リゾート階層6編 | アヴァベル×ラノベ

アヴァベル×ラノベ

アヴァベルをラノベにしてみました(`・ω・´)
といっても完全に2次創作に近い感じになってますが(´・ω・`)
念のために言っておきますが、非公式です。

夜。
カナエは1人で町の中心部を散策していた。

「名前が変わってて気づかなかったけど…ここって…」

ファボス陥落から2年後、カナエが16歳の時であった。
当時、町の名前はベノンではなくカプリアという名前であった。
町の活気は今も昔も変わらず、観光客で溢れていた。













『お腹すいた…』

若き日のカナエは周りの観光客の荷物を吟味しながら歩いていた。もちろん金品及び食料を盗むためである。
カナエはベンチの上に置いてある茶色いトートバッグが目に留まった。近くに持ち主らしき人物はいない。
カナエはまずそのベンチの空いているスペースに座った。そして、辺りを確認してからそのバッグを奪い、歩いてその場を離れ始めた。俗に言う置き引きである。

『(うまくいった…)』

カナエはバッグを肩にかけ、中身を確認し始めた。中には財布などの金品やハンカチなどの小物が入っていた。
カナエは財布から紙幣を抜き取り、それをを懐にしまった。全てを盗らず、2枚だけを財布に残した。
カナエが満足感に浸っていたその時…

『ちょっとあんた!』

バッグの持ち主であろう女性が、カナエの後方から走って迫ってきた。

『ヤバ…!』

カナエは走って逃げ出した。

『それ私のバッグ!返しなさい!』

『返してほしいなら返してあげるわよ…!』

カナエはバッグを横の方に放り投げた。

『(どうせ盗るものは盗ったし…)』

カナエはバッグの方に走っていく女性を見てニヤリと笑った。
カナエは騒然とする観光客の間を縫って、遠くへ逃げていった。













当時と変わらぬ場所に設置してあるベンチに、カナエは腰かけた。

「(まさかこんな形でまたここに来るとは思ってなかったなぁ…。…こんなこと考えるの何回目だっけ…)」

カナエは視線を前に移した。家族連れやカップル、友達同士や老夫婦など、様々な観光客が道を行き交っていた。

「(私も次はゆっくりくつろぎたいな…2人で…)」

カナエは視線を横に移した。するとそこにはバッグ…ではなく持ち運べるサイズの竪琴がベンチの上に置かれてあった。

「(誰のだろう…。見たところ安物って訳でもないし…)」

カナエはその竪琴をじっくりと眺めた。ところどころに豪華な装飾が施されていた。

「(こんなところに置いてたら誰かに盗られちゃう…)」

ところが、5分経っても、10分経っても持ち主は現れなかった。

「(もういいかな…)」

カナエがベンチから立ち上がった時、正面を通った大柄な男性とぶつかった。カナエはベンチに手をつき、なんとかコケるのを防いだ。

「あん?なんだてめぇ?」

男性の風体はいかにも善良な町民というものではなかった。

「(うわ…めんどくさ…)」

カナエの中では失態の念よりもめんどくささが上回っていた。

「俺に喧嘩売ってんのか?!あん?!女だからって容赦しねぇぞ!!」

男性はカナエに殴りかかった。
1分後…

「…人を見る目がなかったわね」

服の埃を払い落としながら、カナエはやれやれといった表情をしていた。足元では先程の男性が気を失って倒れていた。

「さてと…」

カナエは視線を竪琴の方に向けた。しかし、竪琴はどこにもなかった。

「(あら…ちゃんと持っていったのかな…)」

安心したカナエはその場を後にしようとした。すると、初老の男性がカナエを呼び止めた。

「はい?」

「見てましたよ、あなたがあのゴロツキを倒すところ」

「あー…お見苦しいところを…すいません」

「いえいえ、あやつはベノンの地元民の中でかなり有名な奴でね、みんな困ってたんですよ。これに懲りて更正してくれるといいんですけど…。これは私からのお礼です」

男性が差し出したのは、例の竪琴であった。

「えっ?!いいんですか?こんなお高いものを…」

「構いません。少々古いですが、弾き語りするには充分かと思います」

「あ、ありがとう…ございます」

カナエはいまいち状況が飲み込めてないまま、竪琴を受け取った。













「…というわけで、貰って帰ってきた」

宿に戻ったカナエは、部屋にて竪琴を一同に披露していた。
それに不満感を顕にしていたのは、布団にもぐって寝転がっているリンであった。

「貰ったつってもなぁ…」

リンはカナエが持っている竪琴を指した。

「ゴミを押し付けられたんじゃねえのか?第一、弾けるのかよ」

「私は腐ってもプリンセスよ?このくらい簡単よ」

カナエは椅子に座った。一同の視線はカナエに注がれた。

「そうねぇ…何がいいと思う?」

カナエは、柱に寄りかかって座っているマツリと、そのマツリの足の間に入って座っているカグラに顔を向けた。

「姉さんが一番好きな曲でいいと思いますよ」

マツリの意見に、カグラは頷いて同意した。

「わかったわ」

カナエは視線を戻した。
カナエは竪琴を用いて演奏をし始めた。優しく繊細な音色の中には、これまで経験した様々な出来事を思い出させるような雄大さが含まれていた。
約5分の演奏が終了した。場の雰囲気は何とも言えぬ空気に包まれていた。
それを破ったのは、空気に耐えきれなくなったカナエであった。

