決めた。転職する事にする。引っ越して移転について行くことも考えたが、現在の雇用形態は変えることは無いとの事だったので、引っ越したとしてもダブルワークが余儀なくされる。
関東にある本社でガッツリ仕事を覚え、正社員になる事も視野に入れたが、現実的に考えると躊躇した。
金銭的、労力的な部分を考慮しその決断に至った。
決めては息子だ。自分の好きな仕事に力を入れ突き進むのも良い。だが、それよりも自分の精神が落ち着ける状況下である事を考慮。
確かに、せっかく覚えてしかも好きになった仕事を辞めるのは悔しい。
そんな仕事、人生初めてだったから。
しかし、私は今の状況が人生で一番穏やかな気持ちで過ごせている。
母親が穏やかでいることは、子どもにとっても落ち着いた環境で過ごせる土台となる。(しかし好きな仕事と人間関係が穏やかな今の職場である事も心穏やかでいられる要因にもなる)
今の私はちっぽけ過ぎるし、無力だ。無駄に足掻いても、本末転倒。
念頭に置いておくべきなのは自分の力量。挑戦するのも正しいが、今はリスクが大き過ぎる。
全ての考えられるマイナス要因を踏まえ、今は保身を貫く。
過去に未開拓地へ挑戦し正社員雇用と言う名のノーマルライフを手に入れたが、再婚というライフイベントにより意図も簡単に今までの努力を捨てた。
私にとって家庭に入るということは家族優先的な考えだからだ。私には男が家事をやるなんて到底考えられなかった。
どんな形態、どんな仕事でも、所詮雇われている側、今考えれば自分を見つめ直す良い選択だった。
再婚を選んだ事により、これまでよりも沢山の時間を息子に向ける事ができた。
息子との時間を…と聞いたら子離れ出来ていないと考える人もいるだろうが、実家から離れ息子と二人暮ししている時代は本当にキツかった。
仕事育児と毎日に追われる日々はやがて精神も悪化する。
正直、息子と過ごせる時間はほぼ日曜。平日は帰宅したらご飯お風呂ですぐに寝かしつける時間。
心の対話が乏しかった。
息子は教えてもいない箸の持ち方も3歳にはいつのまにか出来ていたし。オムツも2歳になる前にはいつのまにか外れていた。
本当に手のかからない子どもというか、私の知らないところで自立していた。
幼い頃は病気がちで入院もした。恐らく大体の子供はそうだろう。
しかし息子は3歳にして粉薬も錠剤も容易に飲んだ。
恐らくこれらの全ては私の家族と、保育園の先生方の影響だ。息子はとても素晴らしい環境にいたのだ。
息子が1歳になってすぐ離婚し、息子が3歳になるまでずっと実家の世話になっていた。
私の知らないところで、って所が問題で、それだけ子どもとの時間を作れていなかった証拠だ。
今考えたら、抱っこを頻繁にねだっていたのは愛情不足だったのかもしれない。
兎に角、私は自立し、子どもを養わなければという思いで必死なあまり省みれてなかった。(お陰で実家時代は母と弟に苦労をかけてしまった)
頑張らなきゃという思いが空回りし、しっかりしなくちゃという想いが裏目に出た。
今だから公に言えるが、一時期は疲労による血尿と帯状疱疹は毎週末。ストーカー被害、幻聴(何日も早朝4時にチャイムを鳴らされ、犯人が捕まった後も早朝4時になると鳴ってもいないチャイム音が聴こえるという幻聴が1年続いた。)などの様々な要因によるストレスで過敏性腸症候群。そのストレスから息子への八つ当たり(叱り方が感情的)兎に角、全てを一人きりで担っていた時代は最悪としか言いようがない。
それを教訓にし、私は慎重に選択する。
"やってあげる"はクソくらえ
"子どもの為だから"はクソくらえ
子どもの心を聴いたのか。
子どもはそれを望んでいるのか。
私はまずそれを念頭に置くことにした。
全てのライフラインが整い、まず飢え死にする事はあり得ない日本。
その恵まれた国に生まれた子どもたちはその環境がフラットな状態。
その状態がスタートだから、そもそもが何かと比べ幸福度を測るのが的外れ。
"子どもの為、子どもの為"って、それはただの大人の傲慢。
何かを犠牲にしないと何かを得られないけど、何を犠牲にするかが分岐点。
迷ったらまず子どもに聴く。
大人は本当にバカだから。
大人は大馬鹿クソ野郎。
自分を振り返りそう感じた。
"親だぞ"って上から目線してる時点がもうバカ丸出し。
そんな事言ってもいろんな事で頭使って神経削る毎日を大人はそれを簡単には捨てられない。
やがて忙しさのあまり、大切な事見失って暴走もしてしまう。
だからこそ。だからこその今。
どこかで発想変えないと、どこかで立ち止まって振り返らないと。
私みたいに、悪夢のような出来事が起こるまえに、今一度、全国のシングルマザー&ファザーは在り方を振り返る事をお勧めする。