これまで説明したように、幸せを手に入れたために新たに生じる苦しみがあります。
モーツァルトは「新しい喜びは、新しい苦痛をもたらす」と言い、劇作家のバーナード・ショーは「人生には二つの悲劇がある。一つは願いがかなわぬこと、もう一つはその願いがかなうこと」と言いました。
「好事も無きに如かず」という言葉もあり、これは「たとえ良いことであっても、それがあると煩わしいので、むしろ何事もないほうがよい」という意味です。
多くの人は、無いよりは有ったほうがいいと思うかもしれませんが、そうではないのです。
有っても無くても本質的な苦しみは変わらない、ということを有無同然といいます。
「尊と無く卑と無く、貧と無く富と無く、少長・男女共に錢財を憂ふ。有無同じく然り。憂き思適に等し。屏営として愁苦し、念を累ね慮を積み、心のために走せ使はれて、安き時あること無し。田有れば田を憂へ、宅あれば宅を憂ふ。牛馬・六畜・奴婢・錢財・衣食・什物、また共にこれを憂ふ」(大無量寿経)
(訳:身分が高い人も低い人も、貧しい人も富める人も、老若男女問わず、すべての人は財産のことで悩んでいる。それらが有ろうが無かろうが、悩み苦しむことには変わりなく、後々のことをあれこれと心配し、欲に振り回されて、少しも安心できない。田があれば田を悩み、家があれば家を悩む。牛や馬などの家畜や使用人、財産や衣食、日用品に至るまで、有ることで悩むのである)
また釈迦は、有無同然について「金の無い者は鉄の鎖で縛られ、金の有る者は金の鎖で縛られているようなものだ」とたとえています。
子供は早く大人になりたいと思い、大人になれば子供に戻りたいと思うのもそうです。
独身が結婚に憧れ、結婚すれば独身の気楽さを羨むのもそうです。哲学者のキルケゴールは、「結婚したまえ、君は後悔するだろう。結婚しないでいたまえ、君は後悔するだろう」と言いました。
ビジネスマンが成功に憧れ、成功すれば責任がない気楽さを羨むのもそうです。
この有無同然を表した次のような笑い話もあります。
昔、多くの罪を犯す盗賊がいました。ようやく捕らえることができたものの、殿様は悩んでいました。犯した罪があまりに大きかったため、当時の刑罰では間に合わなかったからです。
どんな刑がいいか散々悩んだ末、この殿様は自分がいつも乗っている駕籠に乗せて町中を歩くよう命じたといいます。
殿様の駕籠ですから、今でいう超高級車のようなものです。人から見れば羨ましく思えるでしょうが、当の本人は「いつも駕籠に乗せられて、苦しいことこの上ない」と感じており、これが刑罰に相応しいと考えたのです。
物が豊かになればなるほど、科学が発達すればするほど、便利になればなるほど幸せも増えるように錯覚してしまいますが、残念ながら、人間心理はそういう仕組みになっていません。満足するどころか不幸の種を同時に蒔いているのです。
「『物』を持てば持つほど大きな喜びにつながるという神話とは裏腹に、先進国における精神疾患や鬱病の発症度、不満の度合いは世界最高レベルなのです。相次ぐ調査でその証拠が固められているように、物質的なものを持てば持つほど幸せになるわけではありません。多ければ多いほど、大きければ大きいほど、新しければ新しいほどいいとは限らないのです。物質的な富で心の貧しさを覆い隠しているなら、どれだけ『物』があっても、その結果生じる空しさは埋められないでしょう」(アーヴィン・ラズロ/ニューヨーク州立大学教授)
心理学者のティム・カッサー(ノックス大学教授)は20年以上にわたって何百もの研究を調査した結果を次のように言います。
「物に大きな価値を置けば置くほど幸福感は薄くなる。これは日々、広告から受け取るメッセージとは対照的です。広告は物質主義や所有欲の追求、物を所有することで幸せになると言います。誰もが抱える人生の問題の解決法は消費だと言っているのです」
2013年の日本の自殺率は世界7位でG7中1位、15~39歳の各年代の死因の第1位は自殺となっています。
2020年9月に国連児童基金(ユニセフ)が公表した報告書によると、日本の子供は「身体的健康」では1位だったものの、幸福度は最低レベル(先進・新興国38カ国中37位)だったとのことです。
「社会はこの50年の間に大きく進歩した。絶対的貧困が減り、身体的健康が向上し、教育水準が上がり、住環境もよくなった。
しかし、いまだにアメリカやイギリスなどの先進国でも、ほとんど50年前と変わっていない不幸なことがある。社会問題や家庭内の対立は昔と変わっておらず、犯罪や反社会的行動は増えている。収入や教育、身体的な病気、住環境といった外在的な問題を解決するだけでは、これ以上の穏やかで幸せな生活を生み出すことはできない。
私たちは何かを忘れている。すなわち、私たちの心である」(デイヴィッド・クラーク/オックスフォード大学教授)
涅槃経には次のような話があります。
ある家に、非常に美しい女がやってきました。
「私は功徳大天と申します。私は伺った家に望むだけの財宝をもたらすことができます」
家の主人は喜び早速もてなそうとしますが、傍にもう1人醜い女がいたことに気づきます。
「私は黒闇と申します。私が伺った家は財宝を失います」
それを聞いた主人は怒り、刀をふりあげて追い出そうとします。しかし、黒闇は言いました。
「私は功徳大天の妹です。姉とはいつでも一緒に行動しています」
