以上、超心理研究をいくつか紹介しましたが、どうも次のような結論が示唆されるのではないでしょうか。
「このような研究にもとづき、脳が働いていない間に意識が残り得る、という事実を疑う余地はほとんどなくなってきている」(カール・ベッカー)
「意識は脳の部分ではなく、脳によって生み出されるものではない。意識自体は脳や身体との関連を超えて、深い次元に存在している」(アーヴィン・ラズロ)
「意識や精神は、脳活動の副産物ではないことはますます明らかになってきている。肉体の死後も、精神活動は続いてゆくのである」(マリオ・ボーリガード)
「証拠が欠けているにもかかわらず、物質主義者や懐疑主義者は、将来科学が証拠を見つけ出し、そのギャップを埋めてくれると信じている。その一方で、脳の外に意識が存在する証拠は豊富にある。意識は、脳内に閉じ込められたかのように振る舞ってはいない」(ドーソン・チャーチ)
「脳と心の関係は、楽器と演奏家の関係と同じようなものだと考えることができます。脳が楽器に、心が演奏家に相当します。楽器の調子が演奏の出来を左右します。同じように、脳の調子が言動を左右します。しかし、楽器の背後に演奏者がいるように、脳の背後には心があるのです。心(意識)は脳が生み出している、あるいは、そこまでいかなくても、心は脳に全面的に依存している、多くの学者はそう考えているようです。しかし、この考えは根本的に間違っている、そう考えるのに十分な証拠が揃っているように筆者には思われます」(大門正幸)
「この20,30年の間、生まれ変わり、霊姿、憑依、体脱体験、死者からの通信といったものに関する証言が、科学的方法を用いて検討されるようになった。こうした研究の成果は、哲学者の立場から見て印象的なものであり、死後にも何らかのかたちで存在を続けるとする考え方を裏づける、強力な証拠となっている。死後の生命という考え方は、最強の懐疑論の猛襲にも耐えられる、というのが私の結論である。死後には何も残らないと考えるよりは、何らかのかたちの生命が存在すると考えるほうが、理にかなっているのである」(ロバート・アルメダー/ジョージア大学教授)