ウルトラマンA 考察Ⅰ「合体変身」

7月7日、七夕。 「私たちはいったい、何なのかしら・・・」

ウルトラマンA
北斗、この3人の関係を自分なりに解釈すると・・・

・ウルトラマンA…  自転車(大人用)
・北斗星司…     運転手(子供)
・南 夕子 …     補助輪

といった感じ。3つ揃って始めて成立する、まさに「三位一体」

自転車は便利だが運転手がいないと動くことができない。

運転手が子供の場合、大人用自転車に乗れるようになるまでは補助輪が必要。

補助輪は単独では意味を成さないが、自転車に乗れない子供には必要不可欠。


そしてこの中で一つ、後に不要になってしまう物があります。それは「補助輪」。
自転車に乗れるようになった子供にとって補助輪は(あっても乗ることは可能ですが)
ないほうがいいでしょう。

「ウルトラマンA」が単発作品で「ウルトラ兄弟の末弟」とかではなく「大いなる力の神」という
設定だったら、(もしくは「最強のウルトラマン」として、あまりにも強すぎると仮定して、)

ウルトラマンAの大いなる力を使いこなすためには2人分必要。
北斗星司単独では最初は容量不足で使いこなすことができず
南が補助の役割をしている。

という解釈ができるのですが。

・「A」第8話、
「南夕子が重症のためウルトラマンAは半分の力しか発揮できない」という状況があり
「後半の単独変身編では南夕子なしでも普通に戦えたじゃん」

って突っ込みがありますが、私の解釈でいくと、

「自転車乗りこなせない子供」が「壊れた補助輪」を使ったら大変なことになるでしょう。

逆に「A」は中盤の時点で3年経過しているようなので、そのころは既に北斗単独で充分にAの力を使いこなせるようになっていたでしょう。だから後半(中盤の時点で既に)、南夕子がいてもいなくても北斗だけで100%、Aの力を発揮できていて、南は「+α」に過ぎなかったのでしょう。

いつ頃からか?自分が自転車を補助輪なしで乗れるようになったときのこと思い出しても「いつの間にか」しか思い出せませんね。そういうもんです。

第5話では「地中に潜れない」のが第28話では普通にやっている。これもAの成長と解釈してもいいんでしょうけど、また今度。

自転車乗れる人にとって補助輪は「あっても乗れる」が「ないほうがいいもの」ですね。
実際、「2人で変身」という設定が、逆にいろいろと(劇中でも、脚本的にも)枷になっています。

補助輪はいつかは外さないといけないように、南夕子もいつかは退場しないといけない運命だったのかもしれません。

ちなみに私は、「南夕子物語」というコラムを読んでいたので、「後半、南夕子が退場して、北斗単独で変身する」というのは当然の流れ、プログラムだとと思っていました。


最近は「合体変身」のヒーロー多いですね。

・ウルトラマン(レジェント、メビウスフェニックスブレイブ、サーガなど)
・仮面ライダー(電王、Wなど)

・ウルトラマンAの合体変身も私のイメージでは「仮面ライダー電王」が近いですね。
北斗=良太郎、南=イマジンとして、北斗が肉体・南がエネルギー担当。

で、初期は単独では弱い(プラットフォーム)ですが後半は単独でも戦える(ライナーフォーム)

だからサボテンダー戦のように「怪我」は北斗が担当。
ドラゴリー戦のようにエネルギーは南が担当ってとこですかね。






私の近況報告(7月7日)

・私もこの春、転職という不安定な時期に、ある女性と出会い、お互いに励ましあってきました。

転職後も仕事や職場の人間関係などに悩んでいました。優しさを失いそうになりかけました。何百回も。でもその女性に笑顔で会えるように必死で頑張ってきました。優しさを失ったら、彼女に会えなくなる気がしました。彼女への思いを支えに生きてきました。

あれから3ヶ月、仕事や職場にも馴染み、悩みもなくなりました。すると、まるで役目を終えたように彼女は遠くへ行ってしまいました。彼女は私にとって補助輪だったのかもしれません。

遠く離れていても、月にいるわけじゃない。いつかきっと再会できる日まで、ここからは一人でがんばって生きます。彼女が4月、転職祝いにくれた、お気に入りの「指輪」に誓って・・・。