科学の仏教への接近が示唆されているとなると、仏教で説く解決法、つまり「悟り」というものの実在性も高まるでしょう。
しかし、本当に悟りは実在するのでしょうか。そして人間に可能なのでしょうか。
〇仏教で説く悟り
・人間だけが悟りを開ける
・万人共通の人生の目的
・自己を知る道
〇科学が近づく「悟り」
〇仏教で説く悟り
まず、仏教では悟りについてどう説いているか簡単に見てみましょう。
・人間だけが悟りを開ける
すべての生物の中で人間だけが悟りを開けると説かれます。
・万人共通の人生の目的
悟りは人間に可能であるだけでなく、人生の目的であると説かれます。
長阿含経には「天上天下唯我独尊」という有名な言葉があります。釈迦は生まれてすぐに東西南北に7歩ずつ歩き、右手で天を指差しこのように言ったと伝えられています。
この話が本当かどうかは別として、本質は次の2点です。
7歩の「7」という数字は「6+1」ということですが、これは六道から1歩出る、つまり六道輪廻からの解脱を表しています。
天上天下唯我独尊とは、世間でよくいわれるような「自分だけが偉いのだ」という意味ではなく、「私しかできないたった1つの尊い使命がある」という意味で、人生には目的があるということを教えている言葉です。
つまり、すべての生物は人間に生まれることを目指し、悟りを開くことを目指して生きているということになります。
・自己を知る道
悟りを開くためには自己を知る必要があると説かれます。
源信は「夜もすがら 仏の道を 求むれば 我が心にぞ たずね入りぬる」と詠み、曹洞宗の開祖・道元は「仏道をならうというは、自己をならうなり」と言いました。
〇科学が近づく「悟り」
一見すると「都合良くできた教え」と言われても仕方ないでしょう。
しかし、悟りの研究は結構なされています。
超心理学者含め「死後は必ず地獄」と主張する科学者はまずいませんが、「悟りを開くことが人生の目的である」と主張する科学者は少なくありません。「悟りが実在する境地である」ということだけに限ればかなりいます。
たとえば、欲求段階説で知られる心理学者のアブラハム・マズローは、悟りは自然に発達する生物学的な意識の状態だと主張しています。
世界的ベストセラー「スモール イズ ビューティフル」などの著書があるイギリスの哲学者、E.F.シューマッハーは次のように言っていました。
「人間は植物のような生命力、動物のような意識の力の他に、明らかにそれ以上の何物かを持っている。即ち、神秘的な力を持っている。人間は単に考えることができるだけでなく、彼の考えていることを意識することができるという知力が備わっている。そこには、単に意識を持った存在があるだけでなく、その意識を意識することのできる存在がある。単に考える人ではなく、彼自身の考えることを見つめ、研究することのできる考える人がいるのである。これは意識自身より高いレベルの力である。我々はそれを何と呼ぶべきだろうか。名称を与える必要があるので、私はそれを『自覚』と呼ぶことにしよう。しかし、このような名称は、仏教の言葉を用いれば『月を指さす指』にすぎないことを常に記憶に止めておかねばならない」
このように言い、自然界の存在を次のように分けています。
1.鉱物 物質
2.植物 物質+生命
3.動物 物質+生命+意識
4.人間 物質+生命+意識+自覚
「ヒト、この奇妙な動物」の著者ジャン・フランソワ・ドルティエは、「ヒトの心の進化の鍵となるのが想像力だ」という仮説を立てています。
「想像力、すなわち心的イメージを生み出す能力のおかげで、ヒトは計画を立てることができ、どんなシナリオでも考えつくことができる。さらに言えば、道具を作り、物語を語り、芸術作品を創造し、共通の価値観をもとに結束し、手本となる行為を思い描き、目に見えない存在を信じることができる。この能力こそが『人間固有の特性』ではないだろうか?」
「動物は想像することも、期待をもつことも、思い出をもつことも、内省することも、自覚することも、抽象化することも、言語をもつこともない。観念の力は計り知れない。それは、ヒトが新たな次元に入ることを可能にする」(ドルティエ)
トーマス・ジェファーソン大学医学部教授のアンドリュー・ニューバーグによれば、悟りを体験できる能力は人の意識と神経回路にしっかり組み込まれているといいます。
そして、悟りには大悟(本物の悟り)と小悟があり、小悟は大悟に向けた脳の準備体操のようなものだといいます。