「どう…かな…?」

一瞬の間の後、カナエに向けて拍手が沸き起こった。
最初に感想を述べたのは、口をポカンと開けて、呆気に取られているコウガであった。

「いや、もう凄すぎて何が何だか…」

いつもと変わらない表情をしているが、感心しているユキミチ。

「さすがカナエ殿。武術だけでなく芸事にも長けていらっしゃる」

クールな顔の中に驚きの表情を見せているソウマ。

「下手なプロより遥かに上手いな…」

明らかに目頭が熱くなっているアツミ。

「…誰かの演奏で感動するなんて始めてです」

どこか申し訳ない表情になっているリン。

「さっきはあんなこと言ってすまねぇ…」

カナエを憧れの目で見ているサキ。

「私も幼い頃より音楽を嗜んでおりましたが…桁違いです…」

何故かドヤ顔のマツリ。

「さすが姉さんです!相変わらず凄い!」

いつもの仏頂面であるが、しっかりとカナエを称えるカグラ。

「…素晴らしかったです」

一同の賛辞の言葉に、カナエは感動して泣きそうになっていた。

「みんな…ありがとう…!…ちょっと外に行ってくるわね」

カナエは竪琴を持ったまま、宿を後にした。













カナエは宿の前の、誰もいない砂浜までやって来て、波打ち際に腰を下ろした。

「(みんな優しいなぁ…私の腕じゃ笑われるのがせいぜいなのに…)」

カナエは手の甲で溢れてくる涙を拭った。













同じ頃、屋敷に戻ったバルバロス一行は、リビングにて食事をとっていた。
しかし、バルバロス以外のメンバーは酔い潰れてところ構わずイビキをかいていた。

「みっともない…。おい、ブーカ!」

ワイングラスを片手に、バルバロスはブーカを呼んだ。普段着から着替え、使用人の服装のブーカが入室してきた。

「お、お呼びでしょうか…」

「こいつらに毛布でもかけておけ」

「は、はい…」

ブーカに命じたバルバロスは、1人バルコニーに向かった。大きなパラソルと共に小さな丸いテーブルと、椅子が3脚設置されてあった。バルバロスは適当な椅子を引き、ワイングラスをテーブルの上に置いて座った。

「(ツマミでも持ってくればよかったな…)」

自分の行為に後悔しつつ、バルバロスはワイングラスの中のワインを飲んだ。
数分後、ブーカがベランダにやって来た。

「毛布…かけ終わりました…」

「そうか。ご苦労だったな。今日はお前も休め」

バルバロスは町の景色を眺めながら、ワインを一口飲んだ。
ブーカは言われた通り、帰ろうとしたが、どういうわけかそれを止めた。

「あ、あの…バルバロス様…」

「何だ?」

「少し…お、お話ししたいことが…」

「相談か?…まあいいだろう。座れ」

「はい…」

ブーカは空いている椅子に座った。

「…実は今朝、傷だらけで倒れていた、旅の方の1人を発見したんです…。見るからに無事じゃないのに、『心配ない』と仰ったんです…」

ブーカにしては珍しく早口で捲し立てた。

「それだけじゃないんです…。僕の怪我の方を心配してくれて…。なぜあんなことを言うのでしょうか…?」

「ふむ…」

バルバロスはワイングラスをテーブルの上に置いた。

「……よし、1つだけ言っておこう」

バルバロスはブーカの目をじっと見据えた。

「その言葉の意味が理解できたとき、お前は大きな成長を遂げる」

「えっ…?」

ブーカはバルバロスの言葉の意味がわからずに首をかしげた。

「今はわからなくてもいい。じきにわかる時が来る。俺はその日を楽しみに待っているぞ」

バルバロスはブーカの肩を叩いた。

「(こいつからこんなことを聞かれるとはな…)」

バルバロスはどこか、親心のようなものを感じていた。













コウガはカナエを探しに、砂浜までやって来ていた。

「(どこ行った…?)」

コウガは右手に光球を出現させ、灯りの代わりとした。

「(ん?あれは?)」

コウガは何かがヤシの木の根本に置かれているのを発見した。近づくと、カナエの服がキレイに畳まれて置かれていた。

「海かな?」

コウガは海の方に顔を向けた。潮が引いているのか、海岸が昼間よりも遠かった。
コウガは氷の翼を展開させ、海に向けて飛び立った。
すぐに、コウガはカナエの姿を発見した。満潮時には見えなかった、沖合いの岩に1人座っている様だった。
コウガは背後から静かに近づいていった。すると、微かに竪琴の音がコウガの耳に入ってきた。

