詳しくは第6巻で説明しますが、死の解決をするとどうなるのか、「愛」に関連することを簡単に紹介します。

〇絶対平等

人間の愛は差別の愛ですが、仏の愛は平等の愛です。どんな人でも、死の解決をすれば同じ境地に遊ぶことができます。

たとえるなら、どんな財布であっても、中身である金の価値に違いはないようなものです。高級な財布であろうが、ボロボロの財布であろうが、1万円が入っていれば同じ1万円の価値があります。1万円札は死の解決の境地をたとえており、財布は私たち1人1人のことをたとえています。釈迦のような優れた人(高級な財布)であろうと、私のような劣った人(ボロボロの財布)であろうと、死の解決の価値に違いはないのです。

・仏凡一体

仏心(仏の心)と凡心(凡夫の心)が一体となった状態を、仏凡一体といいます。死の解決をすることで、仏凡一体の身となります。

「行者の悪き心を如来のよき御心と同じものになしたまふなり。このいはれをもって仏心と凡心と一体になるといへるはこのこころなり」(御文)

(訳:阿弥陀仏の本願力は、人間の悪い心を仏の良い心と同じものにさせる。こういうことなので、仏心と凡心が一体になるというのである)

一体とは、合体とは違い分離することができません。たとえば、合体とはサンドウィッチのようなもので、パンと具を分離することができます。一体は炭についた火のようなもので、炭と火を分離することはできません。

このように、仏凡一体とは、慈悲の欠片もない冷たい凡夫の心と、大慈悲の温かい仏の心が一体となり、分離できない状態となります。

「仏心は我等を愍念したまうこと骨髄にとおりて、染みつきたまえり。たとえば、火の炭に、おこり着きたるがごとし。離たんとするとも離るべからず。摂取の心光、我等を照らして、身より髄に徹る。心は三毒煩悩の心までも仏の功徳の染み着かぬところはなし」(安心決定鈔)

(訳:仏心は骨の髄まで徹底して染みつく。たとえば、炭に火がついたようなもので、炭と火を別々にしようと思ってもできない。煩悩に至るまで仏心の功徳が染みつくのである)

 

・利他をしなくても幸せ

利他をしないと喜びを得られない境地は、善悪の区別がある不完全な境地です。死の解決は、利他をしてもしなくても喜べる、人が集まっても集まらなくても喜べる、善悪の区別がない完全な境地です。かといって、我利我利の行為をしたくなるわけでもありません。

 

・恩返し

死の解決をした後は、大きな御恩を返すことに一生を捧げるようになります。

「如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も 骨をくだきても謝すべし」(恩徳讃)

(訳:阿弥陀仏の大きな慈悲への恩返しは、身を粉にしても報いるべきである。善知識方への恩返しも、骨を砕いてでも感謝すべきである)

つまり、法を広めるということです。

死の解決をすれば、死後の地獄がはっきりとわかり、そして仏凡一体の身になるため、当然、人を救おうとします。信前は人からケツを叩いてもらわないとなかなか動かないものですが、信後は誰から言われなくとも自発的に開顕します。

「大悲、弘く普く化すること、真に仏恩を報ずるに成す」(往生礼讃)

(訳:開顕し、人を救うことが真に仏の恩に報いることになるのである)

 

「他力の信をえんひとは 仏恩報ぜんためにとて 如来二種の回向を 十方にひとしくひろむべし」(正像末和讃)

(訳:死の解決をした人は、阿弥陀仏の恩に報いるために、往相と還相の二種の回向を、すべての世界に広めるのである)

 

・信念を貫ける

死の恐れ誹謗中傷の恐れもなく、信念を貫くことができ、自由に開顕することができます。

死の解決をすれば金剛心となります。金剛とは仏教用語で、絶対に崩れない、壊れないという意味です。ダイヤモンドのことを金剛石といいますが、ダイヤモンドは非常に硬いために、こう名づけられています。

「信心やぶれず、かたぶかず、みだれぬこと、金剛の如くなるが故に、金剛の信心と言うなり」(唯信鈔文意)

(訳:信心が破れず、傾かず、乱れないこと、金剛のようであるので金剛の信心と言うのである)

金剛心は、どんな非難を受けようが微動だにしません。

「如何なる人来りて言い妨ぐとも、少しも変わらざる心を金剛心という」(後世物語聞書)

(訳:どんな人がやって来て言い妨げようとも、少しも変わらない心を金剛心というのである)

 

〇絶対にしなければならない

死の解決をしなければ死後は地獄です。一度地獄に堕ちれば助かる方法はありません。ですので、死の解決は「絶対に」しなければならないものであり、「したほうがいい」とか「できたらいいな」というものではありません。どんなに苦しくても、どんなに年を取っても、ずってでも這ってでも求めてゴールする必要があります。どんなに真面目な求道者でも、ゴールしなければ意味がありません。死の解決をして極楽に行く100点の人生となるか、死の解決をせず無間地獄に堕ちる0点の人生となるか、人生は2択です。

・急いでしなければならない

人間はと隣り合わせであり、今日死んでもおかしくありません。今日死ねば、今日から地獄が始まるのです。今、幸せの絶頂にいようが、不幸のどん底にいようが関係ありません。ですので、利他に努めて一刻も早く死を解決する必要があります。

「ああ、夢幻にして真にあらず、寿夭保ちがたし、呼吸のあひだ、すなわちこれ来生なり。一たび人身を失ひぬれば、万劫にも復せず。この時悟らざれば、仏、衆生をいかがしたまはん。願わくは深く無常を念じて、いたずらに後悔を貽すことなかれ」(教行信証)

(訳:ああ、この世は夢、幻であって真実ではない。命は保ち難く、吐いた息が吸えなければ死んでしまう。一度死んでしまえば、無間地獄に堕ち、永遠に抜け出すことはできない。生きているうちに死の解決をしなければ、阿弥陀仏でもどうしようもできない。どうか深く無常を問い詰めて、いたずらに後悔しないでほしい)

 

「一日も片時も、いそぎて信心決定して、今度の往生極楽を一定せよ」(御文)

(訳:一刻も早く急いで死の解決をし、極楽浄土への往生を決定せよ)

 

「人生死出離の大事なれば、これより急ぐべきはなく、またこれより重きはあらざるべし」(御裁断申明書)

(訳:死の解決ほどの一大事より急ぐべきことはなく、これほど重いことはない)

 

・必ず後悔する

死の解決ができなければ、血の涙を流して後悔することになります。

「明日も知らぬ命にてこそ候うに、何事を申すも命終わり候わば、いたずらごとにてあるべく候う。命のうちに、不審もとくとくはれられ候わでは、定めて後悔のみにて候わんずるぞ。御心得あるべく候う」(御文)

(訳:明日もわからない無常の命であり、何をしようとも死ねば意味がない。生きている間に死の解決をしなければ、必ず後悔することになる。よくよく心得なければならない)

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第2章 開顕
2.1 最高の利他
2.2 開顕の心がけ
2.3 求道団体
2.4 死の解決