「最も近年の脳のスキャンの研究では、いま悟りに近い体験をしていると人が言う時には、きわめて特殊な神経学的な変化が起きることを発見した。意識的に悟りを求めている人々の脳には長期的な構造上の変化もみられる。こうしたことから、悟りへの道程は単に現実であるだけではなく、人が生物学的に悟りを求めるようにできていることを示す証拠はあるともいえる」
「通常、脳はゆっくり変わると考えられがちだ。脳が新しいスキルを修得し、すべての体験を吸収して意義あるものにするには時間がかかる。しかし、悟りの過程をみると、脳は瞬時に変わることもできるようだ」
「過去20年間の私の研究結果、悟りの探求は人の脳に備わった基盤構造だと確信している」(アンドリュー)
2000人以上の分析から共通のパターンが見え、本物の大きな悟りは次の5つの要素を満たしていると彼は主張しています。
・一体感やつながりの感覚
・信じがたいほど強烈な体験であること
・明瞭な感覚と根本的に新たな認識
・明け渡しの感覚、自発的コントロールの喪失
・自分の信条や人生観、目的意識などが突然、恒久的に変わってしまった感覚
「脳のスキャンの研究によれば、人が突然の洞察(小さな悟りの体験)を得る瞬間には脳のいくつかの重要な領域で神経活動の突然のシフトが起きている。人の論理的な思考は阻害され、自意識は変化し、意識上の認識の仕方が変わる。そうすると人は問題を異なる視点でみて、驚くほど神秘的な方法で直感的に解決策を思いつく。そしてその瞬間にその人の知識と信条は変わる」
「直感的洞察の中には強烈で、きわめて明瞭な体験もあるが、通常は、個人の信条を大きく変えたり、振る舞いや脳の機能を恒久的に変えたりといったような、われわれが考える悟りの神経上の変化は起こらない。しかし、洞察の瞬間の脳のスキャンの研究と激しい精神修行に関するわれわれの研究を合わせれば、悟りの生物学的基盤の謎が解ける」
「最近の脳のスキャンによれば、鳥類や哺乳類は私たちの前頭葉と頭頂葉に似た脳の構造をもち、意識的に自己を認識している。実際、犬の意識も多くの質は人間と同じだ。ということは、一部の動物にも自分の振る舞いを変えるような突然の洞察を得られる可能性があることになる。しかし、人間以外が自分の信条を大幅に恒久的に変えたり、科学者が『マインドの理論』と呼ぶ他者が考えていることを理解する能力をもつという証拠は少ない。また、動物が悟りに関わる脳の構造を意識的に変えられるという証拠もみつかっていない」(アンドリュー)
ジル・ボルト・テイラーという人がいます。
彼女はハーバード医学校で神経解剖学者として活躍する中、37歳で脳卒中に倒れました。
「仕事も私生活も順風満帆でした。ところが、一瞬にして、バラ色の人生と約束された未来は、泡のように消えてしまったのです」(ジル)
それでも科学者らしく、この時の様子を観察し、著書「奇跡の脳」にまとめています。
「4時間という短い間に、自分の心が、感覚を通して入ってくるあらゆる刺激を処理する能力を完全に失ってしまうのを見つめていました。珍しいタイプの出血が、私を完全に無力にし、歩いたり、話したり、読んだり、書いたり、そして、人生のどんな局面をも思い出すことができなくなってしまったのです」(ジル)
そして左脳の働きが弱まり右脳の働きが表面に出てきます。その世界を次のように語っています。
「私の意識は、自分が宇宙と一体だと感じるようになりました。あのとき以来、脳の解剖学の見地から、『神秘的』あるいは『形而上学的』な体験とはどういうことか、理解できるようになったのです」
「(左の方向定位連合野が正常に働かないために)どこで自分が始まって終わっているのか、というからだの境界すらはっきりわからない。なんとも奇妙な感覚。からだが、固体ではなくて流体であるかのような感じ。まわりの空間や空気の流れに溶け込んでしまい、もう、からだと他のものの区別がつかない」
「右脳は左脳の支配から解放されています。解放感と変容する感じに包まれて、仏教徒なら、涅槃の境地に入ったと言うのでしょう」
「肉体の境界がなくなってしまったことで、肉体的な存在として経験できる最高の喜びよりなお快く、素晴らしい至福の時がおとずれました」
「この体験から、深い心の平和というものは、いつでも、誰でもつかむことができるという知恵を私は授かりました。涅槃の体験は右脳の意識の中に存在し、どんな瞬間でも、脳のその部分の回路に『つなぐ』ことができるはずなのです」
