肩書:ジャーナリスト(製薬関係の出版社経営を経て、精神科医療と製薬業界について執筆活動をする)

参照著書:心の病の流行と精神科治療薬の真実

 

  • はじめに

本の冒頭では、「精神医学というテーマへの個人的な思い入れは一切なかった」という著者が、どうしてこの業界に関わるようになったのかが説明されています。

かつては、製薬会社の新薬開発なども「医療の進歩」だと思い、それまで業界に対して好意を持っていた著者でしたが、次の2つの研究結果を知るなどして、疑問を持つようになります。

1つは、ハーバード大学医学部の研究者が1994年に「アメリカの統合失調症患者の転帰(病気が進行し他の状態になること)は過去20年間に悪化しており、現在の転帰は100年前とさして変わらない」という発表をしたこと。

もう1つは、WHOが、「統合失調症の転帰はアメリカなどの富裕国より、インドやナイジェリアなどの貧困国のほうがはるかに良好である」という結果を2度にわたり導き出し、「先進国より貧困国のほうが抗精神病薬を服用する患者が少なかった」ということです。

これらの研究から著者は、「薬を服用してはいけないということを示しているようなものだった」と言い、「精神医学という『地雷原』に足を踏み入れることになった」と言います。

この本の監訳者である児童精神科医の小野善郎(和歌山県精神保健福祉センター所長)は「まえがき」で、こう述べています。

「ロバート・ウィタカーの知的探求の出発点はきわめて明快である。画期的な精神科治療薬が普及したのに、精神疾患の転帰は薬物療法が導入される以前よりも決して良くなっていないどころか、むしろ悪化しているようにさえ思われるのは何故なのだろうか。薬物療法が有効であるとすれば、その疾病の転帰は良くならなければならないのは当然である。疾病の症状は軽減し、病期は短くならなければならないはずである。しかし、精神科医療の現場は、より長期的に薬物療法を必要とする人が増え、そもそも精神疾患を有する人々が急増し、まさに現代の流行病になっているのが現実である」

「薬物療法が有効であり、精神病は生物学的なものであるという現代の常識の根拠となる説明はすべて仮説にすぎず、その仮説が覆れば常識も覆る」

「この仮説をあらためて検証する作業は大変であり、考えただけでも尻込みしたくなるが、いつかは誰かがしなければならない作業である。その難作業に果敢に挑んだのがウィタカーであり、本書はその貴重な成果である」

また、これはアメリカでの話ですが、「日本は巨大な製薬会社にとって重要なマーケットとみなされている」「日本の精神科医療の拠り所がアメリカの情報に基づいている」という理由から、日本にとっても対岸の火事ではいられない、と小野は指摘します。

 

第1部 流行病

第1章 現代の疫病

「これは、ある医療をめぐる謎の物語である。きわめて不可思議な謎だが、この社会にとっては是が非でも解く必要のある謎だ」

「この社会では、精神病の治療は過去50年間で長足の進歩を遂げたと理解されている」にもかかわらず、「アメリカの精神障害者の数は、過去50年間で人口比で劇的に増加している」という謎です。

・精神障害の激増

がんなど、他のすべての病気や障害ではSSI(補足的所得保障)に登録された子供は減少するなど医学の進歩のあとが見られるのに、精神障害に限っては、まったく逆のことが起きていると指摘します。

そして、「投薬中心の治療パラダイム(模範となる考え方)は、思いもよらないかたちで、この現代の流行病を促進しているのではないだろうか」という疑問を提起します。

 

・異常が増やされる

著者は、「この25年間で、精神医学はDSMによって何が正常で何がそうでないかの線引きをし、それによって社会を根本から再編してしまった」と言い、人間の精神を「DSMというフィルターを通して解釈している」と言います。

 

第2部 精神科治療薬の科学

第3章 流行病のルーツ

「医療の一専門領域としての精神医療のルーツは、19世紀の療養院に遡る」と言い、歴史を説明しています。

当時は、道徳療法という一種の環境療法で成果をあげており、入院患者も半数以上は1年以内に退院し、そのほとんどは一度きりの入院でした。19世紀後半、回復の可能性のない患者まで入院するようになると、道徳療法の失敗であるかのように批判されます。

道徳療法を放棄した後、高圧シャワーなどの水療法、歯を抜くなど身体的治療を取り入れ、20世紀前半には、電気ショックを与えるけいれん療法や前頭葉切除術(ロボトミー)へと続きます。「精神医学は大躍進している」と当時の人々は思っていましたが、精神病院の実態を告発されるようになると恐怖と不信感に駆られます。ジャーナリストのアルバート・ドイチュは「ナチス・ドイツ強制収容所」のようなところだと言い、彼の撮った写真は、想像を絶するようなネグレクトや苦難を映し出していました。

