先程、誹謗中傷の話をしましたが、ここで誹謗中傷の受け止め方についても触れておきましょう。

・基本は無視

基本的に、おかしい人は無視するのが得策です。

 

・因果の法則に任せる

また、こちらが何かしなくとも因果の法則が狂いなく悪果をもたらします。芥川龍之介は、「他を嘲るものは同時にまた、他に嘲られることを恐れるものである」と言いました。

仏教には次のような話があります。

ある時、繁栄を誇る水牛の王が森を歩いていました。

嫉妬したサルは水牛の王に向かって、石を投げたり、大便や小便をひっかけたり、あらん限りの悪口を浴びせていたずらしました。しかし、水牛の王はじっと我慢していました。

それを見ていた森の主が、どうして怒らないのかと聞くと、水牛の王は、「私がやっつけなくても、悪い行いをする者は自然に懲らしめられるものです」と笑って答えました。

しばらくして、別の短気な水牛が通りかかりました。サルが同じようにいたずらすると、その水牛は角でサルの心臓を突き刺し殺してしまいました。

 

・無視できない批判もある

中には的を得た批判もあるので、何でも無視するわけにはいきません。

「批判には耳を傾けるべきね。役に立つもの。あたしのすることに対してその場の100人のうち99人が気に入ってくれたとしたら、気に入ってくれなかった1人のことだけを覚えておくわ」(マドンナ/歌手)

本願寺の蓮如は、次のように陰口でいいから言ってほしいと言っています。

「常には、我が前にては言わずして、蔭に後言いうとて、腹立することなり。われは、さように存ぜず候う。我が前にて申しにくくは、蔭にてなりとも、我が後ろことを申されよ。聞きて心中を直すべき」(御一代記聞書)

 

・何やっても敵と味方がいる

ちなみに、すべての人から好かれることも嫌われることも不可能です。詳しくは第4巻で説明していますが、一切には善悪両面があり、絶対的な善も悪もないので、批判しようと思えばいくらでも批判できます。

どんなに正しいことをしても批判する人がおり、どんなに悪いことをしても称賛する人がいます。どこで何をやっても敵と味方がついてくるのです。

経には、「黙っていても非難され、多くしゃべっても非難される。また、あまりしゃべらなくとも非難される。非の打ち所がないものはこの世にはいない。常に非難されるだけの人、または常に褒められるだけの人は、過去にもいなかったし、未来にもいないだろう」と説かれています。

夏目漱石は、「智に働けば角が立つ。情に棹せば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角にこの世は住みにくい」と言いました。

ある国会議員は、「現職議員のときは良くも悪くも電話が鳴りっぱなし。落選すると両方なくなる」と言っていました。

釈迦でさえ敵がおり、提婆でさえ味方がいます。

富士山でさえ嫌う人はおり、凶悪犯にさえファンがいます。

ネットのコメント欄などを見ても、そういったことがよくわかります。ネット記事のコメント欄には「そう思う」と「そう思わない」の2つのボタンがついていることが多いですが、どんなコメントにも両方ボタンが押されています。それも1人や2人ではありません。

また、芸能人など、「好きな〇〇、嫌いな〇〇ランキング」なるものがよくだされますが、両方に同じ人がランクインしていることがよくあります。

 

・敵も味方も軽い

また、味方にも注意が必要で、多くの場合、大した味方ではありません。なぜなら、大して知らずに軽い気持ちで褒めているからです。敵も味方も、軽い気持ちで貶したり褒めたりしているのです。

 

・ほとんどは無関心

そして、ほとんどの人はあなたに関心がありません。あなたも、80億近い人のほとんどは関心がない人でしょう。

100万人が読んだ本があるとします。10万部売れればベストセラーといわれていますから、大ベストセラーです。しかし、裏を返せば99%以上の国民が読んでいないということであり、ほとんどの人は関心がないのです。

実際はこういう内訳であるのに、人間は煩悩があるので少数の悪い評判に目が向きやすいです。誹謗中傷を苦に自殺する人がいるのもそのためです。

 

・敵がでないのは活動していないから

出る杭は打たれます。裏を返せば、敵が出てこないということは活動していない証拠です。よくいわれる通りです。

「今の評価がやたらと気になるというのは、みんなに好かれたいと思うからなんだ。敵が百人なら味方も百人。敵が多いやつほど、本当の支持者も多いってことがわかっていない。タレントでもそうだよ。雑誌に悪口の一つも書かれないというのは、タレントとしてはもうお終いってことだよ」(ビートたけし)

 

「敵が野次をとばさなくなったら、自分はもうおしまいだと思うでしょうね。敵がいるからこそ私は奮い立つのであって、下卑た野次を彼らの喉元まで押し戻してやりたいと思うのです」(マリア・カラス/オペラ歌手)

 

「悪名が高ければ高いほど仕事が来るようになるのよ。そんなこともわからないの?」

「あたしが興味をもっているのは人を怒らせることなんだから」(マドンナ/歌手)

 

「うわさになるより悪いのは、うわさされないことだけである」(オスカー・ワイルド)

 

もちろん、敵がいるからといって正しい活動をしているとは限りません。

 

・死がある限り信念を貫けない

先に説明した通り、どんなに強い信念を持っていても、がある限り貫き通すことができません。強い正義感を持ち、舌鋒鋭く人を批判していた人でも、本物の死の恐怖を前にすれば一瞬で折れてしまいます。「死を突きつけられても信念を貫ける」などと思っていたら、それは自惚れです。死を解決しない限り、真に自由な活動はできないのです。

 

・負けるが勝ち

勇気を出すことは、だいたい善であることが多いですが、何といっても相手は煩悩がある人間です。正義を貫いて殺されてしまうかもしれません。死の解決をするまでは危険な状態にいることも知るべきです。

「負けるが勝ち」という諺があります。おかしい人には謝ったり関わらないようにし、話しが通じる人だけを相手にすべきです。

 

以上、誹謗中傷の受け止め方について簡単に説明しました。

言いたいことを言う、やりたいことをやるように努めないと後で後悔してしまいます。老人を対象にしたアンケートでも、「人の評価を気にしなければよかった」と後悔する人が多いようです。

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1.5自利利他(人の幸せを優先する)
孤独の怖さ
利他の力
何をしたらいいのか
よく話す
利他心
利他の欠点
誹謗中傷の受け止め方