「カナエちゃん?」

カナエはコウガの存在に気づいていなかった。
コウガはカナエがビキニタイプの水着姿であることを確認した。満月をバックに竪琴を演奏するカナエは、美しい人魚であった。

「(絵になるなぁ…本当…)」

コウガは灯りを消して、カナエの演奏に耳を傾けた。

「あら、お客さん?」

カナエはコウガに顔を向けずに話しかけた。

「ん?ここの人魚姫はお金を取るのかな?」

「ええ。結構ぼったくるわよ?」

「全く…すっかり人間かぶれしちゃったお姫様だこと…」

コウガは高度を落とし、水面すれすれに、寝転がるように浮遊した。

「もう夜遅いのに、1人で何してたの?」

カナエは演奏の手を止め、コウガの方を向いた。

「見てわかんない?竪琴弾いてたのよ」

カナエは体の向きを元に戻した。

「……そういえば、あんたにはまだ聞かせてなかったわね」

「何を?」

「私のフルート」

「フルート?……あれって武器に使ってたんじゃ…」

「え?いつの話?」

カナエは覚えていないようで、再び体をコウガの方に向けた。

「ほら、孤児院でリンちゃんが一方的にカナエちゃんに襲いかかって、俺が止めた時だよ」

「あー!あの時ね!」

カナエは思い出したようで、納得の行った表情になった。

「あれはやってみたらできたっていうか…。そもそも弾いてないしね」

カナエは笑みを浮かべた。

「だから、聞かせてあげる。特別に」

カナエはフルートを取り出し、美しい音色を奏で始めた。

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カナエのフルートの演奏は、世界をコウガとカナエの2人だけにする、とても幻想的なものであった。
それは灯台にてそれを眺めているサキにも邪魔できなかった。

「(どうしよう…見つけたはいいけど声をかけづらい…)」

距離にしては100メートル程である。
サキは灯台に寄りかかって、向こうから近づいてくるのを待つことにした。

「(待ってれば来るでしょう…)」













ブーカは『トゥルムス』に帰宅した。店は既に閉まっており、メロウは店内の掃除をしていた。

「…ただいま」

「あっ、お帰り~。遅かったわね。何か食べる?」

テーブルを台拭きで拭いていたメロウは急いでカウンターキッチンに向かった。

「…いらない…かな…。おすそわけしてもらったし…」

「あらそう?」

「うん。…疲れちゃったからもう寝るよ…」

「わかったわ。お休み」

「…お休みなさい…」

ブーカは2階に上がっていき、突き当たりにある部屋に入った。タンスやベッドが設置されており、狭い部屋ではあるが、ブーカ1人が寝起きするには十分な大きさであった。
ブーカはベッドに寝転がると、すぐに寝息をたて始めた。













その頃、バルバロス邸の玄関の扉をノックする人物がいた。少し暗い顔をしたリンであった。

「開いてるぞ!」

中からバルバロスの威勢のいい声が響いた。リンは扉を開けて中に入った。

「邪魔するぜ」

バルバロスが廊下の奥から現れた。いくらかラフな服装ではあるが、リンにとってはどう見てもパジャマには見えなかった。

「お前は確かリンと言ったな!何の用だ?!」

「…頼みてぇことがあって来た」

バルバロスはリンの表情を見て、真剣な話だということを察した。

「そうか。とにかく上がれ。ゆっくりとしたところで話そうや」

バルバロスはバルコニーにリンを案内した。

「本当なら酒の1杯や2杯飲ませたいんだけどな。まあいい、座ってくれ」

バルバロスに促されるまま、リンは椅子に腰かけた。テーブルを挟み、バルバロスも椅子に座った。
バルバロスが座るや否や、リンはいきなり本題に食い込んできた。

「サキをしばらくの間、べノンに置いてて欲しい」

「サキ?お前のところの、茶髪の女の子か?」

「ああ、そうだ」

バルバロスは腕を組み、渋い表情になった。

「…理由は?それ次第で話は無かったことになるぞ」

「あいつは、私たちと比べて戦闘経験が浅い上に、心臓に致命的な弱点を抱えてんだ。これから、敵の攻撃が激しくなるのは目に見えてる。それに耐え続けてファボスまで行けるかっつったら……正直、どんなに運が良くても無理だと思う。マツリやカグラの親父の、親友のあんたなら信頼できると思ってさ。旅が終わるまでサキを安全に保護してくれると思ってる」

「…お前はいいかもしれんが、それでサキは納得するのか?」

「それは…」

リンは俯いてしまった。
それを見たバルバロスはため息をついた。

「事情はわかった。だが、本人の同意が得られていない以上、勝手に事務的な手続きをするわけにもいかん。その様子だとまだサキにも言ってないんだろ?」

リンは何も答えなかった。バルバロスはその態度を肯定の意味として捉えた。

「明日、もう1度来い。もちろんサキを連れてな。本人から答えを聞く。今日はもう遅い。2人だけじゃなくて、全員と話し合え」

バルバロスはリンの肩を叩いた。

「…ああ。そのつもりだ」

バルバロスはリンを帰した。バルコニーから、遠ざかっていくリンの背中を眺めていた。

「(まあ、説得は無理だろうな…)」

バルバロスは心のどこかで感じていた。













リンが宿に到着した時、ロビーでユキミチと遭遇した。

「あれ、お前どこ行くんだ?」

「サキ殿がまだお帰りになっておりませんので、捜索に行くところでございます」

「サキが?」

「はい。コウガ殿とカナエ殿はお帰りになられたのですが、サキ殿とご一緒ではなかったので」

「そっか。じゃあ私も手伝うぜ」

「かたじけない」

リンとユキミチは手分けしてサキを探すことになった。
当のサキは、灯台に寄りかかったまま、転た寝をしていた。
サキの頭がカクンと落ちた。その拍子によって、サキは目を覚ました。

「……あれ…寝てた…?」

サキは大きく背伸びをした。続いてあくびを視ながら辺りを見渡した。もちろん、コウガとカナエの姿はどこにもなかった。

「…いない…。もう帰ったのかな…」

サキが宿に帰ろうと歩き出したその時、目の前から何かが飛んでくるのを発見した。

「なっ?!」

サキは灯台の陰に飛び込むように回避した。飛行物体は通りすぎていった。

「今のは一体…」

サキは両手に扇を持った。そして背中を灯台につけ、顔だけを陰から出し、様子をうかがった。砂浜へ通ずる道には誰もいなかった。
サキは視線を前に戻した。すると、サキの見知らぬ10歳くらいの男の子が少し離れて立っていた。

