福来は心霊写真を撮影するためには、次の条件が必要だと言います。

「心霊写真の撮影には、写真機のほかに、霊媒というものがなくてはならぬ。霊媒とは霊の媒介者ということで、幽霊はこの者の仲立ちによって乾板の上に現れると解釈されている。そして、写真師自身が霊媒であることがある。その時には、何人でもその写真師に写真を撮ってもらえば、乾板に霊の姿が現れるのである。また、被撮影者が霊媒であることがある。その時には、その人が何人に写真を撮ってもらっても霊が現れるのである。また、第三者が霊媒である場合には、その人が撮影場にいると、霊が現れるのである。要するに、霊は自分自ら直接乾板に現れないで、必ず霊媒の仲立ちを通じて現れるものとなされている」

・マムラー

まず、「心霊写真師の元祖」として米国ボストン市のマムラーを紹介しています。

マムラーは、心霊現象の研究者でも写真師でもありませんでしたが、自分で自分の姿を撮影したところ従兄弟の姿が写っていたという人で、このことが世間に伝わるや心霊現象の撮影を注文する人が続々とやってきました。

多くの心霊写真を撮影しましたが、その中でも有名なのがリンカーン大統領の心霊写真です。ある日、リンカーン未亡人がヴェールで面を隠し、チンダル夫人という仮名でマムラーを訪問し写真を撮ってもらったところ、彼女の肖像の後ろには、その肩に片手をあてて立っているリンカーンの姿が現れていたのです。

心霊写真は人工的に撮影されたものであるという理由で、マムラーは反対者に裁判に訴えられてしまいますが、多数の証人が続出して彼を弁護したため、結局不起訴となって事件が落着しました。福来は「このことが心霊問題に対する世人の信用を喚起するのに大変有力なものであった」と言います。

・ホープ

マムラーの後、大小多数の霊媒が続出し、世の非難攻撃と戦いつつ心霊写真の実験を続けていきます。

その中において、福来は「現代の英国において、最も信用すべき霊媒として心霊研究者から公認されているもの」としてウィリアム・ホープを挙げています。ホープは20歳ぐらいから心霊能力を世に認められるようになった人ですが、福来はホープを次のように評価します。

「初めて霊媒として名乗り出てから、もう40年を超えているわけであるが、その間に厳重なる監視のもとに、あらゆる学者紳士の心霊写真を撮影して、いまだかつて一度たりとも怪しまれるような欠点を見せたことがないのである」

ホープを研究した人の中に、英国王立協会会長のサー・ウィリアム・クルックスがいました。クルックスは化学の大家として世界的に有名で、新金属元素タリウムの発見や、陰極線の研究で知られます。

クルックスはサイキック・ガゼットという雑誌上に、その実験結果を発表して、ホープの霊媒能力を次のように証言しています。

「私はクルー市に赴き、私の写真を撮ってもらった。私の姿は大変よく写り、そして同じ乾板の上に、私の亡き妻の姿が、私のすぐ側に現れていた。撮影の時、私の側に何人の姿も見えなかった。ロンドンから同行した婦人の眼にも、何物も見えなかった。写真に現れた姿は私の妻を知れる限りの者は、家族親類以外の人々までも、彼女の姿に相違ないと証言したのである」

クルックスの発表を受け、ホープの霊媒として真価も認められたのです。

福来自身もホープについて2回実験をしています。

ロンドンで手札型の乾板を買い、友人の山本憲一と一緒にクルーにいき、ホープを訪問しました。ホープとホープの助手であるバックストン夫人、山本、福来の4人で実験を行い、その流れを説明しています。

「私は乾板をもって、ホープ、山本の両氏と一緒に暗室に入った。私は乾板の封を切り、その中から2枚を抜き出し、これに署名し、スライドに入れた。残りの4枚は包装紙に包みてポケットの内に保管して置いた。

それから、われら3人は暗室を出て写真撮影場に出た。ホープ氏は写真機を一定の位置に据えてから、それを調べることを私に求めた。私はまず、レンズを取り外して調べてみた。次にカメラを調べてみた。もちろん、微塵も怪しむべき点がなかった。

それから、私はスライドをカメラに嵌め、そして椅子に腰かけて写真を撮る用意をした。ホープ氏は左手をバックストン夫人に触れ、右手でレンズの蓋を取り、その手を額にあてて精神統一を行った。山本氏はホープ氏の傍に立って、注意深くその挙動を見守っていた。それがおよそ5,6秒も経ったと思う時、ホープ氏はレンズに蓋を被せて、実験の済んだことを告げた。私はスライドを裏返しにしてカメラに嵌め、今一枚の乾板につき、右と同一の手続きによって実験を行った。これで、スライドに入れた2枚の乾板の実験が済んだわけである。

そこで私は、ホープ、山本の両氏と一緒に暗室に入り、スライドから乾板を取り外してポケットの内に保管し、別のポケットから乾板の包みを出し、その中から2枚を抜き取り、これに署名してスライドに入れた。それから私は写真撮影場に出て、前述の手続きを反復して実験を行ったのである」(福来)

このようにして、計4枚の乾板について心霊写真の実験が行われました。

福来がホープ、山本と一緒に暗室に入り、写真を現像してみると、最初の2枚には福来の姿が写されただけで、その他には何も現れていませんでした。

しかし、後に実験した2枚を現像してみると、2枚共、福来の頭の上に西洋夫人の顔が現れていました。

「2枚共に同一の婦人の顔であるが、一枚のほうには左向きに現れ、他の一枚には仰向きになっている。そしてさらによく調べてみると、私の左の肩の辺りにも若き女子の顔が現れている。これは正面に向かっている。また、私の頭の上方には崩れた煙のようなものがある。これは私の頭の上にある夫人の顔が回転運動した結果だと思われる。このようなことは心霊写真にはよくあることである」(福来)

2回目の実験も同様の手続きで、2枚の乾板で行われました。

現像してみると、一枚は無結果でしたが、もう一枚には横向きの男の顔が現れていました(下図)。

この男の顔の上には左文字で、「Je connais ce,monsieur」とフランス語の文章が写っています。これは「私はそれを知っている。君よ」という意味です。 

これらの実験は福来を満足させるものでした。

「以上の実験によって、私は長らく西洋の書物で読んだことのある心霊写真というものを目の当たり見ることができて、本当に満足であった。同時に、目の当たり実験してみれば、何らの怪しむべき点もないこの心霊写真を、既成科学の理論で説明できぬからとの理由で、詐術だの、ごまかしだのと臆断している学者連の思想の浅薄さと了見の狭さとを冷笑せずにおられなかった」(福来)