釈迦「死が怖くて仕方ないのです」

一般人A「ネガティブだな。怖がっても仕方ないだろう」

 

釈迦「死が怖くて仕方ないのです」

家族B「お前は国の王子だ。守るべき国民や妻子もいるではないか」

 

釈迦「死が怖くて仕方ないのです」

精神科医C「うつ状態ですね。あなたの場合、薬物療法よりカウンセリングがいいでしょう。カウンセラーを紹介します。あと血液検査と、眠れないとのことなので薬も出しておきましょう」

 

釈迦「死が怖くて仕方ないのです」

カウンセラーD「死の恐怖の原因を見つけましょう」

釈迦「死そのものが怖いのです。どうしたら解決できるのでしょうか?」

カウンセラーD「・・・・」

 

一般人Aは、よくある世間一般のリアクション、家族Bは釈迦の父である浄飯王のリアクションです。

精神科医CとカウンセラーDは、実際に私が患者のフリをして聞いた時のリアクションです(2021年7月に都内のメンタルクリニックにて)。

他にも、哲学者E、科学者F、霊能者G、超心理学者Hなど、いろんな人たちがいますが、釈迦の悩みは誰にも解決できなかったはずです。

 

「科学が近づく仏教の世界」

シリーズ第7巻になる本書のテーマは「メンタルヘルス」です。科学と仏教の知見を活かして「メンタルヘルス」について論じていきます。

 

心の病は増加の一途・・・・

2011年:320万人

2014年:392万人

2017年:419万人

(厚生労働省「患者調査」より)

また、4人に3人は医療機関を受診しておらず、実際の患者数は1000万人以上とも推定されています。

心の病による経済損失(2008年)も、3兆900億円(うつ病性障害)、2兆7,743億円(統合失調症)、2兆3,931億円(不安障害)と莫大です。

政府は、「がん」「脳卒中」「心臓病」「糖尿病」の4大疾病に、新たに精神疾患を加えて5大疾病としました。

YLD(障害生存年数:障害によって失われた年数)という指標によれば、先進国では全疾患の負荷のうち38%が精神疾患によるもので、心臓疾患、脳卒中、ガンなどの重い疾患ですら合わせて22%にすぎないといいます。

また、精神疾患によって身体疾患の「死亡率が50%高くなる」という結果も繰り返し示されています。

メンタルヘルスは人間の根幹です。ここが悪くなると、どんな天才も凡人以下になってしまいます。

よく、心の病は「心の風邪」ともいわれますが、風邪というレベルではなく「心のガン」と呼ぶべきだと言う人も少なくありません。心の病とガンの両方かかった人で、「ガンよりも心の病は難しい」と言っていた人もいます。

「うつ病は『心の風邪』などという軽い状態ではない。認識する必要があるのは、うつ病に罹患することによって、心身を強く蝕まれ、人生そのものを棒に振ってしまうことも起こるという点である」

「うつ病は容易に死を招く病であり、自殺や心中に至ることもまれではない」(岩波明/昭和大学病院精神科准教授/「精神科医が狂気をつくる」より)

このように心の病は人類にとって脅威ですが、多くの人が頼る精神医学で治し方が確立されていません。「これだけ医学が進んでいるのだから何とかなるだろう」という期待は、多くの場合打ち砕かれます。

精神科医の西城有朋は、著書「精神科医はなぜ心を病むのか」の中で次のような事例を紹介しています。

「『このあいだA大学医学部のB教授が亡くなったでしょ。じつは自殺なんだって』

ある学会で知人の精神科医からそう聞いたとき、私は一瞬耳を疑った。B教授といえば、研究実績が豊富で、私も尊敬する研究者の1人だった。ただ、学会で『そんな処方薬は保険適用からははずすべきだ』などと強気な発言をする一方、抗うつ薬などの薬の効果をさかんに宣伝するなど製薬会社の広告塔のような役割も果たしていて、いい意味でも悪い意味でも、わが国の精神医学の臨床薬理学に強い影響力をもつ『大物』だった。そんな人物が、自ら命を絶った。

しかも、B教授は躁鬱病に代表されるような気分障害を患っていたというから、薬を飲んでいたことは間違いないだろう。それには、自分が宣伝していた薬も含まれていたに違いない。つまり、薬では自殺を防ぎきれなかったということになる。B教授が亡くなったことは精神科医のあいだでは周知の事実だが、その死因が自殺であることは、ごく一部の人間だけしか知らない秘密になっている」

「B教授は一般人ではなく、精神科医として患者の自殺を防ぐべき職にあり、かつリーダー的存在だった。彼の影響を受けた多くの精神科医が、まさにいま日本中で精神障害の患者の治療に当たっている。私自身も、かつて郷里の母親がうつ病を患い、患者の家族として思い悩んだ経験がある。そのため私は、B教授のご冥福を祈りつつも、『薬が効かずに自殺したという事実を伏せるのは、治療者としてアンフェアではないか』というのが率直な気持ちであった」

