「人は二通りの方法で騙される。一つは、真実ではないことを信じることによって。もうひとつは、真実を信じないことによって」(キルケゴール/哲学者)
「魔女狩りはさまざまに形を変えて、人類が存在するかぎり永久にくりかえされるだろう」(カール・セーガン/天文学者)
「軽薄な人間は運勢を信じ、強者は因果関係を信じる」(ラルフ・ワルド・エマーソン/哲学者)
「私には勇気も知恵もない、あるのは信仰のみ、正しい信仰を持つことは、千万の味方を得ることよりも心強いこと、傘を持っているおかげで雨が降っても安心していられるようなものだ(木戸孝允/政治家)
「吉凶といった占いを止め、正しい考え方を学び、善であろうと悪であろうとすべて明確な因果関係があるという因果の法則を深く信じるべきである」(華厳経)
「合点ゆかずば合点ゆくまで聞きなされ、聞けば合点のゆく教え、合点したのは信ではないぞ、それは知ったの覚えたの」(庄松)
「迷う道は広いが、助かる道はただ一筋」(和泉の吉兵衛)
「やがて必ず来る世に、様々な経は滅んで無くなるが、この経だけは永遠に残るだろう」(大無量寿経)
「篤く三宝を敬へ。三宝とは仏・法・僧なり。すなはち、四生の終帰、万国の極宗なり」(聖徳太子/十七条憲法)
「朕は三宝の奴なり」(聖武天皇)
「南無阿弥陀仏と申す文字は、その数わずかに六字なれば、さのみ功能のあるべきとも覚えざるに、この六字の名号のうちには無上甚深の功徳利益の広大なること、さらにその極まりなきものなり」(御文)
「一代聖教みな尽きて 南無阿弥陀仏に成り果てぬ」(一遍/辞世の句)
「首、切られるときはお聖教も正信偈もいらない。ただ、南無阿弥陀仏だけになってしまう。切羽詰まってくると、ただ南無阿弥陀仏以外にない。人間は生死を超えなければいかんですねえ」(東条英機)
「ただ声に出して南無阿弥陀仏とばかりとなふれば、極楽に往生すべきやうにおもひはんべり。それはおおきに覚束なきことなり」(御文)
「仏教を聞いて死の解決をすることは、難の中の難であり、これより難しいことはない」(大無量寿経)
「善知識に遇うことも 教うることもまた難し よく聞くことも難ければ 信ずることもなお難し」(浄土和讃)
「人身受け難し、今すでに受く。仏法聞き難し、今すでに聞く。この身今生において度せずんば、さらにいづれの生においてかこの身を度せん」(三帰依文)
「善知識にあいたてまつらずは、われら凡夫かならず地獄に堕つべし」(執持鈔)
「僧侶は俗より出でて俗よりも俗なり」(福沢諭吉)
「自らに勝つことこそ、最も難しい勝利」(アリストテレス/哲学者)
「自己に打ち勝つことは勝利のうちで最大のものである」(プラトン/哲学者)
「瞑想は、外からは何もしていないように見える。しかし、本当は瞑想とは力強い行動的なプロセスなのである」(ディーン・オーニッシュ/カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部教授)
「脳は変えることができる。だが、脳の回路を変更するには、明確な意志をもった継続的な努力が欠かせないのである」(生田哲/イリノイ工科大学助教授)
「一つのことを継続することで愚鈍な人が非凡になる。一歩一歩の積み重ねが、実は魔法のような相乗効果を生んでいくのです」(稲盛和夫/実業家)
「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思う」(イチロー/野球選手)
「善知識がどれほどおかしいことをしたり冗談を言ったりしたとしても、心底には仏法があると思うべきである」(御一代記聞書)
「私が、すべての生物をあわれむ心は、親が子を思うよりもはるかに超えている」(大無量寿経)
「人の信のなきことを思し召せば、身を切り裂くように悲しきよ」(御一代記聞書)