主人が功徳大天に確認すると、確かにそうだと言います。
「私はいつも幸せをもたらし、妹はいつも不幸をもたらします。私を愛するなら妹も一緒に愛してもらう必要があります」
主人は驚き、両方追い出すと平穏がやってきたという話です。
・事例
世間には「成功者」と呼ばれるような人はたくさんいますので、いくつか事例も見てみましょう(巻末の「付録」でも何人か紹介しています)。
まずは「華やかな世界」の代表格といっても過言ではない芸能界からいくつか紹介しましょう。
ZIPという朝番組で、その時の出演者であった5人のAKBのメンバーにこんな質問がされていました。
「人生をやり直すならもう一度AKBをやりたいか?」
すると、5人中4人が「普通の女の子として一生を過ごしたい」と回答したのです。
AKBといえば、21世紀にCDデビューした日本のアーティストで最高売上を記録するなど、今や国民的アイドルです。憧れて入りたい女の子も非常に多いはずです。しかも、この4人は人気ランキングにおいて最上位7位以内にランクインしており、通称神7(セブン)とも呼ばれる、トップアイドル中のトップアイドルです。しかし、その選ばれた当の本人たちは、同じことは2度としたくない、と言っているのです。ちなみに、5人全員がこの放送から数年以内にやめています。
別のメディアでも次のように語っています。
「どっかで感情をなくした。真剣に色んな事、真に受けてたらやっていけない世界。メンタル壊れちゃう。一回感情を殺した」
「(生まれ変わってもアイドルになりたいかと聞かれ)ならないかな、十分満喫できたかな、生まれ変わったら猫とか、自由でのんびりしてていいかな」
「AKBは真面目に頑張ったり、一生懸命やったり、ストイックにやったり、それが正解じゃないところ。真面目な子が損をするような世界でもある」(渡辺麻友)
「過去の自分が一番怖い。SDNをよくやれたなって。同じ過去を繰り返せって言われたらちょっとイヤ。今はのんびり、ぬるま湯に入っている気分なので、ちょっと戻りたくない」(芹菜)
「モーニング娘。」の道重さゆみは、活動をやめることになった時、「やめた後に一番したいことは何か」と聞かれ、次のように答えています。
「うつぶせ寝です(笑)。この寝方が一番好きなんですけど、そうすると顔がむくんだり、目がパンパンに腫れがちなんです。自分で『25歳がさゆみのかわいさのピーク』と周囲に宣言してたので、言ったからにはプロ根性でやり遂げないといけないから(うつぶせに寝なかった)。だから、夜中にご飯を食べるとか、目覚まし時計を掛けないで寝るとか、できなかったことをやりたいです」
アイドルという幸せを維持するために、普通の人なら当たり前に得られる幸せを諦めなければならないということです。
お笑いタレントの松本人志は、女優の竹内結子が自殺した際に次のような話をしています。
「多分俺も、周りから仕事が順調そうに見えてると思うけど、40年くらいやってるけど、順調やと思ったこと1回もないけどね。だから、本人にしたらいろいろありますよ」
EDM(Electronic Dance Music)界で最も人気のあるDJといわれていたアヴィーチー。彼は28歳の若さで自殺していますが、生前、ローリングストーン誌のインタビューでこう答えていました。
「成功したことで得たチャンスや安心感には感謝しているよ。世界中を飛び回って演奏できるなんて本当に恵まれているとわかっている。でも、アーティストとしての人生が大きくなりすぎて、人間としての人生がほんの少しになってしまった」
「どう生きるかを考える必要にかられた。成功するために成功を求めているって感じだったから、もう幸せを感じられなくなっていたのさ」
アヴィーチー(サンスクリット語で無間地獄の意味)は、自らアヴィーチーに堕ちてしまいました。
登録者数は1億人を超え、「世界で最も有名なYoutuber」ともいわれるピューディパイは活動休止の理由を聞かれ、こう答えています。
「もう決めたことだから、前もって伝えておこうと思う。僕は疲れたんだ。本当に疲れた。はっきりとした予定は決めていないが、来年の初め頃からしばらく休息をとる」
人気アイドルグループ嵐のリーダー大野は、活動休止の理由の1つとして「一度何事にも縛られず、自由な生活がしてみたい」からだといい、報道によれば「もうアイドルは嫌だ!」と叫んだといいます。
他にも、成功の苦しみを訴える人は数多くいます。
「ファッション誌にファッションショー、ラジオにバラエティにドラマに映画になにからなにまで引っ張りだこ。歌手デビューまでして日本中からもてはやされ、芸能界に憧れる女の子が欲しがるものをわたしはすべて手に入れた。
でもわたしは幸せじゃなかった。全然、幸せじゃなかった」(吉川ひなの/タレント)
「(活動休止の理由について)ほんとに狭い世界で生きてたんだなって事に、気づかされて」
「仕事のプレッシャーとか、私に求められてたものから逃れたかった」
「ホントわからないけど、できたら外国でボランティアとかやりたい。なんかゼロの状態で人と接するというか、特別扱いされない・・・・、私なんかカフェでウエイトレスやったらほんと使えない奴で怒られると思うんだけど、この仕事(音楽)、得意なことばっかりやってるとなんかバカになっていくような気がして、今、誰も私に変な指示とかしないし、音楽的にも『これはないんじゃない』とか言う人はいないし、ほんと私を叱る人もいない・・・・」
