大会前のプレラン | 太のブログ

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2月の最初に開催される木津川マラソンに
今年も懲りずにエントリーした。

去年、レース前に痛風発作に襲われ
気合いで出場するも途中棄権。

かなり悔しい思いをしたため
去年のリベンジに今年もエントリーした。

レースまで3週間。

それまでいろんな課題を見つけるため
昨日の日曜日、時間があったので
長めのランを行った。

普段あまり炭水化物を控えているため
エネルギー不足になるのを避ける目的で
前日から積極的にカーボローディングを行った。



前日の名張出張の帰り道、忍者猫キャラがあちこちに
生息している大内インターへ寄り
明日の朝食の伊勢うどんを購入した。



その後、夕食をインター横の第一旭へ。
ノーマルラーメン大をオーダー。



数年ぶりの第一旭はうまかった。

いけないと思いつつコンプリート。



家に戻り大内インターで購入した焼きにんにくを
こちらもコンプリート。

しかしこの無謀な行為がのちに大変なことになるとは
この時点では考えることもなかった。


翌朝、7時出発を予定するも寝坊のため
7時に起床してしまった。



早速伊勢うどんをいただいた。

伊勢うどんは讃岐系のうどんと違い腰がなく
フニュフニュなうどんなので消化吸収にいいと考えた。

追加で丼大盛りのTKGを食べ出発。




日の出とともに、今季最低気温の中、山へ向かった。



今回のコースは全行程32.21km。

身体と対話しながらゆっくりと走った。


走り出すと同時に、いつも以上に体からガスが出てきた。
しかも、お腹がかなりゆるい。

胆嚢全摘出しているため普段ゆるいが
そんな次元ではなかった。


あっ!?
昨夜の焼きにんにくだっ!
カスカスでにんにく臭が少なかったので
ボリボリコンプリートしたのが祟った。



山の入り口の稲荷山ですでにお腹が痛い。

しかもかなり辛い。

この上にトイレあったかどうか定かではないため
無駄な時間にしないように神童子へ向かった。

確か、神童子には客用のトイレがあったはず。




最後の階段では、爽やかなスポーツの汗ではなく
冷や汗、脂汗でかなりピンチだったが
なんとか用をたすことができた。

感謝。


お腹のゆるいモノを全て出し切って
再度、気持ちを切り替えてスタート。



寒さも手伝い、この日の森はいつもと違う感じがした。



神童子から国道163号線に出た。

相変わらず歩行者のスペースのない国道で
走りにくいが数キロの間だけなので我慢我慢。



って言ってる間に恭仁大橋南詰。
まずは一つ目の橋。

そのまま木津川の左岸をひたすら走り
京田辺市の山城大橋を目指した。



途中、見つけた。
「残念石」!?

何度も走っているコースだが気が付かなかったようだ。

「大阪城修築残念石」
徳川幕府が大阪城を1620年に修築した際、藤堂高虎によって、石垣に使用するために切り出された巨石で、後方の大野山の斜面の岩盤から切り出され、木津川原に降ろし、筏を組み木津川、淀川を下り、大阪城まで運ばれた石の中で、何らかの事情で大阪城へ運ばれなかった石のことである。(備蓄の目的で集積されたという説もある)この辺りの川原には2~4mほどの花崗岩の切石がたくさん点在し、刻印が刻まれている。



残念石を後にし、
いつも見かけるよく解らん変なオブジェを通過し、
加茂町から木津町へ入った。



泉大橋南詰

ここを渡れば山城町だがまだまだ走らなあかん。



いつかは大阪湾まで行きたいけど
まだまだ無理かも。



精華町に入った。



開橋西詰
ここわたっても山城町だがまだまだ北上。



京田辺市に入った。



玉水橋西詰



この辺で空腹になり、持参したスニッカーズを食べた。

糖分が身体に染み入る。



やっと、山城大橋東詰。

これで、橋制覇した。

あとは帰るのみ。



隣町に入った。



隣の駅まで帰ってきた。

あともう少し。

頑張れ俺っ!



山城町へ入った。


大きな怪我や故障もなく無事到着。

5時間ぐらいかけてゆっくり走った。

心肺機能的には全く問題なかったが
股関節周囲の筋肉の疲労が著しい。

筋トレが必要か?


3週間後の本番では完走できそうだが
追われる感のあるレースというのはあまり好きでない。

あちこちウロウロしながら、食べながら、
地元民とコミュニケーションをとりながらのランが
私には向いているようである。

あとは本番を残すのみ。

本番まで10k程度を流しておこう。


また、痛風に襲われないようにこの数ヶ月
ビールを始めプリン体の多い食事は避けているので
今年は大丈夫だろう、、、、。


















下駄を履くまでわからない。