肩書:精神科医、元デューク大学医学部の精神医学部部長、DSM-4編集委員長

参照著書:「<正常>を救え、精神医学を混乱させるDSM-5への警告」

  • はじめに

この本は主にアメリカの現状について書かれていますが、この本の監修を務める精神科医の大野裕は次のように日本でも同様だと言います。

「安易な診断が広がることで、本当に治療を必要としている人に適切な治療が届かない現実は、米国でも日本でも同じ事だ」

「私たちはまだ、精神疾患の本質を理解できていない。確立した治療法もまだ手に入れていない」

 

  • まえがき

「まえがき」には、一度は精神科の領域から身を引いたアレンが「戦う人」に変わり、本書を書こうと決意するまでの流れをまとめています。

「DSMに20年間にわたってかかわってきた私は、落とし穴を知っており、改訂につきまとうリスクを警戒していた」

「私はDSM-5に携わっている人たちの無邪気な熱中ぶりに衝撃を受けた。彼らが絶好の機会を見たところに、私は重大なリスクを見ていた」

「じきに私は、彼らがDSM-5に含めるよう提案している新しい疾患の多くに、自分があてはまることに気づいた。私がおいしいエビや肉をたらふく食べるのは、DSM-5の『むちゃ食い障害』にあたる。人の名前や顔を忘れるのは、DSM-5の『軽度神経認知障害』が該当する。心配や悲しみは『混合性不安抑うつ障害』だ。身内を亡くしたときの悲嘆は『大うつ病性障害』。私の多動と注意散漫は有名だが、これは『成人注意欠陥・多動性障害』の明らかな徴候になる」

「『正常を救い出す』と『精神医学を救い出す』は表裏一体に他ならない。足を踏み入れるべきでないところへ突進したがる傾向から、精神医学を救い出さなければならない」

「誰もが病気だと思い込ませようとする強大な勢力から、『正常』を救い出さなければならない」

 

〇DSM-5への批判

DSM-5に対する批判は、他にも本書の中で度々なされており、一部抜粋します。

「DSM-5はまったく間違った方向に進んでおり、新たな診断を追加して、ありふれた不安や奇行や物忘れや乱れた食習慣を精神疾患に変えようとしている。その裏で真の病人はますます無視されようとしており、精神医学は縄張りを広げて、正常と見なすべき多くの人たちまでとりこんでいる」

「DSMを作るのなら、並外れて謙虚でいるのが賢明だ。控えめな約束をしておいてしゃかりきに働き、予想以上の成果を出すのがいい。DSM-5がやったのは逆だった。大げさな約束をしておいて、最低限の成果すら出せなかった」

「DSM-5は背伸びをしすぎたために、まずまずのものにもなれなかった」

「(DSM-5は)新しいものを作り出すという幻想に惑わされて、効率性や期限の厳守や一貫性や質の管理といった平凡だが不可欠なものを無視した」

「アメリカ精神医学会は自らの信用を犠牲にしただけでなく、患者の安全を脅かし、精神保健事業全体を不当に貶めた」

 

第1部「傷だらけの正常」

1章「何が正常で何が正常でないのか」

「正常とは何か、異常とは何か」ということから始まります。哲学、統計学、医学、心理学、社会学、人類学等々、どの分野もあいまいで、その疑問に答える単純な基準はないとアレンは指摘します。

「私は精神疾患の定義を何十も調べたが(しかも一つは自分でDSM-4に書いたが)、どういう状況だと精神疾患と見なすべきかを決めるのに、また誰が病気なのかを決めるのに、少しでも役立つものは何一つないと思っている」

「『正常』と『精神疾患』は苛立たしいほどとらえがたい。明白で判然とした定義らしきものはどうやってもできない。精神医学がゆるやかな境界線をたやすく超えて膨張するにしたがい、『正常』の領域は急速に縮小している」

 

3章「診断のインフレ」

アレンは「診断のインフレ」という言葉を頻繁に使い、「異常」の範囲が広がることを懸念しています。

「精神科の診断という貨幣の価値は下落し、『正常』は貴重品になる」

「新しい検査が次々に考え出され、古い検査では異常のハードルが下げられる。それが新しい患者を大量に作り出している」

「予防医学は目標こそすばらしいが、利益と誇大宣伝のために産業化、奴隷化されて、道を大きく誤っている」

「精神疾患と正常の境界線はとてもあいまいなので、助けが必要な少数の人たちを選びだそうとして精神科のレッテルをもっとたくさん貼ろうとしたとたん、助けが必要でない多数の人たちまで誤って選び出してしまう」

「診断のインフレのせいで、あまりにも多くの人々が、抗うつ薬や抗精神病薬や抗不安薬や睡眠薬や鎮痛薬に依存するようになっている」

 

