死がある限り、人間は絶対に幸せになれません。

・地獄と隣り合わせ

「板子一枚下は地獄」という諺があります。船乗りの仕事が危険であることのたとえですが、これは漁師だけではありません。人間は常に死と隣り合わせです。つまり、人間は常に地獄と隣り合わせで生きているということです。今日地獄に堕ちるかもしれないのです。朝には健康で元気いっぱいであっても、夜には死んで地獄に堕ちていてもおかしくないという深刻な世界に人間は生きています。まさしく地獄の釜で一休みしている状態です。

 

・現在は未来に影響を受ける

現在の禍福は、未来の禍福の影響を強く受けます。

未来必ず幸せになることが確定していれば、現在も幸せを感じます。明日、恋人とデートとなれば今から幸せでしょう。粗末な食事でさえ美味しく感じるはずです。

逆に、未来必ず不幸になることが確定していれば、現在も苦しくなります。明日、激しい痛みを伴う手術をすることになっていれば、今から不安で苦しいでしょう。贅沢な食事でさえ不味く感じるはずです。

 

・人生は常に最悪

この現実を知れば、24時間365日いつどこで何をしようが、常に絶望的であり、常に最悪であり、苦しみしかないというのが人生の実相です。たとえば「楽しいこともある」とか「希望もある」などと思っているのは、まだ人生の見つめ方が甘く、人生に無知で未熟であり、いい加減な状態です。

 

・祝日はない

誕生日・正月etc.世間では「おめでたい日」といわれる日が色々とありますが、人生の実相がわかれば、まったくめでたくありません。悲しい日です。こういった日がやってきた時は、祝うのではなく、無常を問い詰める機会にするのが正しい受け止め方です。

たとえば、誕生日であれば、1年生きたということは1年死んだということであり、それだけ死に近づいたということです。人間に生まれたことや父母に感謝する縁とするのもいいですが、肝心の無常観が抜けてはなりません。

 

・信念を貫けない

どんなに強い信念を持っていても、死がある限り貫き通すことができません。たとえば、「これだけは絶対に曲げられない」といった強い正義感を持っていたとしても、本物の死を前にすれば一瞬で折れてしまいます。舌鋒鋭く批判していた人が、自分や家族の身の危険を感じると急に大人しくなったりします。

 

・何もできない

もっと言えば、本当は死がある限り何もできません。死が遠いから平然と動けているのであって、死の実態が本当にわかれば恐怖で一歩も動くことさえできません。

 

・弱みを握られている

死後が地獄であれば、死が人間最大の弱点となります。すべての人間は、生まれながらにして死という弱みを握られており、不幸になるようにできているといえます。

 

・生きていればいいことはあるのか

世間では「今は苦しくても、生きていればいいことがあるよ」といった励ましがよくなされます。しかし、これは正しい善悪がわからない盲目の愛というもので(詳しくは第5巻)、非常に無責任なものです。

次へ「「死は怖くない」」

前へ「死がある限り幸せになれない」

 

2.4死の苦しみ
死は最大の苦しみ
死はすべてを破壊する
死の恐怖
死にたくないという願い
死がある限り幸せになれない
「死は怖くない」