「(この子…いつの間に…!)」

サキはなぜか動けずにいた。
男の子はゆっくりとサキに近づいた。サキの体はまるで金縛りにあったようであった。
サキと男の子の距離が数十センチメートルまで縮まった。男の子はサキの胸にそっと手を当てた。

「やっと見つけた…」

男の子の懐かしむような口調から一変、男の子の、サキの胸に当てている手の指に力が入った。

「僕の心臓…!!」

サキは本能的に生命の危機を感じ取った。男の子を蹴り飛ばすと、一目散に逃げていった。しかし、その先には…

「止まりなさい」

漆黒の闇の中に溶け込むような黒いメイド服、ヤヨイが立ちはだかっていた。

「あなたは確か…学園長のメイド…」

「はい。この度はご主人様の命により、あなたを始末しに参りました」

「そんな…!」

サキはヤヨイの横をすり抜けて再び走り出した。ヤヨイはそれを自分では止めようとしなかった。

「エース!」

ヤヨイはサキの背中を指差した。先程の10歳くらいの男の子が突如として現れ、サキの背中に飛びかかった。エースに飛び乗られたサキは勢いよくスッ転んだ。

「なぜ学園は私を殺そうとするのですか?!」

サキはエースに押さえつけられたまま、ヤヨイを睨み付けた。

「あなたは、実技棟の地下にある施設をご存じですか?」

「数年前に1度迷い混んだことはありますけど…それとこれとは何か関係があるのですか!」

「はい。それが理由でございます」

ヤヨイは自分の背丈ほどはある大鎌を取り出した。そして、その刃先をサキの首もとに突きつけた。

「学園の秘密を知ったからあなたには、消えていただきます」

ヤヨイは大鎌をサキの首めがけて振り下ろそうとしたその時、光の矢が飛んできて、ヤヨイの背中に命中した。
ヤヨイは数メートル吹き飛ばされた。

「いたた…。誰ですか?!」

「その言葉、そっくりそのままお返し致します」

そこにはユキミチが駆けつけていた。

「ユキミチさん!」

サキの表情に希望の色が戻った。
ユキミチは再び右手から光の矢を放ち、エースを弾き飛ばした。そして、すぐさまサキの前に仁王立ちした。

「サキ殿、ご無事でございますか?」

「はい、何とか」

ユキミチは厳しい口調で、ヤヨイたちに言い放った。

「誰であろうと、我々の仲間に危害を加えるのは止めていただきたい!」

ヤヨイは2、3言エースに小声で指示すると、2人で襲いかかってきた。

「サキ殿、そなたは下がっていて下され」

「そんなのダメです!私が撒いた種です!私は戦います!」

「しかし…」

ユキミチの言葉を遮るように、ヤヨイは大鎌を振り下ろした。ユキミチは柄の部分を裏拳で弾いた。その流れで、ヤヨイの脇腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。

「わかりました。決してご無理はなられないようにしてくだされ」

「はい!」

サキのもとにナイフが飛んできた。サキは扇で風を起こし、ナイフを吹き飛ばした。

「お姉ちゃん、僕の心臓を返してよ」

エースは常人とは思えぬスピードでサキに近づき、サキもろとも砂浜の方へ跳んでいった。
ヤヨイは大鎌で空を切った。かまいたちが発生し、ユキミチに向けて飛んでいった。ユキミチは目の前に円柱状のバリアを発生させて攻撃を弾き飛ばした。
その後もかまいたちは次々と飛んできたが、バリアは破れることなくユキミチを守った。
ユキミチは呪文を唱え、左手を地面についた。地面から光の波動がまるで間欠泉の様に次々と発生し、ヤヨイを襲った。
ヤヨイは大鎌を横に振り抜いた。今度はかまいたちではなく、空間の裂け目の様なものが発生した。光の波動はすべてそこに飲み込まれていった。

「今のは…!」

さすがのユキミチも驚きを隠せていなかった。

「ただ空間に切れ目を入れている訳ではございません」

「何?!」

ユキミチは背後から何かが迫ってくるのを感じ取った。ユキミチは咄嗟に跳び退いた。それは先程ユキミチが放った攻撃のそれであった。
ヤヨイはユキミチを見下したかのように、大鎌を肩に担いだ。

「別の空間と繋いでおります。なので…」

ヤヨイは大鎌を振り抜いた。再び空間の裂け目ができ、そこから勢いよく溶岩が噴出してきた。

「このような手品も可能となります」

ユキミチは空中に跳び上がり、ヤヨイを跳び越えた。

「(距離をとられたら圧倒的に不利だ…!)」

ユキミチは着地すると同時に、ヤヨイに向かって駆けていった。
ヤヨイはまた空間の裂け目を作ろうとした。

「させん!」

ユキミチは走りながら光の矢を放った。光の矢は大鎌の刃の部分に辺り、ヤヨイを怯ませることに成功した。
すかさす、ユキミチはヤヨイに向けて、雷のエネルギーを纏った跳び蹴りを放った。ヤヨイは体を屈めて回避した。
ユキミチが着地すると、ヤヨイはユキミチの足をめがけて大鎌を振り抜いた。ユキミチはジャンプで回避した。
ユキミチは滞空したまま、体の捻りを加えて、3連続で回し蹴りを繰り出した。ヤヨイは大鎌でそれらをさばいた。

