その原因を簡単にまとめれば次のようになるでしょう。
「その原因はもはや、実験の不備でも分析の未熟さでもない。受け入れる側の思想や信条の問題なのだ。その成果は科学的方法を踏襲して得られているにもかかわらず、『非科学的だ』などのいわれのない批判にあい、本流科学分野から黙殺されている。超心理学の境遇を事例として、客観的な営みであるはずの科学でさえも人々の集合的な信念に左右されているという、衝撃的な事実を一般の人々に伝えたい」(石川幹人)
もっと詳しく言えば、カール・ベッカーも主張するように、主に次の3つの理由が考えられるでしょう。
1つは迷信やオカルトと混同しているという理由です。
報告される事例のほとんどが偽物なので、それは無理もないことかもしれません。
たとえば、SPRの幹部であるバリー・コルビン博士は、「心霊現象に悩まされているという連絡は年間100件程度。そのうち調査する必要があると感じられるものは、1~2%。さらに、実際に現場を訪ねてみて、本物の心霊現象だと感じられるような事件は、ほぼ皆無。(本物の心霊現象は)干し草の中から針を見つけるようなものだ」と言います。
福来は戦後になっても批判され続けました。
寺沢龍は、この理由として「物理学者、中谷宇吉郎(北海道大学教授)の存在がある」と指摘します。
中谷は藤原咲平の後輩であり、世界で初めて人工雪の製作に成功し、雪博士として知られている人物ですが、彼は漫談家の徳川夢声との対談で「千里眼は詐術」と言い切っています。(週刊朝日 昭和26年8月12日号)
たとえば夢声が「日本じゃ福来友吉という博士が千里眼を支持したために、こんな詐術にまどわされるようでは学者の資格がないというので、大学を追われたことがありましたね」と言ったことに対し、中谷は次のように言っています。
「あの千里眼の時は、藤原咲平先生が現地へいきましてね、あれは詐術であるということを発見してきたんです。科学と矛盾することはいけないんですが、ことに詐術じゃ困りますからね。詐術であることを見分けるだけの科学的知識はもっていなきゃいけない」
そして、アメリカで心霊学の研究が盛んであることについても中谷は「このごろ、とくにひどいですね。心霊学の研究なんてものを、大学の心理学の教室でやっていますよ」と言っています。
藤原は詐術を発見したとは言っていませんし、そもそも実験は行われなかったにもかからず、2人はこのような話を影響力のあるメディアで語っているのです。
また、福来と一緒に何度も実験を行い、透視や念写を肯定している井上哲次郎(東京大学教授)は藤原に、「私は何回も、透視や念写の厳密なる実験を重ねているが、透視や念写は確かに事実である。君はなぜ、千里眼事件録を書いて、念写は手品であると言ったのか」と詰問したところ、藤原は井上の家をわざわざ訪ね、「実験録において、むしろ手品であったかの如く言ってはいるが、実験録は迷信を撲滅する1つの政策であり、本当に透視の不能を証明したものではない」と言っています。
この夢声と中谷の対談を、中沢信午は次のように批判します。
「夢声も中谷も、自分自身では研究もせず、実情も調査せずに、単に面白おかしく話を進めているにすぎない。夢声は、本来が漫談家だから仕方ないとしても、自然科学者である中谷の、この発言は科学者にあるまじき言葉であろう」
中谷は、たとえば著書「科学の方法」の中で、「現在われわれが科学と呼んでいるものでは、取り扱えない、あるいは取り扱うことが非常に困難な問題は、いくらでもある」とか、「今日ほど科学が進歩しても、まだまだわれわれの知らないことが、この自然界には、たくさん隠されているということは、常に頭に入れておいてよいことである」と言っています。
このように現代科学の欠点を知っていたはずなのに(科学の欠点を知らない科学者はまずいないでしょうが)、実際に「取り扱うことが非常に困難な問題」に直面すると否定してしまう典型例といえるでしょう。
同様の例をもう1つあげます。
評論家の立花隆は「山川健次郎と超能力者・千里眼事件」と題する記事を書いていますが、この論述は、小見出しの1つが「東大物理学教室、透視術を暴く」となっているように、千里眼が詐術であるかのような論調になっています。
