本来、こういった活動は医者がやるべきだと思っています。真実を精神医学用語に変換したりして伝えるという仕事をすべきなのです。しかし、現代精神医学は根本的なレベルで色々と間違っているため、浅学非才を顧みずやっているのです。
これから精神医学の実態について何人かの主張を簡単に紹介していきます。
見ればすぐわかると思いますが、批判のポイントはだいたい決まっています。つまり、「薬物」「製薬業界」「DSM」「精神科医」「患者」です。そして全否定ではなく一部肯定という立場が多いです。
たとえば、マギル大学精神医学教授、ジョエル・パリスは著書「現代精神医学を迷路に追い込んだ過剰診断 -人生のあらゆる不幸に診断名をつけるDSMの罪」で次のように語っています。
【DSM】
「DSMは人生の多くの災難・不運を診断可能なものとして、暗に精神医学が不幸への処方箋だと示唆している」
「精神科医は傾聴して最近の出来事について尋ねるよりも、DSMマニュアルに記載された、まるでパロディのような診断基準症状のチェックリストに集中する。これらの質問への回答に基づいてほとんどあらゆる問題に対する処方箋が切られ、それは患者が行き詰まり、悩むたびに『調整』される」
「精神障害の診断は、経験と訓練が要求される代わりに、どのような医師でもできるゲームのようになってしまった。診断基準を数えて処方箋を書けばよいのである。DSMを無分別に臨床現場に適用することで、無神経な内科医のような精神科医を何代にもわたって生産してしまった。精神医学での過剰診断を正当化するために、DSMが使用されている」
「最初の段階は無知に対して正直であることである。精神科医は、大多数の精神障害への基本的な理解に未だ欠けていることを認めたがらない。しかし、皮肉にもこの肝心の疾患の原因に対する知識の欠如が過剰診断を魅力あるものにしてしまう。患者を既存のよく知られたカテゴリーに入れることは精神医学が科学的である印象を与えるし、臨床家がすでに手にしているあらゆる手段を正当化することになる」
「分類のシステムはすべての人を何らかの疾患として診断することに向かって進んでいる。DSMの基準に基づいた疫学調査は、ほとんどの人が一生の間に何らかの精神疾患の基準に合致することを示している」
「未来の精神科医たちは、21世紀初めの医師たちがこれらのカテゴリーを大真面目に捉えるほど無知であったことを不思議に思うだろう」
「未来の診断マニュアルはおそらくDSM-5とはまったく違ったものになっているだろう」
【製薬会社】
「製薬会社は、すべての人が薬を服用することを願っている。製品を直接、消費者に宣伝し、消費者は服用する前に『医者に何気なく聞くように』勧められる。過剰診断に関する傾向は、あらゆる問題を援助して患者を支えようとする医師や、もっと金儲けがしたい医師に支えられている」
「問題は『巨大製薬会社』が医学と異なる課題(株主のために利益を生むこと)を掲げていることである。彼らにとっての理想的な薬は、大勢の人に長い間使ってもらえるものである。したがって、業界は、気分障害のように、一般人口の中でよくみられる精神状態に関心を持っている」
【精神科医】
「苦しんでいる患者からのプレッシャー、訪れる製薬会社の担当者、そして多額の研究費を受け取っている学界のエキスパートの推奨。これらの理由で医師が積極的な薬物療法を実践するのは想像にたやすい。結果的に、抗うつ薬に反応しない患者は精神療法へは進まず、抗精神病薬あるいは気分安定薬としての抗てんかん薬、またはその両方が処方されるのである」
「精神科医は、精神科医たらしめた真摯に傾聴する技術や臨床的な現象に細心の注意を払うということを忘れてしまった」
「私は常々、精神医学は生活や人生にかかわっているから好きなのであると公言してきたが、今ではこれが真実ではなかったと気づいている」
「精神医学はその本質を見失い、私自身、自分が愛する職業に対して失望してしまっている」
【一部肯定】
「私は抗うつ薬が無効であると言っているわけではない。しかし、その有効性が誇張されているということと、こうした薬物は重篤に限って使用されるべきであると言っているのである」
仏教療法とは
はじめに
第1章 心の病と仏教療法
第2章 完治
付録1 カーペンターズに学ぶ成功と美醜と心の病
付録2 精神医学の実態