開顕は、人生の目的である死の解決に人を近づけるわけですから、最高の利他行となります。

〇どんな自利があるのか

開顕の本当の目的は、人のためではなく自分のためです。

たとえば、次のような自利があります。

・自己がわかる

開顕することで宿善が積まれ、自己がわかり求道が進みます。これが最大の自利になります。

 

・真剣になる

たとえば、自分のためだと真剣になれないけれど、人のためなら真剣になれるということがあります。日頃、授業を真面目に聞かない生徒が、休んだ友人のために真面目に聞くといった具合です。

暗記に関するロンドン大学の実験で、最初のグループには「あとでテストするから暗記してください」と言い、別のグループには「あとで他の人に教えてもらうので暗記してください」と言ったところ、後者のグループのほうが高い点をとったといいます。

これだけではありませんが、開顕は真剣な聴聞につながります。

 

・開顕の楽しさ

真実を話す楽しさ、利他の楽しさ、求道が進む楽しさetc.開顕には様々な楽しみが詰まっています。

 

・無尽の灯

他にも、因果の法則から、最高の利他をすれば、様々な自利がやってきます。

真実の仏法をAさんに伝えれば、Aさんは必ず良い影響を受けます。そして、Aさんが接するBさんにも良い影響を与え、さらにBさんに接するCさんにも良い影響を与え、さらに・・・という具合に、1人の人に仏教を説けば多くの人に良い影響を与えることになります。

ある研究によれば、1人の人に親切にしたり良い影響を与えれば3次の関係(友達の友達のまたその友達など)まで波及し、約1000人に良い影響を及ぼすといいます。

仏教は無尽灯法門ともいいます。開顕することでエネルギーが消費されるのではなく、一つの灯火が無数の灯火の火種となるように、次々と伝わって尽きることはありません。自分が火種となって伝えるという心がけが大切です。

「ある人の思いやりある行為が、他の誰かに感謝の気持ちを芽生えさせる。メンバーの1人が誇りを抱くと、チームにいる他のメンバーも同じ気持ちになる」

「すべての感情は伝染性があり、まるでウイルスのように周囲にたちまち広がっていく。周りの人が幸せなら、その喜びはあなたにも伝染しうる。あなたが悲しいなら、一緒にいる人も憂鬱な気持ちになるだろう」(デイヴィッド・デステノ/ノースイースタン大学心理学教授)

 

〇開顕に極まる

古代ローマの哲学者セネカは、「人は教えることによって、もっともよく学ぶ」と言いましたが、「仏法は開顕に極まる」といっていいくらい、開顕は重要なものです。

・1番重要な誓い

すべての求道者が、求道をスタートする時に立てるべき4つの誓いがあり、四弘誓願といいます。

 

衆生無辺誓願度:すべての生物を救うという誓い

煩悩無数誓願断:規則正しい生活をするという誓い

法門無尽誓願学:仏法をすべて学ぶという誓い

仏道無上誓願成:死の解決をするという誓い

 

1番最初に「衆生無辺誓願度」が立てられていますが、この流れの通り、他を救うことが最優先です。衆生とは生きとし生けるものすべてを指し、もちろん人間も含まれます。

 

・聴聞だけだとバカになる

基本的に聴聞は自利で、開顕は利他という関係にあり、聴聞と開顕は車の両輪のようなものです。頭でただ聞いているだけでは真剣な聴聞はできません。早い話が、頭だけの聴聞ではバカになってしまうのです。開顕することで真剣な聴聞が可能となります。もっと言えば、開顕そのものが聴聞となるのです。

 

・宿善をドブに捨てている

長年、聴聞をしていながら開顕になると尻込みしてしまう人は多くいます。要するに、棚ぼた式に仏教と出遇う人がほとんどなので、大して有難いと思っていないからですが、自己にしても何にしても、仏教は人に教えていかないとわかるものではありません。多くのメリットがある開顕をしない人は、命を無駄にし宿善をドブに捨てているようなものです。開顕ができない、開顕する機会を作れないというのは求道者として致命的です。

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第2章 開顕
2.1 最高の利他
2.2 開顕の心がけ
2.3 求道団体
2.4 死の解決