事実と違う箇所が散見されますが、一例を挙げます。
「何者かが準備室をのぞき見し、それを郁子に伝えているのに違いなかった」
「透視においても、郁子に本当の能力がないのは明らかだった」
「山川はあからさまにその疑念を暴露するのも酷と思ったのか、長尾判事を自分の泊まる旅館に呼んで、しばらく語り合うと、長尾はもうこのような実験は2度とやらないと言ったので、以後すべての実験を中止することになった」
「後年、山川は、郁子のことを聞かれて『あれは透視でも何でもない。一種の術をやっていたにすぎない』と語った」
千里眼実験が始まった当初から、山川の権威を利用して、山川が千里眼を否定したとか詐術を見破ったとかさかんに吹聴されましたが、山川自身は生涯を通じて否定したことも肯定したこともありません。たとえば、山川は、東京時事新報に次のように発表しています。
「某紙の伝うる如く、『政策上千里眼を撲滅』しようとか、『千里眼嫌い』などと書かれているのは大いに自分の位置が誤解されている結果である。千里眼に対する自分の位置と態度とを弁明して置きたいと思う。他余の人は知らず、自分としては透視は絶対に不可能であるとは言えない」
また、心理学者の小熊虎之助は、発表した論述の中で「山川が長尾郁子の念写の実験でその詐術を見破り千里眼を否定した」という記述をしていたことがありました。
それを見た福来が不審に思い、山川にその事実を問い合わせたところ、山川から次のような返答がありました。
「念写を拙生(私)は丸亀における会合の結果として否定も肯定も仕らず、かつ長尾夫人ともその前後会見仕らず、いずれへの決定も仕らず候。右の次第につき論文において否定せしことこれ無く候。講演においても同前に御座候」(福来心理学研究所報告 第3巻所収)
これは山川が死ぬ4年前に福来に送られたもので、この一件は小熊が誤っていたことを認め、福来に謝罪しています。
引用箇所を見ると立花は「男爵 山川先生伝」という本を参考にしているようですが、この本は山川の功績を称えるために書かれたものであり、発行者はあの中村清二となっています。
「その記述には必ずしも事実の認識が正しいとは思えない箇所が多い。(中略)『知の巨人』も中村清二の術中に嵌まったかという思いは遺る」(寺沢)
しかし、今や本物の超心理現象の存在を示唆する証拠が出ています。
BBC(英国放送協会)の元記者、ジェフリー・アイバーソンは「超常現象をばかばかしい迷信だとして一笑に付している科学者は、まず間違いなくガンツフェルト実験を知らない」と言っていますが、ガンツフェルト実験に限らず、単純に実験内容を知らないためにオカルトと混同してしまっているということです。
「私はそれまで、自分は心理学の分野について、十分に勉強していると思い込んでいたが、自分の知識がごく限られたものにすぎなかったことがわかってきた。この分野の研究や文献資料が図書館にはこんなにたくさんあるのに、ほとんどの人はそれを知らないのだ。こうした研究の多くは、高名な医師や科学者によって行われ、証明され、再確認の作業が行われていた。彼らがみな、間違えたり、だまされたりしているのだろうか?どの証拠も、圧倒的に輪廻転生の存在を支持するものだった」(ブライアン・ワイス)
また、感情的な反発という理由もあります。
たとえば、物理学者のヘルマン・フォン・ヘルムホルツは、「たとえ英国王立協会員のすべてが超心理現象を認める宣誓供述書に署名し、自分自身が実際に体で超心理現象を体験したとしても、私は現象を信じない」と断言しています。
このような狂信的なまでに頑なに否定する態度は非科学的な態度です。
「ヘルムホルツのこのような断言は、哲学的には価値を持たないばかりか、非常に非科学的な発言といえる。しかし、逆に言えば、多くの科学者が自らの偏見に無意識だったり、認めなかった中で、ヘルムホルツは自身の偏見を明らかに認識していたことになる」
「ファラデー、ティンダール、ハックスレイなどの著名な科学者たちは、超常現象についての報告や実証でさえ否定した。そして、これらの科学者たちは、超常現象を研究しようとするライバルを中傷したり、研究の業績を歪曲するなどして、心理的な妨害を行ったことが知られている」(カール・ベッカー)
