「御船千鶴子嬢は私の研究した第一番目の透視能力者であると同時に、心霊研究界に最も豊富にして確実なる実験を遺した人である」

「実に千鶴子嬢こそは、神通能力の実在を吾人にはじめて示してくれた学術上の最大恩人である」

超能力者・御船千鶴子について、福来はこのように称えます。

千鶴子は、義兄の催眠術によって「透視ができる」と暗示を受けて透視能力をもった人で、たとえば次のようなエピソードがあります。

日露戦争の時のことです。

貨客船常陸丸が遭難し、この船に第6師団の兵士が乗っているかどうかを千鶴子に聞いたところ、「同師団の兵士はいったん長崎を出発したが、途中に故障があって長崎に引き返し、同船には乗っていない」と答え、その3日後にこれが事実であったことが確かめられたといいます。

また、千鶴子は海の中に金の指輪を落としたことがあり、その指輪の場所を透視して見つけたという話もあります。

見つけた時に、指輪のほとんどは砂の中に隠れており、その上には貝殻が被さっていました。この時、目的物である指輪全体だけが明白に見えて、砂や貝殻など他のものは現れなかったといいます。

他にも、紛失物を透視で見つけたり、人体内部を透視して病気の治療に使ったりと、千鶴子は様々な場面で透視能力を発揮していました。

千鶴子と福来の出会いは熊本にある中学校の校長からの紹介でした。校長は、催眠術研究の第一人者である福来なら、この不思議な能力を解明できると思って相談しに来たのでした。

千鶴子の存在を知った時、福来は特段驚きませんでした。以前にも、催眠中の被験者に似たようなことがあり、千鶴子もそれと同じ類のものか、それより程度が進歩したものと思っていたからです。

たとえば、被験者が机上に置かれている閉じられた本の何ページに何が書かれているかを読み取ったり、全体の大要を述べるといった具合です。その本は特殊な専門書で、催眠中の者が以前にそれを見たはずもなく、見ても理解することができないようなものでした。

まずは通信による予備実験を行ったところ良好な結果が出ました。十分研究する価値があると思った福来は、千鶴子がいる熊本まで出向きます。しかし、この時までは、福来は透視だとは確信しておらず、視覚が鋭敏になったことよるものだという疑念がありました。

・透視の確信

実験内容はシンプルです。

多数の名刺の中から無作為に1枚を抜き取って錫製の箱に入れ、さらにこれを木製の箱に入れて蓋を密封した上で名刺の名前を透視させるといったものです。

何度も実験を行い、そのほとんどが的中したため、福来は「その結果は非常に優良で、透視能力の疑うべからざることを証明するに足るのであった」と透視の存在を確信します。

福来と一緒に千鶴子の研究をしていた、京都帝国大学医科大学(現在の京都大学医学部)教授の今村新吉も、「千鶴子の透視行為のうちには詐欺的、詭計的なものは何ら認むべきものはなく、透視後の実験物に何の疑惑を生ずる痕跡もなかった」と見ています。

また、公開実験に参加した精神病学研究の第一人者である呉秀三(東京帝国大学医科大学教授)も次のように言います。

「実験は、どの方面から見ても疑う余地はない。日本にも西洋にも従来これに類したことはずいぶんあった。学者の研究を企てた者もあるが、調べてみると詐欺的だったり贋物だったり、あるいは逃げてしまったり、立派に研究されたものはほとんどない。今度の如く学者が多勢集まって実験し、透覚の事実を確かめ得たのは珍しいのである」

しかし、透視を確信するに至ったものの、福来には学術研究の立場から千鶴子に対して2つ不満がありました。1つは、透視の際、実験物に手を触れていたことで、もう1つは、顔を見られると精神統一ができないという理由から人に背を向けていたことです。これでは正面から千鶴子の手元を見ることができず、学者たちは詐術をするためだと疑って攻撃したのでした。

学術的研究の要求に適合させるために、こういった「癖」を直す必要がありますが、そうすると今度は能力が発揮できなくなります。福来は能力者の教育にかなり苦労しています。