オペラ歌手のマリア・カラスの生涯についても学べる点が多いので紹介します。

2.1 誕生から成功まで
2.2 成功の代償
2.3 恋愛と結婚
2.4 カラスの衰弱と死
2.5 幸せではなかった

 

2.1 誕生から成功まで

カラスは1923年12月4日、ニューヨークで生まれます。

カラスの両親は長男を亡くしており、次は男の子を切望していたため、カラスの誕生は母のエヴァンゲリアには歓迎されませんでした。

エヴァンゲリアは、最初、姉のイアキンシーを歌手にさせようと考えていましたが、カラスのほうが才能があるとわかってから方針転換します。

やがて、エヴァンゲリアはカラスを愛するようになりますが、「私があの子に望んだのは名声だけでした」と、後にエヴァンゲリア自身が語っているように、カラス自身というより、カラスの才能を愛したのでした。当時を知る人も、「(エヴァンゲリアは)マリア本人よりも、マリアの才能の方を愛していたようにも思います」と語ります。

〇成功願望

カラスは他の成功者同様、歌手として成功したいという強い願望と意志、実行力がありました。

学生時代のカラスについて、後に恩師となるイダルゴはこう振り返ります。

「信じられない記憶力と驚くべき意欲でしたよ。その熱心さには本当に驚きました。でも、初めだからだろうって思ってましたら、その凄まじいばかりの執拗さはいつまでもまったく衰えませんの」

カラスと一緒に舞台にたったことがあるロッシレメーニも、「私はこれまでの人生の中で、あれほど粘り強く、妥協することなく勉強した歌手には、とんとお目にかかったことはない」と言います。

・歌が命

カラスにとって歌は命でした。

「私が欲しがったものは、何もかも歌のためのもの。歌に役立つものなのです。やせたのも、舞台で最良のものをお見せするのに必要だったから」

カラスの家に行ったある人は、「ほとんど空っぽで、書斎には一冊も本がなかった。歌うこと以外に自分を磨く意志は、まるでない女だった」と言います。

 

・ポジティブ

これも多くの有名人同様、カラスには多くの敵がいました。しかし、カラスはこの環境をポジティブに受け止めています。

「敵が野次をとばさなくなったら、自分はもうおしまいだと思うでしょうね。敵がいるからこそ私は奮い立つのであって、下卑た野次を彼らの喉元まで押し戻してやりたいと思うのです」

 

〇挫折

カラスはすんなりと成功したわけではなく、多くの困難にぶち当たっています。たとえば、何度も仕事探しが上手くいかなかった時期をこう振り返ります。

「自分は駄目だと思いました。それまでのすべての努力も勉強に費やした年月も、何にもならなかったのですから。あのとき、私はわかりました、人がなぜ時に自殺を考えるのか」

・容姿で苦労する

若い頃のカラスは、美しいルックスとはほど遠かったようです。イアキンシーは言います。

「12,3歳の頃、肥満がひどくなり、顔中ニキビだらけ。16歳の頃はもう、超のつく肥満児よ。『お母さん、どうしてこんなに突き出した大きな耳や大きな鼻や、この見苦しい太い脚の体に生んでくれたのよ』といつもいっていた」

イダルゴも、最初にカラスを見た時に、「その容姿にわが目を疑った」「良い印象は受けませんでした。背が高くて、太っていて、ちょっと見苦しくて、顔はニキビだらけで、服装は質素というか、ほとんど気にかけてなかったんでしょうね」「彼女がオペラ歌手志望なのだと思うと滑稽な感じがしました」などと言っています。

容姿のことでいかに苦労したか、ステリオス・ガラトプーロス著「マリアカラス 聖なる怪物」には次のようなエピソードが書かれています。

「ギリシア屈指の作曲家で音楽院の芸術監督としてワンマンぶりを発揮していたマノリス・カロミリスは、主に外見が野暮ったいという理由でマリアを嫌っていた。マリアは肉づきがよくなっていて、顔にはニキビがあったのだ。カロミリスは、10代なかばの美しい少女には目がないという評判だった。

ある日、彼がマリアの洗練された歌唱を完全に無視して体型にけちをつけたとき、もともと大人しく礼儀正しい14歳の彼女は、ついに爆発して彼の出すぎをいさめ、あなたには生徒に対して芸術監督としてはもちろんだが教師としての責任があるはずだと言った。カロミリスはこの無礼な物言いに怒ってマリアを即刻退学処分にし、彼女は泣きながら立ち去った」

この一件は、結局カラスと母親がひざまずいて、「2度と失礼なことは言いません」と涙ながらに誓って許しを請うことで、ようやく学校に戻ることを許されたといいます。

 

