肩書:精神科医、元英国精神薬理学会事務局長、カーディフ大学教授
参照著書:ファルマゲドン 背信の医薬
「ファルマゲドン」とは、医薬や製薬企業を意味するファーマ(pharma)と、世界の終末における戦争を意味するアルマゲドン(armageddon)を組み合わせて造られた言葉です。
- はじめに
本書の「はじめに」の中では、著者の主張を簡潔にまとめています。
〇問題の本質
著者は、問題の根源として次の3つを挙げます。
医薬品特許:医薬品に特許を付与され、製薬企業が医薬品の販売を独占することができていること
処方箋薬の特権:医薬品が処方箋なしには入手できなくなったこと
比較試験:製薬業界が設計する比較試験が都合よく操作されていること
そして、うわべだけの攻撃をするほどかえって製薬企業を利することになり、「製薬企業は喜んでパンチを受け続ける」と指摘します。
・役に立たない薬が売れる
「私たちはいま、早死にしないために、最新の奇跡的治療法から身を守る必要が増しているような世界に暮らしているのだ」
・薬害
「薬剤誘発性の傷害はいまや、入院患者の死因の第4位につけている。先進国における障害の原因としては、おそらくダントツの1位になるだろう」
「こんな言い方をするのは残念だが、医療はますます、ヒトの体内における毒の作用を追跡するための、完璧な天然の実験場になっている」
薬物療法によって誘発される害について、「医療提供者は、医薬品自体に使うよりも多くの金を、治療により誘発された健康問題の改善に使っている」と言い、それにもかかわらず議論が封じられていると言います。
「薬の有害事象に関する議論を着々と封じつつある。これはアメリカだけの問題ではない。沈黙はいま、全世界に広がっている」
第一章 かつて医療と呼ばれていたもの
〇製薬企業のマーケティング
「潤沢な資金にバックアップされた企業は、適切なパッケージにくるめば低品質の製品さえ、どんなものでも売ることができる、と自負している」
「規制の強化は、規制の要求を満たすことができない弱小企業を市場から追い出すことになり、結果的に生き延びた企業を成長させることになったのだ。こうした企業はいよいよ強力なマーケティング能力を手にして、その1世紀後に、私たちをファルマゲドンの危機に直面させることになる」
〇特許薬
・病気づくり
「コツは、市場を理解し、それに薬を適切に位置づけることにある」
「疾患を、何もないところから魔法のように生み出すことになる」
「以前、患者の治療ニーズや病態に対する医師の知見によって定義されていた疾患は、いまやますますマーケッターの目標によって定義されるようになっている」
「様々な種類の疾患はいまやマーケティング部の気まぐれによって、やってきては去っていくのだ」
・気分安定薬
1990年代に、気分安定薬という言葉が出てきます。
「気分安定薬という言葉のすばらしいところは、正確には何を意味するとも言えないことにある」
「気分安定薬という用語は、ほぼ完ぺきに近い宣伝用語であり、1950年代の精神安定剤という用語や1990年代のSSRIの概念と同じくらい大成功したブランドなのだ」
・双極性障害
デパコートが発売されると、躁うつ病という用語が、双極性障害に取って代わられ、ほぼ完全に消滅したと言います。
躁うつ病は、10万人に1人という滅多に生じない疾患でしたが、双極性障害は10万人に5千人の割合で生じるものになり、「双極性障害は驚くべき速さで、極めてファッショナブルな疾患になった」と言います。
双極性障害は、創造力豊かな人がかかる病気と宣伝され、ゴッホやシューマンといった芸術家も罹患していたことにされます。
「この疾患の人気はうなぎのぼりで、双極性障害を抱えていることを自慢する衣類やアクセサリーがオンラインショップで販売されているほどである」
「たった10年の間に、最も深刻な精神疾患の1つだったものが、破滅的な疾患からライフスタイルの選択肢に変わってしまったのだ」
〇人質になる医師
「医師も医師以外の人も企業のマーケティングが及ぼす影響は無視できるものだと信じているが、そうではなく理解していないだけだ」
「大部分の医師は、実は体をハイジャックされていて、顔の見えない企業のマーケティング部のために働く人間によって置き換えられているという考えは、ほとんどの人にとって、最初は信じがたいものだろう」
「製薬企業が医療の聖地への侵入を許し、医師をマーケティングに深い敵愾心を抱く専門家からマーケッターにとっての夢のような存在に変えさせた」