そして、アメリカで最も権威ある精神医学雑誌の1つである「American Journal of Psychiatry」の「精神科医が自殺する頻度は、一般人の5倍」という論文を引用しながら、次のような疑問が湧いたといいます。

「自分の命さえ助けられない人間が、果たして他人を治療し、命を救うことができるのか?」

「精神科医が自殺すること自体、なかなか治らずに苦しんでいる患者たちの厳しい現状を暗示してはいないだろうか?」

また、「とにかく全員、言うことがバラバラ」だと言い、「2人の精神科医による診断が一致するのは、偶然にすぎない」という研究結果が何度も発表されているとも言います。

「そもそも、精神科では何がどうなれば病気かという診断基準からして意見が分かれてしまう。

ある医師は『病気だ』と診断しても、もう1人は『いや、病気ではない』と言い張るのは日常茶飯事である。患者が苦しんでいても、『これは病気ではない』と医師が言えば、病気には入らないし、逆に、治っていなくても、医師が『私が治したのだ』と言えば、その患者は治ったことになってしまうのだ。

その点が、血糖値が高くなったり、レントゲンで影が写ったりする他の診療科とは明らかに違う。そのため精神科では、カルテはあるものの、元気かそうでないか、正常か異常かは、医師が主観で決めることができる。

どんな治療が行われたのかという検証もされないため、症例発表などというのは、いくらでもでっちあげができるのである。私自身、症例報告集を出版することになった上司から、『内容はでっちあげでいいから、とにかく期限内に仕上げてくれ』と症例報告を頼まれたことがある。それを読んで勉強する人がいるのかと思うと、とても気の毒な気持ちになった」(西城)

彼だけではありません。

「精神医療の診断には、今のところ科学的根拠がありません。患者さんを診察した精神科医の主観によるのです」

「たとえば、アメリカの人権擁護団体が、ある患者さんを10人の精神科医に診せるという実験をしました。その結果、10人の精神科医が10人とも異なる診断結果を出し、処方された薬も十人十色だったといいます」

「極端にいえば、診断したあと、なんでもいいから一応病名をつけるしかない、というのが現状です。たとえ誤った診断でも病名をつけてしまえば、その病名にあった薬を処方できます」(銀谷翠/精神科医/「薬を抜くと、心の病は9割治る」より)     

 

「私が30年前に精神科に常駐として学んだことの多くは、科学的研究の結果として廃棄され、完全に間違っていることが証明されている」

「おそらく、今から30年後の私たちの後継者たちは、今日私たちが信じている多くを悲劇的なことだったと見なすだろう」(トーマス・インセル/アメリカ国立精神衛生研究所所長)

 

「私たちは(精神障害の)原因を知りません。私たちは未だにこれらの病気を『治療する』手段を持っていません」(レックス・コウドリー/アメリカ国立精神衛生研究所代行所長)

 

「我々は想像もつかないような未来へと続く長い旅のほんの始まりにいる。過剰診断が創り出すのは、『我々は答えを知っている』という幻想である。我々は、未だ受け入れ難いその事実を認めなければならない」(ジョエル・パリス/マギル大学精神医学教授)

 

「未来の世代は、私たちがいかに無知だったかということに驚くだろう。また、私たちがいかに残酷だったかということに驚くだろう。前の世代を振り返ってみると、奴隷、鉱山での女性や子ども、身体障害をもつ人をどのように扱ったのかを知って衝撃を受ける。これと同じで、次の世代の人は、今日私たちが精神疾患をもつ人をどのように扱っているか、心理的支援を受けたいという彼らの必死の願いをどれほど無視しているかを知れば、きっと驚くだろう」(デイヴィッド・クラーク/オックスフォード大学心理学教授)

 

WHO(世界保健機関)の「統合失調症に関する国際的予備調査」では、「先進国にいることが、完全寛解を達成できない強力な予測因子となっていた」と結論づけています。先進国よりも途上国の人のほうがなりにくく、また、なっても治りやすかったというのです。精神医学で治るのなら、先進国ほど治るはずであり、最高の医療が提供されているはずの日本の皇太子妃もとっくに治っているはずです。

皇太子妃の主治医である大野裕(国立精神・神経医療研究センターの認知行動療法センター所長)は「私たちはまだ、精神疾患の本質を理解できていない。確立した治療法もまだ手に入れていない」と言います。また、後述するように、彼が恩師と仰ぐアレン・フランセスも精神医学を痛烈に批判しています。

さらに治せないだけでなく、精神医学が心の病を生み出したり、より一層酷くしている実態もあります。心の病の歴史では、拷問に等しい”治療法”が数多く生み出されてきましたが、それがまだ続いているのです。

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仏教療法とは
はじめに
第1章 心の病と仏教療法
第2章 完治
付録1 カーペンターズに学ぶ成功と美醜と心の病
付録2 精神医学の実態