「学校もそうですが、社会は異なる価値観や考えを持っている人たちが出会う場所です。

 

その場所で他の人と協調し、集団としての枠組みを保ちつつ、個々の違った能力を発揮して集団の幸福度を上げていくというのが、集団で生きているわたしたちの目的だと思います。

 

御校の建学の精神の、"調和" は、現在の我々大人にも必要なものですが、だんだん互いの意識的な関係が薄くなり、この先の将来にはもっとバラバラな社会になって幸福の偏りが著しくなりそうです。

 

集団の枠があってこそ、その中の幸福が成立するのに、みなバラバラになって幸福が偏り、互いに知ったことではないをやり続けると、集団の中の幸福は消えてなくなります。

 

だからこそ、今、子どもたちがこの、"調和" を学ぶということに大きな意味があると思います。

 

小学生という、集団の中の自分を学ぶ1番大切な時期に、"調和" を基盤とした行動の指導を受け習慣化していくことは、私どもの理想と同じ方向で、最も賛同している部分です。」

 

普段から理屈っぽいことを考えているトキムネのお父さんの、一般論と建学の精神のキィワードを織り交ぜた、反撃のフックが炸裂した。

 

マチヤマさんは少しメモから目を外し、トキムネのお父さんの顔を見た。

 

トキムネのお父さんの顔は、かなりダメージを受けているようだったけど、精神的に飲まれないようにするための笑みは、微かながら口元に浮かべていた。

 

Van Gogh -Die Brücke von Langlois in Arles mit Wäscherinnen
フィンセント・ファン・ゴッホ 作成: 1888-03(Wikipediaより)

 

 

「それでは、お母さまに質問です。」

 

突如、マチヤマさんは、攻撃相手を変えてきた。

 

予定された行動だったのか、トキムネのお父さんの返しがかなり効いたのか、とにかく、マチヤマさんは流れを変えてきた。

 

「今、お子さまが1番興味を持たれていることは何でしょうか?」

 

マチヤマさんの突然の質問に対し、あらかじめ用意していた内容を頭に描き、トキムネのお母さんは落ち着いて話しはじめた。

 

「ジオムラを作ることです。博物館などに展示されているジオムラや、鉄道模型のジオムラのビデオを見たりするのが、物心ついた頃から好きで、プラモデルを作った時には必ず、ジオムラ・・・あ・・・ジオラマを、身の回りにある材料で作って遊んでいます。」

 

トキムネのお母さんは、"ジオラマ" と自分では言っていたつもりが、"ジオムラ" になっていたことを途中で気づいて恥ずかしくなった。

 

そして、マチヤマさんは、このトキムネのお母さんの動揺を見て、たたみかけるかのように質問を続けた。

 

「次に、お子さまの長所と短所を教えて下さい。」

 

「はい。長所は明るく愛嬌があり、周囲の子たちを笑わせて楽しい雰囲気を作ることができる所、そして、小さな子や困っている子を助けてあげようとする優しい所です。短所は、長所での事が度を越しておせっかいになったり、お友だちにしつこいと感じられてしまう所です。」

 

トキムネのお母さんは、用意していた答弁を完璧に言って、マチヤマさんの2回目の攻撃をかわし、完全に立ち直った。