お遊戯会の当日は秋晴れのいい天気で、爽やかな空気の中をキムネのお父さんとお母さんは幼稚園へ向かい、少し早めに体育館の会場に入って、よく見える場所に座った。

 

その直後からどんどん保護者たちが会場に入ってきて、満席に近い状態になった。

開演時間少し前まで、先生たちは会場の空いている席の案内をしていて、そして始まる直前に会場の照明が落とされた。

 

スポットライトに照らされた舞台の上に、年長さんの男の子と女の子が出てきて、ちょこんとお辞儀したあとで司会を始めた。

 

最初に園長先生の挨拶から始まって、次々とプログラム通りに演目が行われていった。

 

年少さんの演じる、"突撃! ももたろう!" は、昨年の台本に、さらに激しい動きを演出に盛り込んで、見どころの多い演劇に仕上がっていた。

 

これは、"ももたろう" の大筋のストーリーは同じだけど、全く違う作品にも見えて面白いとトキムネのお父さんは思った。

 

他の演劇もすべて独特の話の展開を見てトキムネのお父さんは、自分の求める物語について考えはじめた。

 

・・・映画、ドラマ、演劇など、今まで見てきた、いろいろな作品があるけど、おれが満足する話ってどんなものなんだろう?

 

Van Gogh - Disteln1
フィンセント・ファン・ゴッホ 作成: 1888年7月31日(Wikipediaより)

 

 

 話は、結論、落としどころが重要だとは思うけど、演出に乗せられて楽しんでいることの方が多いような気がしてきた・・・。

 

今見た子どもたちの演劇の知っている大筋の話でも、演出で別物のように楽しめる。・・・ということは、おれは演出に乗せられていて、波に乗るように楽しんでいたということなんだ。

 

でも、おれの場合は、結論的な落とし所に最大の興味を持っていて、その結論に至るまで心地よく波に乗っていけるものがいいのだろう。

 

作品の途中まで演出のいい波に乗れていたけど、最後の結論でなんじゃこりゃと、ガクッとしてしまうことがよくある。

 

唸らせるような本質、人間の深淵に入りこむようなものをおれは見たいと思っているところが強くて、演出でそれを匂わせておきながら、何も結論なく終わってしまうと、なんじゃこりゃになってしまう・・・。

 

だから、いつも、演出なのか本質なのかを考えてみてしまう・・・。

 

幼稚園のお遊戯会の演劇に対して、どんな高度なものを求めているんだといった、トキムネのお父さんの思考が続く中、お遊戯会の演目は進み、年長さんの、 『シン・フシ議のクニのアリス』 の順番になった。

 

トキムネのお父さんとお母さんは、トキムネの幼稚園最後のお遊戯会をじっくり見ようと身を乗り出した。