〇サクセスストーリー

カラスは自身が願う以上の成功を収めていきます。

・カラスの歌声

イダルゴは、カラスの声を初めて聞いた時の感想をこう語ります。

「彼女が声を発したとたん、私は体が硬直してしまいました。マリアの歌は並外れた力があって、声はまるでトロンボーンでした。荒削りでしたけれど、とても個性的なすごい声でしたの」

このカラスの声を聞いて、イダルゴは自腹を切ってレッスンを受けさせることを決めます。

カラスの声は日を追うごとに磨きがかかり、全盛期には、声の振動でオペラ会場のシャンデリアを揺らすほどだったといいます。

 

・成功への階段を上がる

そして、「20世紀最高のソプラノ歌手」「オペラ全史を通して最も偉大な歌手」などといわれるなど、高い評価を得ていきます。

「なんという声、なんという芸術、そしてなんという力強さ!」(ビルトテレグラフ紙)

 

「彼女が今日のオペラ界で最も興奮を呼ぶ歌手であることはまちがいない。彼女の長所は何か?何よりも必要とされる広い声域と力強さ。色彩に富む歌声と、ドラマへのたぐいまれな理解力がそろっていること。感動的で刺激的な声の響き。堂々たる風采、豊かな肉体表現、いまの女優にめずらしい舞台への支配力」(ミュージカルタイム誌)

 

・来日

カラスは日本にも来ており、1974年11月4日に「スター千一夜」というフジテレビの番組に出演しています。

 

・歌が大好き

なんといっても、カラスにとって歌うという仕事は大きな喜びでした。

「舞台は居心地がよくて、ほんとに嬉しいの!舞台に出ると、まるで翼がはえたようよ!」

 

2.2 成功の代償

カラスも成功したことで様々な苦しみを受けています。

〇プライバシーがなくなる

有名人の宿命ともいえるものですが、どこへ行っても群衆につきまとわれることになります。

「ホテルを一歩も動けないの。表に何百人も待ち構えているのよ。部屋の窓から見えるわ。怖くて出られない。今夜のステージではくストッキングがないのに、それすら買いに行けないの」

・嫌がらせ

カラスのもとに、猥褻電話や次のような、あらん限りの侮辱を並べた匿名の手紙が無数に届くようになります。

「酷く不愉快な女へ、あんたは鴉(カラス)みたいな声をしている」

「あなたは犬の遠吠えのように歌われました」

「私はあんたをまともな女とは思わない。税金を払っているすべてのギリシア人は、当然ジャーナリストも、あんたに反感を持っている。それにあんたは母親を追い出した。売女め!あんたは金の亡者なのか?」

「お前のやっていることにふさわしい贈り物は糞を一杯いれたバケツだ。カスのカラスよ、さらば。早くお前の王国『便所』で糞まみれで死んでしまえ」

「やれやれ、また一年スカラ座はあんたか!世界最高だった劇場にとって、またいやな年が来る!あんたには神罰が下るだろう」

「歌えばオペラを完全なまでに汚す遠吠えする犬です。あなたは、いつ、ウーウー、ワンワン、キャンキャンやるのをやめるのでしょうか。我々は、少しでも早かれと望んでいます。バラエティーショーででも歌って下さい」

「不愉快きわまりないカラス、あんたは鏡を見ることないんですか。見てみればいいのに。自分でも鏡をぶったたきなるほど嫌な顔をしているから。あんたの声、あれは何といえばいいのかしら?あたしにはカーカー鳥みたい。あんたって、アホみたいな笑い顔だから、いつもすましているといいわね」

嫌がらせは言葉だけに止まりません。

ある日、劇場から帰ると、自宅の窓と扉は卑猥な落書きで汚され、門扉や柵には汚物が塗りたくられていたことがあったといいます。自分の車に犬の死骸の一部が投げ込まれたこともあったそうです。

こういった状態なので、舞台に立つことも容易ではありませんでした。

「本当に酷い荒れようでした。靴や硬いものや卵や、手に入ったものをなんでも構わず舞台に投げつけるんです。カラスにとっては、歌うのはおろかステージに立つだけでも、超人的な勇気と鋼鉄の神経が要ることでした」

 

2.3 恋愛と結婚

カラスも数々の浮き名を流しています。

〇メネギーニとの出会い

カラスが24歳の時、メネギーニというオペラ好きの52歳の男に出会います。メネギーニはカラスを見てすぐに気に入りました。そして、カラスを自分のものにすべく、休むことなくプレゼントを渡して手に入れようとします。

