苦しみには、大きく生活苦と人間苦の2種類があります。

生活苦は、名利が手に入らない苦しみです。名利とは、名聞利養の略で、名誉と利益の意味です。生活苦は、名利を手に入れれば一時的には解決できます。借金の苦しみは金を得ることで解決でき、人に認められない苦しみは名誉を手に入れることで解決できるようなものです。

一方、人間苦は、名利では解決できない人間の根本的な苦です。たとえるなら、深海のように海底にドーンとへばりついているような苦で、海面が台風で荒れようが穏やかになろうがピリッともしません。人間苦を強く感じた人の言葉をいくつか紹介しましょう。

元ボクシング世界王者の鬼塚勝也は次のような話をしています。

「勝つためやったら死んでもええくらいの気持ちでおりました。それで死んでも後悔しないと。その気持ちはボクサーになって以来、ずっと持っていました。少年の頃、世界チャンピオンはスーパーマンみたいな存在やと思ってきた。俺にとっては神様に近い存在ですよね。凡人の俺が、そんな凄い場所に辿り着くことができたら、いったいどんな凄い人間になれるんだろう。そのことだけを励みにここまで頑張ってきました。

しかし、試合に勝ってみたものの、あるはずのものが何もないんです。

『エッ、何なのこれ?なんで、何もないんや?』

『いや、次勝てばきっと何かが得られる』

そう信じて、次から次へと試合を積み重ねていきました。だけど何も残らない。試合が終わった夜は、生き残れた実感と自分が探し求めたものが何もなかったという寂しさで発狂しそうになりました。俺は常に素直に飛び跳ねる自分でおりたいのに、充足感がないから、『何でや?』という思いばかりが虚しく深まっていく。最後の試合までずっとその繰り返しでした」

また、小説家の村上春樹は次のような話をしています。

「すごく不思議なのだけれど、小説が十万部売れている時には、僕はとても多くの人に愛され、好まれ、支持されているように感じていた。

でも『ノルウェイの森』を百何十万部も売ったことで、僕は自分がひどく孤独になったように感じた。そして自分がみんなに憎まれ嫌われているように感じた。どうしてだろう。表面的には何もかもがうまく行っているように見えた。でもそれは僕にとっては精神的にいちばんきつい時期だった」

「こういうことを言うのが僭越で傲慢であることはわかっているのだがそれでも・・・・。僕はどうしてもある種の切なさから逃れることができなかった。何が切ないのかはよくわからないのだけれど、でもどうしようもなく切なかった。どこに行っても自分の場所がみつけられないような気がした。自分がいろんなものをなくしてしまったような気がした」

 カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部教授のディーン・オーニッシュは次のように述べています。

「大きな成功をおさめた人たちには感情的な苦痛は少ないように見える。だが、実はそうではないかもしれない。むなしさを金や地位、美、力、名声などで測られる成功で埋めようとするのは、炎を消そうとしてガソリンをぶっかけるようなものだ」

人間苦が高じると、後述するように芥川龍之介のように自殺までいってしまいます。

タレントのやしきたかじんは「金があっても食道が買えん、命は延ばせん」と言って死んでいきましたが、人間苦はもちろんのこと、生活苦も解決できないことのほうが多く、解決できても一時的なものです。

第1巻で詳しく説明したように人間の死後は地獄ですが、何より深刻なのは、名利では死や死後の地獄を解決できないことです。

経には、幸せを手に入れて、苦しみが減ったように感じたとしても、それは大海の水が2、3滴減ったようなものであると説かれています。

また、人間苦を含め、あらゆる苦しみの根源が「無明」という心ですが、無明については第3巻で説明します。

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1.2幸せの欠点
〇続かない
〇安心できない
〇満足できない
〇相対的
〇苦しみが解決できない
〇不幸になる人を生む
〇有無同然
〇死
〇幸せになれない