第2回 親子で楽しもう狂言 in やましろ | 太のブログ

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20日の日曜、14時よりアスピアやましろにて

「第2回親子で楽しもう狂言inやましろ」が開催された。

 

 

我々、木津川市青少年育成委員会の山城支部が去年から

行なっている年に1回のイベントである。

 

12時過ぎに集合して準備を始めた。

 

 

準備が終わり開場すると、山城だけでなく、木津、加茂からも

小学生の親子連れがたくさん来られた。

 

 

そもそも私自身、狂言は見たこともないためよくわからない。

 

しかし、前回からお世話になっている大蔵流茂山狂言会の

狂言師、茂山千三郎さんは子供達にも狂言を

わかりやすくなるように、プログラムを作っておられ、

私のような古典芸能に疎いヒトでも楽しめた。

 

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大蔵流は狂言の流派のひとつで猿楽の本流たる大和猿楽系の狂言を伝える唯一の流派。ウィキより引用・改変

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その大蔵流の一派が地元山城町に大昔住んでいたそう。

 

そんな関係もあり、去年から依頼している。

 

 

まずは、茂山さん本人による前説、

「狂言って何?」から始まった。

 

狂言の動きや、発声などについて簡単なレクチャーがあった。

 

動きの基本はすり足であるそう。

 

つまり武道にも通ずる部分である。

 

その視点で狂言師の動きを見ていると

本当に頭部が上下に動かず

水平移動しているのがわかる。

 

私なりに理由を考えて見た。

 

格闘技においてはすり足はいかなる態勢でも

すぐに地面に足がつくようにと行い、

また、すり足で移動すると頭部の上下運動が

起こりにくいため、相手に体移動が気づかれにくい

というのが目的である。

では、狂言師はというと、役を演じながら、

時には頭に「天冠」と呼ばれる

大きな飾りを頭に乗せるため

すり足でないと体移動の際頭が上下し

「天冠」が落ちてしまうから、と考えた。

 

真偽のほどは定かではないが

一つの答えとしては説得力があると思う。

 

 

 

その後、子供達6人を舞台に上げ

実際に声を出し、型を体験してもらった。

 

難しい古典芸能を少しでもわかりやすく解説され

この後の狂言を見やすくしていただけた。

 

 

一つ目の演目は、「柿山伏」であった。

 

内容は

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出羽の羽黒山の山伏が大峰、葛城で修行して帰る途中、お腹が空いたため、道端の柿の木に登って無断で柿を食べているところへ、畑主が見回りにやってくる。それを見つけて腹を立てた畑主は、木のかげに隠れた山伏をからかってやろうと、わざと「あれは鳥だ」「猿だ」と声を出す。正体がバレないように山伏は、そのたびに鳴き声を真似するが、ついに「あれは鳶だ、鳶ならが羽を伸ばして鳴くものだが、鳴かないのなら人であろう」と言われ、とうとう畑主にのせられ鳶の鳴き真似をしながら木の上から飛び降りてしまう。(HPより引用改変)

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二つ目の演目は、「濯ぎ川」であった。

 

内容は

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毎日、嫁と姑にこき使われる養子の男。この日も裏の川へ洗濯に行けと言いつけられる。まだろくろく時も経たぬうちに、やれ蕎麦を打て、やれ水を汲めと次々に用事を言いつけられ、男は「用事を忘れぬよう、紙に書きつけてくれ」と言い出す。嫁と姑は、朝から晩までの用事のことを次々に文にしたため、ムコに渡す。ムコは文に書いてないことはしなくて良いと、約束を取り付け、ほんの、ほんのささやかな反抗を試みるが、、、。(HPより引用改変)

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2演目ともに、喜劇である狂言を楽しめた。

 

内容を楽しみながらも、一番興味深かったのは

1人称と2人称をこなた(此方)とそなたと

言い回しいたことであった。

 

そういやぁ昔何かの本に書いてあったけど

1人称の種類が最も多い言語は日本語らしい。

 

狂言の最中はもちろんカタカナ言葉や外来語がなく

昔の人たちが使っていたであろう言葉に触れ

ちょっと日本人としての誇りを感じたひと時だった。

 

 

 

 

解散後、18時過ぎから木津川寿司にて年に1度の懇親会があった。

 

 

 

豪華な料理ではあるがこれぐらいなら瞬殺。

 

しかし、お腹いっぱいになったにもかかわらず、

ドタキャンがあったため、さらにもう1人前配膳された、、、。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食べるの早いけど、量はいらんちゅーてんねん。