「(なんて強い従者だ…!)」

ユキミチは心のどこかで焦りを感じていた。

「(焦っている…計画通りね…)」

ヤヨイは心の中でほくそ笑んだ。













比較的戦闘力が拮抗しているユキミチに比べて、サキとエースの戦闘力の差は桁違いな物であった。
防戦一方のサキは、体のあちこちに傷を負っていた。対するエースは傷1つなく、はしゃぐようにサキを翻弄していた。

「ねえサキお姉ちゃん、早く僕に心臓を返してよ」

エースは突然不機嫌そうな表情になり、頬を膨らませた。

「心臓…。やはりあなたはあの時のドナー子…」

フラフラになりながらも、今だ戦闘体勢を崩そうとはしないサキは何かを思い出したようであった。

「暗がりな上に成長してたから、一瞬わからなかったわ…」

エースの体は、サキの心臓の手術のために死んだ男の子の物であった。

「君が生きているのは僕の心臓を借りてるからだよ?僕のお姉ちゃんが言ってたんだ。『借りたのものはいつか返さなくちゃいけない』って。だから早く返して?」

「そんな…簡単に貸し借りがきくようなものじゃ…!」

「…そんなに僕の心臓が大事なの?」

エースの一言で、サキは場の空気が凍りついたように感じた。
サキが何も返せずにいると、エースはさらに畳み掛けた。

「君は何で生きたかったの?君の生きる目的って何?目の前で殺された僕が君の目の前にいてどんな気分?せっかく生かされたっていうのに何で薬物に手を染めたの?」

「…止めて…」

サキは砂浜に膝をつき、両手で耳を塞いだ。

「学生会長で、成績トップだったのに今は見る影もないね。お父さんとも絶縁状態なんだってね。きっと君に絶望したんだよ。君に可能性を感じなくなったから縁を切ったんだよ」

「止めて…!」

サキの目には涙が浮かんでおり、力なく首を横に振った。

「事実でしょ?全部君がやったこと。僕の犠牲で君が生きているのも、悪夢から逃れるために薬やったのも、それがバレて学園から逃げたのも、全部、ぜーんぶ本当のことなんでしょ?何でそんなことしたの?これなら、君はあの時そのまま死んだ方がよかったね」

「止めてっ!!」

サキは俯いたまま叫んだ。両手の扇がするりと抜け落ちた。

「もう何も言わないで…」

サキの精神はエースの『口撃』によってズタズタになっていた。しかし、エースは『口撃』の手を緩めることはなかった。

「まだ逃げるの?自分がやったことから逃げ続けて…何が楽しいの?君みたいな人間のゴミクズは生きてる価値なんてないよ。さっさと死んじゃってよ」

「…ゴミ……私が……そんな……」

サキの精神はエースの手によって完全に壊された。
その光景はヤヨイの大鎌の刃を錫杖で受け止めているユキミチの目にも写った。

「サキ殿!そのような戯れ言に惑わされてはなりませぬぞ!」

ユキミチの叫びも、サキの耳には届いてなかった。

「(まずい…このままでは…!)」

その時、砂浜を走る一筋の炎の矢がエースを弾き飛ばした。それは紅蓮状態を発動させたリンだった。

「てめぇ…サキに何をした…!!」

「君誰?邪魔しないでほしかったなー」

「質問に答えろ…!!」

リンの後ろで、サキは自分の肩を抱いて小刻みに震えていた。

「僕はなにもしてないよ。ただ本当のことを包み隠さず言っただけ」

「それだけでサキがこんな状態になるわけねぇだろ!!」

リンは鬼の形相でエースを睨み付けた。

「ぜってぇ許さねぇ…!!覚悟しやがれ…!!」

リンは怒りに身を任せて、炎を帯びた大剣でエースに斬りかかった。
それを確認したヤヨイはユキミチの腹を蹴り、一瞬の隙を作った。

「エース、もうよいでしょう」

「はーい」

エースはリンの攻撃をするりと交わし、すれ違い様にリンの背中を後ろに蹴り飛ばした。
ヤヨイは後ろに跳び退いた。エースもすぐにヤヨイの側に到着した。

「我々の目的は無闇に戦うことではございません。ターゲットを速やかに撃破することでございます」

ヤヨイは後ろを向き、大鎌を振り抜いた。すると、空間の裂け目がそこに発生した。
それを見たリンは2人に向けて叫んだ。

「てめぇら逃げる気か!!」

「逃げる?これだから低俗な人間は」

「んだとゴルァ?!!」

「戦略的撤退でございます。少なくともあなたが加わったことで戦況は大きく変わった。それに、あの状態になったターゲットを始末することなど容易いことでございます。では」