 

第3部 転帰

第6章 露呈した矛盾

この章の最後の方では、これまで見てきたそれぞれの転帰研究が、辻褄が合う一貫性があるものか確認しています。

「第一に、抗精神病薬が統合失調症の長期的な転帰を改善するという十分な証拠はない」

「第二に、薬が長期的な転帰を悪化させる可能性を示す証拠は、50年にわたり何度も繰り返し登場している」

「第三に、薬のせいで患者が長期的に精神病を発症しやすくなる理由が生物学的に説明され、薬に起因する脳内変化のせいで退薬が極めて危険となる理由が説明でき、退薬試験のせいで精神科医が抗精神病薬は再発を防ぐと誤解するに至った理由が明らかにされた」

「第四に、薬を使わない患者のほうが長期的回復率が高いという証拠が示されている」

「第五に、抗精神病薬が、高い割合の患者に長期的な脳の全体的機能不全を引き起こすという証拠が認められる」

「第六に、抗精神病薬は脳に形態学的な変化を引き起こし、その変化が陰性・陽性症状の悪化や認知障害にも関連していることが確認された」

「最後に、これらの研究を実施した研究者らは概ね、まったく逆の結果が出るものと想定していた。彼らは、薬は長期的に統合失調症患者の順調な経過を促すという筋書きを思い描いていた。この方向にバイアス(偏見)がかかっていたのだ」

 

第8章 慢性化する気分障害

「抗うつ薬を服用すると短期的には症状が軽減することが多いため、患者も医師もこれを薬に効き目がある証拠と考える。だが短期的な症状緩和は、プラセボ投与患者の改善度を大幅に上回るものではなく、初期の薬剤使用によって長期的経過にも問題が生じる。薬を中止すれば再発リスクが高まるが、薬を続けてもやはりうつ病エピソードが再発する可能性が高く、こうした慢性化によって障害者となる危険が増大する」

 

第10章 解き明かされた流行の謎

薬物療法は、有名なだまし絵の「婦人と老婆」のようなものだと著者は言います。

「神疾患治療に革命的な進歩をもたらしたイメージが若い女性、機能低下を招く精神疾患蔓延をもたらした治療法が老婆」だとし、これまで見てきた薬物療法の時代に関する相反する2つのビジョンを再度まとめています。

「薬を抗病性の物質とみなし短期的な転帰に着目すれば、若い女性のイメージが浮かび上がってくるが、化学物質のアンバランスをもたらす物質ととらえて長期的な転帰に目を向ければ、老婆の姿が立ち現れる」

 

第11章 子供にも広がる流行病

NIMHの研究チームの研究責任者の一人、ニューヨーク州立大学のウィリアム・ベルハムは言います。

「われわれは、服用期間が長い子供のほうが良好な転帰が得られるだろうと予想していた。だが、そうではないことが判明した。有益な作用は一切見られなかった。薬物療法は短期的には子供の行動改善に役立つが、長期的にそうした効果はない。この事実を、患者の親にはっきり伝える必要がある」

この章の最後には、「待ち受ける運命」と題して、いかに危機的な状況であるかを事例を挙げて指摘しています。

「多動や抑うつを示す子供を、躁病エピソードや何らかの情緒不安定を引き起こす薬で治療し、薬剤カクテルを処方した結果として、その子は一生続く障害を抱えることになるのだ」

「薬を基盤とするわが国の治療パラダイムが、益をなす以上に大きな害を与えていることを示す、極めて痛ましい証拠である。子供と青年への薬物療法が広がり始めたのはつい最近のことなのに、すでに数百万人が生涯続く精神病への道を歩んでいる」

 

第4部 妄想の解明

第13章 イデオロギーの台頭

「4部合唱」として、精神医学界を牛耳る4つの強力な同盟について説明しています。

まず、APAと製薬業界の癒着について説明しており、たとえば「New EnglandJournal of Medicine」が執筆してもらう専門家を探したところ、「抗うつ薬のメーカーと金銭的関係のない人はほとんどいなかった」といいます。他にも、その癒着の深さからアメリカ精神製薬協会(略すとAPA)と皮肉られていることなど、事例を挙げて解説しています。

