「トップ・オブ・ザ・ワールド」や「イエスタデイ・ワンス・モア」などで知られるカーペンターズの人生から、成功の苦しみや心の病について学ぶべき点があるので簡単に紹介します。

〇サクセスストーリー

アメリカのコネチカット州ニューヘイブンで、1946年に兄リチャードが、1950年に妹カレンが生まれます。

・音楽への興味

小さい頃は、看護師か画家になるのが夢だったというカレンですが、すでに音楽の才能を開花させていた兄の影響を受けて音楽に興味を持ちます。カレンは初め、ドラムに没頭しますが、後にヴォーカルに専念するようになります。

 

・名声を求める

カレンは多くの有名人同様、多くのものを犠牲にしてでも名声が欲しいという人でした。

「私生活と名声とを選べと言われるなら、自分は名声を選ぶ」と答え、「キャリアがすべてを意味する」とためらいなく語っています。

 

・結成

初めは、ステーキハウスやナイトクラブなどで活動します。当時は、ビートルズやローリングストーンズなどのロックが主流でしたが、それでも自分たちの路線を貫き、同時にデモテープをレコード・レーベルにひたすら送り続けます。

そういった努力が実を結び、米国のA&Mレコードの興味を惹くことになり契約に至ります。リチャードを楽器担当とし、カレンをヴォーカルとする兄妹デュオ、カーペンターズが結成されました。

 

・カレンの歌声

カーペンターズが成功した要因の1つは、何といってもカレンの歌声です。声域が4オクターブあったともいわれ、また、後に摂食障害で35kgまで体重が落ちることになりますが、そんな体でも歌う声が完璧だったといいます。カレンの歌声について、次のようなエピソードもあります。

「カレンがカメラやバッグやいろいろ両肩からX字型にぶらさげたままステージに出てきて、なにかを落として、しゃがんで物を拾って下を向いたまま、そこからマイクが自動的に上がってくるのと同時に歌って、それでも同じ声が出たというんです」

 

・完璧主義のリチャード

さらに、「音楽に関しては大変な完璧主義」といわれるなど、決して妥協しないリチャードの仕事に対する姿勢も大きな成功要因となっています。

 

・成功の階段を駆け上がる

そして、アメリカで最も権威のある音楽チャート「ビルボードチャート」で「遙かなる影」が1位となると、その年のビルボード誌年間ランキングで第2位、最優秀新人部門をはじめとする2つのグラミー賞を受賞するなど、成功の階段を上がっていきます。最終的には、次のような成功を収めることになります。

1.ビルボードホット100チャートに1位が3曲

2.アルバム・シングルの総売り上げ枚数は1億枚以上

3.日本での海外アーティスト別シングル売上枚数は第1位、アルバム売上枚数はビートルズに次いで第2位

 

〇幸せが手に入らない

大きな成功を収めていったカーペンターズですが、幸せはなかなか手に入りませんでした。

・成功の苦しみ

リチャードは、次のように仕事が上手くいくほど苦しくなっていったと語っています。

「こんなに事が大きくなるとは思わなかった。こんなに多くのプレッシャーがかかるとは。想像できるわけもないだろう。僕らは大学に通いながら、楽しくやってただけだった。悩みはなかった」

「幸運にも契約にこぎつくと、今度はヒットを出さなくちゃ。ヒットが出ると次は・・・・。だれもが『それで満足しちゃいけない』と言う。次のヒットをすぐに出せという。一発屋だと思われたくないだろう?とくる。そういったグループは腐るほどたくさんいるんだから、と」

「2枚目、3枚目とヒットが出て、それ以来ずっとオッケー、それじゃアルバムを出せ。オッケー、それじゃここで演奏しろ、オッケー、今度はこれで次はあれだ、という具合だ。ときどき、自分が巨大な・・・・ロボットみたいに思える。それでも不平不満は言えない。このために努力してきたんだ。やりたかったことばかりだ。でもすごく疲れる。もう何年も3日と休暇をとったことがない。インタビューからも、リハーサルからも、作曲からも解放された自由時間は3日間とない。好むと好まざるにかかわらず、これはビジネスになっていった。ビジネスはうまくいってた。観客もよかった。グループもいい。でも・・・・」

「すべて順調なときは何の栄誉も与えられず、具合が悪くなると批判されるんです」

 

・結婚と離婚

1980年、カレンは若手実業家のトム・バリスと結婚するも、翌年暮れには破綻します。

 

・容姿コンプレックス

カレンは、兄に「少し太っている」と言われたり、音楽誌に「太っちょ」と書かれたりといった具合に、有名になることで、容姿に対して言われることも多くなり、次第にそのことを気にするようになっていきます。

 

〇摂食障害

カレンの悩みは「気になる」というレベルに止まらず、心の病というレベルにまで達してしまいます。

「細いウエストと大きいヒップ」というのは、男性から見た理想の女性体型ですが、多くの摂食障害に悩む女性と同様、痩せたほうが美しいと思ってしまったのです。

・食べない

「これほど極端に食べようとしない人間には会ったことがない」と人から言われるほど、カレンは食べないようになっていました。また、カレンをよく知る人は、彼女の家の中についてこう言います。