2人は空間の裂け目に体を潜らせていった。空間の裂け目はゆっくりと閉じた。

───────────────────

朝。日が昇る前。

「……な?…だから元気出せって」

「……」

リンは一睡もせずにサキに寄り添っていた。当のサキは部屋の隅で体育座りをして、ずっと俯いているだけであった。

「(…ダメだな…何言われたか知らねぇが、こりゃ相当ダメージがデカそうだ…)」

同じ部屋で、ユキミチが2人の様子を見ていた。一応、他のメンバーとは別室ではある。

「(やはり…あのときサキ殿を返すべきだったか…)」

ユキミチは激しい後悔の念にかられていた。そのせいで、リンの呼び掛けに中々気づかなかった。

「ユキミチ、ユキミチ!」

「ん?お、おお。リン殿、いかがなさりました?」

「……悔やんでんのか?」

ユキミチは何も答えなかった。

「…私はお前を責めるつもりはない。憎むべきはアイツらの方だからな。誰にだって間違いはあるんだから。だから…」

リンがさらに言葉を続けようとしたとき、ユキミチは壁を拳で殴った。

「ユ、ユキミチ?」

「……軽々しくそのような言葉を言わないでいただきたい…!」

ユキミチが珍しく感情を表に出している光景を見て、リンは言葉を失った。

「…失礼」

ユキミチは手を下ろした。

「これだけは頭の中に叩き込んでおいて下され。取り返しのつかない過ちだってこの世にはごまんと存在する…と…。リン殿には申し訳ありませんが、この落とし前は私がつけさせていただきます。誰が何と言おうと」

「待てよ。サキは私が守るって言ったんだ。けりは私がつける」

「いくらリン殿でも、こればかりは譲ることができませぬ。ご理解下され」

ユキミチは部屋を後にした。
そのまま、外まで飛び出してきていた。

「(いや…私のせいだ…。私がもっと強ければサキ殿はああならずに済んだはすだ…!)」

ユキミチは自責の念にかられながら、日課のランニングに出かけた。













3席の巨大船は海原を航海していた。先頭の船の甲板にサリーが出てきた。

「(まずい…)」

サリーの顔色はあまりよくはなかった。その理由は…

「(完全に酔った…)」

サリーは落下防止用の柵に捕まり、胃の中の物を海中にぶちまけた。

「(到着予定日まで後1日…このままじゃ体がもたないわ…)」

出すだけ出したサリーの顔色は若干ではあるが良くなっていた。

「(仕方ない…私だけでも先に行くか…)」

サリーは船内に戻っていった。
船内の部屋のベッドで、リグルはまだ寝息をたてていた。

「リグル、起きなさい」

リグルはサリーの殺気のこもった声に、体が反応した。目を覚ますと、すぐに上体を起こした。

「…何だよ…」

リグルは窓から外の景色を見た。

「まだ外暗いぞ…。何で起こすんだよ…」

「今からあんたにこの船の指揮を任せるわ」

「はっ?朝っぱらから何言ってんだ?」

「一足先に潜入してるから。じゃあね」

サリーは一方的に言うと、扉を閉めた。
サリーの顔色から、リグルは大体の理由が予想できた。

「(これ以上の揺れに耐えれなくなったんだな…全然揺れてないけど…)」

今航海している海域は白波がほとんど立っていない、凪の状態であった。













サリーが自身を転送させてきたのは、ベノンの灯台のふもとであった。

「(さてと、どこに身を隠しておきましょうかね…)」

サリーは陸地に向かって歩き始めた。岬と道路の交差点にまで来ると、サリーはあることに気づいた。

「(あら?ここの盛り上がり…変ね…)」

サリーは地面の不思議な盛り上がりに気づいた。サリーはそれを緑色の右手で触った。

「熱っ!」

サリーはすぐに手を引っ込めた。そして、すぐに考察を始めた。

「この熱気は…いくらあの魔法使いでもここまでの熱は発生させられないはず…。まさか…」

サリーはその犯人がすぐに見当ついた。緑の霧を発生させ、目的地に向けて転送していった。













シルキスエルダ学園、実技棟地下室。
エースは姿をくらましていたが、ヤヨイは気にしていなかった。

「さて、ご主人様へ報告に行かねば…」

ヤヨイは実技室に出てきた。すると目の前に突然緑の霧が発生した。

「この霧は…!」

霧が消えると、中からサリーが姿を現した。

「サリー…!」

「久しぶりね。少しやつれたんじゃない?」

サリーは冗談を言っているが、2人の間に流れている空気は、かなり緊迫したものであった。

「お陰さまで。それより何の用事?忙しいんだけど。用がないなら今すぐそこを退きなさい」

「用があるから来たんでしょう?バかじゃないの?」

2人は睨み合った。雰囲気は一触即発そのものであった。

「で、用事というのは?」

「あんた、ベノンに行ったわね?しかもそこで誰かと交戦した形跡がある。さっき溶岩が冷え固まってできたであろう、道路の凸凹があったわ。そんな芸当、あんたにしか無理よ」