「自分のイメージだけがどんどん大きくなって本来の自分とかけ離れてしまって、しまいには自分でもどんな状況に置かれているのか、自分の事なのによくわからなくなっていた」(宇多田ヒカル/歌手)
「ドラマの現場を楽しいと思ったことは1度もなかった。『早く終わらないかな』と思っていた」
「正直、明日どうなるかわかりません。もしかしたら自殺しているかもしれないですね」(香取慎吾/タレント)
「芸能界ってこんなに大変なのかな。外を歩くだけでプライベートのこと、いろいろ言われたりして、汚い世界だなと思った。辞めたいなと思ったりもしました」(きゃりーぱみゅぱみゅ/歌手)
「(事務所を退所して)いまの気持ちを表すとしたら、『すがすがしい』の一言」
「仮面をつけて自分を偽り続けるのはもう限界でした。テレビのバラエティ番組では、端的で面白くてキレのいい発言が求められます。何か聞かれたら、間髪入れずに答えるのがテレビでの正解。しかも求められるのは、あくまでブルゾンちえみとしての発言です。自分自身の言葉でしっかり語りたくても、バラエティ番組のひな壇に並んでいる限り、それは求められない。自分が視聴者としてテレビを見ていた時に、『このタレントの言葉、嘘くさいなあ』ってシラケていたにもかかわらず、今の自分は視聴者に嘘をついているんじゃないか。そんな葛藤がすごくありました」
「事務所をやめると話した時に、『大人になりなよ』とアドバイスしてくれた方もいます。その方のおっしゃることは理解できます。だけど、ここで言う『大人になる』って、どういう意味でしょうか。『妥協できるようになる』『しようがないと思いながらやれるようになる』ってことですよね。私は妥協して生きていくような大人にはなりたくなかった」(ブルゾンちえみ)
「すっごく窮屈でしたね」
「(干されているという感覚は)全然ありました。めっちゃ叩かれてたので。新聞でもテレビでも、ネットでも」
「友達すら作っちゃいけなかった」
「隠さなきゃいけないので、とにかく窮屈」
「親がいるところで食事に行ったり、家族の一員みたいな感じ」
「(2人きりのデートは)ないです」 (鈴木亜美/歌手)
「(“さくらんぼ的な大塚 愛”を求められ)そうしなきゃいけない。波が止まっちゃいけないと、いつも苦しくて・・・・」
「会ったこともない人と恋愛(をしていること)になったり、そういうことがいっぺんにわかり始めて、この世界の恐ろしさを知った」
「わたしは『さくらんぼ』にしがみついているわけじゃないのに、そういう風に(世間に)出されると、何のためにやっているんだろうと。イメージを持たれず、自由にいたい」(大塚愛/歌手)
「グループってみんなライバルだし。私もTKファミリーって名前がついていて、誰がファミリーって言ったんだろうって思って。誰一人ファミリーなんて思ってないですよ」
「みんなそう(1位を獲りたい)思っているので、みんな敵なんです」(華原朋美/歌手)
「(当時のメンバーとの関係性ついて)仲良しグループとは違う。ライバルだし、常に競っていないといけない」(福田明日香/元モーニング娘。)
「型にハマるのが嫌だから芸能界に入ったのに、意外と型なんだなって・・・・」
「こっから逸脱したらもう芸能人じゃないんだって思って、すごい窮屈なんです」
「見えないようなルールがあって。こんなことを発信しちゃいけないとか、こんなこと言っちゃけないとか。しがらみまみれなんですよ」
「自由に動いているように見えるんでしょうね。編集で良いところばっかり見てるから・・・・。
でも実は狭い箱に入れられて、『この狭い箱の中で表現しなさい』って。出ちゃダメよ、そのラインからみたいな。『え~っ!?何で言いたいこと言えないんだ!』みたいな。そこと今戦っている感じなんです」(田村淳/タレント)
「名声とは残酷なものだ。名声を得たために大きな孤独を味わうなんて、最悪な類のカルマだよ。名声を得た人間は群れからはぐれたガゼルのように、ライオンの群れにたちまち行く手を阻まれてしまう」(ブラッドピット/俳優)
「名声は最初のうちはおもしろいかもしれないけれど、そのうち閉じ込められたような息苦しさをおぼえ、閉所恐怖症になってしまう」(ジェームズフォーリー/映画監督)
「こんなに事が大きくなるとは思わなかった。こんなに多くのプレッシャーがかかるとは。想像できるわけもないだろう。僕らは大学に通いながら、楽しくやってただけだった。悩みはなかった」
「幸運にも契約にこぎつくと、今度はヒットを出さなくちゃ。ヒットが出ると次は・・・・。だれもが『それで満足しちゃいけない』と言う。次のヒットをすぐに出せという。一発屋だと思われたくないだろう?とくる。そういったグループは腐るほどたくさんいるんだから、と」
「2枚目、3枚目とヒットが出て、それ以来ずっとオッケー、それじゃアルバムを出せ。オッケー、それじゃここで演奏しろ、オッケー、今度はこれで次はあれだ、という具合だ。ときどき、自分が巨大な・・・・ロボットみたいに思える。それでも不平不満は言えない。このために努力してきたんだ。やりたかったことばかりだ。でもすごく疲れる」
「すべて順調なときは何の栄誉も与えられず、具合が悪くなると批判されるんです」(リチャード・カーペンター/カーペンターズ)
