「恩」という字は「因を知る心」と書きます。
「雑毒の善だから、親切にされても感謝しなくていい」ということではありません。出すのは舌を出すのも嫌な人間が親切にしてくれたのです。
仏教は知恩・感恩・報恩の教えであり、「恩知らずは畜生にも劣る」と説かれます。
イソップ物語で有名なイソップは、「感謝は高潔な魂の証である」と言いました。
感謝することが心身に良い影響を及ぼすことを調べた研究もたくさんあります。
〇親の恩
〇親の10種の恩
〇極まりない恩がある
〇恩知らずな人
〇親への恩返し
〇子育ては必ず失敗する
〇親の恩
先に説明した通り、仏教では恩に報いるべき対象として、阿弥陀仏・善知識・父母をあげていますが、ここでは親の恩について説明します。阿弥陀仏と善知識の恩については第6巻で説明します。
世間でも、様々なたとえを使って親の恩の大きさを教えています。
海外のある企業で、次のような条件で採用面接がありました。
- 役職は現場総監督。責任の幅は広く、常に変化する。ほとんどの時間は立ち仕事で、とても体力を必要とする。常に周りに注意を払い、交渉力と社交性が必要。医学・経理・栄養学の知識など、多才な能力が求められる。
- 勤務時間は、基本的に週7日間24時間365日勤務で休みがなく、休憩時間はなし。睡眠時間がとれないこともあり、同僚と徹夜もある。ランチは同僚が食べ終わった後。休日の仕事はより多くなる。
- 給料はなし。
すでに多くの人が、この職に就いているといいます。
応募者らが口々に「狂ってる」などと言っているところに、この仕事が「母親」であることを告げられます。それを聞いた応募者らは、最後は「お母さんありがとう」などと感謝の言葉を口にします。これは母の日のプロモーション動画とのことです。
また、カリフォルニア大学バークレー校心理学教授、アリソン・ゴプニック著「哲学する赤ちゃん」には、母親と息子の典型的な関係をこう要約されています。
「1人の若い女が、自分よりずっと若い男と出会い、家に連れて帰る。この男にはやたらとできないことがある。歩くことも話すことも、腰を立てて座ることさえできない。1人きりにしておけないし、ご飯を食べさせ、風呂に入れてやらなくてはいけない。夜中にしょっちゅう泣きわめくので、女は、男との最初の1年間を、睡眠不足でもうろうとした状態で過ごす。それでも彼との関係は、女の人生で何よりかけがえのないものだ。女は男のためなら命も惜しくない。
身を粉にして何年も世話をするうち、男は徐々に歩けるようになり、トイレに行けるようになり、話せるようになる。10年ほど一緒に過ごすと、別の女に関心をもつようになり、デートするようになり、ついに女の家を出て、別の女と結婚する。女は男を愛し、支え続け、あたらしい妻との間に生まれた子供たちを育てる手伝いをする」
〇親の10種の恩
父母恩重経には、親には十種の大恩があると説かれています(巻末付録に全文を掲載しています)。
・懐胎守護の恩
親は、子が生まれる前から大変な気を使ってくださいます。
「悲母、子を胎めば、十月の間に、血を分け、肉を頒ちて、身、重病を感ず。子の身体、これによりて成就す」
(訳:母が子を宿せば、腹の中にいる10か月の間、血や肉を分けて、母は重病人のようになる。子の体はこれによってできあがる)
「初め胎に受けしより、十月を経るの間、行・住・坐・臥、ともに諸々の苦悩を受く。苦悩休む時なきが故に、常に好める飲食・衣服を得るも、愛欲の念を生ぜず、ただ一心に安く産まんことを思う」
(訳:胎内で生を受けてから、10か月の間、歩いていようが、止まっていようが、座っていようが、臥していようが、様々な苦悩を受ける。その苦悩は常に止むことがなく、好きな食べ物や衣服を得ても楽しいと思わず、ただ一心に無事に産もうと願うのである)
「悲母の子を思うこと、世間に比いあることなく、その恩、未形におよべり」
