釈迦は「過去世において愛別離苦で流した涙は、海の水の比ではない」と説いています。
・信じられない
いつかは別れがあると頭ではわかっていても、腹底では信じられないものです。そのため、いざ別れがやってくると受け入れ難いものがあります。
俳人の小林一茶は子供を亡くした時に、「露の世は 露の世ながら さりながら」と詠みました。「幸せは露のように無常なるものだとはわかっていたつもりだったが、そうは悟り切れないものだ」という意味です。
・別れは突然
信じられないまま別れるので、いつやってきても「突然」という感じがします。
「会者定離 ありとはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思わざりしに」
「会者定離とは知っていたが、昨日今日のことだとは思いもしなかった」という意味です。
鎌倉時代の僧侶、親鸞は師である法然と生き別れしていますが(詳しくは第5巻「承元の法難」)、その時このように詠んで嘆いたといいます。
・あっけない
俳優の梅宮辰夫は、親友の松方弘樹が死んだ時、「人間ってこんな簡単なのかとつくづく思った」と語っています。
歴史学者のシラーは、「長く続いた友情なのに、別れるときはあっという間だ」という言葉を残しています。
・失うことそのものが苦しい
自殺・病死・事故死etc.様々な死に方がありますが、どういう理由で失ったかよりも、失うことそのものの苦しみのほうが圧倒的に大きいという点も重要です。
・どれほどの苦しみか
釈迦の涅槃図には、仏弟子や国王といった人間はもちろんのこと、動物までが集まって泣き悲しんでいる姿が描かれています。釈迦の身の回りの世話を最もよくしたという弟子の阿難は、ショックのあまり人事不省になったといいます。
娘を失ったある父親は「こんな悲しいことがこの世にあるのか」と言いました。「自分も一度死んだ」「生ける屍となった」と言った人もいます。
その筆舌に尽くし難い苦しみを、様々な人が様々な言葉を駆使して表現しているので、いくつか紹介します。
「いかに書物を読む人でも、いやしくもこの肉体をもっている限り、わが子を失った場合の悲痛な思いは、地上における最大最深の悲痛事といってよいであろう」(哲学者の森信三/子供を失い)
「娘を自殺で失った苦しみは、他とは比べものになりません」
「人に話すときは、『引き裂かれるような思い』という言葉を使っています。この悲しみは、体が引き裂かれたようだ、と。その傷が元どおりに閉じることは絶対にありません。時間の流れは、この痛みを和らげてもくれません」(キャロライン・ワトソン=レイ/子供を失い)
「時間が解決するなんてうそ。思いだけ取り残され、時間だけが勝手に進んでいる」(鈴木義明さん/東日本大震災で子供を失い)
「この世界に入るときに、親の死に目にも会えない仕事だと覚悟はしていましたが、本当に急すぎて何の心の準備もできていないときだったので・・・・現実を受け止められるまで時間がかかりました。そして、受け止めたときには『もっと会いに来れたはずなのに』『もっと親孝行できたはずなのに』と後悔しか湧いて来ませんでした」(芸人の芋洗坂係長/母を失い)
「とてもとても言葉では言い表せない、悲しさと失望感と空虚さ、こころのキズは途方もないとかんじる、、愛するお母さんと離れ愛する父とわかれ最愛の姉とも会えなくなりそして可愛くて可愛くてしかたない子供達と共に生きられず子供達の成長も、、海老蔵の今も将来も見れず友達ともお茶もいけず、旅行もランチもディナーもすべてなにもできない肉体を失った麻央の事を思うと、、もはやなにも手につかない私が、、、人ってこんなになるのか、こんなにもなにもできなくなるものなのか、こんなにもなにも、」
「胸がしめつけられ目覚め胸を抑えると大きな大きな穴が空いている言葉に文字にできない喪失感、あの日から涙のでない日がないです、、」
「人とはなんとも脆く弱いものなのか?と日々己で痛感してます」
「あのときにこうしておけば、あのときに戻れれば、あのときの麻央に伝えたい事、あのときの海老蔵に伝えたい事、山ほど山ほどある。人は時を取り返すことができない。取り返す事はできない事わかっていた。ずっと昔からわかっていた。時は戻らないこと わかっていました。いやわかっていた つもりだった。わかっていたつもりだった ということに、気がつきました・・・・」(歌舞伎役者の市川海老蔵/妻をガンで失い)