「考えうるキッチン設備はことごとくそろっていたし、深鍋も浅鍋もナイフやフォークの類いも完全にセットでそろっていたが、大部分は使われてなかった」

「何もありませんでした。戸棚にも食べ物はまったくないんです」

「私があそこに住まなければならないとしたら、餓死してしまうでしょう」

 

・薬物

下剤を一晩に80から90錠飲んだり、甲状腺の薬を1日で10錠飲んだりと(1日1錠と明記されていた)、薬物の過剰摂取に陥っていきます。また、「彼女の体格での半錠は、他の人にとっての数錠に匹敵する」とも指摘されており、尋常じゃない負担が身体にかかっていきます。

 

・痩せ細る

このような生活ですので、当然痩せ細っていき、163cmの身長に35kgの体重(標準体重は約58kg)にまで落ちます。当時を知る人は、カレンのルックスについてこう言います。

「彼女を抱きしめたとき、感じたのは骨だけでした」

「胸なんかぺちゃんこでした」

「皮膚が文字通り骨に貼りついていました」

「まるで女らしさがなくなっていた」

「骨の一本一本まで見えました。彼女には筋肉も、脂肪もまったくありませんでした」

「彼女は骸骨そのものでした」

「服を試着しようとしていたんですけれど、まったくひどいものでした。本人はすばらしいと思っているんです。彼女には一オンスの肉もついていませんでした。骨ばかり。そのことについては一言、こう言ってました。目標はほぼ達成したみたいだ、と」

 

・頑固

そんな状態のカレンを見て、近しい人は何とかしてカレンに食べさせようと躍起になります。「みんな、あたしに体重をいくらかでも取り戻させようと一所懸命なの」とカレンは言います。しかし、どれほど痩せていても「自分は太っている」と思い込み、まったく聞く耳を持ちませんでした。カレンの母は、「誰が説得しても無駄だった、カレンは私の頑固さを受け継いだ」と言います。

 

・病の自覚

その一方で、病にかかった自覚もあり、こんな自分を変えたいけど変えたくないという、心の病特有の心理状態となっています。カレンの親族はカレンと会った時のことを振り返り、「彼女は本当にバラバラになってしまい、泣いて泣いて泣いて心の内を吐き出しました」と語ります。

 

・他人にはアドバイスする

また、これも心の病で苦しんでいる多くの人にいえることですが、カレンは同じ摂食障害の患者に対して「自分を傷つけるのはおやめなさいな」とアドバイスしています。他人の欠点はよく見えたのです。

 

・誰も原因がわからなかった

病を自覚するものの、何をやっても解決できないことをカレンは嘆きます。

「どうしてあたしはこんな恐ろしい病気になったのかしら?あたしは人生を愛しているし、キャリアを愛しているし、家族を愛しているのに、どうしてこんな病気に?」

リチャードも、カレンがこうなってしまった原因がまったくわからないと言っています。

「いったいこの病気はなんなのか、ぼくにはわかりません。何よりもこの点がぼくを不安にさせます。カレンが何かはっきりわかる原因で倒れたのなら、残された者としても生きていくのが少しは楽な気がします。何ひとつわからないというのは、控えめな表現で言っても、本当に悔しいものですよ」

「いったい何がひとりの人間を引き返せないほどの自己崩壊にまで追い込むのでしょう?誰も知りません。ぼくにもわかりません」

「ぼくはあらゆるアプローチを試みました。拒食症の患者やアルコール依存症の人を相手にする場合に人々が試みることは何もかもです。心に直接訴えようとし、叫び、金切り声をあげる。全部やりました」

「できることはもう何もなかったのです。人間だから、当然ある程度の罪悪感は抱きます。誰でも愛する者を失ったときはそうでしょう。罪悪感はありません。恐ろしく悲しいだけです」

カレンやリチャードだけでなく、誰もが、なぜカレンがこうなってしまったのかわからなかったのです。

 

〇リチャードの心の病

カーペンターズというと、カレンの摂食障害がよく取り上げられますが、実は兄のリチャードも心の病で苦しんでいました。

・薬物中毒

常習性の睡眠薬中毒に陥り、薬物依存症病棟に入り、死の寸前というところまで追い詰められます。

「よくいうアルコール依存症の症状と同じでした。ステージに立っているときでさえ、頭にあるのは家に帰ってもっと薬を飲もうってことだけなんです。1回に6錠ずつ、一晩で25錠近く服用するまでになっていました」