「あんたに何の関係があるの?私は私の目的を果たすだけ」

「名前も知らない小粒の飼い犬になって?」

「腰巾着に言われたくないわね」

売り言葉に買い言葉とはまさにこの事である。
その光景を倉庫のドアの影から覗いている人物がいた。

「(やれやれ…。気になってついてきたはいいけど…まさかケンカしに行ったとはね…)」

呆れ顔のリグルであった。リグルは2人の争いに興味はないらしい。

「(あーあ…。さっさと船に戻るか)」

リグルが身を翻したそのとき、目の前にはエースがきょとんとした様子で立っていた。

「お兄ちゃん、誰?」

「俺?そうだな…通りすがりの魔法使いってところか?まあ、長居するつもりはないから、安心しろよ」

「遊んでくれないの?」

エースは首をかしげた。リグルはため息をついて、エースに語りかけた。

「こう見えても俺は忙しいんだ。悪いが他を当たってくれ」

「ふーん」

エースは実技室に出ていこうとした。それをリグルは手で制した。

「おっと、止めとくんだ」

「何で?お姉ちゃんに会いに行くだけだよ?」

「お姉ちゃん?」

リグルは顔を覗かせて、ヤヨイの姿を確認した。

「あのメイド服の女?」

「あれメイド服っていうの?知らなかったなー」

リグルはヤヨイとエースの顔を見比べた。そして、違和感を覚えた。

「(全然似てないな…姉と…。本当に血の繋がった姉弟か?)」

リグルはこれ以上この話題に突っ込むのを止めにした。強引にヤヨイのもとに行こうとするエースを力業で止めた。

「もー!離してよ!」

「だから止めとけって。お前の姉の側にいる女いるだろ。性格の悪さで言ったら世界一だ。この2人がケンカしたら確実に巻き込まれる。安全なとこまで離れた方がいいと思うぞ?」

「じゃあお兄ちゃん遊んで!」

「遊んでってお前なぁ…。ガキの相手は苦手なんだよ…」

リグルは戻るに戻れなくなっていた。船の指揮は自分の従者に任せているものの、不安が残っていた。

「(しゃーない…。少し付き合ってやるか…。そうすりゃ気も晴れるだろ…)」

根負けしたリグルは、エースの肩に手を置いた。

「で、何するんだ?」

「えっとねー、僕が大好きなこと!」

「だから、それは何だ?」

エースは笑顔でナイフを取り出した。

「…何のつもりだ?」

「わかんないの?もー、僕が教えてあげる」

エースはナイフを突き出した。リグルは軽い身のこなしで、転がって回避した。

「そんな危険な遊び?誰に教わったんだ?」

「んー、わかんない!」

エースはナイフを投げつけてきた。リグルは風のバリアでそれらを撃ち落とした。

「(マジかよ…!こんなガキが殺しに来るだと…!…とにかく広いところに誘導しなければ…!)」

リグルは窓を突き破って外に出た。エースもそれに続いた。













実技室では睨み合いが続いていた。俗に言うガンの飛ばし合いである。
それと同時に、先に手を出した方が負け…そのような空気も流れていた。
その時…

「こんなところにいたのですね、ヤヨイさん」

少々イラついている様子のリアが実技室に入ってきた。

「申し訳ございません、ご主人様」

ヤヨイはサリーを突き飛ばし、近づいてくるリアに向けて頭を下げた。

「毎朝の紅茶、これでも楽しみにしているんですよ?」

「恐縮でございます」

ヤヨイの目の前まで到着したリアは足を止めた。

「で…」

リアは尻餅をついているサリーに視線を向けた。

「そちらの方は?」

「はい、ご主人様を蔑むような発言をした女でございます」

「なるほど…」

リアはサリーに近づき、厳しい口調で言った。

「人の悪口を言うのは勝手ですが、我々に危害を加えるような真似は絶対にしないでください」

「……どいつもこいつも…!」

サリーの異変にいち早く気づいたヤヨイは、リアを庇うように間に入り、大鎌を取り出した。
サリーは怪物の右腕を突き出した。ヤヨイはそれを柄で受け止めた。

「その腕…そういうことね。センスの欠片も感じられない義手だこと。まるで持ち主の性格を表してるかのようだわ」

「あんたの感受性じゃ私のセンスはわかんないのよ」

サリーは右腕を無数の緑の羽に分解させた。ヤヨイとリアはそれを動揺することなく見ていた。
サリーは至近距離でその羽を一斉に放ち、マドネスケミストニードルを繰り出した。
ところが、羽が全て放たれた後も、ヤヨイとリアは無傷で立っていた。

「…甘いわ」

ヤヨイの前には小さな空間の裂け目があった。

「…いつの間にそこまで上達したの」

アンバランスとなったサリーは冷静だった。

「そうね、大体1年前かしら?小さいものなら鎌を用いる必要がなくなったのよ」

ヤヨイはサリーの腹を蹴り飛ばした。サリーは数メートル後退した。

「そして、こんな芸当もできるようになった」

ヤヨイは大鎌を振り抜いた。すると大量の空間の裂け目が出現し、上下左右、全ての方向からサリーを取り囲んだ。

「2度とその面を私に見せないでちょうだい」

ヤヨイはパチンと指を鳴らした。空間の裂け目から流水が、溶かされた鉄が、瓦礫が、土石流が、暴風が次々と襲いかかった。それらはサリーを襲撃すると、別の裂け目に吸い込まれていった。しかし、また別の裂け目から噴出し、執拗にサリーを攻撃し続けた(ヤヨイのこの技をディメンションゲート呼ぶ)

「…その程度?」

なんと、サリーは攻撃を抜け出し、空中に跳躍した。しかし、服はボロボロになり、全身に傷を負っていた。

「私も甘く見られたものね」

緑の羽が集まり、サリーの右腕が再生された。
その時、リアはヤヨイに耳打ちをした。ヤヨイはすぐに実行に移した。
ヤヨイはサリーの目の前に空間の裂け目を出現させた。空中でまともな移動ができないサリーはそのままどこかへ転送されていった。

