集中すると、光が見えてくる。
下丹田に光の(黄金の胎児)意識を繋ぐと、眉間(両目の間)に光が観照で
きるようになる。
光は眉間に、現われているように見えるが、実は下丹田に結晶しているのだ。
こうして、実際われわれが外界を見る「目」とは関係がない作動によって
観照されるのである。
下丹田に結晶する光が、第三の目(眉間)に投影されている。
だから、はじめから眉間で見よう見ようとしては、見ることができない。
こうして、天眼通が生じる。この、光は、すなわち「金華」である。
金華とはマンダラだから、そのとき、彼は光と調和しているのだ。
こうして、技法は心の動きを止める呼吸法から入る。暝想と呼吸とは
表裏一体である。
さて、接神論の奥にはそれぞれ呼び方は異なるが共通の、あるイメージ(形)
が顕れてくる。
それは暝想や祈りのなかに顕れる神仏の真の姿であり、炎のように光り輝く
ものであり、時に「火」のようで、あたかも太陽のようだ。永遠の存在で、
かつ創造のはじまりからある。
歴史的にこれらの接神体験がその主体者を超越者にし、宗教を勃興させる。
簡単にいえば、溢れる光りの世界との共振であり、それとのコンタクトである。
マンダラが一元であり、かつ無限であるから、マンダラのどこの光を見ているのか、
それを知ることは難しいが、中心をもち、その只中の光こそ全一であることを知れば、同時に自分を真に知ることになるだろう。
エネルギーは基本的に4つのおおきな領域をもった性質をもち、エネルギーは
波長の短い方から、長いほうへと流れている。
この流れは循環であるので、つねに終わりがない。最後は始まりであり、
始まりは同時に終わりだということだ。紙より薄い刹那が永遠に渦巻いている。一念三千の奥義がここに潜んでいる。
中 略
こうして、時間と波動がおりなして、一瞬の渡河の連続の中で、あらゆる変化が生まれている。宇宙空間はコズミックダンスだというのはそういうわけである。そして、変化の傾向が状態ということになる。
神の化身は、こうして一瞬にある物質を消し、また、自在に取り出す。
見える世界がすべてではない。
神経と脳細胞の働きは、人間の内側から生み出されている。
未来への自発的で、創造的な思い(ちから)が休まず自分自身を作り変えている。コズミックダンスがそうであるように、それは休みがない。
人生は刻々と終始することなく自分が描いており、同時に、
神経細胞と脳も同じく活発な働きをしている。
脳はもともと夢見る器官だ。夢は自律的で自由な脳の活動であり、
”未来”に向かっている。
夢を喪失すると、さまざまな肉体的な障害を生み出し楽園から失墜する。
ところで、祈りはすべて”未来”に向かっての自発性、創造性が本来備わっ
ている。そして、それらがどうしても必要なものなのだ。それゆえに、
祈りは生きる力となる。
また、芸術と祈りとは自発性と能動性において、全くおなじものといえる。
人生は芸術であるというのは自由と創造性において、まさしく真である。
中 略
この速さはすでに直観的な推測を許さない。原子そのものも波動のように
収縮と拡張を瞬時に繰り返しているのだ。
それも、非常に高速で、捕らえることのできない早さで。振動は、
それゆえにあらゆる物体の宿命である。人間もその例外ではない。
その振動の波長に、人間はあたかも音叉のように、影響を受ける受容体なのだ。
意識の中心は拡張と収縮をしていること、そして、そのサイクルは10の15乗、1千兆サイクルに及ぶ。
また、その驚異的な数値に値する驚くべき人体の事実もある。それは、
人間の染色体に秘められている。
それは、わずか1ミリしかないDNAに、たった4つの塩基によって、
約一京(10の16乗)ビットの情報が貯えられていることである。その情報は、ひとつひとつの細胞が再生のためにもつ情報量ばかりではなく、タイマーのような時系列もコントロールする情報が含まれている。
その細胞が人体には60兆も集まっての構成されているのだ。
人間のもつ情報のレベルが10の16乗であり、光に転換するとエネルギー
としての振動は、同様に一秒間に10の16乗に転換される。つまり、光の振動の写し絵のような存在、それが「DNA」といっても過言ではない。
霊的な光はあらゆる光体のなかでも最も精妙な波長の短い光りである。
ところで、人間の脳の波動は7ヘルツの振動というアルファ波から、
13~28ヘルツのベータ波位の振動を(一秒間)に起こしている。
わたしたちの肉体の脳波はかなりゆっくりしている。しかし、意識の宇宙は
1京にも及ぶ振動の光まで(電磁波)連続して存在すると考えられる。
振動は、存在の源泉であり、万物の生存のリアリティと同義であるとしか言い
ようがない。一刹那を現実だとすると、宇宙は一京分の一秒の高速で描画され
ている。
こうして、フィールドの拡張といっても意識の面では一瞬におこなわれ、
繰り返されていると思われる。
生命のダンスは躍動であり、それは、物理学的にいうと原子核のなかの
振動のようである。音は空中を伝わる静と動の繰り返しで伝わる。要は波である。音も波形を描くが、振動とは波である。
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