(訳:母が子を思う心は他に比べるものはなく、その恩はこの世に生まれる前から及んでいるのである)
・臨産受苦の恩
陣痛という文字を見てわかるように、女の出産は男が戦に行くようなものだと表現されます。その痛みは、女性の力で青竹を握り潰すほどとも、周りの景色がかすんで見えるほどともいわれ、医学が発達した今日でも命を落とすことがあります。
その激痛を耐えて生んでくださるという恩があります。
「月満ち、とき到れば、業風催促して、偏身疼痛し、骨節解体して、神心悩乱し、忽然として、身を亡ぼす」
(訳:月が満ちて出産の時がくれば、陣痛の苦しみがやってきて、その痛みは骨節がバラバラになるほどで、突然死ぬこともある)
・生子忘憂の恩
子が無事生まれた時には、何でも願いが叶う宝である如意珠を得たかの如く喜び、それまでの苦しみを忘れてくださいます。
「もしそれ平安なれば、なお蘇生し来たるが如く、子の声を発するを聞けば、己も生まれ出でたるが如し」
(訳:出産後には、よみがえったかのように感じ、子が声を発するのを聞けば、自分も生まれ出たように思う)
「父母の喜び限りなきこと、なお貧女の如意珠を得たるが如し」
(訳:父母の喜びは限りなく、まるで貧者が如意珠を得たようである)
・乳哺養育の恩
乳母車がいらなくなるまで、大変な苦労をしてくださいます。
「それよりこのかた、母の懐を寝床となし、母の膝を遊び場となし、母の乳を食物となし、母の情を性名となす。飢えたるとき、食を求むるに、母にあらざれば喰らわず。渇けるとき、飲み物を求めるに、母にあらざれば飲まず、渇けるとき、着物を加えるに、母にあらざれば着ず。暑きとき、衣を脱るに、母にあらざれば脱がず。母、飢えにあたるときも、含めるを吐きて、子に喰らわしめ、母、寒さに苦しむときも、着たるを脱ぎて、子に被らす」
(訳:生まれてこのかた、母の懐を寝床とし、母の膝を遊び場とし、母の乳を食物とし、母の愛情を命とする。お腹が空いた時でも母でなければ食べず、喉が渇いても母でなければ飲まない。寒い時でも、母でなければ着ようとせず、暑い時でも、母でなければ脱ごうとしない。母は、飢えている時でも、先に子供に与えようとし、口に含んでいたとしても吐き出して与えようとする。母は、寒さに苦しむ時も、着ているものを脱いで子供に着せる)
「その初めて生みしときには、母の顔、花の如くなりしに、子を養うこと数年なれば、容貌すなわち憔悴す」
(訳:子供を初めて産んだ時には、母の顔は花のように美しいが、子供を何年も養っていると憔悴して変貌してしまう)
・廻乾就湿の恩
夜中に子供は何度も粗相をしますが、そのたびに親は怒りもせず、子供が安眠できるようにしてくださいます。
「水のごとき霜の夜にも、氷のごとき雪の暁にも、乾ける処に子を廻し、湿れる処に己れ臥す」
(訳:霜ができるような寒い夜にも、雪が降る凍える朝にも、乾いた所に子供を寝かせ、自分はおねしょで湿った所に寝る)
・洗灌不浄の恩
親は、子供のものであれば糞便も厭わず世話をしてくださいます。
「子、己が懐に不浄を漏らし、あるいは、その着物に尿するも、手自ら洗い灌ぎて、臭穢を厭うことなし」
(訳:子供が懐や服に尿や便といった汚い物を付けても、自分の手で洗い濯いで、汚さや臭さを厭わない)
「その揺籃を離れるにおよべば、十指の爪の中に、子の不浄を食らう」
(訳:ゆり籠から離れる頃には、10本の指の爪の中に残る子供の便や尿をも口にするのである)
・嚥苦吐甘の恩
親は、自分が美味しい物を食べると子供に食べさせてやりたいと思います。子供が「美味い、美味い」と喜んで食べてくれれば、それが何よりの御馳走になるのです。
「食味を口に含みて、これを子に哺むるにあたりては、苦き物は自ら飲み、甘き物は吐きて与う」
(訳:食物をまず口に含んで味を確かめ、不味いものは自分で食べ、美味しいものを子供に与える)