第二章 医療とマーケッター
〇処方箋薬の特権
・使命は利益
次のように製薬企業は、利益が目的になり、疾患を撲滅する意欲がなくなったと言います。
「医療の使命とは原則的に、病を患った人や死にかけている人を、そういう人がどこにいようが治療することにあるとしたら、製薬業界の使命とは特許と利益を守ることに急速になりつつある」
「とどのつまり、製薬企業の推進力は、疾患の撲滅にあるのではなく、投資の利益率にあるのである」
・常識の麻痺
「マーケッターは自分に都合のよい比較試験を選び出し、ちょうど政治家の演説を磨くように、それをゴーストライターの手によって洗練させ、学術的な医学誌や学術集会の査読審査システムをすり抜けて受理させている」
第三章 エビデンスに従え
「医療が企業に課した臨床試験という制約は、医療自体を制約するものになってしまった」と言い、その詳細を説明しています。
〇比較試験
「製薬企業は、自らに都合の良い比較試験のデータだけをつまみ食いし、不都合なデータは公表しないままにすることによって、科学をあざ笑っている」
「製薬企業は『効く』と謳っているが、それは企業自らが重要だと位置づけた効果があることが証明されたからであって、実際には同じ臨床試験においてプラセボ投与群よりも実薬群のほうで死体が積み上がっていたとしても、そうした事実は隠蔽される」
・薬を使うよう圧力を受ける
「医師と患者双方の意識は薬の摂取に向かい、なぜ苦しむようになったのか、なぜ不健康になったのか、といった文脈に注意を払うことはほとんどなくなっている」
・「効く」とは
「効く」ということについて次のように言い、その医薬品が命を救うとかではなく、服用した人の具合を良くするということでさえないと言います。
「これは非常に重要なので繰り返すが、あらゆるベストセラー薬における『効く』という意味は、その医薬品が、製薬企業にとって利益となる何らかの数値に変化をもたらすということだ」
・劣る新薬
プラセボより優れていることを示せればいいので、「より新しく、より効力のない薬が旧来の薬より売れるようになるという、不合理な現象が生じるのだ」
次のように、どの血圧の薬が効果があるのかを比較した研究はなく、新薬が開発されるたびに最良といわれてきたと指摘します。
「血圧の薬は多々あるが、それらを比較した研究や、どういった人にどの薬が効くか、といったことを調べた研究はまだほぼ皆無だ」
「1950年代に最初に開発されたチアジド系降圧薬は、60年代と70年代にはプロプラノロール、80年代にはACE阻害薬に、90年代にはサルタン系薬剤に、そして他の複数の薬に取って代わられたが、新薬が発売されるたびに、それは最良の薬であるとされた」
50年後にようやく各薬剤を直接比較する研究が初めて行われ、最も効果があり、最も安全な薬であると示されたのは50年代に最初に開発されたチアジド系降圧薬でした。つまり、一番古い薬が最良だったのです。
「50年にわたって私たちは、どんどん高価になっていく一連の薬を使い続け、そのあいだに、最良かつ最も安全で、しかも最も廉価な治療法は人気を失っていったのである」
「マーケティングのせいで、古い抗うつ薬はほぼ完全に新しい抗うつ薬に置き換えられてしまった。新しい薬のほうが効くという証拠は、これっぽっちもないのだが」
そして、同じようなことが他の薬でも行われ、その根源にあるのが企業の試験であると言います。
「同じようなことが、鎮痛剤、骨粗鬆症薬、血糖降下薬、抗精神病薬、そして他のベストセラー薬のほぼすべてについていえる。ベストセラー薬がベストセラー薬である理由は、既存薬より優れているからではない。にもかかわらず、こうした治療分野すべてにおいて最新の薬をベストセラー薬に仕立てているのは、エビデンスに従っているはずの医師たちなのだ」
「企業が行う試験は、医師が患者を治療する方法を根本的に変えてしまった」
・エビデンスに歪められる
次のように、エビデンスに歪められてしまったと指摘します。
「誤った治療の流行を食い止めるために元来考案された手法は、企業の手によって、最新の流行を煽るための主燃料になってしまったのである」
「エビデンスに基づく医療は、エビデンスに歪められた医療に変容してしまったのである」
・黙る医師
「現代の医師は、製薬企業が差し出す選択的な試験と、それを具現化したガイドラインの虜になって、目の前にいる患者に起きていることにますます気づけなくなり、自分の目がとらえたエビデンスを信じることも、ますますできなくなっている」
