「今」にくつろぐことを覚えてしばらく経つが、なぜこんな楽チンなことに気がつけなかったか振り返ると、社会のしくみで見えてくることがある。
色んなことが未来志向、上昇志向の元に作られているのだ。
小学校に入るとテストに点が付けられる。通知表で評価がされる。
例えば「大変よくできました」を10個もらえたとしたら、次はもっと沢山欲しくなる。
中学校、うちはテストの成績上位50人は、廊下に名前が張り出された。
そこに名前が載ることは名誉であり、自分もそうなるようがんばった。
高校では模擬試験を受け、偏差値をつけられた。いい大学に行くことが、いい人生につながると信じて、勉強してきた。
大学生。就職活動では、少しでも名の通った有名企業に就職できるよう、一生懸命就活した。
初めて就職したのは、営業職。
グラフが張り出され、そのグラフが周りの社員より上に行くことが、「いいこと」だった。
みんなの目の前で、売り上げの賞金をもらえた時は、誇らしかった。
次に就職した、歯医者は「地域一番」を目指していた。何を持って一番かというと、やはり来院患者数と売り上げだ。
今よりいい暮らしがしたくて、今よりエラくなりたくて、周りから認められたくて、仕事をがんばった。
常に意識は、過去への劣等感と、未来への希望にあった。
ここは強く強調したいが、こういう生き方が「悪い」とか「ダメ」と言いたいわけではない。
ただこれでは満たされない想いや、辛さは解消されることはない。
決してない。
一つ達成しても、次のステップ(課題)が出現するからだ。
日本の社会のしくみが、上昇志向の元に成り立っていて、今の自分の幸せに気付きにくい。
瞑想がなぜ自分にとっていいかというと、「今」に戻ってこられるからだ。
「今」にあるのは100%の幸せとくつろぎ。