無常の最たるものが死ですので、仏教では無常といった場合、特に死を指します。
・死はすべてを破壊する
どんな幸せも、死ぬ時には100%消えます。死は、あらゆる幸せを一瞬で破壊する力をもっているのです。
「人間は不定の執行期間のついた死刑囚であり、生は死の掌中にあってもてあそばれているにすぎない。死はいつでも生を握りつぶすことができるのだ」(ヴィクトル・ユーゴー/小説家)
「結局死というものには無理やり対応させられるわけだよ。あまりにも一方的に向こうが勝手に来るわけだから。死というのは突如来る暴力なんだね。死はすべての終わり」
「死というものの凄さというのは、自分の人生振り返って、何をしたとか何をしてないとかいうのは全然関係ない。そんなことはビタ一文かすんないんだよ。おれは生前いいことしてたんだから長生きさしてくれとか、そんなこと全然関係なく、ドンと来るんだよね」(ビートたけし)
「もし只今も、無常の風きたりて誘ひなば、いかなる病苦にあいてかむなしくなりなんや。まことに、死せんときは、かねてたのみおきつる妻子も、財宝も、わが身には一つも相添うことあるべからず。されば、死出の山路のすえ、三途の大河をば、唯一人こそ行きなんずれ」(御文)
(訳:もし今、無常の風が吹いてしまえば死んでいかなければならない。いざ死んでいく時は、頼りにしていた家族や財宝も、1つもついてきてはくれず、1人で地獄へ堕ちて行かなければならない)
・死そのものが苦しい
ウイルスが怖いといっても、ウイルスそのものが怖いのではありません。ウイルスによって死んでしまうことに怖がっているのです。
地震が怖いといっても、地震そのものが怖いのではありません。地震によって死んでしまうことに怖がっているのです。
ガンが怖いといっても、ガンそのものが怖いのではありません。ガンによって死んでしまうことに怖がっているのです。
病気・災害・事件・事故etc.人間には様々な恐怖がありますが、これらはすべて縁(間接原因)にすぎず、あらゆる恐怖の根底には「自分の死」があり「死そのもの」があります。
縁そのものは単なる物質であり、生物であり、自然現象にすぎません。物質だろうが、生物だろうが、食物だろうが、音楽だろうが、幸せや安心をもたらしてくれるものだろうが、死に直結すれば、どんなものでもすべて恐怖の対象になってしまいます。
・恐怖と後悔
臨終は地獄の恐怖と後悔でいっぱいになる世界です。
「大命将に終わらんとして悔懼交至る」(大無量寿経)
(訳:命が終わろうとする時、後悔と地獄の恐怖が代わる代わるやってくる)
「それ、朝にひらくる栄花は、夕べの風に散りやすく、夕べに結ぶ命露は、朝の日に消えやすし。これを知らずして常に栄えんことを思い、これを覚らずして久しくあらんことを思う。
しかる間、無常の風ひとたび吹きて、有為の露永く消えぬれば、これを曠野にすて、これを遠き山におくる。屍はついに苔の下にうずもれ、たましいは独り旅の空に迷う。妻子眷属は家にあれどもともなわず、七珍万宝は蔵に満てれども益もなし。ただ身にしたがうものは後悔の涙なり」(登山状)
(訳:さて、朝に開いた栄華という花も夕べには風が吹いて散りやすい。夕べに結んだ命の露は、朝日がくれば消えやすい。この道理を知らず常に栄えていたいと思い、この道理を自覚せずに「まだまだ生きられるだろう」と思う。
そのように思っているうちに、無常の風が一度吹いて儚い命が永遠に消えてしまえば、荒野や山で焼かれてしまう。屍はやがて苔の下に埋もれ、魂は独りで空を彷徨う。妻子や親族は家にいてもついては来れず、どれほど財宝があっても何の役にも立たない。ただ身に従うものは後悔の涙だけである)
・死にたくないという願い
平生の元気がいい時には「死んだら死んだで、その時はその時だ」「みんな死ぬんだから怖がっても仕方ない」などと高を括っていた人でも、実際の死がやってくると一変し、死にたくないと強く訴えます。
「死が目の前に迫り、もはやまったく絶望という意識が心を占有した時に、にわかに、心は生命飢餓状態になる。そして生命に対する執着、死に対する恐怖が、筆舌を超えたすさまじさで心の中に起ってくる。このように生命飢餓状態というものは、生存の見通しに対する絶望がなければ起こってこないというところに大きな特徴がある」
「死の恐怖は、人間の生理心理的構造のあらゆる場所に、細胞の1つ1つにまで浸みわたる。生命の執着は、わらの一筋にさえすがって、それによって迫って来る死に抵抗しようとする」
「生命飢餓状態におかれれば、人間は、どうしても、どんな苦しみの下におかれても生きていたいと思う。人間は、この状態では、いつでも、もっと生きていたいのである。ゴーリキーが描き出すように『いくら苦しくてもよいから、もっと生きたい』というのが人間の本音である」(岸本英夫/東京大学教授)
・今日死ぬかもしれない
そして、この恐ろしい死が将来的には確実に、早ければ今日やってくるかもしれないのです。
「後の世と 聞けば遠きに 似たれども 知らずや今日も その日なるらん」という古歌の通りです。
人間は、地獄と紙一重という深刻な世界に生きています。死については第3巻で詳しく説明しますが、死を解決せずに幸せになろうというのは土台無理なことです。その土台無理なことを人間はしようとしているのです。
1.2幸せの欠点
〇続かない
〇安心できない
〇満足できない
〇相対的
〇苦しみが解決できない
〇不幸になる人を生む
〇有無同然
〇死
〇幸せになれない