ついったでも以前書いてたのですが、今回は私の夏のことを。
この前、夏はなんであんなに切ないのだろうって言葉つきで夏っぽい画像が回ってきたもので。
私の夏の思い出はいつもお父さんの田舎。
私含めた3兄妹と従姉妹と大きな掘りごたつ囲んで宿題して、ちょっと距離のある駄菓子屋さんへアイス買いにぶらぶら歩いて、皆で夜中にトランプして、日付が変わる頃に皆で雑魚寝。
車の通らない広い道路をグリコしながら歩いたり用水路で笹船競争もしたっけ。お墓参りに行く時も、親とか大人組が車に乗って私達は歩きで。皆で「車より早く到着するぞ!」って先に出発して途中で嫌に笑顔の大人組に追い越されてチクショー!って叫びながら車は知って追いかけたり。
伯父さんが持って来てくれた西瓜で西瓜割りして沢山遊んで。
田んぼの緑と夏の青空がすごくきれいで、夜になると星も綺麗で。
テレビもまともに電波が入らないような現代的なこととはあまりにかけ離れた場所だったけど、思い出はいっぱい詰まってる。
今じゃもう行くことができないけれどあそこが私にとってはすごく大事な場所だった。沢山写真撮っておけばよかった。そう思える場所。
でももう、あの青々とした夏の稲と入道雲、夏特有の青空のコントラストは見れない。
あの頃より私達が大人になった。あの家を守ってくれる人がいなくなった。あの田舎に人がいなくなった。沢山理由はあります。
その中でも大きな理由はレンズ越しでしか私が物事を見ることが出来なくなったということでしょうか。
あの田舎に行ってた頃は裸眼で、標高が高くないくせにいつか家族でスカイラインを通る途中で見たあふれんばかりの星と同等なくらい綺麗な星が見れていました。今となっては眼鏡をして、コンタクトをして、あんなに綺麗な空を何か越しでないとはっきり見ることが出来なくなって。
いつからかそれがすごく悔しくて、悲しくて。
あの風景から目をそらしていて。
あんなことになるならちゃんと目に焼き付けておくべきでした。
私の夏は、部活でどんなに努力したって、友人と遊んだって、家族や兄弟、親戚がどう思っていたってあそこが私の夏のすべてなのです。