・弱みをつかれる

メネギーニは12の工場を持つなどかなりの金持ちでしたが、ルックスは中肉中背の中年、目はくぼみ、髪の毛も薄く、カラスも最初は大して魅力を感じませんでした。

しかし、徐々にカラスはメネギーニに惹かれていきます。当時のカラスは最低限の生活もままならない状態で、また、今まで男性から強くアプローチされたこともありませんでした。愛に飢え、心細く孤独な生活を送る中、メネギーニの細かい気配りに心を動かされたのです。やがて2人は、愛人契約のような形で一緒になります。

 

・強欲

メネギーニの金銭欲は非常に強く、ケチで有名でした。

「メネギーニが人にコーヒーをおごることでもあれば、雨が降るんじゃないかと町中噂したくらいよ。誰もが言う通りケチな人間だったわね」

「あいつはひどい男だ。彼女に大変な金銭的な苦労をかけていたが、金があったんだから、もうちょっと楽な愛人生活を送らせてやればいいのに、とんでもないケチだった」

また、音楽評論家のレンツォ・アッレーグリは、メネギーニと一緒に食事した時のエピソードを次のように語っています。

「彼のもとへ行った最初の日、部屋を出て階段を下りきったところで、彼は足を止めて言った。

『いけない、財布を忘れてしまった。取りに行かなけりゃ昼飯を払えないな』

彼は再び階段を上がろうと向き直った。『いいですよ、私が払いますから』と言った。

『あんたの払いですかね?それとも社の?』

彼はそう聞いた。『会社です』と私は答えた。

『そうか、それなら行こう』

次の機会もまったく同じことだった。食事に行こうと階段の下まで来たら、彼は言った。

『あれ、財布を忘れた』

私は笑いながら言った。『会社持ちです』

私は3か月に20回ほど彼の家を訪れたが、20回、同じところで同じことが繰り返された」

 

・欲望のはけぐち

メネギーニはカラスが1番大切にしていた「歌」には興味がありませんでした。メネギーニをよく知る人はこう断言します。

「マリアはメネギーニの欲望をそそるただの『もの』だった。そしてメネギーニはその『もの』をわがものにしようとした。これが真実である」

 

・結婚

こういったメネギーニの本性を知らず、舞い上がった盲目のカラスはやがて結婚します。この時のカラスは喜びでいっぱいでした。

「あなたのような伴侶に出会えたことを神に感謝しています」

「これほどの夫はいないでしょう。私ほど幸せな女はいません」

「なんといっても、あなたは夢にまで見た男性ですもの。私のたった一つの目的は、あなたを世界一幸せで誇り高い夫にすることです」

「私たちは似た者同士で、深く理解しあっています。なんといっても、人生でいちばん大切なのは愛と幸福です。生まれて初めて、私は安心感にひたっています。私たちは愛にまさる何かすばらしいもので結ばれているのです」

 

・飽きられる

こういった男ですので、遊び人のメネギーニは次第にカラスに飽き、毎日送っていたラブレターもなくなっていきます。

一方、カラスはより一層強くメネギーニを求めるようになり、次のような言葉で埋められたラブレターを頻繁に送ります。

「私のあなたへの愛はとても強く、ときどき苦しみになる」

「私はあなたが、あなたの愛がとても必要です」

「あなたは私のすべて。私はあなたのために生きています」

「どんな女も、私があなたを愛しているより愛することはできません」

「私はあなたなしに生きられません」

「私をここに放っておかないで下さい。私はとても孤独です、おわかりですね、ひどく孤独です」

「私のことをまだ考えていてくれますか。私が欲しいですか。私は死ぬほどにです。頭がおかしくなるほどにです」

「私がどんなにあなたを望んでいるか、狂いそうなほどまでにだということ、おわかりにならないでしょう」

「計り知れないほどあなたを愛し、それよりももっとあなたを尊び、敬っています。私はあなたを限りなく望み、永遠にあなたのマリアです」

 

〇オナシスとの出会い

そんなカラスですが、飽きられた上に自分を商用利用しようとするメネギーニの姿勢に、段々と愛想が尽きていくようになりました。

そんな時に、オナシス(本名アリストテレス・ソクラテス・オナシス)という男と出会います。1957年、カラスが36歳の時です。

・オナシスからのアプローチ

オナシスは、ギリシアの海運王と称され、当時世界一の大富豪ともいわれるような51歳の大金持ちです。オナシスは、最初オペラに反感を持っていました。

「叫んだり怒鳴ったりのいったいどこがおもしろいのかと思ったよ。言うべきことをなぜストレートに言わないのだろうと不思議になった。オペラでは、男が女に『愛してるよ』というだけで30分もかかるんだ」