「そうした懐疑論者たちはまるで、唯物論の教義を守ろうと必死にしがみつく、熱狂的原理主義者であるかのようだ」(ルパート・シェルドレイク/ケンブリッジ大学フェロー)
「他の学術研究者たちが声を荒げるのは、純粋に、彼らの現実が脅かされるという危機感からでしかない。そうした反論には恐れや嫌悪が見えるばかりで、科学的根拠が示されることはない」(ジム・シュナーベル/科学ライター)
「超心理学研究所の研究が確かなものであることを私に信じさせたのは、超心理学を批判する人々自身であった。私は何十年にもわたる議論を追い、彼らの異議申し立てに対する研究所の答えを読んだあとで、批判者側の身の処し方を見ると、結局反対は間違いであったと潔く敗北を認めて異議をひっこめているか、うまいことうやむやに処理されているかであることを発見した。そうでない時は、彼らは自分たちの異議に満足のいく答えを与えたことでラインに勝ち点を与えることをよしとせず、負けも認めず、議論も続けず、自分の分野にひきこもって沈黙を守っているのである」
「ラインの周辺を調査しているあいだ、私はこの種の偏見に何度も何度も遭遇することになった。もしラインが正しいことを証明されたとして、この科学者たちは何か失うものがあったのだろうか?彼らがよりどころとしていた『科学的方法』は、よりよいデータが示されたならば、どのように守りが堅くても、その教義を放棄するように求めていたはずではないか。
科学者たちは、歴史を通じて考えもつかない発見をし、理屈にあわない、そして時には致命的な抵抗に直面してきたのだから、我々は科学者とはもっと素直な人々だと思いがちである。
しかし、19世紀の自然科学者たちは、当初ダーウィンの進化論に反対した。当時の物質世界の考え方にあわなかったからである。ダーウィンの発見と折り合うためには、それまでの定説を葬り去る必要があった。新発見は知的な損害をもたらすというよりも、感情を傷つけるのだ」(ステイシー・ホーン/「超常現象を科学にした男―J.B.ラインの挑戦」著者)
このような感情的な反発は現代の日本でもまだあります。
大門正幸は、ある著名な心理学者と超心理の話をし出した時の体験を語っています。
その普段温和な学者が、キッっと睨みつけ、顔をこわばらせ、吐き捨てるように、「私、超心理学なんて信じませんから!」と言ったといいます。
「この言葉には心底驚きました。普段、緻密で科学的な研究を進めていらっしゃる方の口から出た言葉とはとても思えなかったからです。『学者としてありえない対応ではないだろうか』と驚いてしまったのです。しかも、その時、その方が筆者に向けた恐怖と敵意と怒りが交ざったような視線は今も忘れることができません」
「この時ようやく、科学者の中には科学的に考えない人がたくさんいるのかもしれないということを真剣に考え、憂えるようになりました」
「科学者が健全な懐疑精神をもつのは何より大切なことです。しかし、懐疑論者を名乗りながら実は狂信的ともいえる『科学教』の信奉者も少なくないようです」(大門)
超心理に関心がある人で、このようなリアクションをされてショックを受けた経験がある人は多いでしょう。
私自身は物理学科の学生時代に初めて受けました。それと同時に、ステイシーも言っているように、超心理研究への信憑性が高まったことも覚えています。
そうした態度を反省する人も中にはいます。
ジョゼフ・ラインの大学の同僚だったドン・アダムスは、ラインに「控え目にしたほうがいい」と進言していた多くの人の1人でしたが、後に次のように本心では感情的に反発し、ラインの失敗を願っていたことを反省しています。
「私は真実を求めていたのではなく、彼の結論が間違っていることを求めていたのだ。自分の価値観の根底をなす信念がゆっくり、しかし容赦なくむしばまれていくという経験をしたことがあるだろうか?私は進化論に追い詰められた天地創造説を信じるキリスト教原理主義者にさほど同情したことはない。しかし、様々な意味で彼らとよく似た状況に直面し、自分が同じくらい不当な行動をとったことを考えると、彼らの行動はそう奇妙なものだとは思えなくなってくる」