「製薬企業は、科学界では珍しいことに、都合の悪い研究を発表しないままにしたり、自社に都合の良いデータだけを選択したりすることができる立場にある。この操作が、先ほど述べた偏見を悪化させている」
第四章 データの改竄
データの改竄について説明しています。
〇データが隠蔽されるまで
「もしある学者が発表した、企業の医薬品臨床試験の結果を示す論文について、私がその企業に生データへのアクセスを求めたとしたら、『うせろ』と拒絶されるのがおちだろう」
「しかしこうした拒絶は、科学的にも法的にも、はたまた倫理的にも精神的にも根拠のない、単なる強圧的な行使に他ならない」
「企業は、科学としての医学の真髄である『データに基づく医療』は実施していない。それどころか、このデータに基づく医療をおこなおうとする者を、だれかれ問わず積極的に阻止しているのだ」
「実験データへのアクセスは、科学を形作るものの心臓部にあたる。しかし、鍵となる情報の共有を拒絶することこそ、専売薬提供者たちの特徴だった」
「製薬企業の目的の遂行を可能にしている最大の理由は、企業が研究データを隠蔽できるという事実だ」
〇学術誌の検閲
「薬物治療はいまや病院における死亡の主要原因の一つになっているとする研究もあるにもかかわらず、治療に誘発された有害事象に関する論文は枯渇しつつある。そのかわりに広がっているのは沈黙である。そして、この沈黙をもたらしている検閲はほとんど目に映らない」
ニューヨーク市がGSK社を詐欺罪で訴えた件について紹介してます。
「その理由は、同社が喧伝した見せかけの科学は、医師にパキシルを処方させて、それを子供たちが服用し、効果がない可能性が高いにもかかわらず、ニューヨーク市はパキシルの代金を負担させられた、というもので、市が取り戻そうとしていたのは、その代金だった。GSK社は示談に応じ、医学誌編集者たちの意気地のなさを、さらに浮き彫りにすることになったのだった」
第五章 ガイドラインに縛られて
〇寿命が短くなる
この章だけでなく、本書の中では、薬によって寿命が低下することを何度も指摘しています。
「死亡率の上昇は、投与された抗精神病薬の量と相関しているのだ」
「抗精神病薬を服用している患者における長期転帰を調べた研究は、例外なく寿命の短縮を示している。それも、年単位ではなく10年単位の短縮だ」
第六章 医療の測りまちがい
〇治療からリスク管理へ
「医療はかつて疾患の排除を目的としていたが、いまや(製薬企業にとって)大切なことは、できる限り多くの人々に、多岐にわたる『疾患』を抱えるリスクがあると信じ込ませること、そして医師に、こうした病態はすべて検査と治療が必要だと思い込ませることだ」
「生きていること自体がリスクをともなうものである限り、リスク管理を扱う健康製品市場は、私たちの日々の経験の巨大な部分を呑み込む可能性がある」
〇基準を満たすということ
「基準を満たすことは、新たな市場を創出することになった。そこでは、患者も医師も、何かをしていると感じ、しかもうまくいっていると感じることができる」
「医師の立場はますます車のセールスマンに似てきている。セールスマンはもし担当している車にハイブリッド車があれば、その車が環境保全に貢献すると指摘するだろうが、彼には環境のために運転する回数を減らすように顧客に勧める動機はまったくない。車のセールスマンが車の販売と地球温暖化の問題を切り離して考えているのと同じように、医療専門家も自らの専門性に応じて、ますますリスクを個別に切り離すようになっている」
第七章 翳りゆくケア
〇馴れ合い
FDAのような規制当局について、「多くの人が期待しているような役割を果たしておらず、いまや製薬企業がすべてを取り仕切っている」と言います。
また、規制当局は「審査サービス」を製薬業界に販売する事業体になるなどして、連携が強調されるようになってから、FDAと製薬業界との境界線が曖昧になったと指摘します。
・脅される医師
製薬企業が次のように「脅し」をしてきたと言います。
「英国の生命保険の40%は製薬業界に投資されている事実に、私たち臨床医はみな気づかなければならないと言い放った。好むと好まざるとにかかわらず、私たちはみな業界の株主なのであり、波風を立てることは、私たち自身のためにならないと」