〇製薬企業への批判

アレンは、診断のインフレを引き起こす原因としていくつか例を挙げていますが、特に製薬企業に対する批判は強く、何度も繰り返しなされています。

製薬企業のマーケティングによって、精神疾患だと思い込んでしまう人が増やされている仕組みも解説しています。製薬企業は薬を売るために病を生み出し、健康な人を病人にしていると指摘します。

「製薬業界のビジネスモデルは、病気の領域を広げることにかかっている。『おおむね健康』の人々に少なくとも『いくら病気』だと思い込ませ、購買層を拡大するために」

「病気作りは精神病を売る巧妙な手段であり、儲けの非常に大きい精神科の薬を売りさばく最も効率のよい方法である」

「病気作りは無から生まれるわけではない。処方箋を書く医師、それを求める患者、新たな精神疾患を作り出す研究者、さらなる治療を求める消費者団体、情報を広めるメディアやインターネットなどと、製薬会社が積極的に協力しなければ生まれない。潤沢な資金に支えられた広範で執拗な『疾病啓発』キャンペーンは、何もなかったところに病気を作り出せる」

「市場シェアの真の鉱脈となるのは健康だが不安を感じている人たちだ。製薬企業はこの鉱脈の露天掘りをもくろんでいて、人生によくある問題の多くは『科学的不均衡』がもたらす精神疾患なのだから薬を飲めば解決されるという考えを広めることで、莫大な利益をあげている」

「精神医学は、正常と病気の境界線の操作に対してことさら弱い。生物学的なデータを使った検査が存在せず、巧みなマーケティングに影響されやすい主観的判断に大きく依存しているからだ」

製薬企業の巧妙なマーケティングに対する批判は続きます。

「製薬企業は、医学を発展させて患者のケアをよりよくするために研究を重ねているのだとしつこく宣伝し、高い価格や莫大な利益を正当化する。これはたわごとと言っていい」

「間違った動機から間違った方法で行われる間違った臨床研究にばかり資金を提供している」

「科学の人間ではないマーケティングの天才たちが研究の方向性を決めているのであって、その結果は目に見えている。売上は一流だが、発見は三流だ」

「過去60年間を軽く振り返ってみればわかるが、製薬企業は精神医学でさしたる研究実績をあげていない」

「製薬企業は60年前の薬より効果の高い製品を一つも開発していない」

「最悪なのは、製薬企業の研究が欺瞞に満ちていて、医師や人々を啓発するのではなく、そそのかしたり誤解させたりするのを目的にしていることだ」

「製薬企業はこの数十年で、医師、患者、科学者、専門誌、専門家団体、消費者保護団体、薬剤師、保険会社、政治家、官僚、官公庁などの決定に対して不当威圧を行い、医療企業を巧みに乗っ取ってきた」

・DSM-4の乱用

アレンは、自分が作ったDSM-4は製薬企業によって乱用されたと悔やんでいます。

「われわれは製薬企業を利するような提案は一貫して拒んできたが、この保守的なマニュアルがこれほど易々と格好の宣伝材料にされるとは予想できなかった。数年のうちに、製薬企業の勝利とわれわれの敗北は明らかになった」

「DSM-4が発表されてから3年後に、製薬企業の宣伝が激増し、注意欠陥・多動性障害や自閉症や双極性障害が大流行するとは、誰も夢にも思っていなかった。だから、それを防ぐのが急務だとは誰も感じていなかった」

「自分たちは立派にマニュアルを書き上げたと思っていて、その責任ある使用を徹底するのは自分たちの責任ではないと思っていた。われわれは機会を逃した。たとえもっと賢明で粘り強かったとしても、過剰診断の流れを食い止めるのはたぶん無理だっただろう。大製薬企業はあまりにも大きく、あまりにも金持ちで、あまりにも強大な政治力を持っていた。しかしながら、もっと努力しなかったことを、私は心の底から後悔している」

「われわれの目標は診断のインフレを食い止めることであり、阻止に成功したと思って慢心していた。われわれは間違っていた」

「われわれは過剰な診断に対する防壁をDSM-4の定義に組み込んだと思っていたが、欺瞞に満ちたマーケティングの執拗な集中攻撃によって、たやすくそれは突破されてしまった」

 

・かかりつけ医

かかりつけ医を製薬企業が取り込んでおり、大部分の精神科の薬をかかりつけ医が処方していると指摘しています。

「責任の大部分は、医師ではなくシステムにある」

「精神科医としての役割を見事にこなすかかりつけ医もいるが、多くは有害無益なことをする危険なアマチュアである」

「多くの医師は、意識していようといまいと、新しい診断を売ろうとする製薬企業の広範なマーケティングキャンペーンの代理人になっている」

「われわれの社会は薬漬けの社会になっており、非常に多くの場合、間違った医師が処方する間違った薬を間違った人々が飲んでいる」

「宣伝は決まって『医師に相談を』と命じる。言うまでもなく、製薬企業はすでに医師にも同様のメッセージを伝え、手ごろな無料サンプルを提供していて、寄ってくる患者を次々にさばけるようにしている」