・為造悪業の恩
親は、子供の危険や苦しみを取り除くためなら悪業を造ることも厭わず、時には法律を犯してでも何とかしようとします。良い悪いは別として、それだけ親の愛情が深いということです。
「もしそれ子のために、止むをえざることあれば、躬づから悪業を造りて、悪道に墜つることを甘んず」
(訳:子供のためには止むを得ないことがあれば、進んで悪い行いをし、悪い報いを受けることも厭わない)
「吉展ちゃん誘拐事件」の犯人、小原保元死刑囚の母は、「保よ、おまえは地獄へ行け。わしも一緒に行ってやるから」と言いましたが、どんな凶悪犯になろうと親は味方であろうとするのです。
・遠行憶念の恩
「親」という字は「木の上に立って見る」と書きますが、文字通り子供がどこで何をしていようとも親は常に気にかけています。
「もし子、遠く行けば、帰りてその面を見るまで、出でても入りてもこれを憶い、寝ても覚めても、これを憂う」
(訳:子供が遠くへ出かけると、帰って来てその顔を見るまで、寝ても覚めても四六時中子供のことを心配する)
こうした親心は、子供がいい年をした大人になっても変わりません。
・究竟憐愍の恩
「己れ生きている間は、子の身に代わらんことを思い、己れ死にさりて後は、子の身を護らんことを願う」
(訳:自分が生きている間は、子供の身代わりになって助けたいと思い、自分が死んだ後でも、子供の身を護ろうと願う)
先の9つの恩の根底には、この究竟憐愍の心が流れています。
子供が生きている限り親は心配し苦しむのですから、どんな人も親不孝者なのです。
〇極まりない恩がある
親の大恩十種の「十」は無限大を意味します。父母恩重経には「父母の恩重きこと、天の極まりなきがごとし」とあり、また心地観経にも「一劫の間説き続けたとしても、説き尽くすことはできない」と説かれています。
人間の愛は欠点だらけの不完全な愛ですが、その中において最も純粋に近い愛が親の愛です。人間ほど、わが子に愛情を持つ動物はいません。
〇恩知らずな人
「親の心子知らず」という諺がありますが、親の恩に目を向けられない人があまりに多くいます。
「父母教誨して、目を瞋らし譍を怒らして言令和かならずして、違戻反逆す。たとえば怨家の如き」(大無量寿経)
(訳:親が教え諭しても、目を怒らせ、荒い言葉遣いで口答えをする。それはまるで恨み敵を睨むようである)
厳しくすれば厳しくされたことを恨み、甘くすれば甘やかされたことを恨むのです。
「親が愛情注いだら注いだで、もうちょっと厳しく育ててくれりゃ、オレはこんな男にならなかったなんて平気でいう。厳しく育てりゃ、厳しすぎたからグレちゃったとかさ。バカだから大学行けなかったやつが、どうして塾行かしてくれなかったんだといって親に食ってかかる。『行かしたよ、でもおまえが途中で止めちゃったんじゃないか』って答えると、今度は『どうして殴ってでも行かせてくれなかったのか』なんていいだす。自分が悪いとは決していわない」(ビートたけし)
・恩と害の比率
確かに、狂った親もいます。酷い虐待をするような親の恩を感じろと言っているのではありません。しかし、このような畜生にも劣るような親は例外であって、大抵の親はそうではありません。それなのに、「自分の親は酷い親だ」などと恨んだりしているのです。それは、0.0・・・・1%の親の悪い面にばかり目を向けており、99.9・・・・9%の親から受けた恩に目を向けられていないような状態といえます。
たとえば、親と同居している人などは、「食ってばかりで何の役にも立たない」と思う人もいるでしょう。役に立たないだけでなく、文句ばかり言ったり害になることもあるでしょう。それでいて、家の中心に居りたがったりもするでしょう。しかし、何の役に立たなくても、多少の害になっても、家の中心にいてもいいのです。昔、大変役に立っていたからです。
