普段は感じないでしょうが、「生きることができる」ということほど人間にとって幸せなことはありません。これがいかに強い幸福感であるかは、臨終になればわかります。底知れない地獄の恐怖の片鱗に触れれば、誰でも「死にたくない、どんなに苦しくても生きていたい」と願うようになるのです。

人間の願いを表現した次のような歌があります。

 

「いつも三月花の頃 おまえ十八、わしゃ二十 死なぬ子三人みな孝行 使って減らぬ金百両 死んでも命があるように」

 

順に、次のことがずっと続いてほしいという願いを表しています。

 

1.暑くも寒くもない3月のような季節

2.初々しくて楽しい夫婦関係

3.親孝行してくれる3人の子供

4.いくら使ってもなくならないお金

5.寿命

 

最後の願いは、要するに無量寿になりたいという願いですが、人間にとってこれより強い願いはありません。人間には無数の願いがありますが、すべて死の前には空しいのです。

「生命飢餓状態におかれれば、人間は、どうしても、どんな苦しみの下におかれても、生きていたいと思う。人間は、この状態では、いつでも、もっと生きていたいのである。ゴーリキーが描き出すように『いくら苦しくてもよいから、もっと生きたい』というのが、人間の本音である」(岸本英夫)

元ボクシング世界王者の竹原慎二は、膀胱がんになった時の心境を振り返り、「命さえあれば、金なんかいらないと思った。すごかったんですよ本当に、とにかく人生観変わりますよ」と訴えます。

プロレスラーの力道山は「金はいくらでもだすから助けてくれ」と医者に懇願して死んでいきました。

京都大学文学部助教授の高橋和巳は、腸の手術を受けた時の印象を次のように語っています。

「手術台に寝かされて麻酔薬をかがされる瞬間、目隠しの布の隙間から、巨大な蜻蛉の複眼のように光る無影灯を、今は死んでも死に切れぬという痛憤の念でみた。私の確信によれば、死者たちの最後の映像なるものは、立って歩く動物である人間が見落しがちな、地面に打ちのめされて一番低い所から上を見上げる視覚になる。それはなんともいえぬ悲しい視覚であって、何年かの喜怒哀楽、思い定めた志、そして何か素晴らしいことがあるかも知れずないかも知れない未来が、そこで不意に切断される」

こう語り、彼は39歳の若さで死んでいきました。

秦の始皇帝は不死の薬を本気で求めましたが、誰でもこの願いを持っているのです。

「それは、子供の夢にも等しいことであった。所詮、達することのできないあがきであった。しかし、現代人は、あえて、これを嘲笑することができるであろうか。現代人が死に立ち向かった場合に、秦の始皇帝より、少しでも、すぐれた態度を取り得ているということができるであろうか」(岸本英夫)

江戸時代の禅僧、良寛のもとへ、80歳の婆さんが長命の祈祷を頼みに来ました。良寛に手土産を渡し、遠慮がちに用件を伝えると、良寛も素直に応じました。

「ところで婆さん、何歳ぐらいまで生きたいのじゃ」

そこまで考えてこなかった婆さんは、少し考えて100歳と答えました。

「よしわかった。しかし101歳になると迎えにくるがそれでもいいか」

それを聞いて怖くなった婆さんは、今度は150歳と答えました。

「よしわかった。しかし151歳になると迎えにくるがそれでもいいか」

こうして、200歳、300歳と上がっていきました。

しかしきりがないので、良寛は無量寿の祈祷をしてみてはどうかと提案したところ、婆さんはそれをお願いしたといいます。

中国北魏の僧、曇鸞が四論(中論・百論・十二門論・大智度論)の学者だった時のことです。

大集経の注釈を志しますが、大病を患ってしまいます。

(健康でなければ大集経の注釈さえ満足にできない・・・・)

膨大にある経典の1部も満足に学べないことに暗澹たる気持ちになった曇鸞は、不老長寿の法を求めるようになります。

そして、道教の第一人者とされる陶弘景を訪ね、猛烈な修行を始めます。

やがて陶弘景から「もう教えることは何もない」と言われるまでになり、直々に仙経十巻を授かります。

曇鸞は意気揚々と帰りました。

途中、洛陽で、北インドからやってきていた訳経僧の菩提流支三蔵に出会います。

「長生不死の法で、この仙経に勝る法は仏法のなかにはありますまい」

曇鸞が得意げに言うと、菩提流支は地に唾を吐き、こう叱責しました。

「何を血迷っているのか。たとえ寿命が延びたとしても、苦しみ迷いの人生が延びたにすぎず、輪廻することに変わりはない」 

そして、仏教にこそ本当の不死の法があると言い、「観無量寿経」を曇鸞に授けます。曇鸞は大いに恥じ入り、仙経を焼き捨てて、深く浄土教に帰依したといいます。

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2.4死の苦しみ
死は最大の苦しみ
死はすべてを破壊する
死の恐怖
死にたくないという願い
死がある限り幸せになれない
「死は怖くない」