エベン・アレグザンダーは次のように、体験前は自分も同じような見方をしていたことを反省しています。
「要するにみんなは私がなんとかして伝えようとしている話を、受け止めることができずにいたのだった。しかし、私にそれを責めることができるだろうか。私自身も以前であれば、受け入れられなかったに違いないのである」
「臨死体験をめぐる『科学的』な解釈を読み進めるにしたがい、それらの見え透いた弱点に対してショックを受けた。しかし同時に、以前の自分が臨死体験について何かを語るとすれば、間違いなくそうした点を指摘していたであろうことも、悔しい思いで認めざるを得なかった。医師という職業にかかわりのない人々には、そうした問題点がわかるはずがないのだ」
「懐疑的な多くの科学者と同様に、私はこうした現象にかかわるデータにあたろうとすらしてこなかった。そんなことが起こり得るとは考えられないと頭から思い込み、データにもその提供者にも先入観を持っていたからだった。確かな証拠が豊富にそろっているにもかかわらず、拡張意識または超意識現象には裏づけがないと主張する人々は、かたくなに目を塞ぎ続けているだけなのだ。事実など確認する必要はない、本当のことはわかっていると考えているのである」
また、体験の力は強いため、体験者の中には現代科学を信奉している自分との間のギャップに悩むということもあり得るでしょう。
これもNHKで紹介された事例ですが、大阪大学の研究員だった佐藤数行さんは、自身の臨死体験を最初は否定したといいます。
「ある意味自分のやってきたことの無力さ、科学の無力さとでも言うんですかね。でも、何か超常的なことがあって・・・。無力さというのが一番つらかったですね。説明できない無力さ」(佐藤さん)
さらに社会的な圧力という理由もあります。
たとえば、超心理に肯定的な人でも、否定的な人からの嘲笑を恐れ、信じていることを隠してしまうということがあります。
要するに、いじめと同じで、いじめられることを恐れて声をあげなくなるのです。
「日本では、超心理問題に関心ある科学者は、隠れキリシタンのように、その関心をひそかに内蔵していなければならない感がある。幸いにも今日では言論の自由が保証されているから、超心理が政治的弾圧を受けることはない。それでも『あの人は超心理を信じているらしい・・・』などと、ひそひそと噂に上るのは確かである。今日、クルックスの伝記などには、簡単に『一時、心霊現象の研究に熱中した』などと、いかにもそれが彼の汚点であったかのように記されているのは、超心理がまだ一般に異端視されていることを示す重大な意味を含んでいる」(中沢信午)
この点は、特に日本人の国民性とも言うべき心理が悪い方向に働いているのではないでしょうか。
「沈没船ジョーク」なるものがあります。
世界各国の人たちを乗せた船が沈没しかけており、彼らを海に飛び込ませるために船長は次のように言って説得したといいます。
アメリカ人に:「飛び込めばヒーローになれます」
イギリス人に:「飛び込めば紳士になれます」
ドイツ人に:「飛び込むのはルールです」
イタリア人に:「海で美女が泳いでいます」
フランス人に:「飛び込まないでください」
ロシア人に:「海にウォッカのビンが流れています」
中国人に:「おいしい食材(魚)が泳いでいます」
韓国人に:「日本人は飛び込んでいます」
日本人に:「皆さん飛び込んでいます」
これは世界的に有名なジョークのようですので、やはり日本人は人の目を気にしやすく社会的な圧力を受けやすい国民性なのでしょう。
どれほど偉大な科学者とされる人でも、この分野に手を出せば軽蔑されたようです。
たとえば、発明王と称されるトーマス・エジソンは「死後の個性には、記憶、知性、現世で獲得した能力や英知も残ると考えるのが論理的でしょう。そして、死後の個性は、後世の人々と交信したいと考える」などと語り、死者と交信する機械のアイデアを発表していますが、その際にそのような扱いを受けたといいます。
嘲笑ぐらいなんだと思うかもしれませんが、人一倍名誉を求める科学者にとって、嘲笑は人一倍怖いものです。
たとえばダーウィンは世論の嘲笑を恐れ、「種の起源」の出版を20年ほど延期しています。