「こんなことできない。もうがまんできないわ。つくづくいやになったの。なぜこんな生活をしなければならないの?誰かわたしを連れ出して。わたしは普通の生活をしたいの」
「ひとりでいたいのに、いつも誰かが、それもたくさんの人が、そこにいるのよ。まるで見世物だわ」
「恐ろしいのは、周囲を何十人ものスタッフに囲まれて身動きできないでいる日々、何度も何度も次の言葉で引き留められる日々。『スタート』『カット』『本番』『本番13回目』『本番25回目』」
「私のことを、『マリリンは落ち目の女優だ』もう終わったのだと言う人がいるわ。実のところ、もう終わったのだったら、ほっと安堵するわ。というのも、100メートルのランナーがテープを切って、大きな吐息をついてこうつぶやいているような気分だからなの。
『これでよし、もう終わった』
ところが、実際は何も終わっていなくて、相変わらず再びはじめなければならないの、相変わらず。テープを切ったのに!別の作品を撮るのよ!監督なんかとっとと消え去ればいい!」
「有名であるということ、それは毎日の減食療法みたいなもので、満たされることがないのです。嬉しいと思うことはあっても、一時的なものです。ちょうどキャビアみたいなものね。食べるときは素敵ですけれど、食事ごとに毎日毎日それが出てきたら、素敵ではなくなります」
「名声を得るってことは特別な重荷を背負うってこと」
「人気が出るということは孤独を倍増させることね」
「映画スターになるってことは、それを夢見ているときのようには決して心地良いものではないわ。一度でも私が出演の依頼を断れば、もう2度と再びスターの役は回ってこない。選択は2つに1つ、スタジオの奴隷になるか、それともファンには手の届かない有名人のままで終わってしまうか」
「マンションの90階に、ほとんど天上に住んでいても、まるで地下のどん底の人生よ」
「私はときおり人間が本当にやりきれなくなる。人が私と同じように、誰しも、みな問題を抱えていることはわかっていても。けれど私はもううんざりしたわ。理解しようとか、許そうとか、いろんなことを探し求めて、もう、本当に願い下げだわ」
「映画女優であることは、メリーゴーランドの上で生きているようなものなのよ。旅行しても、メリーゴーランドの上をぐるぐる回っているだけ。街角のあちこちに人々がいるが、私は人々を知らないし、人々を見ない。いつも同じ警官、同じインタビュー記者、同じあなたのイメージ。日々、言葉、顔がただ再び戻って来るためにのみ通り過ぎていく。『その夢はすでに見た』と人はよく口にするが、そうした夢の中でのようなもの。そしていつも最初の場所、同じ場所に戻って来るの。映画は子供用のメリーゴーランドだわ」(マリリン・モンロー/女優)
「わたしたちの生活はまるで地獄でした。でも、それはお金が山ほどある地獄・・・」
「もうオペラはたくさん。自己犠牲にも、くたくたになるリハーサルにも、きつい公演にも飽き飽きしたの」
「なにかというと、わたしが悪いと、人は簡単にわたしを責めます・・・そして歌う喜びまでも、わたしから奪い取ってしまったのです。23年間わたしは歌いつづけてきましたが、この数年、それはまるで拷問のようでした。つねに三点ハ音(普通のソプラノの限界音)を出すことを要求され、風邪を引くことも声がかすれるのも許されないのです。観客は怪物です。わたしが舞台へ戻りたいという気が起きないのは、そのためです」
「名声は危険なものです。なぜって、私は身をもって知っているからです。名声には不安がつきまとう。私は拍手が恐いのです」
「絶えることのない闘争、私はひたすら闘わなくてはなりませんでした。決してそれを望んだのではありません。争い事やもめ事は嫌いなのです。そんなことで神経をピリピリさせるのはいやです。でも、いざ闘わなくてはならないときには、やはり闘うことでしょう。これまで私はつねに勝利してきましたが、心からの解放感を覚えたことなどありません。何とも白々しい勝利なのです」
「わたしはもう歌いたくないのです。わたしは生きたい。普通の女として生きたいのです」
「いつも自分の中にある苦痛から解放されるために、神に死を乞い願うまでになってしまいます」
「昔は成功が人生の唯一の目的だと思っていたわ。でも、そのときはまだ若くて分別がなかったから」
「この世にはもはや、正直も道義もないのよ。だれも信用しちゃだめ、一番親しい友人も」
「誰が自分の真の友人か、有名人になるとわからなくなるのよ」
「四方を壁に固まれたような孤独、こういう感覚が子供の頃からずーっと続いている。なぜ一人ぼっちなのか」(マリア・カラス/オペラ歌手)
「正直に言っちゃうけど、(ウィル・スミスとジェイダ・ピンケット=スミスの娘として注目されて暮らすのは)マジで最低よ」
「成長して自分の人生を理解しようとするとき、『何が起きているのか知る権利がある』みたいに人々に思われるワケ。それってマジで、耐え難いほど最悪」
「でも顔は変えられない。親を変えることもできない。変えられることは何一つないんだから」
「そう、私みたいな立場の子って、ほどんどは鬱になっちゃうのよ」
「気にせず暮らすか引きこもるしかないのよ」(ウィロウ・スミス/歌手)
エルヴィス・プレスリーの孫ベンジャミン・キーオが自殺しましたが、彼は「祖父の名前の重圧に苦しんでいた」といいます。