1980年代、モッシャーがいなくなったNIMHは自分たちの天下だと知り、シャーヴァート・フレーザー所長は生物的精神医学の筋書きを一般に宣伝するようになります。

そして、「この筋書きの不況に加担した最後のグループ」として、全米精神障害者連盟(NAMI)が挙げられています。NAMIは、「統合失調症の原因は親にある」というフロイト派の理論に抗議し、「精神病は生物学的な病気である」という主張を広めるため、1979年に2人の女性によって創設された「親の」団体で、1990年には12万5千人の会員がいました。NAMIについて著者はこう言います。

「APAと製薬会社にとって、NAMIは願ってもないタイミングで出現した団体だった。生物学的精神医学を喜んで受け入れるこの親の団体に、APAも製薬会社も飛びついた」

そして、この4つの勢力についてこうまとめます。

「1980年代は、精神障害は脳の病気だと一般人を教育したくてたまらない4つの強力な勢力がカルテットを奏でていたのである。製薬会社は経済力を提供し、APAと一流医大の精神科医は企業に学問的正当性を与えた。NIMHはこの筋書きに政府のお墨付きを与え、NAMIは道徳的権威者を引き込んだ。これは、ほとんどあらゆることについてアメリカ社会を説得する力を持つ同盟だった」

 

第14章 語られた筋書きと、語られなかった筋書きと

「これまで見てきたように、アメリカの精神医学界は過去30年以上にわたって社会に偽りを語り続けてきた。薬が脳内化学物質のバランスを修正するという説を、事実に反するにもかかわらず広め、向精神薬のメリットを大幅に誇張した。彼らは、科学の進歩という筋書きが破綻しないように、薬が引き起こし得る害について発言する者の口を塞ごうとした」

「薬物治療が健全なものだと人々に売り込むために、精神医学界は新薬の価値をはなはだしく誇張し、批判者を黙らせ、長期的な転帰が良くないという事実を隠蔽した。意図的かつ意識的なやり口である。精神医学界がそうした手段を弄さざるをえなかったこと自体が、個々の研究よりもはるかに説得力をもって、この治療パラダイムのメリットの正体を雄弁に語っている」

 

第15章 利益の勘定

「だがもっと由々しい問題は、薬が脳の化学的アンバランスを作り出し、新規顧客を長期ユーザーに変え、しばしば複数の薬の購入者へと作り変えたことだった。脳が最初の薬に適応してしまうと、そこから離脱するのは難しくなる。いわば、店の出口のドアが狭すぎて出られないのだ。そればかりか、薬によって正常な機能が撹乱され、身体的問題や精神的問題が生じ、やがては多剤投与に移行していく」

「最初の薬が他の薬を必要とする状態を誘発し、それがドミノ倒しのように続くのである」

「製薬業界は市場拡大に卓越した手腕を発揮し、多くの関係者に巨万の富を与えた。だがそれは、一般市民に誤った筋書きを教え、この治療パラダイムの長期的転帰がよくないことを示す研究結果を隠蔽することによって成立したビジネスだった。そして、背筋の凍るような犠牲を社会に強いている。過去20年間で精神病による障害者は激増し、一生、薬を飲み続けなくてはならないように飼い慣らされつつあるのだ。社会的にも倫理的にも、この事態は何としても変えなくてはならない」

 

第5部 解決策

第16章 改革の青写真

本の最後は、これまでのまとめとなっています。

「社会の人々は、医療の専門家があらゆる種類の疾患や病気について、できるかぎり良い治療を開発してくれると信じている。その役割において、嘘はつかないと思っている。ところが、この国に発生した精神病による障害という流行病を食い止める方策を探すとき、残念ながら、私たちは精神医学の専門家がその任を果たせると信じることができない」

「また精神科治療薬は脳内の化学物質のアンバランスを修復するという説にしても、数十年の研究の積み重ねにもかかわらず証明されていない。プロザックや他の第2世代の向精神薬が第一世代よりもずっと良質で安全だという主張にしろ、臨床研究からは、一切そうした結果は出ていない。何より彼らは、薬が長期的な転帰を悪化させることを私たちに教えなかったのだ」

「もし嘘や隠し立てがなければ、流行病はとっくの昔に防げていたかもしれない。長期的な転帰が一般に公開され議論されていれば、社会に警鐘を鳴らすことができただろう。ところが精神医学界が薬のイメージを守る筋書きに固執したので、とんでもなく大きな惨禍を生む結果になった」

この本は550ページほどありますが、薬物療法を全否定しているのではなく、嘘をついていることを1番問題視し、嘘をつかなければ問題は解決できると言っていると思われます。

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付録2 精神医学の実態
1.アレン・フランセス
2.ロバート・ウィタカー
3.井原裕
4.冨高辰一郎
5.マーシャ・エンジェル
6.デビッド・ヒーリー
7.内海聡