たとえるなら、「へそ」のようなものです。へそは人間の体の中心にありますが、ほとんど機能しておらず、役立つような働きをしていません。しかし、今は働いてなくても、生まれる前に私たちを成長させるために、すべてを活かすために大活躍していたのです。同じように、親は昔、子供たちを育てるために一生懸命働いていたため、今何の役に立たなくてもいいのです。しかし、だからといって親が「敬え」と威張るのも間違いです。「でべそ」は嫌われます。
この恩に目を向ける視点は親子関係に限ったことではありません。このような視点が持てないと、たとえば「姥捨て山」のような思想になってしまいます。つまり、「年寄りは食ってばかりで役に立たないから捨てよう」という発想です。「姥捨て山」では、最後は「老人には知恵があるから大切にしよう」という話で終わっていますが、たとえ知恵がなくても恩があります。
・不孝者は必ず不幸者になる
これだけの恩を受けながら、恩に気づくことができなければ必ず不幸になります。たとえば人間関係でも様々な悪い影響を及ぼします。
「親との関係は、多くの点で、人生を象徴している。親から多く与えられたと思う人は、人生からも多くを与えられていると感じがちだ。一方、親からほんの少ししか与えられなかったと思っている人は、人生からもほんの少ししか得られないはずだと思いがちだ」
「親との問題が解決されていないと、社会生活はもちろんのこと、職業人生にも悪影響が及ぶ。家族内の未解決の問題を職場でも繰り返し、信頼関係ではなく対立を生みやすくなる。そうした家族関係を上司や同僚に投影してしまうため、職業上の成功は難しくなる」(マーク・ウォリン著「心の傷は遺伝する」より)
親の恩にさえ気づけないのに、他人の善意に心から感謝できるはずがないのです。
・親殺しの罪
酷いと親を殺す人もいます。親殺しの罪は五逆罪であり、無間業といって、無間地獄に堕ちるような重い罪です。
しかし、子供が親を殺すニュースは後を絶ちません。先日も58歳になる寺の住職が、83歳の母親に灯油をかけ火をつけて殺そうとしたというニュースがありました。親の恩の重さを一番訴えるべき人間からしてこの始末です。
・誰もが親を殺している
親を殺すとは肉体の死に限りません。
末灯鈔には、「親を謗るものをば、五逆の者と申すなり」とあります。親を謗ることは五逆の大罪なのです。
しかし、誰もが親を謗っています。
遅刻しないよう朝起しに来てくれた親を、「うるさい」と口で謗り、心で殺さなかったでしょうか。親が苦しむのを見て喜んでいなかったでしょうか。実家を出て一人暮らしをすれば、親は心配で仕方ありませんが、便りは出したでしょうか。結婚して自分の家庭のことで忙しくなり、親をないがしろにしなかったでしょうか。親が病気になった時と、子供が病気になった時とでどちらが青ざめるでしょうか。子供が何をしてくれたというのでしょうか。
ある孝行息子が、脳溢血で倒れた母親を看病した時の話です。
最初は、一生懸命看病していましたが、7日、8日と経ち、次第に助かる望みがなくなってくると、「仕事や家族の心配をするようになった」といいます。そして、「もう助からないなら早く死んでくれたらいいのにと思うようになった。心で何度も母を殺していた」と言って泣いたといいます。
医師の矢作直樹(東京大学名誉教授)は、次のように母親が死んだ時、幸福感に満たされたと言っています。
「母の死を受け入れたとき、私は、これでもう心配しなければならない人はいなくなったという思いが湧き上がり、その瞬間言葉では言い表せない大きな安堵感、幸福感のようなものに満たされました」
第1巻から説明してきたように、どんな孝行者でも、いざとなれば親に死んで欲しいと願ってしまうのです。