カート・コバーン(アメリカのロックバンド、ニルヴァーナのボーカル)はショットガンで頭を撃ち抜いて自殺しました。彼は遺書を残しており、以下はその全文です。
「僕はもう長い間ずっと、何かを読んだり書いたりするだけでなく、音楽を聞くことにも作ることにも、喜びを感じなくなってしまっていた。僕は、これらのことを言葉にできないほど罪深く感じている。たとえば、僕らがバックステージにいるとき、ライトが消え、熱狂した群衆の叫び声がはじまっても、それは僕には響かない。
僕は誰にも嘘をつきたくない。それはフェアじゃない。
僕が考える最も重い罪は、まるで100%楽しいかのような振りをして、人々を騙すこと。
ときどき、僕はステージに向かう前に、まるでタイムカードを押しているかのような感覚を覚えていた。僕は、それに感謝するために、力の限りすべてのことを試してみた(本当なんだ、信じてくれ。でもそれでも十分じゃないんだ)
僕が、そして僕たちがたくさんの人たちに影響を与え、楽しませることができたという事実はよくわかっている。
僕は、きっとすべてを失って初めて有難みを理解するナルシストに違いない。僕はあまりにも繊細すぎる。子供の頃に持っていた熱意を取り戻すためには、少し鈍感になる必要がある。
最後の3つのツアーでは、個人的に知っているすべての人やファンに凄く感謝している。でもまだ、みんなに対するフラストレーションや罪、感情を解消することはできていない。人間は皆、良いところがあるし、僕は単純に人が大好きだ。だから、そのことがあまりにも悲しい。
自分は惨めで、ちっぽけで、感謝知らずの、魚座の救いようがない男。どうして楽しめないのだろう?わからないんだ!
僕には、大望と思いやりがある女神のような妻と娘がいる。
娘は、愛と喜びでいっぱいだったかつての自分を嫌というほど思い出させてくれる。彼女は出会った人すべてにキスをする。
なぜなら、みんな、娘に良くしてくれるからだ。そんなことが、どうしようもないほどの恐怖を与えるんだ。僕は、娘が惨めで自暴自棄となって、やがて自分のように死へ向かうロック歌手になるなんて想像に耐えられない。
ただ、楽しい時間を過ごしたこともあった。とても楽しい時間だった。だから感謝してもいる。
けど、7歳のときから、僕はほとんどすべての人間を憎むようになった。なぜなら、他の人間はあまりにも簡単に他人の感情に共感しあっているように見えたから。僕は人を愛し、同時に彼らをとてもかわいそうだと思っているのだろう。焼けついて吐き気のする胃から感謝を伝えるよ。
これまで手紙をくれたり興味を持ってくれてありがとう。
僕は、気まぐれな赤ん坊のように感情の起伏が激しすぎる。
僕は、もうなんの情熱も残っていない。だから覚えておいてくれ。段々と消えていくのなら、一気に燃え尽きたほうがいいんだってことを。
平和、愛、共感。カートコバーン
フランシス(娘)、コートニー(妻)、これから僕は君たちの祭壇にいるよ。コートニー、フランシスを頼んだ。彼女の人生は僕がいないほうが幸せなものになるだろう。愛してる、本当に愛してるよ!」
売れることで幸せになれるなら、三浦春馬も竹内結子も自殺しないですし、沢尻エリカも伊勢谷友介も薬物をやらないでしょう。薬物問題に詳しいジャーナリストの小野登志郎は次のように語ります。
「彼らはいわば感情労働者です。歌や演技で自分の心を表現する。俳優であれば自分の感情がのっとられるほど役にのめり込む。一方、激しい競争社会ゆえにいつ売れなくなるかという不安もつきまとう。オンもオフも常に心が疲弊しやすく、精神的に不安定な人間が多い。クスリの売人からすると、その類いの人間は格好のターゲットです。金もあるし、一度やれば仕事を続ける限り依存しやすいので」
女優の中江有里は元アイドルの川越美和が孤独死したことに触れ、「芸能界は華やかだけど孤独な世界。辞めてしまう人のほうが多いと思う」と語っています。
クイーンズランド大学心理学教授のウィリアム・フォン・ヒッペルは次のように述べています。
「ドイツの格言『楽しみにすることは一番の喜び』を思い出してほしい。目標を達成した時には、必ず失望が後からやってくる。多くの人から崇拝されて名声を得ることは、世界中で最も典型的な夢の一つに違いない。けれど、著名人の波乱万丈の人生や度重なる離婚について少し振り返るだけで、有名にならないほうがはるかに幸せだとわかるはずだ」
ある国民的アイドルのファンだった人が、そのアイドルのその後の転落人生を見てこう言いました。
「10代の頃は自分もこの子だったらなぁと思ったけど、この子じゃなくて本当によかった。人生って最後までわからないねー」
芸能界以外にも見てみましょう。
「カタログをながめては、お金を湯水のように使う夢にひたっていた」というココ・シャネル。
6人ほどの縫い子とともに始めた仕事から、ニューヨークタイムズ誌で「20世紀最大のデザイナー」と評されるまでになります。
特にシャネルにとって初めての香水となる「シャネルの5番」は、1921年に発売されてから1997年に至るまで世界中の香水の売り上げのトップを誇るなど、シャネルの地位を不動のものとします。元産経新聞パリ支局長で「ココ・シャネルの真実」の著者である山口昌子は「シャネルの5番」について、「シャネルの名を不朽にすると同時に、莫大な財政的成功をもたらし、経済的にも自立した20世紀の解放された女性の代表の地位を与える結果となった」と言います。