「生まれた時から可愛くて可愛くて、どうしてこんなに妹が好きなんだろうと自分でも不思議に思ってしまうくらい心の底から大好きでした。世界一愛しい存在です。いつも優しくて、穏やかで、あたたかくて、自分のことより人を気遣う妹。私の絶対的な味方で、一番の理解者。
そんな存在がこの世からいなくなってしまった寂しさ、悲しさは計り知れません。正直、この現実を私は受け止めることができずにいます」(元フリーアナウンサーの小林麻耶/妹をガンで失い)
「妻と娘は本当に優しく、人を恨むような性格ではありませんでした。私も2人を尊重し、本来ならばそうしたいです。ですが、私の最愛の2人の命を奪ったという、その罪を償ってほしいです。この数日間、何度もこの先、生きていく意味があるのか自問自答しました。しかし、同時に今回の事故での妻と娘のような被害者と私のような悲しむ遺族を今後、絶対に出してはいけないとも思いました」
「最愛の妻と娘を突然、失い、涙することしかできず絶望しています。娘がこの先どんどん成長し、大人になり、妻と私のもとを離れ、妻と寿命尽きるまで一緒にいる。そう信じていましたが、たった一瞬で私たちの未来は奪われてしまいました。悔しくて悔しくて仕方がありません」
「絶望感が増し、生き地獄のような日々」
「起きるたびに二人がいない現実に打ちのめされる」(松永拓也さん/交通事故で妻と子供を失い)
「そのあまりの衝撃と悔しさは筆舌に尽くしがたくご遺族の御無念考えると涙がとまりません!想像を絶する苦しみであることは言を待ちません・・・・」
「担当教授として想像を絶する被害に遭い、その悔しさは表現する言葉もない」
「(文章でまとめようと思っても)言葉が消えるんです。こんなことは人生で初めて、語れなくて本当に困っている」(教育評論家の尾木直樹/バス事故で教え子を失い)
「今日が昨日の続きで、今日のような明日がまたいつものようにやってくる・・・・・。えみるを失うまで僕はそんな毎日が続くことが当たり前のことのように思っていた。だが、ほんの一瞬に起きた出来事が昨日と今日の間に、とてつもない断絶を引き起こすことがあるのだということを知った」
「僕は必死になってトラックの下をのぞき込んでいた。両足が──普通では考えられない向きにへしゃげた娘の足が見えた。トラックのタイヤがえみるの腰のあたりに乗り上げたままになっている。とにかくここから出してやらなければ。僕は思わずトラックを一人で持ち上げようとしていたが、相手は荷物を満載した三トントラックだ。当然のようにビクとも動かなった。あまりにも無力な自分に、全身から力が抜け、手がブルブルと震えてきた。(中略)頭蓋骨を骨折していたので、内出血がひどく、顔は腫れ、うっすら開いた目は出血で瞳の中まで真っ赤になっていた。医者でない僕でも娘が瀕死の重傷であることはすぐにわかった。その光景はまさに地獄だった」
「えみるが死んでしまったということが信じられなかった。すぐ前に横たわる、息をしていない物言わぬえみるの遺体を目にしていてもそうなのだ。冗談でも誇張でもなく、『これは夢なんだ。これは夢なんだ』とずっと考えている自分がどこかにいた。ふいに『よくできたリアルな夢だなぁ』と笑い出したくなるくらい、それくらい非現実的なことに思えるのだ」
「娘が死んだ話をしている自分が、まるで作り話をしているような錯覚にとらわれてしまうのだ」
「どこかに100パーセントはまだ信じたくないという強い感情が常に働いていて、ときどき自分の頭がおかしくなってしまうのかなと思うことまである」
「交通事故が恐ろしいのは、それが、ある日突然なんの前触れもなく襲いかかってくるという点です。何の準備も無い心に・・・・・、かけがえのない命を奪われてしまうという最悪のまさかが、現実として襲いかかってくるのです。『さようなら』のたった一言も交わすことも許されず」(タレントの風見しんご/交通事故で子供を失い)
「自分にとっては10年、100年みたい。悲しくて自分が無力な人間だという気持ちでいっぱい」(レェ・アイン・ハオさん/子供を失い)
皆、悲痛な叫びをあげていることがわかります。
私自身は身近な人の死といえば、祖母の死を経験しています。その時、大きな衝撃を受けると同時に「子供は欲しくない」と強く思ったことを覚えています。もし失った時、その衝撃にとても耐えられないと思ったのです。
1.1どんな苦しみがあるか
〇四苦八苦
〇煩悩
〇例外なく苦しんでいる
〇老苦
〇病苦
〇愛別離苦