先日、テレビで学校の整列で背の低い順が通例になっていることが、身体的差別であると自身の著書で訴えた松尾さんという方の紹介があった。

 

コメンテーターからは、自分の時は一番前でも特に差別と【感じなかった】や、日本が世界に誇る【整列】の礼儀正しさは、学校教育の賜物だ。

 

的な意見が散見された。

 

恐らく、私を含めほとんどの人は違和感を感じていたことはあっても差別とまでは思わなかったか、考えたことも無かった人が大半だと思う。

 

私も小学校の頃は背が低く、常に先頭か、良くて二番目だった。

ちなみに今は日本の男性平均身長より若干高い

 

自分は、と当てはめてしまうと、確かに別にどうでも良い部類の問題に思えるが、じゃあ、本当に身長にコンプレックスを感じている人がいないか?というと、絶対いない!なんてことは断言してもいいくらい無い。

 

身長が小さく、いつも一番前になっている子が、【チビ】と言われ、本人はニコニコしているが、家に帰ると親にもそのニックネームを言えないくらい悩んでる子もいるのではないか。

 

身長が大きく、私も小さくて可愛いと言われるような女の子になりたいと思ってる子が、常に一番後ろに並んで目立ち、恥ずかしい思いをしている子もいるかもしれない。

 

 

民主主義イコール多数決的な現状がある。

 

別にこの問題はどうでも良い。むしろ何でも差別問題化するのはおかしいのではないか?と思っている人は恐らくマジョリティだと思う。

いや、実際統計を取ってないので無責任なことは言えないが、少なくとも私の周りでこの問題を討論した人はいない。

 

そうなると、前述したコンプレックスを持っている子をごくマイノリティな意見として、我慢すればよいという極論で終わってしまう。

社会構造的が多数決主義だから。

 

当然、一番前で腰に手を置いて立っている人と、一番後ろで全員を見つめている人以外は【多数】になるからだ。

 

この問題を深く考えると、私自身答えがわからない。

この問題での【実害】が見えにくいからだ。

 

論点がズレるかもしれないが

 

肌の黒い子は後ろで、白い子は前に並んでください。

なんて言うとすぐに、差別だ!となるわけで、これは私たち日本人が今まで【当たり前】であることを、別に間違っていないと認識している、或いは容認している文化だからじゃないかとも思えてくる。

 

身長も、本人がどうしようもない立派な【身体的問題】だから。

 

次に

整列を違う方法にするには何が一番良いのかとなると、これもまた難しい。

 

集会で好きなように集まってください。

となると、私のような変態は、好きな女の子の後ろに行きたがったりする・・・

 

ほら、別の大変な問題が出てくるわけだ。

 

それでもこの問題は、今後日本の教育者や教育機関が、悩んでいる子がどれだけ少数であろうが、真剣にその少数意見を救うために議論するかという姿勢を見せる切っ掛けとなるかもしれない。

 

皆さんは誰にも言えない身体的コンプレックスをお持ちでしょうか?

もし、持っていたら、そのことで改善された場合、救われたと思えるのでは?

 

テレビを見ながら何となくそう思った。