 

・大衆の責任

このような状態にしてしまった責任はわれわれにあると言います。

「製薬企業を野放しにし、弱者を餌食にさせたのはわれわれの集団責任である。政府、医師、患者、メディア、消費者保護団体、どれもが、製薬企業の金と権力によって幅広く抱きこまれている」

 

・心理療法のすすめ

「薬の過剰使用に団結して対抗できるほど、精神療法は組織化された産業になっていない。精神療法もその専門家も四分五裂の状態で、製薬企業による電波の独占を打ち破るのに必要な財源を欠いている。対話は儲からない」

「精神療法は効果が出るまでに時間が少し長くかかり、より多くの先行投資が必要になってくるものの、有益な効果が長続きするから、長い目で見れば長期の薬物療法よりも安くつくし、好結果が望めるだろう」

そして良い結果を出している例として日本を挙げています。

「日本はこの強みを生かしている。最近まで、日本の精神科の治療はどれも薬物療法が基本だったが、政府が認知療法を代替策として奨励し、国をあげて薬の一極支配を崩そうとしている」

 

〇レッテル

レッテルの危険性についても触れています。

「精神疾患のレッテルは、大きな2次被害をもたらしかねない『しるし』になる」

「偏見はいろいろな形をとり、あらゆる方向からもたらされる。露骨であからさまな場合もあるが、きわめてとらえがたい場合もある。それは残酷な言葉だったり、冷たい笑いだったり、集団からの追放だったり。希望が前より持てなくなったり、必要でないときや頼んでないときにまで助けの手を差し伸べられたり、本人が気まずくなるほどの同情をしきりに示されたりすることも」

「さらに、2次被害は自分に対する他人の見方だけから生じるのではない。問題の多くは、自分に対する自分の見方が変わることによって生じる。自分は欠陥商品だ、正常ではない、価値がない、集団の立派な一員ではない、などと感じることによって」

「まやかしの診断で誤ったレッテルを貼られて偏見を持たれるのは、何ひとつ得のない丸損である」

「『あなたは病気だ』と言われたら本当にそんな気がして病人らしく振る舞ってしまうものだし、周りからも病人扱いされる」

「まずわれわれが理解しなければならないのは、過去の精神医学で診断の流行が演じてきた大きな役割であり、現在それが与えている深刻な損害であり、近い将来に新しい流行が破壊行為をもたらしうるという重大なリスクである」

 

〇子供への害

とりわけ、子供が被害を被っていることを強調しています。

「成人向けの市場が飽和状態を呈すると、製薬企業は子供に製品を売りつけて消費人口を増やした。精神障害の最近の流行がみな、子供で発生しているのは偶然ではない」

「それに子供は格別の上客だ。早いうちに仲間に引き入れてしまえば、生涯にわたって虜にできる」

 

第2部「健康をむしばむ精神科の流行」

「精神科の診断には、流行り廃りがある。唐突に、誰もが同じ問題をかかえているように見える。大流行を説明するために、うさんくさい説が唱えられる。こうすればなおると、うさんくさい治療がほどこされる。すると同じくらい唐突に、流行は自然に終息し、あれほど氾濫していた診断は表舞台から消え去る」

〇過去の流行

過去の流行として、悪魔憑きや吸血鬼ヒステリーをはじめ、神経衰弱、ヒステリー、多重人格障害に至るまでを説明しています。

 

〇現在の流行

「以下は現在の精神科で見られる偽の流行の恥ずべきリストである」と、現在流行している具体的な病名をいくつか挙げています。

・注意欠陥・多動性障害(ADHD)

・小児双極性障害

・自閉症

・双極Ⅱ型障害

・社会恐怖症

・大うつ病

 

〇未来の流行

未来に流行するであろう精神疾患も予想しています。

「DSM-5には、未来に確実に流行するものがいくつか載っている。どれもが、日常生活の一部になっていて全人口に広く見られる症状を取り上げている。どれもが、現在では正常だとみなされている多数の人々に誤ったレッテルを貼らないですむほど、厳密に定義されていない。どれもが、有効だと証明された治療法がない。どれもが、不必要で得てして有害な治療や検査の数々を招きやすい」

具体例として、「癇癪」「年寄りの物忘れ」「大食い」「死別の悲しみをうつ病にする」「熱中することを嗜癖にする」といったものをあげています。

 