このように、少し反省しただけでも、人生を通して親を謗り続け、殺し続けていることがわかります。親の恩を感じ、人一倍、親孝行していると自惚れている人もいるでしょうが、誰もが、親殺しの大罪人なのです。
〇親への恩返し
「仏すらなほみづから恩を収めて父母に孝養したまふ、いかにいはんや凡夫にして孝養せざらんや」(観経疏序分)
仏である釈迦でさえ母(摩耶夫人)に恩返ししています。われわれ人間は、なおのこと恩返しに努めるべきです。
日本最古の仏教説話集である日本霊異記には、何かにつけて責め立てる親不孝な息子に、たまりかねた母親が泣きながらこう言い返す場面があります。
「そんなに返せ返せと言うなら、私もお前に飲ませた乳の代金を返して頂こう」
乳だけでなく、これまで説明したように親には天の極まりない恩があり、わかりやすく言えば親から莫大な借金をしているともいえます。借金をしたら返すのは当たり前です。
・死んでからでは遅い
「いつまでも、あると思うな親と金」という諺がありますが、人間は「自分の親はずっと生きている」と思っています。
そして、親が死んでから「もっと親孝行しておけばよかった」と後悔するのです。老人を対象にしたアンケートでも、親孝行に関する後悔がよく上位に上がります。せめて葬式だけでも盛大にしてあげようと思っても、第3巻でも説明したように死者供養は意味がありません。
親が生きている間が勝負です。毎日が「父の日」であり「母の日」だと思い、孝行に励むべきです。
・本当の親孝行
人間は無常の幸福しか知らないため、旅行に連れて行ったり家を建てたり孫を見せたり、無常の幸福で恩返ししようと考えます。しかし、それでは欲に耽溺させるだけで、本当の親孝行とはいえません。法を与え、真実の幸福である死の解決まで導いて初めて真の親孝行といえるのです。
「父母のために、心力を尽くして、あらゆる加味・美音・妙衣・車駕・宮室等を供養し、父母をして、一生遊楽に飽かしむるとも、もし未だ三宝を信ぜざらしめば、なおもって不孝となす」(父母恩重経)
(訳:父母のために、力を尽くしてあらゆる無常の幸福を与えようとも、仏法を信じさせなければ、なお親不孝者である)
〇子育ては必ず失敗する
子育ての成功とは子供を幸せにすることですが、無常の幸福では幸せになれないのですから、子育ては必ず失敗するということです。自分が幸せになる方法がわからないのに、子供を幸せにできるわけがありません。
人間は「子供を立派に育てられる」と思っていますが、それは人生に不真面目だからであり己を知らないからです。第2巻でも説明したように、真面目に考えれば人生が不可解であることがわかり深刻に悩みます。
「何のために、こいつも生まれて来たのだろう?この娑婆苦の充ち満ちた世界へ。——何のために、またこいつも己のようなものを父にする運命を担ったのだろう?」(芥川龍之介)
「娘に希望を持たせるのは、難しく、やっぱりどうも、私は絶望になっちゃうんです。私自身がまだ、今のこの現実に対して希望の確信を持てないでいるのでしょう」(太宰治)
世の親は無常の幸福しか知らないため、意識するとしないとにかかわらず、盲目の愛から、学校、仕事、結婚・・・と延々と無常の幸福を求めるよう子供のケツを叩き続けます。
・子供に嘘をついている
無常の幸福で子供を幸せにしようとするということは、別の言い方をすれば嘘をつくということです。親は自分が子供に嘘をついていることに気づいていません。第1巻から説明してきたように、噓だらけの教育です。子供はそういった嘘を敏感に見抜くので、やがて信用しなくなります。
「人生は苦悩です。ですから自分の子にそう教えない人は不正直だし、間違っていると思います。生きることは逃げ場のない闘いです。これは誰にとっても同じこと」(マリア・カラス)