「聞いてみなんせ まことの道を 無理な教えじゃ ないわいな」(おかる)
「いつも来る いつもの人が いつもする いつもの話 いつも尊い」(古歌)
「あながちに、もろもろの聖教を読み、物を知りたりというとも、一念の信心の言われを知らざる人は、いたずらことなりと知るべし」(御文)
「ちっぽけな智慧、これが禍いしているのですね。だから、知識人には、信仰に入れないですね」(東条英機)
「山も山 道も昔に 変わらねど 変わり果てたる 我が心かな」(弁円)
「さらばなり 有為の奥山 今日越えて 弥陀のみもとに 行くぞうれしき」
「明日よりは 誰にはばかる ところなく 弥陀のみもとで のびのびと寝む」(東条英機)
「未だに死後の浄土を説く宗派があるそうですが、生きたまま不安のない仏になるのでなくては、宗教の存在意義はありません」(水原舜爾/岡山大学名誉教授)
「臨終すんで 参るじゃない 臨終すまぬとき 参る極楽」(浅原才市)
「頭叩いても南無阿弥陀仏、手を叩いても南無阿弥陀仏、足を叩いても南無阿弥陀仏、お尻叩いても南無阿弥陀仏、座った姿も南無阿弥陀仏なら立った姿も南無阿弥陀仏、歩く姿も南無阿弥陀仏、本願や行者、行者や本願」(おかる)
「たとえ法然上人に騙されて、念仏したために地獄に堕ちようとも、決して後悔しない」(歎異抄)
「この信心を獲得せずは、極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきものなり」(御文)
「科学が近づく仏教の世界」
シリーズ第6巻になる本書のテーマは「仏」です。
科学と仏教の知見を活かして「仏」について論じていくわけですが、たとえば次のようなことを書いています。
・うさぎのように速く、亀のようにコツコツと
・「信じる」には「疑う」がまざっている
・宗教のマーケティングは決まっている
・仏に非難されても微動だにしない境地
・人工知能は釈迦の代わりになれるか
・年を取っていきなり努力はできない
・必死になれば時間はもっとつくれる
・求めた人にしかチャンスは見えない
・地球上で仏になったのは釈迦だけ
・中身のないカラ念仏を称えている
・プロは相手のレベルがすぐわかる
・求道は生まれてすぐ始まっている
・死の解決をしないと必ず後悔する
・豪華であるほど求道が速く進む
・棚ぼた式に出遇うから続かない
・死の解決は生きながら死ぬ体験
・地獄に堕ちると極楽に生まれる
・どれくらい真剣になればいいか
・求道を諦めても何も変わらない
・死の解決をすると寿命も延びる
・巨大な釣鐘も指一本で動かせる
・人間には7つのレベルがある
・仏教は真実を説いているだけ
・木像より絵像、絵像より名号
・釈迦を真似れば釈迦に近づく
・親より重い恩がある人がいる
・行動しないと心はわからない
・求道には最短ルートがある
・釈迦は阿弥陀仏の宣伝マン
・高度な教学より基本が大切
・意識で聴き阿頼耶識で聞く
・死の解決は誰でも同じ体験
・この世で最も不思議なこと
・努力で幸せになれる有難さ
・阿弥陀仏にしか救えない
・人間は真実を求めている
・宇宙には無数の仏がいる
・南無阿弥陀仏は無上の薬
・人間は釈迦を舐めている
・凡人は努力するしかない
・仏教を知らない仏教学者
・聞くなと言われても聞く
・他力でしか助からない
・阿弥陀仏は釈迦の先生
・努力も念力もベクトル
・仏教を悪用する仏教徒
・人間は悪知識が大好き
・人間は善知識が大嫌い
・文字も知らない大学者
・時間の無駄は命の無駄
・「生涯求道」ではダメ
・死の解決は難中の難
・自力は助からない道
・仏壇は阿弥陀仏の家
・悟りには52段ある
・人間は一瞬で迷う
・神仏一体は間違い
・清沢満之の間違い
・善知識という仲人
・釈迦は怒りっぽい
・仏と量子と超心理
・東条英機の最期