現在では,いい会社に就職したいから,有名大学に進学するという人は余り見かけなくなりました。現在の多様な社会情勢を考えれば明らかなことです。
ところが,未だにそうした考えを有する者がいることもまた事実です。
「なぜ,大学進学にこだわるのか」「有名大学にこだわるのか」
この質問に納得する明確な答えができるのであれば,その道を進むことで夢の実現は可能だと思います。
しかし,「就職に有利だから」「有名大学を出て箔を付けたいから」などという答えであれば,もっと真剣に考える必要があります。
私が恩師として敬愛する元最高裁の判事を務められた遠藤光男先生は,戦争で家を焼かれ,学生時代は一間に大家族が寝食を共にする生活で大変なご苦労をされたと聴いています。家では学習できる環境になかったこともあって,アルバイトをしながら図書館通いをし,大学は主席で卒業されています。
苦労をばねにして,司法試験も現役で合格しておられますが,温和で情に厚い先生には,微塵の驕りもありませんでした。
私は,先生からどんな境遇にあっても,目的を持って取り組む限り,道は開けるということや,洞察力を養うことの大切さを学びました。
洞察力は,問題を解決する能力だと捉えています。すなわち,問題意識を持ち,物事を理解し,正しく判断して,結果を予測(推理=意思決定)する力だと考えます。正しい判断のもとに意思決定すれば,それは行動へと連動すると信じます。この一連の過程を私は洞察力と定義づけていますが,教育においては,これを身に付けることが何より重要だと考えます。
明確な意思のもとに,洞察する力を深化させ,自己の目指す学問に繋げて欲しいと願っています。
授業は受身ではなく,常に問題意識をもって「なぜ」を追究し,自ら主体的な学習によって思考すると本当の学力が身に付きます。この力によって,書物の間隙さえ読み取ることができます。洞察力を身に付けるということは,知識を満たすことではなく,深い思考を行うことであり,物事の善悪を見極め,人の立場や考えを理解し,優しさや思いやりを身に付けることでもあります。そのような洞察力を養うために,人間は常に学び続ける必要があると私は考えます。豊富な知識を得て,それを悪用しようとする者に,対抗する力にもなります。
明確な目標に向かって,自己を信じ取り組んでください。努力は,期待を裏切りません。健闘を祈ります。