「親は子供に、人生に対して間違った期待を抱かせてると思うわ。子供たちはみんな人生についてまったく的外れなことを教えられて、社会に出るまではその考えが正しいと思ってるのよ。愛や結婚について聞かされるのと同じね。実際に経験して、痛い思いをしながら学ぶしかないのよ」(マドンナ)
「親もまた、教育が悪いのは、先生のせいにする。先生は先生で文部省がいけないって国のせいにする。責任を全部ぐるぐるたらい回しにしているだけだからね」
「それにしても最近のバカ親の行動は目に余るね。キャバレーのねえちゃんが何とかテリアを連れて歩いているのと同じ。子供は自分を飾るための道具に過ぎないんだ」(ビートたけし)
・失敗は連鎖する
自分と同じ人生を子供に体験させるとしたらどうでしょうか。1秒違わずまったく同じ人生です。誰でも「それはさせたくない」と思うでしょう。
「自分の失敗を子育てに活かせばいい」と言うかもしれません。しかし、あなたの親もそう思ってあなたを育てたはずです。
同じ人間なので、結局は似たり寄ったりの人生となっていくのです。
「古来、いかに大勢の親はこう言う言葉を繰り返したであろう。——『わたしは畢竟失敗者だった。しかしこの子だけは成功させなければならぬ』」(芥川龍之介)
そして、子供は親となり、同じような教育を子供にしていきます。この流れを人間は繰り返すのです。
「但これを坐するゆえに、且つ自らこれを見れば、かわるがわる相瞻視して先後同じく然なり。転た相承受するに、父、教令を余す。先人・祖父素より善を為さず。道徳を識らず。身愚かに神闇く、心塞り意閉じて、死生の趣、善悪の道、自ら見ること能わず。語る者あることなし」(大無量寿経)
(訳:真理を知らないから、自分が間違った見方をし、先の者も後の者も代わる代わる見習い、同じように間違っていく。そして、親の間違った考えを子供は次々に受継いでいくのである。先祖代々、心は暗く頑なであり、生死や善悪の真理を知らないので本当の善い行いもせず、語り聞かせる人もいない)
・必ず親を恨んで終わる
大きな不幸がやってくると、人間はどうしても他を恨みます。第3巻で見たように、臨終の苦しみは人間に耐えられないので、どんなに孝行者であっても、最期は必ず親を恨んで死んでいくということです。
・孝行者は正しいか
道徳的には孝行者は称賛され、不孝者は非難されます。
しかし、世間の親の教育は間違っているのですから、孝行者だからといって正しいとは限りません。第4巻で説明したように「善に弱い人」かもしれません。同じように、不孝者だからといって間違っているとは限りません。「悪に強い人」かもしれません。仏教と出遇って改心し、爆発的な求道をするかもしれないのです。
・釈迦でも難しい子育て
どれほど親が優れていても子育ては難しいものです。
子供といえど他人なので、親の優劣とは別個の問題もあります。ガリレオは、「人を教えることはできない、ただ自悟させる手助けをするにすぎない」と言いましたが、親ができるのは手助けだけです。子供自身の努力といったものが必要不可欠になります。
また、子供の魂(本体)は今生で初めて誕生したのではなく、過去無数の生死を繰り返し今に至っています。今の子供には過去無数の親がおり、たまたま今生で親子関係になっただけです。第1巻で説明したように、親は縁にすぎません。今生の親の教育だけでは、いかんともし難い問題があるのです。ちなみに、今の子供が過去世では自分の親だった可能性もあります。
詳しくは第6巻で説明しますが、親鸞は長子である善鸞を義別しています。つまり、子育てに失敗したのです。親鸞ほどの人でも難しい子育てです。「子供を幸せにできる」と思うのは自惚れであり、基本的に子供を持つ資格は人にはありません。人生の実相や自分の値打ちがわかれば、子供を産むことに申し訳ないという気持ちになります。
・理想の親の姿
理想の子育てとはどのようなものか、一例を挙げましょう。
