「気づき」を得るためには正しい努力が必要です。
・苦は楽の種
「楽は苦の種」「苦は楽の種」という諺もありますが、楽は人間を弱くし、結果として苦しみも多くなり、逆に、苦は人間を鍛え、結果として楽も多くなります。精神も肉体のように休ませると弱くなり、働かせると強くなるのです。心理学でも、精神力は筋肉と同じように鍛えられることがわかっています。
「苦難が神経の抵抗力をつけ健康を促進させる」
「逆境こそが強靭な精神、肉体を創る」
「この原則の存在を忘れてしまった人々は、肉体と精神の退化という代償を支払わねばならない」(アレクシス・カレル/生物学者/1912年ノーベル生理学・医学賞受賞)
目の前に近づいてくるヘビに対して、勇気をもって近づくと決めた時の脳活動を計測した実験もあり、結果は、怖さを感じながらも身体の緊張は低下したといいます。
このことは誰でも大なり小なり体験的に知っているでしょう。仕事がハードで休日も仕事のことを考えてしまい、休みたくても休めずにうつになったという人がいました。この人は結局どうしたかというと、「休めないのであれば、逆に仕事のことだけずっと考えよう」と腹を括ったらうつが治ったそうです。
苦と楽は別々のものではなく不二ですが、このことを人間は体験的に感じているといえます。
・効率のワナ
できる限り効率的に治したいと思うのが人間です。その視点も大切ではありますが、人間の心身がこういう仕組みになっていることに注意する必要があります。苦を悪、楽を善だと考えやすいですが、そうとは限らないのです。
・努力で脳は変わる
心の力で脳を変えることもできます。
「研究により、人は瞑想によって意図的に精神をトレーニングし、注意力や集中力のみならず、情動や慈悲心、そして精神の平穏などに関与するあらゆる脳部位を活性化させることができるということが判明しているのだ。そうしたエクササイズにより、脳の構造そのものも変化する。心理療法により思考、信条、感情などに変化が起こると、脳そのものが変わってゆくということが、神経画像研究でわかっているのである」
「私たちはもう、巨大な製薬会社たちの言いなりではない。思考や感情へと自己を開き、脳をトレーニングすることによって、自らの肉体や精神に自由にポジティブな力を及ぼしてゆく道を選んでゆくことができるのだ」(マリオ・ボーリガード/モントリオール大学神経科学研究センター准教授)
・「頑張れ」はタブーか
休むよう勧めたり、楽を与えて治そうとする療法は多いです。しかし、軽いものであれば休んで改善することもあるでしょうが、大抵はどれだけ休んでも変わらないか悪化するはずです。頑張るよう励ますことはタブーとされていますが、これは基本的に間違いであり改訂を迫られるでしょう。
精神科医の井原裕は、休むのが有効なのは重いうつ病だけだと言い、ただ休んでいては復職のプレッシャーに負けてしまったりするため、働きながら治すことを勧めています。
「休職とは、ストレスフリーの気ままな日々を送ることではありません。心も体もいたわるだけでは弱くなります。必要なのは復職を前提にした緊張感のある生活です」
「現実逃避の口実を与えるだけの休職では、意味がありません。むしろ、弊害のほうが大きいといえるでしょう。よくなるどころか、うつを慢性化させるだけだからです」(井原)
そして、「うつ病患者を励ましてはいけない」といった激励禁忌は、どん底にある一部の患者だけで、ほとんどの場合激励が必要であると言います。諸外国の精神医学の教科書のどこを見ても、「うつ病に激励は禁忌」などとは書いておらず、それどころか、英語圏の教科書では、すべてのうつ病の患者には激励が必要であり、禁忌どころか推奨されているといいます。
「単なる都市伝説にすぎません。何の根拠もありません。うつからの回復にとって、大きく足を引っ張る諸悪の根源といえます」
「精神医学の最大の失敗は、この都市伝説並みの根拠希薄な代物を、あろうことか医師国家試験に出題してしまったことにあります」
「精神科医は、うつ病患者を励まさないことがいかに治療の妨げとなっているかを知らなければなりません」
「激励こそがほとんど唯一可能な精神療法である場合すら少なくないのです」
「激励禁忌は肝心なときに精神科医を萎縮させ、回復の機会を失わせます」(井原)
・何度も力を加える
先程も説明しましたが、「継続は力なり」とか「水よく石を穿つ」といった言葉があるように、正しい努力を何度も何度も続けることで、やがてグラっと改善という方向に動きます。
少しやって変わらないとすぐやめてしまう人がいますが、もったいないことです。
「脳は変えることができる。だが、脳の回路を変更するには、明確な意志をもった継続的な努力が欠かせないのである」(生田哲/イリノイ工科大学助教授)
・心が変わるまで行動する