また、オナシスは強引なやり方から敵も多く、次のように皮肉られたりしています。

「アリストテレス・ソクラテス・オナシス。2つの堂々たる名前にもかかわらず、その行為は哲学者のそれとは合致しない」

そのオナシスが、世界的に有名だったカラスを自分のものにしようと猛烈なアプローチを仕掛けます。カラスがメネギーニに愛想が尽きていることや、自分のほうがメネギーニより魅力があると確信していたため奪えると思ったのです。この時は、「マリアカラス級の女性が私みたいな男に惚れてくれたらうれしいだろうよ!うれしくない男がいるかね?」とカラスが好きであることを公言していました。

 

・カラスとメネギーニのケンカ

オナシスと比較することでメネギーニの劣った面がより一層目立ちました。カラスはメネギーニに不満を言いました。

「自由にさせてくれないのね。私の行動にいちいち目を光らせて、まるで刑務所の看守か監視人みたいだわ。あなたといると息がつまるの。このままずっと束縛されつづけるなんてまっぴらよ」

この時、カラスとメネギーニはまだ夫婦関係にありましたが、オナシスと恋に落ちたこと、そして結婚生活にピリオドを打ちたいと思っていることを告白します。裏切られたと感じたメネギーニは、しばらくは大人しくしたものの、次第に怒りや恨みをぶちまけるようになります。

「カラスを造ったのは私だ。(中略)あれは肥満し、着こなしの下手な女だった。最初に会ったときにはジプシー女みたいに哀れなやつだったのさ。なのに、私に食いものにされたときた。(中略)一文無しだったくせに。いまは共有財産を分け合わなくてはならない」

カラスも怒りを爆発させ、メネギーニに罵詈雑言を浴びせます。「私の名声を利用して強欲を満たした」「あんな男なんか、くたばってしまえ!」「撃ち殺してやる」とカラスが言えば、メネギーニも「それなら待っててやろうじゃないか。機関銃でしとめてやるさ」「お前の人生に、二度と平和の来ないように」と返します。

こんな関係でしたが、「マリアはこの先もずっと私の妻ですよ」と、メネギーニはもっとカラスを利用したいがために、なかなか離婚させてくれませんでした。

「メネギーニは私を離してくれません。結婚したときから私の収入の半分以上も自分の名義にして取り上げただけでは十分でないのです。私を裁判に訴えてまでいます。それでいて私のお金は、自分のものにしたまま返すつもりがありません」

 

・オナシスとメネギーニのケンカ

カラスを巡り、メネギーニとオナシスもケンカします。

「何百万ドルもらえばマリアを手放すんだ?500万ドルか?1000万ドルか?」とオナシスが言えば、メネギーニも「腐りきった酔っ払いめ」と返します。

 

・オナシスの離婚

オナシスには当時、14年間連れ添った妻ティナがいましたが、オナシスとカラスの公然とした不倫関係にティナは我慢の限界でした。結局、1960年、オナシスとティナは離婚します。

ティナは離婚後、オナシスの商売敵と結婚しますが、オナシスへの当てつけのためにしたような結婚だったので長くは続かず、その後も結婚と離婚を何度か繰り返します。

 

・オナシスに溺れる

メネギーニに完全に愛想が尽きたカラスは、オナシスに溺れます。

「長いあいだ、鳥かごに押し込められていたような気がしたわ。だから、アリストに出会ってからは、まったく別の女になったの」

「私はいまようやく、ごくふつうの女性として年相応の幸せをつかんだのです。四十歳にして、いえ、四十歳を目前にして人生が始まったといわざるをえないわけですが」

「自由って本当にすばらしいわ」

そして、オナシスの命令で長い髪をばっさりと切ったり、オナシスの言うことなら何でも従うようになります。

「マリアはそれまで眼鏡を用いていたのだが、オナシスが彼女には眼鏡は似合わないと言ったときから、あの誇り高いカラスが一言の抗弁もせず、コンタクトレンズを用いるようになった」

「カラスはまるでオナシスの言いなりだ」

「もうカラスは以前のカラスじゃない。子犬みたいにおとなしく従順になった。オナシスがこの奇跡をなしとげたんだ」

「最初は、カラスに近づくために、オナシスは世界の端から端まで飛行機を飛ばして駆けつけたが、今では逆転した」

 

・カラスに飽きる

やがて、プレイボーイのオナシスはカラスに飽きてきます。そして、カラスに暴言を吐くようになります。

「きみはいったい、何様のつもりかね?無価値な女じゃないか!」

「きみは喉に、もう鳴らなくなってしまった笛をもっているだけだ」

「口を閉じてろ。(中略)きみはナイトクラブの歌手でしかないんだ」

また、カラスは「もちろん、オナシスとは結婚するつもり」と言うものの、オナシスにその気はなく、「マリアと私は仲の良い友達、それだけだよ」と言います。こういったオナシスの仕打ちを見ていた人は、こう言います。