夢が叶ったといえるシャネルですが、彼女は次のような苦しみを吐露しています。
「鏡の残酷さは、私自身の残酷さを教えてくれる。ひとりのあわれな女」
「私は退屈していたのだ。暇と金のある連中が味わう、あの恥ずべき退屈」
「活動的な私だが、その底にひそんでいた遊惰な資質」
「要するに私はハーレムの女になりたいと願い、願い通りの経験をし、その経験が終わったのだ」
「鮭釣りに明け暮れる生活は人生ではない。どんな惨めさも、こんな惨めさよりはましだ」
「わたしはもはや願い事をかなえてもらいたいと胸ときめかすこともできなくなった」
「すべては何にゆきつくかというと、倦怠と寄生生活にゆきつくだけなのだ」
「孤独は恐ろしい。だのに私はまったくの孤独の中で生きている。一人ぼっちでなくなるためなら、どんなにお金を出してもいいわ。一人で食事をするぐらいなら、街のおまわりさんを呼んできたっていいと思うほどよ。だけど私が出会うのは心無い連中ばかり。だけどそんな思いにひきずられてゆくと、メランコリーにとりつかれて、いつしか淵にはまってしまう」
晩年のシャネルは、孤独による不安や恐怖などの症状と不眠症に悩まされ、1日1本のモルヒネ注射が欠かせなくなっていたといいます。
世間的な成功で幸せになれたらケイト・スペードも自殺しません。
「日本一高い土地を持つ男」ともてはやされた銀座鳩居堂の熊谷道一社長は自殺しました。持っていた手帳には税金対策のメモばかりがびっしりと書き込まれていたそうですが、金を持って苦しんでいるのは彼だけではないのです。
スコットランド・エディンバラ出身のジェーン・パークスは、17歳の時に100万ポンド(約1億4千万円)の宝くじを当てました。大変喜び、旅行・ブランド品・車・不動産etc.次々と購入していきましたが、彼女は次のように後悔しているといいます。
「宝くじなんかに当たらなければよかった。私の人生は台無しになった」
「大金を得て人生が10倍良くなると思ったけど、その逆よ。宝くじに当選しなければ私の人生はもっと楽だったのに」
「金目当てで近づいてくる男ばかりで、ちゃんとした彼氏もできやしない」
「物はいっぱいあるけれど、人生が空っぽなの」
「みんな私が億万長者だから羨ましくて、私みたいになりたいって思っているのでしょうけど、どれだけ大きなストレスを抱えているかは誰にも理解できないわ」
彼女の言葉に共感する金持ちは多いでしょう。
当時、最年少でミシュラン3つ星を獲得した料理界の鬼才、マルコ・ピエール・ホワイト。しかし、彼は星を突如返上します。その理由をフォーブス誌にこう語っています。
「星をもらうのはいいんだが、それを維持するとなると、まあ、ちょっとその・・・・疲れるんだ。そして、私には3つの選択肢があった。
その1、栄光の地位にとどまり続けるために、三ツ星シェフとしての感覚を維持する努力をする。
その2、実際には厨房に立っていない時でも自分が腕を振るっているように見せかけ、客人には『ミシュラン価格』を請求する。自分で自分の人格を疑いながらね。
そしてその3、勇気を奮って、ミシュランの世界に宣言をする。すなわち、三ツ星シェフの名を返上し、引退するとね」
そして、「守らなければならない、他人が作った評判がなくなって、自由になったよ」と言います。
また、ミシュランガイドで18年連続で三つ星を獲得してきた「ブラス・ル・スケ」のオーナーシェフ、セバスチャン・ブラスは、「私たちはたくさんのものを手にしてきた。しかし、同時に三つ星があることで大きな重圧を抱えてきた。緊張を感じることなく穏やかにもっと自由な気持ちで料理に取り組みたい」と語り、覆面調査員による抜き打ち調査や、常に評価に応えるプレッシャーから解放されたいとコメントしています。
「世界一多くの星を持つシェフ」といわれた大御所ジョエル・ロブションも1996年にいったん返上しています。当時、「金塊のように高価な手長エビを仕入れ、白綿のような身だけをすくう日々。常に完璧を求めるあまり、消耗した」と述べたといいます。
ミシュランの評価は本国フランスでは相当なもので、過去にはプレッシャーから自殺した人もいます。
1991年、フランスのレストラン「コート・ドール」はミシュランで念願の三ツ星を獲得しました。売り上げは倍増し、オーナーシェフのベルナール・ロワゾーは、1995年、フランスの最高勲章(レジオン・ドヌール勲章)を受章します。しかし、2003年、フランスで最も強い影響力を持つレストランガイド「ゴー・ミヨ」が「コート・ドール」の評価を下げます。ミシュランの格下げを恐れていたというロワゾーは、同じ年の2月24日、猟銃で頭を打って自殺しました。
2016年にもスイスの三ツ星レストラン「ロテル・ド・ヴィル」のオーナーシェフであるブノワ・ヴィオリエが銃で自殺しており、報道によると、ヴィオリエもまた、苦労して手にした成功が崩れ去ることを恐れていたといいます。
リアリティ料理番組「トップシェフ」に出演しているヒュー・アチソンは次のように語ります。
「料理業界はストレスだらけで、シェフたちは常に監視されている状態です。強烈な個性を持った多くの人たちが特別なことを成し遂げようと、しのぎを削っています。この状況を生き抜くのは容易ではなく、犠牲者が出るのも不思議ではありません」
