今の場所に引っ越して来てからの1ヶ月は、仕事の面接や、役所関係、子供の学校と入れる保育園、幼稚園探しや、それらに関する準備、契約、弁護士関係、妻の病院関係、ハローワークなどとにかく休む暇無く過密なスケジュールを組み、こなした。
全てが始まった11月13日から休む間は無かった。
あの日、異変を感じて帰宅した18時30分頃。そこから僕は命を救うことと、子供たちを守ること、自分の責任を果たすことにだけ頭を絞り、注力した。

社長とは元々馬が合わなかったけど、その翌日電話で酷いことを言われたっけな。
でも、人間性の低い人だとは前からわかっていたから、流石だな、としか思わなかった。
ただ、僕にしか出来ないことをやってきて、確実に貢献してきたと思っていたんだけど、間違いだったのかな。
部下達は引っ越すまで心配してくれて、手伝ってくれて、時には夕飯も持ってきてくれた。
本当に助けられたな。

数日後、退職を正式にお願いして、そこからは家事や子供たちの学校、保育園の送り迎え等日常的な事に加え、トラックの手配や病院関係、片付けていると出てくる様々な督促状の把握と連絡、社会福祉士や教育委員会の方との相談、様々な申請手続き、お金の遣り繰りに関する計算、荷造り等昼は食べずにひたすら動き回っていた。
よく二十日足らずで出来たもんだと我ながら感心すべきだな。と思う。

一つ大切なことを書いておかなくちゃいけない。

これは、妻が悪い訳じゃない。
僕は妻をちゃんとみてあげていなかったし、理解しようとしていなかった。
それがこの結果を生んだ一因には間違いない。


この二十日弱は、とにかく普通じゃなかった。あまり記憶に残っていない。
自分は踏ん張ること、そして子供たちには安心出来るように明るく接して守り抜くこと。
妻の回復の為なら何でもすること。 覚悟はすぐに決めていた。

そしてその後、母と義理の弟、高校時代の友人に力を借りて引っ越しをした。