「毎食、毎食、メシを作るのが面倒くさすぎる」
と感じるようになってきた。
コロナで外食へ逃げられないことへのストレス。
これが、「誰かのために作る料理」だったら、やりがいもあるのだが
自分のために作る食事は「餌」である。
確か、子供のころ(1980年代)、図鑑の「21世紀の世界」のページでは、
「空を飛ぶ自動車や、街じゅうを縦横無尽に移動できるエレベーター」
「どんな気候にも適応し、また、洗濯の必要のないスーツ」
などとともに
「一粒、飲み込むだけで、一日分の栄養を摂取できるカプセル」
が紹介されていたと思うのだが、どれも実現していない。
90年代にアメリカの科学技術開発の方向性がハードからソフトに向かったのが原因だと思う。
情報革命とバーチャル空間の出現で、逆説的に、「21世紀に失われるはずだった文化」は、力強く生き続けている。
(いろんな場面での「民主主義」が実現されていることが前提だが)
燃費の悪い車のモーター音を「腹に響くねえ」と喜ぶ人たちもいるし、
ファストファッションの着こなし術は、時間とともにブランド品を身につけるよりオシャレだと認知されるようになってきているし
コロナでこれだけ苦境でも、脱サラして蕎麦屋でも始めよう、と考える中年男性は少なくない。
情報革命によって、人々の経済的格差、人権問題が明白になったことも事実だが、これはコースの定理が働きだしていることと捉える。
このまま所有権が明白になり、取引費用が限りなくゼロに近づき、人々が完全情報を得ることが可能になるなら、交渉によって、理論上ではパレート最適となる。
しかし、このように難しい言葉を使うまでもなく、情報革命によって
「メシを作るのも食うのも面倒くさい俺」
の問題は解決していない。
情報革命によって、図鑑どおりの未来は来なかったが、「代替テクノロジー」は発展した。
例えばコロナ禍での「全国民総ひきこもり状態」は可能になった。
つまり、自動車が空を飛ばなくても、縦横無尽に駆け回るエレベータがなくとも、そもそも「移動」をしなくても良くなった。
「移動」しないのなら服は「部屋着」があれば十分だ。たまにあるリモート会議用の一着があればよい。
だが「食」は、デリバリーやテイクアウトは充実してきたものの、「これ一粒」の世界は医薬品以外には実現していない。
「開墾」から文化が始まったからか、「食文化」というものは死に絶えることはないのだ。
だから、飲食業は今、最大の苦境に耐えているが、手を変え品を変え、生き残っていくのだと思う。
そのバリエーションの一つとして、
「これ一粒で完全栄養食。腹も膨れる」
といった製品を開発してほしいなと思う。
かつて、夏バテがひどすぎて、カロリーメイトとミネラルウォーターだけで夏を乗り切った経験がある。
が、やはり免疫力が落ちたのか、秋にひいた風邪を翌年の春まで引きずった。我ながらアホだと思う。
こういうことが起こらない、栄養カプセルがあればな、と思う。
今年は9割の企業が忘年会や新年会を行わず、若いサラリーマンは喜んでいる一方で、年配の方ほど残念がっているという。
そこで、企業はこの年末、社員にこの栄養カプセルを配布したうえで、
「今年はいろいろありました。皆様お疲れ様でした。乾杯!」
という社長の音頭で、皆でカプセルを飲み、三本締めして、帰宅する。
そんな納会があってもいいんじゃないかと考えているところである。
このカプセルは「何が食べたい?」と聞かれても「何でもいいよ」としか答えられないダンナへのリベンジとしても効果的である。
宇宙食かなんかが究極的に発展して、開発販売されないかしら、こんなカプセル。
あ、お昼だ。またメシのこと考えなきゃ…。