「人々の面前でオナシスはマリアを侮辱し、恥をかかせたのよ。時には、ほとんど残忍でさえあった。もちろん、彼女がそれに平気なわけはなかったわ」

さらに、オナシスの子供を宿した時には、オナシスに中絶を命令されています。

「初めは、冗談かと思ったわ。『お前に子供なんか産んで欲しくない!子供はもう、たくさんだ。すでに2人いる』って言ったのよ。死の苦しみだったわ」

どうしても産めなかったのか、と友人に問い詰められるとカラスはこう嘆きます。

「2つに1つを選ばなければならなかったのよ・・・オナシスを失うのが恐かった」

かつては、「子供ができれば死んでもいい」とまで言っていたほど子供が欲しかったカラスでしたが、オナシスを失う恐怖のほうが勝ったのでした。

 

・大統領夫人

そんな頃、オナシスはケネディ大統領夫人であるジャクリーン・ケネディに目をつけます。大統領夫人という肩書を利用したいと思ったのです。当初、ジャクリーンに直接近づこうとするのではなく、まずは家族に近づこうと思っていましたが、ケネディ大統領が暗殺されると、オナシスは直接近づこうと行動に移します。ジャクリーンにとっても、オナシスを資金源として利用したいという思惑があり、両者の利害は一致し、1968年、2人は結婚します。

 

・失意のどん底

オナシスの結婚を知ったカラスは失意のどん底に落とされます。

「楽屋を尋ねると、彼女はほとんど死人のようでした」

「マリアの悲劇は絶大だった。オナシスのためにすべてを犠牲にしたのである。自分の宗教上の原則も、最も根本的な信念も曲げてしまった。歌手生活も成功も歌への愛までも放棄してしまった。真実、相手の男を愛していたから、彼女は奴隷になり果てたのだった。愛のためだから、9年におよぶ彼との生活のあいだに彼が彼女に加えたあらゆる恥辱に耐えたのだった。だが、もともと多くを得られる望みはなかった。いつか役に立たないもののように捨てられることになっていたのである」

そして、苦しみの解決を薬に求めるようになります。カラスの友人はこう振り返ります。

「あの頃からですよ。爆弾といってよいような眠り薬を使うようになったのは。危険な薬ですけど、問題を忘れさせてくれます。飲めばまさに昏睡状態になりますから」

友人の1人がカラスの家に行った時のことです。

しばらくして疲れて帰ろうとすると、カラスは「もう行ってしまうの?わたしを独りにして?あの男とおんなじね。思いやりがないんだわ!」と言って止めようとします。友人が無視すると、カラスは「もう少し、ここにいて。頼むから、行かないで・・・・まだ・・・・お願い」と懇願したといいます。

カラスの親友であるゼッフィレッリは、カラスとオナシスの一連の関係についてこう語ります。

「僕はずっと確信していた。オナシスは一度だって彼女を愛しはしなかった。実のない男だった」

「オナシスは彼女に実に酷い態度を見せ始めた。僕は、普通では考えられない場面に何度もでくわした。で、マリアを守るために、ついに腕ずくのケンカをしたこともある。オナシスの船で夕食をしていたある晩、もういつものことになっていた騒動があって、マリアは恥ずかしさに赤面して泣きながら席を立ち、キャビンへ引っ込んだ。僕は彼女のところへ行った。彼女はもうずたずただった。『なぜ彼から離れて歌に戻らないんです?』と言うと、返事はこうだった。

『わたしに何ができて?今ではわたし、あの男といるしかないわ。わたしにとってあの人がすべてだったの。わたしの人生を輝かしてくれるはずの夢だったの。でも、こんな結末になったわ』」

また、カラス自身も後に、「オナシスは、有名女性のコレクターなのよ。ジャクリーンをコレクションに加えるには、結婚するしかなかったんだわ」と語っています。

 

・パゾリーニとの出会い

オナシスがジャクリーンと結婚して落ち込んでいるところを、パゾリーニという男が声をかけてきます。そして、パゾリーニがカラスに指輪をプレゼントしたこともあり、カラスはパゾリーニに結婚の申し込みをされたと思い込みます。しかし、パゾリーニは同性愛者で女性との結婚はありえませんでした。パゾリーニの友人でありカラスの友人でもあるツィガナ氏はこう言います。

「突然マリアから電話があって、彼はあれ以来何も言ってこないの、いつ結婚してくれるんだろう、と泣き声で言うんです」

「パゾリーニのことを、早くはっきりしたことを決めてほしい、死ぬほどの思いで待っているんだから、と言うんです」

この数年ほど後に、パゾリーニはローマの海岸で、彼と判別できないほど傷つけられた死体で発見されます。彼に性行為を強要された若者に殺されたといいます。

 

