「会うは別れの始め」といわれますが、会者定離であって、出会ったからには離れる定めにあります。一瞬で大切な人を失うことがあり得るのがこの世界です。意識するとしないとにかかわらず、別れの時は刻一刻と確実に近づいています。
そして、いざやってくれば、その大きな衝撃に塗炭の苦しみを味わうことになります。嫌いな人と別れるなら嬉しいでしょうが、生き別れにしても死に別れにしても、大切な人との別れは耐え難いものがあります。
・信じられない
いつかは別れがあると頭ではわかっていても、腹底では信じられないものです。そのため、いざ別れがやってくると受け入れ難いものがあります。
俳人の小林一茶は、子供を亡くした時に「露の世は 露の世ながら さりながら」と詠みました。「幸せは露のように無常なるものだとはわかっていたつもりだったが、そうは悟り切れないものだ」という意味です。
・どれほどの苦しみか
娘を失ったある父親は、「こんな悲しいことがこの世にあるのか」と言いました。「自分も一度死んだ」と言った人もいます。その筆舌に尽くし難い苦しみを、様々な人が様々な言葉を駆使して表現しています。
「最愛の妻と娘を突然、失い、涙することしかできず絶望しています。娘がこの先どんどん成長し、大人になり、妻と私のもとを離れ、妻と寿命尽きるまで一緒にいる。そう信じていましたが、たった一瞬で私たちの未来は奪われてしまいました。悔しくて悔しくて仕方がありません」
「絶望感が増し、生き地獄のような日々」
「起きるたびに二人がいない現実に打ちのめされる」
「妻と娘は本当に優しく、人を恨むような性格ではありませんでした。私も2人を尊重し、本来ならばそうしたいです。ですが、私の最愛の2人の命を奪ったという、その罪を償ってほしいです。この数日間、何度もこの先、生きていく意味があるのか自問自答しました。しかし、同時に今回の事故での妻と娘のような被害者と私のような悲しむ遺族を今後、絶対に出してはいけないとも思いました」(松永拓也さん/交通事故で妻と子供を失い)
「とてもとても言葉では言い表せない、悲しさと失望感と空虚さ、こころのキズは途方もないとかんじる、、愛するお母さんと離れ愛する父とわかれ最愛の姉とも会えなくなりそして可愛くて可愛くてしかたない子供達と共に生きられず子供達の成長も、、海老蔵の今も将来も見れず友達ともお茶もいけず、旅行もランチもディナーもすべてなにもできない肉体を失った麻央の事を思うと、、もはやなにも手につかない私が、、、人ってこんなになるのか、こんなにもなにもできなくなるものなのか、こんなにもなにも、」(原文ママ)
「胸がしめつけられ目覚め胸を抑えると大きな大きな穴が空いている言葉に文字にできない喪失感、あの日から涙のでない日がないです、、」
「人とはなんとも脆く弱いものなのか?と日々己で痛感してます」
「あのときにこうしておけば、あのときに戻れれば、あのときの麻央に伝えたい事、あのときの海老蔵に伝えたい事、山ほど山ほどある。人は時を取り返すことができない。取り返す事はできない事わかっていた。ずっと昔からわかっていた。時は戻らないこと わかっていました。いやわかっていた つもりだった。わかっていたつもりだった ということに、気がつきました・・・・」(歌舞伎役者の市川海老蔵/妻をガンで失い)
苦しみの大きさが自殺死亡率にも表れています。死別・離別の自殺死亡率を比較すると未婚より男は5.4倍、女は4.1倍多くなっています。(平成25年内閣府調査)
2.1恋愛では絶対に幸せになれない
〇恋愛は無常
〇利己的な愛
〇人生は苦なり
〇老苦
〇愛別離苦
〇死苦
〇幸せになれない
〇死は解決できる