「往生要集」で有名な源信は3歳の時に父親を亡くしており、以来、母の手1つで育てられました。
やがて比叡山の僧侶に才能を見出され、出家を勧められます。
(こんな片田舎で女の手で育てるよりは、高僧に託して学問させたほうがこの子のためになるだろう・・・・)
源信の母は考えた末、源信を出家させることにしました。
「これから勉強して、立派な僧侶におなりなさい。私は、お前が偉い僧侶になるまでは、2度と会うことは決してありませんから、そのつもりでしっかり修行なさい」
このように言って見送りました。
源信は、母の期待に応えるべく一生懸命修行に励むようになります。
ところが、しばらくして母に会いたい気持ちが強くなってきました。そして、とうとう「会いに行きたい」という手紙を出してしまいました。しかし、その時も母は、「私もいつもあなたのことを思っています。けれど、そうすると修行の妨げになるから会いに来てはなりません」と言って会うことを許しませんでした。
15歳になる頃には、源信の名声は世に知れ渡っていました。
その年、法華八講の講師として、源信に称讃浄土経を講じるようにとの勅命が宮中からありました。
時の御門、村上天皇始め公卿たちは源信を見て、「このような子供に説法が勤まるのか」と訝しがりました。
ところが源信の才知溢れる説法は彼らを驚かせました。
源信は立派に大役を務め、天皇から褒美としてたくさんの品々を与えられました。喜んだ源信は、それらの品々を手紙とともに母に送りました。すっかり喜んでくれるとばかり思っていましたが、まもなくして母から思いもよらぬ返事が品物と一緒に返されてきました。
「山に登らせ給いてより後は、明けても暮れても床しさ心を砕きつれども、貴き道人となし奉る嬉しさと思いしに、内裏の交わりをなし、官位進み、紫甲青甲に衣の色をかえ、君に向い奉り、御経讃し、御布施の物をとり給い候ほどの、名聞利養の聖となりそこね給う口惜さよ。
唯命を限りに樹下石上の住居草衣木食に身をやつしては、木を樵り落葉を拾い、偏に後世たすからんとし給えとて拵えたてしに、再び栄えて王宮の交りをなし、官位階品さまざまの袈裟に出世をかざり、名聞の為めに説法し、利養の為めの御布施、更に出離の御動作にあらず、唯輪廻の御身となり給うぞや。
唯遇いがたき優曇華の仏教にあいぬれば、思い入りて後世たすかり給うべきに、悲しくも一旦の名利にほだされ給うこと、愚なる中の愚なること、殊に惜しき次第、あさましく候え。
之を面目と思い給うは賤しき迷なるべし。夢の世に同じ迷にほだされたる人々に名を知られて何かはせん。永き後に悟を極めて仏の御前に名をあげ給えかし。仏法を知らざる賢人さえ、首陽山にとぢこもりて王命を否びせしとかや。況んや剃髪染衣の御身にて、捨身の行に赴きたまいし山籠の聖の、何條さのみ勅語にかかづらい、男女雑居の處へは出でさえ給うぞや。
亦給わり候御衣は何になしける御計らいぞや。已に如説如法の聖さえ、布施にうたれては地獄に焦るゝと申すに、『称讃浄土経』の御布施の御衣、この尼にとりて何となすべく候や。浄土たすくるまでこそなくとも、却て三途に導き給うべきこそ浅間しきに申すべきや。まなこ耳にもふれじと思えば此法師にかえし候」
そして、次のような句が添えられていました。
「後の世を 渡す橋とぞ 思ひしに 世渡る僧と なるぞ悲しき」
大きな衝撃を受けた源信は、褒美の品々を天皇に返し、比叡の奥の横川の堂に引き籠りました。そして、「名利」の2字を壁に掲げて一心不乱に求道し、見事、死の解決まで求め切ります。母の期待通り、「後の世を渡す橋」となったのです。源信は後に、「まことの道に入れたのは母のおかげ」と述懐しています。
これが理想の子育てですが、現代の母親には何から何まで難しいことでしょう。しかし、近づくことはできます。仏教を学ぶには早ければ早いほどいいので、子供のうちからわかりやすい形で教えるべきです。