第3部「正常への回帰」

7章「診断のインフレを抑制する」

診断のインフレを抑制する方法について具体的に説明しており、特に法律による規制と政治家の実行力を強調しています。

「違法ドラッグとの負け戦には大金を費やしているのに、大いに勝ち目のある合法薬物乱用との戦いのためには、指一本動かしていないに等しい」

「さいわい、合法薬物の王者たちは違法ドラッグの王者たちとは違い、極めて法律に弱い。彼らを規制しようとする政治的意思さえあれば、規制するのはたやすい」

「この獣をしつけるには、はるかに高い罰金と厳しい規制を強いるしかない」

「政治家に意欲があれば、すべてをただちに覆せる」

「インフレ対策は単純であり、実行に移す意思さえあれば、ただちに効果が得られる」

そして、それらを実現するためにメディアの力に期待しています。

「報道機関に望みたいのは、市場の力を代弁するのではなくそれに逆らい、医療や製薬業界の暴走を監視し、診断のインフレと過剰な治療に対する国民の守り手として発言していくことだ」

「一般の人々が関心を持たない限り、政治家も関心を持たない。そしてメディアが関心を持たない限り、一般の人々も関心を持たない。メディアの圧力によって、ようやくAPAの幹部たちは十分ではないにせよ正気に立ち返ったのであり、これがなかったらDSM-5はずっと酷いものになっていただろう。製薬企業に対して、また人々の怒りと圧力が政治的な支援をまったく得られずに終わっているという事実に対して、メディアが挑むのを期待したい」

 

8章「賢い消費者」

すぐに診断のインフレを解消することは期待できないので、消費者が賢くなることを勧めています。

「私が勧めたいのは、情報通の賢い消費者が身につけている『買い手は用心すべし』という疑り深い態度を持つことである」

「精神科の薬を服用するかどうか、精神療法をはじめるかどうかの決断は、その後の人生を左右しかねない。決して軽い気持ちや人の言いなりではじめてはならない」

「必要な治療を探し、必要でない治療を避けるにあたって、自らが大きな役割を果たすのを躊躇してはいけない。あなただって、人生のほかの場面では、消費者として難しい決断を賢くくだすのに慣れているはずだ。今回もそれとまったく変わらない」

ここでも精神医学の危険性を強調しています。

「何度でも繰り返しておこう。悲しいからとか不安だからというだけで、自分は病気だという結論に飛びついてはならない」

「私は精神医学に携わる中で、精神医学によって間違いなく害を被った何百人もの患者を見てきた」

そして、精神医学は使い方によっては有益なものだと言います。

「精神医学にむやみやたらに反対するのは、あまりに無分別だ」

「上手に用いられた精神医学は永遠の喜びである。それは大木に満足を与えてくれる有益な技となる。下手に用いられた精神医学は、危険ないかさま治療である」

 

  • あとがき

本書の最後には、これまでのまとめとして次のように書いています。

「精神科医は自らが最も得意とするものに、まぎれもなく精神科の問題を抱えた人たちの治療に専念すべきであり、この分野を拡大して健康だが不安を感じている正常な人たちを取り込むべきではない」

「かかりつけ医も自らが得意とするものに専念し、アマチュアの精神科医であるのはやめるべきである」

「製薬企業は、薬よりも毒になる製品を無責任に売り込むという麻薬カルテルじみた所業をやめなければならない」

「消費者保護団体は、組織のためにではなく消費者のために声をあげなければならない」

「メディアは医学の過大な要求を暴くべきであり、無分別にそれを広めてまわるべきではない」

そして、残念なことに診断のインフレを止めることはできず、反対派は負けるだろうと予測しています。

「私の理性は、診断のインフレが勝って『正常』を救い出すのは負けると告げている。われわれインフレ反対派はあまりにも少なく、弱く、資金も乏しく、まとまりもなく、賭ける気になれないほど分が悪い」

しかし、最後に勝つのは正義であるとも言っています。

「われわれには大きな強みがある。われわれには正義があり、正義は力になりうる。良識が最後には打ち勝つという希望を持ち続けるのは間違っていない」

「かつてはあれほど無敵に見えた巨大煙草企業が、これほどすみやかに倒されるとは、誰に想像できただろうか。くわえ煙草の人を最後に見たのはいつだろう。明らかに巨大製薬企業も動揺の破滅を自ら招こうとしている。この王様はまさに裸の王様である」

「われわれは病んだ人間の集まりではないし、ひとりひとりがいくつもの精神疾患をかかえているのでもないし、それが積み重なって病んだ社会を作り出しているわけでもないという事実に、一般の人々や政策決定者もいずれ気づくだろう。これは大きすぎる野心を持った精神医学と、驚くほど貪欲な製薬業界がこしらえた神話なのだから」

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付録2 精神医学の実態
1.アレン・フランセス
2.ロバート・ウィタカー
3.井原裕
4.冨高辰一郎
5.マーシャ・エンジェル
6.デビッド・ヒーリー
7.内海聡