「少し前まで、国の医師会の上層部がかかわる会合に出席するような際には、製薬業界の幹部であっても、参加させてもらえることに感謝し、このような問題が俎上にあがったときには口を慎んだものだった。しかしパワーと地位のバランスはあまりにも変わったため、比較的若手の製薬企業の社員でさえ、専門の医師会に向かって『現実的になれ』というような言葉を吐いても構わないと思ったのだろう」
「製薬企業は通常、医師が事を荒立てないことを当てにできるばかりか、化学物質への暴露が引き起こした傷害に対するどんな法的責任も、処方箋を書いた医師に押しつけることができる。問題について不満を述べたり、それを調査したりすれば、医師は、自分が逆境にあることを知ることになるだろう。後になって問題に直面しても、企業は無傷で逃げ切れる。なぜなら、医師は薬が問題を引き起こしたことを認めようとはしないだろうから」
〇母の怒り
2004年に、抗うつ薬を服用した子供たちの自殺にまつわる公聴会が開かれることになります。この日の数週間前に、ニューヨーク州は、GSK社を詐欺罪で告発していました。
この公聴会では、まずFDAのトム・ラフレンが臨床試験データのプレゼンを行い、その後、一般の人々が1人3分で意見を発表するという流れでした。発表者は合計73人に及び、その中には薬物治療の犠牲となった子供たちの母親もいました。その母親の1人、マティー・ダウニングはラフレンとFDAにこう対峙します。
「2004年1月10日、ゾロフト100mgの服用を始めて4日目に、私たちの小さな美しい娘キャンディスは首を吊って死にました。12歳でした。検視報告書では、体内にゾロフトが残っていることが示されました。私たちは、こんなことが起きることなど、まったく知らされていなかったのです。娘は、うつ病を抱えたり、自殺念慮を抱いたりするような子では決してなく、明るい女の子で、友達もたくさんいました。娘は、学校生活にまつわる不安という形で現れた全般性不安障害の治療薬として、認定児童精神科医にゾロフトを処方されました。(中略)ドクター・ラフレン、なんて皮肉なことでしょう。あなたの家族も、キャンディスの追悼式に参列したなんて。私の娘とあなたの娘は、幼稚園のときからの同級生でした。2人が8年間共に通った学校を、あなたの娘は卒業できるのに、キャンディスは未来永劫そうした機会が持てないなんて、心が張り裂けそうです。キャンディスの死は、完全に避け得るものでした。ゾロフトの潜在的な作用について適切な警告と示唆を受けていれば。選択するかどうかを決めるのは、あなたがたではなく、私たちであるべきだったのです。思いやりのない堕落したFDAや、象牙の塔に陣取って、これほど多くの無垢な子供たちの生と死を決めているファイザー社のような製薬企業の講演者の無神経なコメントなど耳にしても、とてもなぐさめになどなりません。こうした子供たちの血はあなたがたの両手にべっとりとはりついています。薬ではなく犠牲者を非難し続けるのは間違っています。うつ状態になった子供たちには自殺の危険性があるなどというあからさまな声明は、私たちの小さな娘のプロフィールには当てはまりません」
〇全員の失敗
あまりにも大成功したため、いまや市場を拒否することは不可能になってしまっていると言い、こうなってしまったのは私たち全員の失敗であると言います。
「問題は、政府も含めたあらゆる利害関係者を科学のルールにのっとって行動させることができないでいる、私たち全員の失敗なのだ」
第八章 ファルマゲドン
この章ではこれまでの内容がまとめられており、たとえば次のようなことを述べています。
「薬物治療の副作用は現在のところ(1,2件の訴訟は別にして)、製薬企業にとって100%プラスになる出来事なのだ。こうした事態は、問題を引き起こした薬物治療を再考察するよりも、さらに多くの医薬品を使って副作用の問題に対処する状況を招くことが多い」
「医師たちは、製薬業界に育てられたガイドラインや他の法律文書という形をとった、様々な絶対命令に従わなければならないのである」
「かつて医学の発展を促す材料だった、問題を公表するという行為は、いまや職業的自殺行為だ。患者を救おうと努力する医師は、患者を犠牲にする迫害者として非難されかねない。効果のある治療を施さないという理由で」
「疾患は、何もなかったところから忽然と現れる。それは人をだますことを生業にしているゴーストライターの創造物なのだ」
付録2 精神医学の実態
1.アレン・フランセス
2.ロバート・ウィタカー
3.井原裕
4.冨高辰一郎
5.マーシャ・エンジェル
6.デビッド・ヒーリー
7.内海聡