「ぼくはたまらない不安のなかにいて、パニックに襲われていました。薬が飲みたくて、ステージに出るのが怖かった」

「手がひどく震えてしまって、曲目をつまらないものばかりにせざるをえませんでした。だって、大部分が演奏できないとわかっていましたから」

「飛行機に乗ったりショーに出るなんて、とんでもありませんでした。ぼくは家にこもって、薬を飲むあいだの時間を数えていただけだったのです」

当時のリチャードを知る人もこう言います。

「家にあっては規則正しく几帳面で、仕事では時間に正確で神経質なほどきちんとしていたリチャードが、まったく正反対になって、彼を知る人すべてを驚かせた。衣服はよれよれで、大好きな車さえ洗わなかった。生活のあらゆる面にわたって信用がおけなくなった」

「あまりに悲惨な状況になったので、彼はプロの本能のすべてに反して、ライブ・ショーをやめなければならないと決心した。『ここまでだ。ぼくは明日からはもう演奏しない。』」

「あれほど輝かしいキャリアのすべてがあんなふうに終わってしまうなんて」

 

・互いに指摘し合う

リチャードもこういう状態だったので、次のようにカレンとリチャードは互いに治すよう指摘し合います。

「カレンはぼくに治療を受けるようにうるさく言いました。彼女はぼくのことは心配したが、自分の健康は気にしませんでした。ぼくは彼女は自分の心配をすべきだと思い、彼女はぼくはぼくの心配をすべきだと思っていました。ぼくたちはたぶん互いに同じことを言い合っていたのでしょう。つまり、承知でやっているんだから、放っておいてくれってね」

 

〇カレンの死

長年の闘病の末、心臓に負荷がかかりすぎ、1983年2月4日の朝に心不全で死去しました。32歳の若さでした。離婚同意書にサインする6時間ほど前だったといいます。

・死にたくなかった

カレンは決して死にたいわけではありませんでした。カレン自身も「死にたくない」と強く訴え、身近な人もそう言い切ります。

「彼女には死への願望はありませんでした」(リチャード)

「まったくありません。彼女は本心から死を嫌悪していました」(担当カウンセラーのレヴェンクロン)

 

・摂食障害が知られる

カレンの死は世界中に衝撃を与え、この一件から当時はまだあまり知られてなかった摂食障害の危険性に対する認識が深まったといわれています。

 

〇幸せではなかった

カレンは多くの成功を収めましたが、その人生は不幸なものでした。

・失う恐怖

カレンは幸せを失う恐怖を感じていました。

「何もかも失ってしまうのが怖くてたまらないの。結婚している状態、母親になれたかもしれない可能性・・・・。あたしはなんとか人生を生きていくだけで、もうこういうことができないんじゃないかって怖いの」

 

・虚無感

カレンは日々の生活の様々なところで虚無感を感じていますが、特に華やかなショーの後には強く感じており、「ショーが終わってライトが消えると、いつもあたしはなんにもなくなっちゃったような感じになるの」と語っています。

 

・名利や愛では解決できなかった

リチャードは、次のように「いかに幸せを手に入れているか」ということをカレンに言って聞かせようとしますが、カレンにはまったく響きませんでした。

「なぜ君が持っている他のすべてのものを考えないんだ。すばらしい頭脳、驚異的な才能、みんなそれが得られるならどんな犠牲だって惜しまないものなんだよ。いい家族、名声、富、なによりきみの声。見た目だってきれいだ」

ある人はこう言います。

「私も一緒に泣きました。彼女のような人がそんなになるのを見るのはとても悲しいことでした。あんなに若くて、あんなにかわいくて、人生にあんなに何もかももっていて。華麗な声で、大金持ちで」

 

・原因がわからなかった

カレンはいつも不幸でしたが、1番近くにいたリチャードでさえ、その原因がわからなかったと言っています。

「彼女が不幸だということはわかっていました。わからなかったのは、彼女がいつもいつも不幸で、満足感がなく、自己をきちんと評価しようとしないのは、何が原因でどんな理由があるのかということでした」

 

・人気アイドルから見たカレン

カレンのファンであり、自身も人気アイドルとして活躍したアグネス・チャンはカレンに共感し、次のように語っています。

「カレンがああいう病気で亡くなったと聞いたとき、なんとなく他人事とは思えませんでしたね。あそこまでビッグになってしまうと、自分のイメージとほんとうの自分とのギャップに苦悩してしまうんですね。すごい勢いで昇り詰めたら、少しは下降することだってある。そのへんに対応できるかどうかが問題になってくるわけです。私も同じようなことを経験しました」

「この仕事をしていると、本当の意味での出会いってなかなかないし、自分をわかってくれる友達もなかなか作れない。しかも、自分でも説明できない不安や寂しさがある。出会いがないから、愛する人を見つけるのも難しい。名前で寄ってくる人たちも多い。不安なんですよね、寂しくて。何でもいいからしがみつきたいっていう。体重もすごく不安定で、4,5キロなんてすぐに動きましたね。カレンの気持ち、よくわかります」

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仏教療法とは
はじめに
第1章 心の病と仏教療法
第2章 完治
付録1 カーペンターズに学ぶ成功と美醜と心の病
付録2 精神医学の実態