欠点だらけの無常の幸福に対して、仏教で説く「悟り」が欠点のない真の幸福であり、人間最大の苦しみである死を解決できる境地です。
「人間の能力では解決できない死の問題を中心とした悩みへの対応であるが、これは、我々がいくら考えても人間の能力を超えたものであり、解決は不可能である。それでは我々人間は、死の問題に対してまったくなすすべもなく手をこまねいているだけかというと、そうではない。それでは、どうするのか。
答えは、我々の先人の中に死の悩みを解決された人が存在するということである。そして、その人のされたこと、説かれた教えを素直に聞き実践する。それ以外には、人間の能力では解決することのできない死の問題を解決する方法は、ないのである。一般にこのことを仏教により救われたという」(友久久雄/精神科医/京都教育大学名誉教授)
第1巻では「悟り」が実在する世界であり、人生の目的でもあることを科学的な知見を交えて詳しく説明しました(第1巻「悟り」)。
欲求段階説で知られる心理学者のアブラハム・マズローは、悟りは自然に発達する生物学的な意識の状態だと主張しています。
また、神経科学者のアンドリュー・ニューバーグ(トーマス・ジェファーソン大学医学部教授)は、悟りを体験できる能力は人の意識と神経回路にしっかり組み込まれていると言います。
「最も近年の脳のスキャンの研究では、いま悟りに近い体験をしていると人が言う時には、きわめて特殊な神経学的な変化が起きることを発見した。意識的に悟りを求めている人々の脳には長期的な構造上の変化もみられる。こうしたことから、悟りへの道程は単に現実であるだけではなく、人が生物学的に悟りを求めるようにできていることを示す証拠はあるともいえる」
「通常、脳はゆっくり変わると考えられがちだ。脳が新しいスキルを修得し、すべての体験を吸収して意義あるものにするには時間がかかる。しかし、悟りの過程をみると、脳は瞬時に変わることもできるようだ」(アンドリュー)
そして、城西国際大学教授の望月清文は、言葉と五感に関する研究から、人間の心の基盤である共通感覚が誕生するまでの流れや時期を推測しました。さらに彼は「統合力」という考えを持ち出し、種に固有の閾値を越えると種に固有の統合力は同時に一斉に進化するという仮説を立て、ダーウィンの進化論では説明できない現象(文化的爆発、不稔性etc)も、この考え方で説明できることを示しました。また心の進化に目を向け、進化には方向性があり、悟りが統合力の進化であると推測しています。
「修行僧が悟りに到達する瞬間、ほんのちょっとした外からの刺激によって開悟することが伝えられているが、これは、まさに新たな統合力が誕生しかけていたところへ、タイミング良く外からの刺激が与えられたのであり、それは、過氷点になっている水の中に投げられた小石によって、その水が一瞬のうちに凍ってしまう現象にも似ている。釈尊が夜明けの星を見て悟りに達したといわれているが、星の光という外からの刺激が、新たな統合力を誕生させる刺激となって働いたのである。それは、卵の殻の中で、誕生しようとしている雛鳥の声に答えて、外から親鳥が、その殻を割って上げる卒啄同時の営みそのものである。その卒啄同時によって新しい生命は誕生する。そして、ここに、新たな生命の誕生において、環境と内なる世界との切っても切れない関係があることが見えてくる」
「この瞬間(悟り)を手に入れるために、宇宙は様々な形でエネルギーを作用させ、生命を進化させ、人間を誕生させてきた」
「生命は、人間をして、自己を意識化させようと働きかけていて、その働きかけが、人間をして生きる意味を求めさせ、悟りの境地を得ることへの志向性を生み出しているのである」(望月)
岸根卓郎は「絶対的幸福とは、死によってもなくならないような永遠に続く幸福のことであり、これが本当の幸福」であると言い、例として歎異抄で説く「無碍の一道(悟り)」を挙げています。
「悟り」だとわかりにくいので、これからは「死の解決」と基本的に呼びます。
・人生にはゴールがある
人生にはゴールに相当するものがあります。
ただ生まれて一喜一憂して死ぬだけが人生ではないのです。また、「幸せは人それぞれ」とか「いろんな生き方があっていい」ではダメのです。
「人生は生涯求道」とか「死ぬまで勉強」という人もいます。一見すると格好いい言葉ですが、これは一生涯ずっと苦しまなければならないということです。精神を鍛練するために仏教があるのではありません。ゴールに相当するものがなければ、最後は地獄に堕ちるマラソンをしているような悲惨な人生になってしまいます。求道人生、勉強人生で終わってはなりません。
・心の病は関係ない
人生の目的は万人共通であり、心の病があろうとなかろうと関係ありません。そして、それは絶対に達成しなければならないものです。「死後が必ず地獄」だからです。
・正しい生き方がある
別な言い方をすれば「人間として正しい生き方」が存在するということです。それは人生の目的を知り、その目的に向かって生きる生き方です。
・正しい生き方を優先する
心の病が治るかどうかは抜きにして、「人間として正しい生き方」を優先し、心の病の改善がオマケとして後からついてくる、という流れを取るべきです。後述するように、多くの心の病とされているものの実態はクセや特性といえるものですが、「クセがあるから正しい生き方を優先しない」ということはないはずです。
正しい生き方を優先すればいろんなものがついてきます。
たとえば、人間関係も良くなります。「心の病だけど善をする人」と、「心の病ではないけど悪を造る人」では、どちらの人を助けようと思うでしょうか。前者のはずです。人間関係が良くなれば、メンタルヘルスにも良い影響を与えます。逆に、正しい生き方を優先しなければ、人間関係も悪くなり、メンタルヘルスにも悪い影響を与えます。
また、心の病を治すために正しい生き方をする、という不純な動機の人も多いです。それで一時的な癒しを得ることも可能ですので最初はそれでもいいですが、根本レベルでの解決にはなりません。
1.2人生の目的(正しい生き方を優先する)
〇誰もが幸せを求めている
〇幸せの欠点
〇人間は目的がわからず生きている
〇死の解決
〇心の病は悪なのか
〇気にする
〇根本的に違う療法