CNNのフードブログ「Eatocracy」を運営しているライターのカット・キンズマンは600人以上の料理人を調査、その結果、多くの料理人が、「うつ病」「不安神経症」「薬物乱用」に苦しんでいることが明らかになったといいます。
「全日本体操個人総合選手権10連覇」「五輪個人総合連覇」「世界体操競技選手権個人総合での世界最多の6連覇を含む国内外個人総合39連勝」など、数々の偉業を成し遂げた内村航平は、次のように重圧から解放されたい気持ちがあったことを告白しています。
「ここで勝つと期待に応え続けないといけない。負けたら、『やっと負けることができた』と思って次からもっといい演技ができるんじゃないかと思った」
そして、「地獄ですよね」と苦笑します。
元プロ野球選手の清原和博は次のような苦しみを語っています。
「いまだに、生き方ということには苦しんでいます。もうずーっとそうですね、もうずーっとです・・・・。結局、ホームランより自分を満たしてくれるものはない。でもそれを、もう味わうことはできなかったし、それに代わる目標もなかった。それで、どんどん生活が荒れていきました。幸せな家族がありながら、僕は誰にも応援されない。ホームラン打者でもない自分が嫌で嫌で仕方なくて、お酒に逃げて行きました」
以前、スポーツ選手や俳優など、各分野の有名人が何人か集まる番組で、「自分の子供にも同じ仕事に就いてほしいですか?」と聞かれて、全員が「就かせたくない」と言っていました。
仕事以外にも見てみましょう。
週刊誌に「湾岸タワマン28階に住んだのに、予想外の“負け感”。主食はコンビニ弁当」というタイトルの記事がありました。
37歳の酒井優一さん(仮名)は、以前からタワマンに憧れており、湾岸エリアでも人気の月島にある賃貸タワーマンションの28階で一人暮らしをはじめたといいます。しかし、彼は数々の不平不満を述べています。
「ウチのマンションは1階から24階までの低層階用と、24階から最上階までの高層階用のエレベーターがあるんですが、僕の部屋は高層階のなかでは低いほう。だから、誰かと一緒に乗る時は自分のほうが低層で先に降りることが多いんです。乗っている30秒間は、どこか負けた感じがしますね・・・。『鶏口牛後』という言葉があるように、“上の下”ではダメなんですよ」
「キレイな夜景が見たくてタワマンに住んだはずなのに、毎日同じ景色を見ているとさすがに飽きて、1か月もしないで感動はなくなりました」
「月20万円ということは、1日あたり7000円ほどかかっている計算になります。しかも寝るだけで。7000円も払えば、都内のちょっとしたビジネスホテルくらいには泊まれますよね。仕事柄、夜遅くまで長時間働くこともありますが、意地でも帰って寝てやろうって気持ちになりました」
「以前は山手線の駅から徒歩3分の普通のマンションに住んでいて、電車待ちなんて2分程度。それに慣れていたから、どこの駅も不便にしか感じません」
他にも不満を述べており、「以前のマンションより家賃は2倍になりましたが、不満まで2倍になりました」と言います。
タワーマンションを舞台にしたドラマ「砂の塔~知りすぎた隣人」の脚本家である池田奈津子は次のように言います。
「タワマンは、まさに成功者の集う夢の世界。でも、住む方々に話をうかがうと、人間関係に苦しんでいる人が少なくないようです。下層階の人から上層階に住む人への『嫉妬』も、あると思いました。上にいくほど眺めがよく、その分価格が高いこともみんなわかっています。そうすると子ども同士のつきあいでも、上の子が下の子に対して偉そうな態度をとるというようなことが起こります」
「中下層階同士でも、隣はうちより日当たりがいいとか、あそこは同じフロアなのにうちよりいい車に乗っているとか、嫉妬の種はいくらでもあります」
「同一の空間で生活を営んでいるため、ほんのわずかな差が気になって、嫉妬が生まれるのです」
私自身にもまったく体験がないわけではないので、少し書かせて頂きます。
私は学生時代含め、風呂なしアパートに6年以上住んでいたことがありました。体を洗う場所は台所やコインシャワーがメインでしたが(たまに銭湯)、当時は、まったく不便を感じませんでした。
その後、社会人となり、勉強を兼ねてタワマンに住んでみました。風呂無しアパートからタワマンですからギャップが大きく、最初は新鮮で幸福感がありました。部屋は広く景色も綺麗で、フロントにはコンシェルジュもおり、どんな知人を呼んでも感嘆します。「成功」「勝ち組」「進歩」「優越感」etc.そういった言葉が並ぶのも理解できます。
ところが、先ほどの酒井さん同様、段々と感動はなくなり不満が出てきました。設備の不満、コンシェルジュへの不満etc.他の人も言っているように、上層階も気になってきました。上層階の人と同じエレベーターに乗るたびに嫌な気分になるのです。人間関係も、そういうところに住む人は見栄を張る人が多く、あまり良い印象はありません。エレベーターの待ち時間も、1日何往復ともなると地味にストレスです。アパートの時は待つ必要がなかったのでより感じます。このように最初は気にならなかったことが、とかく気になってくるのです。