嘲笑よりもっと酷いのは抑圧行動です。
先に説明したように、福来は大学を追放されました。
能力者の高橋貞子に対しては、ある日「今後生命に注意せよ」という脅迫があり、実際に、その数日後に江戸川付近で刃物を振りかざした書生風の男に襲われました。
戦時中には、神国日本の国家目的に反するとして何人もの超能力者が獄舎に幽閉されました。
また、現代ではテレパシーや千里眼を信じる人間は精神障害者にされてしまう可能性もあります。
たとえば、DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル第5版)の「統合失調型パーソナリティ障害」の診断基準は次のようになっています。
「親密な関係では急に気楽でいられなくなること、そうした関係を形成する能力が足りないこと、および認知的または知覚的歪曲と風変わりな行動で特徴づけられる、社会的および対人関係的な欠陥の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される」
9項目あげられていますが、その第2項は次のように書かれています。
(2)行動に影響し、下位文化的規範に合わない奇異な信念、または魔術的思考(例:迷信深いこと、千里眼、テレパシー、または「第六感」を信じること;子どもおよび青年では、奇異な空想または思い込み)
そして、診断的特徴として次のように書かれています。
「これらの人々は迷信深く、彼らの下位文化の規範から外れ、正常とは外れた現象にとらわれていることがある。彼らは出来事が起こる前にそれを感じたり他人の考えを読み取ったりするような、特別な力をもっていると感じているかもしれない」
実際、超心理を信じたことで精神障害のレッテルを貼られた人は多くいます。
精神科医のレイモンド・ムーディーは臨死体験を研究したために、精神を病んだと思った父親に精神病院に入院させられ、そこの医師から躁鬱病と診断されています。
「自宅にひきこもり、厭世観に襲われ、世の中との交流を断ったこともある。もっとひどくなることもあった。何年にもわたり私は、こうした自分の状態を公にしないよう、なるべく語らないように努めてきた。それは自分の評判に傷がつくのではないかとおそれたからだった」(レイモンド)
ちなみに、この父親は自身が臨死体験をして信じるようになったといいます。
以上、社会的な圧力について説明しました。
ただ、グローバル化の良い面がでているのか、この点は日本でも少しは変わりつつあるのかもしれません。
東京大学医学部教授である矢作直樹は「学内バッシングなどはとくにありませんでした」と言い、明治大学で超心理研究をしている石川幹人も「大学で超心理学を研究することに対して、福来が東京帝国大学で経験したような批判を、私も学内で受けるだろうかと危惧したが、総じて好意的に受け止められた」と述べています。
「理工学部の長老先生からは『我々が行うべき仕事をやってくれた』と激励の言葉をいただき、心霊研究に傾倒している文学部の先生からは『超心理学は進展が遅い』とお叱りの言葉まで頂戴した」(石川)
また、2014年には「NHKスペシャル 超常現象 科学者たちの挑戦」が放送され、はっきりと超常現象があるとは言っていませんが、概ね肯定的にとらえているように思います。
そして2019年には「生まれ変わり」が政策提言に登場しています。
人間は権威に弱いため、上が変われば下も変わっていくのではないでしょうか。
以上、超心理の発展を阻害する主な理由を3つあげましたが、まとめますと、感情的な反発や、迷信・オカルトとの混同といった理由から超心理を信じられず、たとえ肯定的であっても、社会的な圧力を感じて沈黙したり信念を変えてしまうということです。このあたりの批判は、今日ではすでに出し尽くされているといっていいくらいなされていると思われます。
ちなみに、超心理の問題に限らず人間は真実を追究しても誤りやすいですが、その理由は大体この3つで説明できます。3つの力が働いて真実をはねつけてしまうのです。次巻以降でも人間がいかに迷いやすい生物であるか、様々な角度から説明していきます。