「証明されていない」という点も触れておきます。

このように言う人には、正しい懐疑論者と否定論者がおり、問題は否定論者です。

超心理に肯定的な人でも、「科学的に証明された」と思っている人はほとんどいないでしょう。

ですので、一見すると、この主張は正しいかのように思えますが、そうではありません。正しい懐疑論者は証拠に目を向けようと努めます。

「最初は、トリックやでっちあげを暴いてやろうと思って文献購読を始めたのだが、読めば読むほど厳密な研究の姿勢に感心して、同時に人の心の時空を越えた広がりを実証するのは、こんなにも難しいものかと驚きもした。気がついてみたら、ミイラ取りがミイラになってしまっていたのである」(中村雅彦/愛媛大学教授)

しかし、否定論者はそのような努力はせず、証明されていないことを間違っていることと同義にしてしまうのです。

これを数字で表すと、現代科学の基準を仮に100として、否定論者は0か100かで考えており、100になってない(証明されてない)=0だ(間違いだ)、という論法になってしまっているのです。言うまでもなく、100ではないことは0であることと同じではありません。

このように、一見すると正しい懐疑論者のフリをして、実態は否定論者になってしまっている人のことをエセ懐疑論者とかインチキ懐疑論者などと言って批判する人は少なくありません。

たとえば、懐疑主義団体CISCOP(サイコップ)の立ち上げメンバーであり、東ミシガン大学の社会学者マルセロ・トルッツィは次のように言います。

「私は経験的に、オカルトの99%が間違いであることを疑ってはいません。しかし、そこへ迫るためには、十分な資格がある人々による、証拠にもとづいた調査をしなくてはなりません。単なる徹底的な有罪宣言であってはならないのです」

「ラインたちは諸問題を、科学における、合理的な謎の領域として研究していました。懐疑主義は否定ではなく、疑いであるべきです。不可知論でなく否定論の立場をとる批評家は、実のところニセ懐疑論者です。本当の懐疑論者は不可知論なのです。彼らは主張が否定されたとは言いません。主張は証明されていないというのです」

その後、トルッツィはCISCOPの姿勢を批判し袂を分かっています。

彼だけではありません。

「この分野は数人のいかさま懐疑論者たちにより、不当な汚名を着せられ続けている。彼らはいかにも『自分たちは全うな懐疑論者である』という顔を、人々にしてみせる。だが、そんなものは鼻で笑われてしかるべき話なのだ」(マリオ・ボーリガード)

「私は親切だが疑り深い、骨の髄まで医師の典型というべき人間だった。その私が言うのであるから間違いないが、疑り深く見えている人々の大多数は実際のところ、本当の懐疑論者ではない。真に疑うのであれば、それを真剣に取り上げて吟味しなくてはならない」(エベン・アレグザンダー)

「『否定のための否定』という立場を貫かれる場合は、このような死後研究をいくら述べたところで、意味をなさないでしょう。ただ、各国のまじめな研究者たちの研究成果を、先入観を捨ててみていただければ、100パーセント否定することもできないという事実に気がつかれるのではないでしょうか」(加藤直哉)

ライト兄弟が飛行機を作った時、ジョンズ・ホプキンス大学のサイモン・ニューカム教授は「空気より重い物体が飛行するなど絶対に不可能」と言いました。隕石が降って来た時も電気が発見された時も、いつの時代も新しい発見がなされた時は似たようなリアクションをする人がいました。

超心理は科学の対象になっておらず、偽物で溢れ、自身に体験もないのですから、最初のリアクションとしては健全ですが、その後の態度が不健全なのです。

そういうエセ懐疑論者は、本書の内容で言えば「因果応報は証明されていない」と言うことでしょう。そして、「死後が必ず地獄であることは証明されていないから安心」と思うことでしょう。

求めるべきは100ではない証拠ではなく、0である決定的な証拠です。100ではないという批判を繰り返しても、「死後は必ず地獄」という命題を覆す決定的な証拠にはなりません。100になってない(証明されてない)という指摘が無駄ということではなく、その点だけに目を向け、肯定的な証拠に目を向けず、0である決定的な証拠を求めようともせず、安心してしまっているのが間違いです。

しかし、懐疑的というスタンスではいられず否定してしまう否定論者の証拠に目を向けない姿勢、証拠と見なせる範囲の狭さにはかなり驚きます。ディーン・ラディンは、有力な証拠が出ているのを知りながら無視される超心理の状況について、「スーパーマーケットで異星人が買い物をしているのを皆が見ているのに、誰も問題にしないのと同様の状況」と表現しました。

2019年3月、東京大学やカリフォルニア工科大学などの共同研究チームが、人間には地磁気を大まかに感じ取る能力があるとする研究成果を米国の専門誌に発表しました。

人間の感覚は視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感だけで、磁気を感じる力はないとされていましたが今回発見され、チームの眞溪歩(またに・あゆむ)東大准教授は「人間に未知の第六感があることが確認された」と語っています、

このように、人間にはまだまだ未知の能力があることもわかっているのですから否定はないでしょう。

「見えないゴリラ」と呼ばれる有名な実験があります。

研究者たちは、あらかじめ録画しておいたバスケットボールの屋内試合の映像を流し、チームの中でボールがパスされた回数を数えるよう被験者たちに指示しました。

すると作業に集中するあまり、ゴリラのぬいぐるみを着た人間がコートを横切ったことに気づかなかった人がかなりいたというものです。

この類の実験は多いですが、ちょうどこのようなものといえるでしょう。 「1つのことに注意を払っていると他が見えなくなってしまう、そんな人間の傾向をこの実験は見事に示しています。『心は脳が生み出している』、『人間は死んだら無になる』、そう考える多くの科学者たちは、パスを数えるのに夢中になって、ゴリラを見落としてしまった、この実験の協力者達のように思えます」(大門正幸)。

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