結論から言えば、値段に見合うメリットを感じなくなり引っ越しました。引っ越し先は、風呂はついていたものの、タワマン時代に比べるとグレードが下がったので最初は不便でした。しかし、それも次第に慣れました。今も同じ場所に住んでいますが、もしまたタワマンに引っ越せば最初は幸せを感じ、もしまた風呂無しアパートに引っ越せば最初は不幸に感じるでしょう。そして、その後はこれまでと同じような流れになるでしょう。
また、ある時は高価なスーツを買ったこともありました。汚れるのが心配なので普段使いにはできず、たまに着れば細心の注意を払います。家に保管するだけでも劣化していくので、着ていないのにクリーニングに出さなければなりません。もったいないので着る頻度を増やし、劣化していくにつれ、さほど注意もしなくなっていきました。これまでもそうであったように、これからも高価な物を買うたびに似たような流れになるでしょう。
有無同然の真理は、偉大な科学者となっても同じです。アインシュタインも次のような孤独感を語っています。
「こんなに広く知られていながら、こんなに独りぼっちだけというのは奇妙なことだ。しかし、実際この類の人気は、その犠牲者を防御的な立場に押しやり、それが孤立につながるのだ」
大統領になっても同じです。アメリカの歴代大統領43人のうち、16人が深刻な暗殺計画の標的になっており、うち4人が殺害されています。
王子様やお姫様になっても同じです。イギリスのダイアナ妃はパパラッチに追いかけられて死んでしまいました。息子のヘンリー王子も「メディアによって自分のメンタルヘルスが破壊されていた」と言い、妻のメーガン妃も王族の一員になることについて、「人が想像するのとは違っていた」「さまざまな発言や行動を制限された」「もうすでに多くを失っている」などと語っています。2人とも王室を離れましたが、「本当に解放された気分です」と言っています。皇族となって幸せになれるなら、日本の皇太子妃も心の病で苦しまないでしょう。
結婚しても同じです。高橋ジョージと離婚した三船美佳は「今まで気にならなかったことが凄く気になる」と語っていました。
家族ができても同じです。「家族」というのは「大切なもの」の代名詞のような存在ですが、だからこそ大きな苦しみも伴います。釈迦は子供が生まれた時、「束縛する者が現れた」と言い、「束縛者」を意味するラゴーラと名づけています。東京大学名誉教授の矢作直樹は次のように、母親が死んだとき幸福感に満たされたと言っています。
「母の死を受け入れたとき、私は、これでもう心配しなければならない人はいなくなったという思いが湧き上がり、その瞬間言葉では言い表せない大きな安堵感、幸福感のようなものに満たされました」
女優の岡江久美子は「孫が来た 初めエンジョイ 後メンドイ」と言いました。
第1回芥川賞受賞者である石川達三の著書「幸福の限界」には次のようなセリフが出てきます。
「犠牲のない人生なんてあるかい。人間のすることにはすべて、いかなる場合にも犠牲があるんだ。人間は誰しも幸福を求める。その幸福は多くの犠牲を払って初めて求め得られる」
このように、一切の幸福は有無同然の幸福なのです。
・無いという幸せ
これまで見てきたように、「無い」という幸せがあります。
平安末期の僧侶、法然は大原問答(諸宗の学僧を相手にした論議)で名声を高めましたが、彼は「次は愚鈍な者に生まれたい」と言って死んでいきました。
「人生、字を知るは憂患の始め」という言葉もありますが、頭がいいと疲れるのです。それは職場のメンタルヘルスの不調が、肉体労働よりも知的労働で高くなっていることからもわかります。
江戸時代に庄松という人がいました。この人は、今日、妙好人(仏教の篤信者のこと)と評価される人の中でも筆頭に挙げられるような人です。しかし、彼は字の縦横も知らず、8までしか数えられないため、周りからは「八文」と言われてバカにされていました。そのため、この庄松が法然の生まれ変わりではないかという噂もあるぐらいです。
また、法然の弟子の親鸞は「教信沙弥のように生きたい」と言っていました。教信沙弥は、大変な学僧だったにもかかわらず、すべて捨てて賀古で隠遁生活を送ったという人です。
小説家の林芙美子は、「ああ、生きるのがこんなに難しいものならば、いっそ乞食にでもなって、いろんな土地土地を流浪して歩いたら面白いだろうと思う」と言いました。
このように、人間にはフーテンの寅さんのような生き方に憧れる心があるのです。
ホームレスを見て「かわいそうに」と思ったり、あるいは軽蔑したり、ホームレスに転落することに怯えたりする人は多いですが、そう単純な話ではありません。自分のほうが「かわいそうな生活」をしているかもしれないのです。
・無くても苦
念のため言いますと、無くても苦しみであることに変わりありません。
たとえば、無ければ楽になると考えて、手に入れた幸せを捨てたり、幸せを手に入れる努力をしない人は多いです。また、無い幸せを強調する仏教徒も多いです。
確かに、有るという苦しみはなくなりますが、その幸せも無常であり、今度は無い苦しみが出てきます。無常である以上、有っても無くてもどこで何をしても根本的に人生は苦しみであり、すべての人間は「かわいそうな生活」をしているのです。人生が、いかに苦しみで溢れているかについては第3巻で詳しく説明します。
1.2幸せの欠点
〇続かない
〇安心できない
〇満足できない
〇相対的
〇苦しみが解決できない
〇不幸になる人を生む
〇有無同然
〇死
〇幸せになれない