ひみこ(後半)
ひみこさまを、日御子・姫巫女と呼ぶ人が多い。謎が多くはっきりしない。謎だらけの御存在では、歴史を学ぶ僕にはちと困る。今回はスケルトンに解説仕様。
この分野で立ち往生では、とても先が思い遣られる。
定番は、三国志の文中「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」のパクリからだ。
「卑弥呼(ひみこ)」を直訳すれば、「いやしくも人から弓と呼ばれている。」
倭国の王で、180年~190年頃の弥生人と云うが、年代は当てにならない。
宮殿の奥の、神がかりの占いで国の進むべき道を決めたと云う。
この頃は論理的思考よりも、直感力を重んじていた時代だった。
「 卑弥呼」を言霊解釈で、霊が身に降りた子と呼ぶ事が出来る。
チャネラー的御存在で、一人に限定出来るものではない。
卑弥呼を固有名詞で捉えず、形容詞なら理解が早い。
日本最古の風土記の常陸(ひたち)国風土記に 「 美萬貴( みまき)天皇」がお目見えする。古事記の 「 御真木( みまき)天皇」は 崇神天皇を示す。 ここから十代 崇神天皇さまが卑弥呼だったと云う説まで雨情する。
男の性には男の働き、女の性には女の働きを宿す事が理想社会と考えられた。卑弥呼が女王(じょおう)なら、 崇神さまを 卑弓弥呼(ひみここ)、
御間城( みまき)と諡号(しごう)で申しあげる。相対する呼び名だ。
日本書紀の 御間城・御肇國も、彼女の呼称で「おじょう」と呼んだ。
天照太御神(あまてらすをほみかみ)が鏡の 卑弥呼なら剣のお立場を
天皇陛下と申し上げる。
この時、海洋民族と騎馬民族カラーの模様替えが行われた。鏡から剣に変わる。
「 ひみこ」は弓(ゆみ)を示し、父韻(実相)を降ろす意味。その、
卑弥呼を成敗したのが 卑彌弓呼(ひみここ)さまで、言霊が封印される。この時から大きく軌道修正される。神の歴史が動き出した。日本文化翻訳学会。