「そして8年をかけ、流体のように感じていたからだの感覚が、ようやく固体の感じに戻っていきました。(中略)からだの感覚が固体に戻ったのは嬉しいのですが、流体のように感じることがまったくなくなってしまったのは残念。私たちは宇宙と一つなんだと思い出させてくれる能力を失ってしまったのです」
「現代の神経科学では、左右の脳の構造に含まれる心理学的、人格的な違いについては、ほとんど語られることがありません。よくあるのは、右脳の個性が、話し言葉や順序だった思考をよく理解できない、という理由だけで笑いものにされ、メチャメチャにけなされること」
「(アンドリューなどの研究を引用しながら)こうした最近の研究のおかげで、左の言語中枢が沈黙してしまい、左の方向定位連合野への正常な感覚のインプットを妨げられた時、私に何が起きたのかを、神経学的に説明することができます」
「過去、現在、未来に分かれるはずの時系列の体験は、順序よく並ばずに、全部が孤立してしまっています。(中略)左脳は、右脳によってつくられた内容豊富で複雑な瞬間のそれぞれを取り上げて、時間的に連続したものにつなぎ合わせます。それから左脳は、この瞬間につくられた詳細と、一瞬前につくられた詳細を次々と比較し、きれいな直線上に並び換える作業を行います。こうやって、左脳が『時』の概念を明らかにしてくれ、瞬間は過去、現在、未来に分けられていくのです」(ジル)
倒れてから8年を経て彼女は「復活」、2008年にはタイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出されています。
「宇宙は人間を生み出すために進化した」という人間原理の考え方も注目です。
「宇宙・地球・生命などの誕生、進化といったことを知れば知るほど、現在、我々がここに存在することが奇跡のように思われてきます。現在の人類につながる糸はどこで切れてもおかしくない綱渡りのようなものでした。それはちょっと考えればすぐわかります」
「この宇宙は我々人間のために用意されていたかのように思われてきて、我々が存在できるように、世界の創造者が予めこまごまと調整し、整えたからではないかとの印象さえ受けます。この宇宙が偶然にしては余りにも精巧に、しかも人間にとって極めて有利なように作られているので、やはり世界は超越的創造者『神』が創ったに違いないと考える人が多いのはうなずけることです。
ロバート・ディッケは、1961年、人間原理という考えを発表しました。これは、宇宙が人間に都合よくできているのは、もしそうでなければ人間が宇宙を観測できるはずがないからという考え方に基づくものですが、人類がここに存在し、宇宙の構造を解き明かすほどに知能を発達させることができたのは、決して偶然ではなく、宇宙が自分の姿を見るための鏡として、知的生命の誕生を必要としたためであるというのです」
「いわば宇宙は人間のような知的生命を生み出すためにあるのだというこの仮説は、何か余りにも人間に都合が良い話に思われますが、その後もっと強力に人類誕生の必然性を主張する議論が数人の学者から発表されました」(櫛田孝司)
「相対性理論は観測者の運動状態によって時間と空間が変化することを明らかにしたし、量子論は観測者の存在が世界の状態を決定づけるのだと明らかにした。つまり、人間という観測者を自然界と独立に考えることはできないのである。観測者である人間が、物理法則の成り立つ理由にもっと積極的に関与している可能性があるのかもしれない。つまり、宇宙の本質は見かけ上の姿とはかけ離れたところにあって、物理法則はその見かけ上の姿を人間が理解しようとする時に現れてくる2次的なものかもしれないということである。
こういうことが正しければ、微調整問題、つまり宇宙のパラメータが人間にとって都合よく選ばれていることも見かけ上の問題になる。さらには、そういうパラメータを含む物理法則そのものが成り立つことも見かけ上の問題になる。微調整問題を不思議に思うのは、見かけ上の世界の裏に隠されている宇宙の本質をまだ人間が見抜けていないだけなのかもしれない」(松原隆彦/高エネルギー加速器研究機構教授/「なぜか宇宙はちょうどいい」より)
科学書の翻訳家で知られる青木薫によれば、人間原理を支持する科学者は急増しているといいます。 「人間原理という言葉は、物理学者にとっては警戒警報が大音量で鳴り響くような、とてつもなく怪しい響きをもっている」と語っていた彼女自身も、人間原理に関する本の翻訳を通して、「人間原理、毛嫌い派」から「人間原理、要検討派」に転向したといいます。