・また近づいてくる

愛のない結婚だったため、オナシスとジャクリーンはすぐに上手くいかなくなりました。するとまたオナシスはカラスに近づくために、しつこく電話してきます。

「あの汚らわしいギリシャ人の小男よ。あのオナシスとかいうブタよ。あの年寄りが、どうしてこう煩わしく私につきまとうのよ。みんな手に入れたじゃないの、欲しくてたまらなかった社会的地位のシンボルも何もかも。これ以上、何が要るっていうの。今は不幸せ?ファーストレディに閉口してる?あの男には、きっと神様の祟りがあるわ」

「どこまで逃げても必ず探し出して、私が『うん』と言うまでつきまとうっていうの。どうしてなの、訳がわからない。男って、どうなってるの?人を見捨てておいて、今度は心を無理やりこじ開けようとする」

しかし悲しい性で、過去に裏切られているにもかかわらず、カラスはまたオナシスと付き合ってしまいます。

「ああ、いい手触りだ!脂の乗ったマリアの太い腿は、やっぱりいい。こいつが恋しくてならなかったよ。ジャクリーンときたら、骨と皮だからな!」

こう言ってオナシスはカラスに触れます。

そして、新聞には「オナシスとカラス、復縁!」の文字が出たのでした。

このようにして、辛い目に何度も遭わされながらも、オナシスとの関係はズルズルと9年ほど続くことになります。

「なぜ、なぜなの?なぜこんなことが起こるの?あなたに恋人がいて、愛しているとして、その人がいつまでもあなたを愛すると、今日そう言って、ところが明日、あなたがわけもなくその人を邪魔者扱いしたら、そしたらそれは酷い侮辱でしょ。そんなことがしょっちゅう繰り返されたら、あなただってずたずたになってしまう、神経が・・・。そうではなくて?私にどんな希望があるかしら?9年間、最高の目標があったのに、それが・・・・。人間てどうしたらあんなに不誠実になれるものかしら?」

 

・オナシス帝国の死

盛者必衰が世の常ですが、オナシスにも次々と不幸が訪れます。

1973年、オナシスの息子アレクサンダーが飛行機事故で死亡します。オナシスはこの時、すでに病で弱っていましたが、息子の死で心身共に衰弱し、カラスを頼るようになります。

「何度も何度も繰り返して、オナシスは結婚してくれと頼んだ。彼も、今度は本気でした」

この時のオナシスについてカラスは、「坂道を転がるように衰えていくわ。ビジネスも思わしくなくて、深刻なの」と言います。

1974年、アレクサンダーの死のショックのせいもあってか、オナシスの元妻ティナが、45歳の若さで薬物の過剰摂取により死亡します。

1975年、今度はオナシス自身が筋ジストロフィーを発症するなどして75歳で死亡します。

その後、オナシスが築いた事業の経営は娘のクリスティーナがしていましたが、父ほどの商才もなく、本拠地のビルも壊されるなどしてオナシス帝国は終わりました。クリスティーナは結婚と離婚を4回繰り返し、最期は薬物依存による心臓発作で37歳の若さで死亡します。

ティナは、後年こう語っています。

「彼は世界屈指の金持ちになりましたが、その大きな財力は私に、彼と一緒にいる幸福をもたらさなかったし、ご存知のように、彼にも私と一緒にいる幸福をもたらさなかったのです」

ティナをよく知る人はこう言います。

「ティナもまた、美貌、知性、金持ちで有名な夫、2人の可愛い子供、巨万の富など、人が羨む成功を手に入れていましたが、彼女の人生は不幸なものでした」

カラス自身も、後年、当時のオナシスとの不幸な関係をこう振り返っています。

「わたしたちの生活はまるで地獄でした。でも、それはお金が山ほどある地獄・・・」

そして、冷静になったカラスはオナシスの欠点も語っています。

「すべてを自分のものにしようとする底なしの欲望。私はそれと折り合うことができなかったの」

「お金のためというよりは自分を大きく見せるために、こうしてつねに何かを追い求めていて、新しいことをなしとげずにいられなかった」

 

2.4 カラスの衰弱と死

やがて、カラスの命である「声」が衰えていきます。

そして、ある舞台で、「今夜まともに歌えなかったら、自殺するわ」と言い出します。これを聞いていた人はこう言います。

「いつものカラスの誇りを込めてそうつぶやいたのだけれど、言葉の裏には、彼女らしくない自嘲の気味があった。とても怯えていたわ。翼をもがれた鳥のようでした。自分の声がもはや意のままにならないのを知っていたのよ」

