2日間一緒に居た。
僕は長いこと一人で旅をしていて、人との交流に飢えていた。いや、少なくとも飢えていると自分では思い込んでいた。それはただの思い込みで、僕の感じていた感情はただの寂しさだったのかもしれない。
とにかく僕は一人で2週間近く旅をしていて、いや、正確には初めは2人だった。だから僕が一人でいたのは10日ほどだ。10日。10日という時間は長いようで短い。孤独に震えていた時間を思えば決して短い時間ではないように感じる。しかし実際に経過してしまえば10日なんて早いものだ。過去になってしまえば時間の経過なんてあっという間である。
話がそれた。とにかく10日の間僕は一人でひたすらに自転車を漕いでいたんだ。けれど一人とはいえ1日に誰とも会話をしないと言うことなどなかった。コンビニのアルバイト店員に道を尋ねて、頑張って下さいといわれることもあれば、東京から来たということに驚かれ、話し込んでしまうことも一度ではなかった。それにも関らず僕は激しく孤独を感じていた。もっといえば、”孤独”とおぼしき感情に支配されていた。それは僕にとって孤独という単語で表現する以外に方策の無い言葉だったのだけれど、あるいは世間一般には他の表現が存在しているのかもしれなかった。しかしそれは当時の僕にとって知る由も無いことで、”孤独”という感情はどんな時でも僕の中に巣食い、それは腹の奥のほうにこびりついた腫瘍の様に僕の中から消えることは無く、膨らんでいく一方だったのだ。
そんな中で、友人を呼び出し、半ば無理やりに2日間彼を拘束した。
彼は了承し、僕の腫瘍を溶解させる作業に付き合ってくれた。山に登り飯を食い宿を用意して、ほとんどの支払いをしてくれた。
しかしどうやら僕の腫瘍は昇華されることは無く、ただ色と形を変えただけのようだ。それは以前の、旅に出る前に僕が抱えていた病の様で、そしてそれは非常に厄介なものだった。
昔の友人と共に時間を過ごしたことによって、旅で変化しつつあった僕の腫瘍はその色と形を元に戻しつつあるようだ。
その証拠に僕は既にここに3日間もとどまってしまっている。明日の朝には何としてでもココを発つ。しかし本当は今日出るべきだったのかもしれない。
僕が彼に求めていたこと、あるいは”孤独”と感じていたものは、おそらく理解されたい、開放したいという感情だったのだろう。そういった感情が、繰り返される旅の会話の中で蓄積し、更に彼は悪いことには人の話を聞くことが出来ない。そういった事の積み重ねで僕はイライラし、日常に戻ってしまいそうになっているのだろう。
何はともあれ旅はまだ前半戦が終わったところだ。中篇、後篇と続いていく。
知るべきは、”日常”と、”非日常”。