トキムネのお父さんとお母さんは、面接の終わった親の待機する教室に案内された。
2人が教室の中に入ってみると先に面接を終えた親たちは、緊張感から解放されリラックスして小声で話をしていた。
トキムネのお父さんは椅子に座り、ここでの様子も学校側のチェックが入っているに違いないと思って辺りの様子をうかがっていた。
トキムネのお母さんは、相性塾への報告書に面接時の質問内容を書く欄があったことを思い出し、いま面接で質問されたことをメモしていた。
その頃、別の教室のトキムネはペーパーテストを受ける前で、みんなが集まるのを待っていた。
さっきの面接でトキムネは、面接の先生としりとりが長く続いて褒められいい気分になり、そのあとの図形を線に沿って描くというテストも調子に乗ってうまくできた。
しばらくして、教室に受験する子どもたち全員が揃い、テスト用紙が配られた。
「はじめ!」
という先生の声で、トキムネの人生初の入学テストが始まった。
・・・ひだりの絵とかんけいするものを、みぎからえらびましょう・・・。
左は包丁が描かれていて、右は台所に置いてあるものがいくつか描かれていた。
これは、"料理" に使う道具というカテゴリのものを選ばせる問題で、普段から何でも興味を持って身の回りの世界を眺めていれば簡単なものであった。
トキムネは、おばあちゃんと料理の練習をした時のことを思い出ながら丸をつけた。
・・・この絵のなかにくだものはいくつありますか。すうじにまるをしましょう・・・。
きゅうりだのトマトだのの野菜が混じっている絵が描かれていて、その中の果物だけを選ぶという、これは相性塾でさんざんやった問題だった。
このあとも相性塾で一度はやった問題が出て、トキムネはテンポ良く答えの欄に記入していった。
Van Gogh - Stillleben mit Kaffeekanne, Geschirr und Früchten
フィンセント・ファン・ゴッホ 作成: 1888-05(Wikipediaより)
「はい。やめ。つぎからは、先生がおはなしを読み上げます。その内容について後で質問しますので、よく聞いていて下さい。」
試験の担当の先生は、手に持った、"おはなし" を読み上げ始めた。
「・・・正太くんは風邪で学校を休みました。
お友達の正子ちゃんはお見舞いに行くことにして、途中のスーパーに寄り、のど飴1袋、5個入りのみかんを買おうとレジまで行きました。
「お会計は、680円に消費税8%が入って734円です。」
と店長らしきレジの人に言いました。
しかし、正子ちゃんは500円玉しか持っていかったので、お金が足りないからのど飴をやめますと、レジの人にいいました。
「のど飴はお嬢ちゃんがなめるのですかい?」
「いえ、病気の友達のところへお見舞いに持って行こうと思っていました。」
「そうかい。そりゃ持って行ってあげた方がいいやね。・・・よし、そののど飴、おいちゃんが買ってあげよう。
おいちゃんからのお友達の子へのお見舞いだ。いいんだ。お代なんかいらないよ。」
「そういう訳には・・・。」
「まあいいから、早くお友達の所へ行っておあげなさい。さあ。」
「・・・あ、ありがとうございます・・・。」
正子ちゃんは、お辞儀をして正太くんの家に向かいました。
その途中の牧場で正子ちゃんは、牛が、"モー" と鳴くのを聞き、そして、正太くんの家の近くでは、"チョウ" がヒラヒラ飛んでいるのを見ました・・・。」
トキムネは、この昭和チックな人情ものの話の展開に、せっかく覚えた個数や金額を全て忘れそうになった。