度重なる不幸に、カラスはすっかり生きる気力をなくしていました。1972年に、15年ぶりにカラスと再会した友人はこう言います。

「マリアはひどかった。彼女だなんて思えないほどだった。彼女らしさのあのやる気ってものがないんだ。火が消えたみたいだった」

〇隠遁生活

その後、カラスはパリで隠遁生活を送るようになります。レンツォ・アッレーグリは、この頃のカラスの孤独な生活についてこう言います。

「彼女は、使用人たちとトランプをして毎夜を過ごした。彼らの休みの日になると、一人にしないでと彼らに懇願した。世界最高の歌手は、世紀の歌手は、神話的存在の歌手は、自分の使用人たちに寂しくて死にたくならないためにいっしょにいてくれと乞うようになっていたのだった」

 

〇死

1977年9月16日、薬物依存による心不全でカラスは死にました。53歳でした。未だに謎が多いカラスの死ですが、いつ死んでもおかしくない生き方をし、苦しんでいたのは間違いありません。自殺に近い死に方といえるのかもしれません。カラスの死について、「マリアカラス 世の虚しさを知る神よ」の著者である永竹由幸もこう分析します。

「これはほとんど自殺に近い死に方である。努力して頂点にまで登りつめ、そして急落してすべてを失い死しか残っていなかったマリア。なんという壮絶な人生だったのだろう」

 

〇遺産

カラスの死後、母や姉、メネギーニといった人間が、ベッドやピアノ、ハンドバッグ、靴、花瓶、絵等々、カラスの持ち物をすべて競売にかけます。メネギーニは、カラスが死んだ2か月後にも、「マリアが宝石を隠していた所を知っているか」と聞きにやってきます。

また、メネギーニは、遺品や資料を集めたカラスの記念館や、カラス財団を作ると何度も言っていましたが、結局最後まで作りませんでした。そして、メネギーニの遺言には、晩年に自分の面倒を見てくれた家政婦に全財産を与えると書かれてありました。つまり、メネギーニは、カラスの財産をカラスのために使おうという気はまったくなかったのです。

 

〇デヴェッツィとの出会い

カラスは死ぬ少し前に、デヴェッツィというピアニストと出会っています。

・偽の友

いつしかデヴェッツィは、「マリアの腹心の友」を名乗るようになりました。しかし、それを聞いたカラスは、表情を硬くして手を振り、「あの人は友達ではないし、まして腹心の友なんかではない」と言います。

カラスが死ぬと、「マリアの親友」という偽りの権限を行使して、デヴェッツィはすべてを自分のものにしようとします。姉のイアキンシーは、「彼女が葬式その他、すべてを取り仕切ったの。私が着いたときには、すでに何もかもデヴェッツィが取り決めた後だった」と言います。

 

・すぐ火葬される

デヴェッツィは、カラスの遺体を火葬することを独断で決定しています。慣例では翌日に火葬するものでしたが、火葬場に運ばれて30分後にカラスの遺体は火葬されていたのです。火葬されては遺体解剖ができず、死因を分析することができなくなります。

 

・物がなくなる

着道楽だったカラスは、ブラウス200枚、セーター250点、靴やネグリジェ、手袋といった物も数えられないくらいありましたが、イアキンシーが引き取りに行ってみると7つしか残っていませんでした。大半が消えていたのです。

 

・遺書がなくなる

カラスが書いた遺書が、なぜかなくなっています。

 

・遺骨が動かされる

墓に埋めたはずのカラスの骨壺が誰かによって掘り起こされ、動かされていました。普通は教会か墓に置くものですが、なぜか銀行の金庫に入れられていたのです。イアキンシーの夫は、「銀行の金庫に遺骨を入れようと決めたのはデヴェッツィだ」と言います。

 

・だまされていた

デヴェッツィは、歌い手を支援するためのカラス財団を設立するといって、80万ドルの小切手を自分の名義でイアキンシーに振り出させた上に、個人的な贈与として40万ドルを支払わせるといったことをしていました。

その後、カラス財団は実態がなかったことなど、弁護士からの指摘でようやくイアキンシーはだまされていたことに気づきます。デヴェッツィは偽造文書などを作成し抵抗するも、搾取した大金は投資にまわし、結局は使い果たしたことを白状します。

そうした中、デヴェッツィは突然の病に倒れ死んでしまいます。

 

2.5 幸せではなかった

「私は頂点を極めました」と自負するほど成功を手に入れたカラスですが、彼女の人生は不幸なものでした。

〇歌が嫌になった

あんなに好きだった歌も嫌になっていました。

「もうオペラはたくさん。自己犠牲にも、くたくたになるリハーサルにも、きつい公演にも飽き飽きしたの」

「なにかというと、わたしが悪いと、人は簡単にわたしを責めます・・・そして歌う喜びまでも、わたしから奪い取ってしまったのです。23年間わたしは歌いつづけてきましたが、この数年、それはまるで拷問のようでした。つねに三点ハ音(普通のソプラノの限界音)を出すことを要求され、風邪を引くことも声がかすれるのも許されないのです。観客は怪物です。わたしが舞台へ戻りたいという気が起きないのは、そのためです」