また、心が変わるまで行動するという視点も大切です。少し行動したぐらいでは自己はわかりません。「やる気」でいえば、やる気を出してから行動するのではなく、やる気が出るまで行動するという視点が大切です。
・環境を変える
楽をしたいのが人間です。
ですので、楽ができない環境に身を置くのも有効です。引きこもれる場所をなくし、嫌でも人と接しなければならない環境に身を置けば引きこもりはなくなるでしょう。刑務所に入って治った人もいるようです。
「一部の対人恐怖症は場数を踏めば治ってしまうところがあって、つまり娑婆では望んでも得られなかった治療的な経験が、逮捕されたおかげで実現しているわけです。刑務所は治療の場ではないのですが、たまたまそういう場所として機能してしまっているところが皮肉です」(斎藤環/精神科医)
・工夫する
本書で書いていることは大まかな一般論です。
正確には心は1人1人違い、また常に変化しているので、治すために何をどうしたらいいのか、常に工夫していくことが大切です。メンタルヘルスだけでなく、何にでもいえることです。
「継続するといっても、漠然と、漫然と続けていっては意味がありません」
「絶え間ない創意工夫が、すばらしい成果を生むのです」(稲盛和夫)
・子育ては厳しさと距離感
子育てで重要なことは色々とありますが、ここでは「厳しさ」について触れましょう。
現代の日本の親は往々にして愛情過多であり甘やかしすぎなので、もっと厳しさを与えるべきです。豊かさの負の面が出てしまっています。アフリカの子供と日本の子供とでは、目の輝きが明らかに違います。どちらの国がいいとかいう問題ではなく、その違いはどうして生じるのかということです。餌を与え続けられたライオンに狩を教えようと羊を与えたところ、ライオンがビビッて逃げたという話もあります。
1人暮らしをさせ自立させることも有効です。自分の世話は全部自分でしなければならなくなります。また自立することで、すべての人間関係に重要な「距離感」もできますし、当たり前に思っていたことに感謝し足るを知る心も生まれます。
ちなみに、貧しい家庭のほうが絆は強いようです。
「私の経験では、貧しい家庭ほど身内の結束が強く、家族の誰かがいつも付き添っていた。だが、裕福な家庭はそうではなかった」
「私は裕福な家族とそうでない家族とでは、家族の絆の強さにこれほど差があるものかとつくづく考えるようになった。これは貴重な教訓だった」(ロバート・メンデルソン/イリノイ大学医学部准教授)
・努力はベクトル
そして、いかに「努力の向き」が重要であるかということです。心の病になれば誰もが努力して治そうとしますが、心は複雑なので、知らず知らずのうちに悪化に向かって努力してしまう人も少なくありません。努力が無駄だとわかれば、やがて努力する気もなくなり生きた屍のようになってしまいます。
・意志が弱いのか
「心の病は意志が弱い人がなる」と思っている人は多いです。日本イーライリリーの調査によれば、うつ病と診断された人の53%が、診断前は「うつ病は意志が弱い人がなる」と考えていたそうです。
発する言葉がネガティブだったり、意志が弱い人と似たような振る舞いをするため、そう思われても仕方ないでしょう。周りからは「もっと頑張りなさい!」と注意され、本人は「何も知らないくせに!」と内心で悔しい思いを滲ませる、これはよくある状況です。
しかし、意志が弱い人だけがなるとは限りません。たとえば、オリンピックのメダリストなど、普通の人より意志が強いといわれるような人たちでも心の病になっています。逆に、意志が弱い人でも心の病になっていない人はたくさんいます。意志の強弱だけでは解決が難しい問題があると見るべきでしょう。
これまで説明した通り、もっと内面(心)に目を向けないと本質は見えてきません。言葉にすれば同じでも、苦しみの内容は千差万別です。見た目は同じ涙でも、「嬉し涙」と「悲し涙」とでは中身がまったく違います。心の病を患うことは、たとえるなら、あらゆる能力が衰える見えない拘束衣を身につけるようなものです。あらゆる動作が大変になります。意志が弱いと判断するのは早計です。
・誰がなってもおかしくない
どんなに「自分は強い」と自負している人でも、先に説明した通り、努力のベクトルを間違っているので、誰が心の病になってもおかしくありません。
2010年7月、元日本テレビの山本真純アナウンサーがタワーマンションから飛び降り自殺しました。産後うつだったようで、彼女の兄によれば、「自分だけがやれていないと感じる絶望感があった」「子どものこと、夫のこと、将来のことへの不安が積み重なっていた」といいます。また、「妹はよく『心臓に毛が生えてる』と自分で言ってました。明るく芯があって信念があり、よくできた自慢の妹でした」とも言っています。
・病気を言い訳にできなくなる
現代医学で治せないことをいいことに、心の病を免罪符として利用している人も多いですが、努力次第で予防でき治せるということになれば、それも難しくなっていくでしょう。