トキムネのお母さんは職場に復帰し、トキムネを幼稚園に送ってから出勤するという生活に戻った。
トキムネは、年長さんとしてあと半年もない幼稚園での生活を過ごしていた。
そんなある日の朝、トキムネが最近では珍しく幼稚園へ行きたくないと言い始めた。
最近のトキムネのお母さんは、トキムネがこんな状態になっても慌てることなく、どっしりと構えて対処するようになっていた。
トキムネ自身も前とは違い、理由のないグズりはだいぶ減って、ゆっくりと話を聞いてあげれば、トキムネなりの正当な理由を言ってくれるようになっていた。
トキムネの言った幼稚園へ行きたくない理由は、今回も友だち関係のトラブルらしかった。
よくいっしょに遊ぶ子の1人、ノリユキくんが女の子のナナちゃんに、トキムネが悪口言っていたとウソを言って怒らせたことから始まったらしい。
ナナちゃんはトキムネを見るとムキになって追いかけてきて、思いっきり頭や背中を叩くという。
トキムネのお母さんは、おおよその流れが分かり、ノリユキくん、ナナちゃん、トキムネ、それぞれの立場でそれぞれ言い分があることが想像できたけど、本当の目的、例えば、ノリユキくんがナナちゃんに話しかけたくてウソをついた、みたいなこともあるから、これは注意して見ていかなければならないと思った。
トキムネに主だった思惑がないとすれば、理由は分からないけど、ヘンな流れの中に巻き込まれてしまった感じになっているから、さてどうしたもんかとトキムネのお母さんは考えた。
Van Gogh - Kopf eines Mädchens
フィンセント・ファン・ゴッホ 作成: 1888年5月31日(Wikipediaより)
「・・・ナナちゃんは、ノリユキくんが言った間違ったことを信じてトキちゃんを叩いてくるんだよね? だとすれば、トキちゃんが悪いわけじゃないでしょ? 悪くない人が幼稚園に行けないのはおかしいよ。
もし、トキちゃんがいない間にさらにノリユキくんがナナちゃんにウソをついていたらどうする?
そして、ナナちゃんがタニカワ先生にノリユキくんのウソを本気で言いつけたら、トキちゃんが本当に悪くなってしまうよ。
とりあえず今日は、幼稚園に行っておいた方がよさそうだわ。」
とトキムネのお母さんは、自転車を用意してトキムネを後部座席に乗せ、幼稚園へ向かって走り出した。
「今日のところは、ナナちゃんが追いかけてきたら、タニカワ先生の所へ逃げて、トキちゃんがちゃんと正しいことを説明してみようよ。そうすれば、ナナちゃんにも本当のことが伝わって、とりあえずは追いかけてこなくなるよ。」
自転車で走りながら言ったトキムネのお母さんは、信号待ちになったタイミングで振り向きトキムネの顔を覗き込んだ。
トキムネは黙って下を向いたままだった。
そこでトキムネのお母さんは、肝心なことを聞いていなかったことに気づいてトキムネに質問した。
「・・・ノリユキくんがナナちゃんに言ったことって何だか分かる?」
「"『ナナちゃんのかおはヘンなかお』 ってトキムネがいっていたよ"・・・。」