 

〇成功が苦しかった

成功を手に入れる苦しみをカラスは感じていました。

「名声は危険なものです。なぜって、私は身をもって知っているからです。名声には不安がつきまとう。私は拍手が恐いのです」

「絶えることのない闘争、私はひたすら闘わなくてはなりませんでした。決してそれを望んだのではありません。争い事やもめ事は嫌いなのです。そんなことで神経をピリピリさせるのはいやです。でも、いざ闘わなくてはならないときには、やはり闘うことでしょう。これまで私はつねに勝利してきましたが、心からの解放感を覚えたことなどありません。何とも白々しい勝利なのです」

 

〇普通に生きたかった

成功者としてではなく、普通の女性として生きたがっていました。

「私はふつうの女性のように生きたいのです」

「わたしはもう歌いたくないのです。わたしは生きたい。普通の女として生きたいのです」

「近頃わたしは、子供と家と犬のいるごく平凡な主婦だったらよかったな、と思うんです。ヴェローナでメネギーニを知り、彼と結婚しました。わたしは愛を信じていたのです。でも彼は夫ではなく、マネージャーでした。わたしの成功から利益を得ようとする興行主です。だからわたしたちは別れたのですわ。ほんとうです、わたしが望んだのは、真の生活、自分自身の生活なのです」

 

〇愛が欲しかった

他の何よりも愛を欲しがっていました。

「私は音楽なんかより、愛がほしいし、大切なの!」

「本当の愛に出会えるなら、すべてをあきらめてもいいわ」

「素晴らしい声があるじゃないか」と言われて、「声がなんだっていうの?私は一人の女性なの。それが問題なのよ!」と返してもいます。

 

〇人生は苦しかった

人生の苦しみも何度も訴えていました。

「生きていくなら、闘うのよ」

「人生って辛いものよ。もう、あなたにもわかるでしょう」

「いつも自分の中にある苦痛から解放されるために、神に死を乞い願うまでになってしまいます」

 

〇誰も信用できなかった

近づいてくる人はカラスを利用する人ばかりだったため、誰も信用できなくなっていました。

「この世にはもはや、正直も道義もないのよ。だれも信用しちゃだめ、一番親しい友人も」

「誰が自分の真の友人か、有名人になるとわからなくなるのよ」

「回想のマリアカラス」の著者であるナディア・スタンチョフはこう言います。

「後年の彼女は、他者と自分との交友や対人関係が長続きしないのではないか、との不安におののきながら暮らすようになる。人の感情の移り変わりを素早く感じ取って、友情を十分に育むより先にその破綻を予知し、最終的な落胆に備える心の準備をしていた」

 

〇孤独だった

カラスの人生は孤独でした。

晩年の2年間、カラスの家を頻繁に訪れた友人はこう言います。

「限りなく温かで、同時に信じがたいほど孤独な人だった。寂しい晩年でした。アパートを去るときは、かなりしばしば想像を絶するほどの苦労を強いられました。何もすることがないので、彼女は友人や客を帰そうとしないのです。私が辞去しようとすると、質問を雨あられと浴びせました。別れのときを、一瞬でも先に延ばすためです」

また、死ぬ直前に姉と電話していますが、長年仲が悪かった姉にもその孤独感が伝わっていました。

「とても気分が悪いといい、寂しそうな様子だった。色々体の故障を訴えたわ・・・。あんなに薬を飲むから、なおさら悪くなったのかもしれない」

カラスは言います。

「四方を壁に固まれたような孤独、こういう感覚が子供の頃からずーっと続いている。なぜ一人ぼっちなのか」

 

〇目的にならなかった

そして、世間的な成功では幸せになれず、人生の目的に値しないことを、自身の体験から悟っています。

「昔は成功が人生の唯一の目的だと思っていたわ。でも、そのときはまだ若くて分別がなかったから」

 

以上、マリア・カラスの生涯を紹介しました。

彼女たちにも仏教を教えてあげたかったです。

彼女たちの苦しみの根本原因は、仏教でいえば「無明」になります。

何やっても空しい心、寂しい心であり、安心も満足もできない心です。

無明の解決をしない限り、人間は根本的には幸せになれないのです。

無明の解決が「悟り」や「涅槃」というものですが、これについては公式サイトで詳しく説明しています。

https://onlylife.jp/

 

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付録 成功と恋愛と幸福
1.マリリン・モンロー
2.マリア・カラス