「善悪は人それぞれ」「善も悪も考え方次第」という人もいます。
確かに、「違い」に目を向ければ善悪は正確には人によって変わります。たとえば、日本人とアメリカ人とでは善悪観は違いますし、同じ日本人でも、現代と100年前とでは善悪観は違います。もっと正確に言えば、隣の人の善悪観とも、1秒前の善悪観とも違います。善悪観は刻一刻と変化しています。
・共通点に目を向ける
しかし、こう主張する人は大抵「違い」に目を向けすぎなので共通点にもっと目を向けるべきです。
ヒトという種であることが大前提としてあり、その上での個性です。遺伝子レベルでは99.99%同じです。同じ種だから同じような生き方をする運命にあり、別の種とは根本的な違いがあります。どれほど個性的だといってもアリはアリ、魚は魚、犬は犬です。どれほど個性的だといっても、人間は人間です。根本的な善悪観は共通しており、それに比べれば「違い」は微々たるものです。
「ヒトは姿形・体質・性格など極めて多様ですが、実はゲノムのおよそ99.9%はみな同じものを持っています。ヒトは99.9%は同じゲノム配列を持っている上で0.1%だけ差異があるから多様だということが認識できるのであって、ミジンコやコアラ、ウーパールーパーなどゲノム配列が大きく異なる生物を入れて考えてしまうと、ヒト間の差異など微々たるもので多様であるとはいえません」(高橋祥子著「生命科学的思考」より)
「人間の文化は表面的には多様で、とても珍しい慣行や風習があるかのようにみえても、本質的には変わらない。他の文化と根本からして違うまったく異質な文化などというものは存在しない。人間の体はさまざまな個人差があっても、根本的な構造はみな同じで、目が3つあるなど、まったく違う体をもつ人などいないのと同じことだ」(アラン・S.ミラー/北海道大学教授/「進化心理学から考えるホモサピエンス 一万年変化しない価値観」より)
多くの共通点があるからこそ、医学や心理学、法学といった学問も可能になります。
心理学者のポール・ブルーム(イェール大学教授)によれば、「人は、生まれながらにして道徳感を備えている」といいます。
また、先に見た通り、人だけでなく他の生物にも善悪観に共通点があります。
それらは進化論で説明できるのかもしれません。
「ダーウィンの進化論は認めても、人間の抱く道徳律は、それとは別のものだと考える科学者は多い。でも、それでは生命の営みという全体から見た時、矛盾が生じてきてしまう。進化論と道徳律とは別というのでは、人間はでは一体どのようにして生まれてきたのか、進化論では説明がつかないものになってしまうであろう。生命の進化としてのこの宇宙の営みは、宇宙の誕生から、人間の誕生まで、そこには一貫した生命の営みが貫かれているのが自然であるから、人間の抱く道徳律に関しても、生命進化の必然性が秘められているはずである。統合力の進化は、人間の抱く道徳律が、共通感覚の誕生によってもたらされたものであることをはっきりと示している」(望月清文/城西国際大学教授)
・激しい苦は万人共通
そして、何より重要なことは、激しい苦しみは万人共通であるということです。
たとえばトゲが刺さるぐらいの苦しみであれば、人によっては気の持ちようで苦にも楽にも変えられるでしょうが、段々と苦しみを増していき、たとえばナイフが刺さるぐらいになれば共通したリアクションになります。
ましてや死後の地獄です。苦しみ以外の何ものでもありません。