「ご命令通りに致しました」

ヤヨイは大鎌を収め、リアに向かってお辞儀をした。

「ありがとう。互いに顔見知りみたいでしたけど、どのような関係ですか?」

「私がまだご主人様にお仕えする前、ペアを組んで研究をしておりました」

「…その割にはかなり仲がよくありませんね。何か理由でもあるんですか?」

「それは…」

ヤヨイは口ごもった。それを見たリアは悪いことを聞いてしまったと思った。

「あ、失礼なことを聞いてしまったようですね…」

「いえ…。…お話し致します。遅かれ早かれお伝えするつもりでしたので」













一方外では、リグルはエースの遊び(一方的なリンチ)に付き合っていた。

「ちょ、ちょっと待て…」

流石のリグルもエースの動きにはついていけていないようだった。肩で息をしている。

「えー?もう終わりなのー?」

「俺は十分だ…」

エースは疲れを全く見せていなかった。

「ちぇっ。つまんないのー」

「じゃあ、俺は帰るからな」

「帰るの?もっと遊んでよー」

「お前の姉ちゃんにでも遊んでもらえよ」

リグルは足元に魔方陣を出現させた。

「じゃあな」

「バイバーイ!また遊んでねー!」

リグルは自身を巨大船の甲板に転送させた。

「なんかなつかれちまったな…。まあいいや…」

リグルは船内に入っていった。













サリーが無理矢理転送させられた先は、見覚えのある巨大な樹の根本だった。しかし、へし折られた上部はまだ、再生しきれていなかった。

「ここは…あの時の…」

この樹の地下には、ソウマの故郷、クリプスの村がある。

「(よりによって何でこんな場所に…!)」

サリーは怪物と化した自分の右腕で樹を殴った。サリーの怒りはヤヨイではなく、ヤヨイに負けた自分に向けられていた。

「あのクソ女…今度会ったら絶対に殺してやる…!」

サリーは緑の霧を発生させ、自身を転送させていった。













サリーとヤヨイはかつて、研究ペアであった。
しかし、とあるテーマで研究をする際、2人の仲は決裂した。そのテーマは『体細胞の突然変異による、肉体構造の変化』。
このテーマを強く推したのはサリーであった。これが後の人類神格化導薬(HDD)の開発に繋がる。
しかし、ヤヨイはこれを拒んだ。拒んだだけではなく、サリーの周りの人間にあることないことを吹きかけ、サリーを学界から追放させた。
それを恨んだサリーは独自に研究を続け、グランゼールに拾われた。ヤヨイの方も、危険な研究テーマから学界を追放され、リアに拾われた。













「…というのが、私とあの女の関係になります」

学長室に戻ったリアは、ヤヨイの淹れた紅茶を飲みながら話を聞いていた。

「…あなたも大変でしたね…。あの態度から察するに、かなり我慢をされていたのでしょう」

「昔は横暴だったのですが…今も変わらず、いや、かなりひどくなっておりました」

「……ヤヨイさん」

「はい、何でございましょう?」

リアは紅茶の入ったカップをデスクの上に置き、ヤヨイに近づいた。

「今日1日、ゆっくり休みなさい」

「えっ?なぜでございますか?」

ヤヨイは訳がわからず、困惑していた。

「そのような心境では業務に支障が出るはずです。それに、ここのとこ働きづめでしょう。このままだとあなたの体が持ちません」

「しかし…」

「…命令にしましょう。休暇命令です」

「…承知致しました」

リアは去っていくヤヨイの背中に話しかけた。

「休養も立派な仕事ですよ?ヤヨイさん」

「はい。失礼致します」

ヤヨイは深々と頭を下げ、学長室を後にした。













朝の7時過ぎ。
ランニング中のユキミチは『トゥルムス』の前を通りかかった。玄関の前では、ブーカが落ち葉などを箒で掃いていた。

「…あっ、ユキミチさん…。おはようございます…」

ユキミチに気づいたブーカは、軽くお辞儀をした。

「おお、ブーカ殿。おはようございます」

ユキミチはランニングを止め、ブーカに近づいていった。

「お掃除でございますか?」

「…はい…。ここを通ってお店に来てくれるから…キレイにしておきたくて…」

「素晴らしい心がけでございます」

ユキミチは黙りこんでしまった。ブーカは微かな違和感を覚えた。

「…どうかしましたか…?」

「あっ、いえ、何も。邪魔をして申し訳ございません。では」

ユキミチはランニングを再開し、その場から走り去った。

「(……昨日と様子が違った様な……)」

ブーカも掃除を再開した。













夜。
日中、サキは一切の食事を受け付けず、また、リンたちの話にも応答しなかった。
サキが籠っている部屋に、コウガが入室してきた。手にした皿の上にはおにぎりが3つ乗せられていた

「やあ、サキちゃん」

サキは視線だけを一瞬コウガに向けて、すぐに戻した。

「冷たいなぁ。ほら、ご飯だよ」

コウガはサキの目の前に座り皿を置いた。

「コウガ特製、愛情たっぷりおにぎり!…なんてね。ほら、一緒に食べようよ」

サキは何も答えなかった。

「要らないなら俺が食べるよ?」

コウガはおにぎりの1つを掴み取った。

「いっただっきまーす!」

コウガは大きく一口食べた。

「うん!さっすが俺!たかがおにぎりでもここまで美味しく作れるなんて!」

コウガは口ではそう言いながらも、視線はサキから離してはいなかった。

「…あっ、なるほど。食べさせてほしいのか!」

コウガは空いている手でおにぎりを掴んだ。

「はい、あーん!」

コウガはサキにおにぎりを食べさせようとした。しかし、サキは口を固くつぐんで受け付けようとしなかった。

「…いつまでそうしてるつもり?」

コウガはおにぎりを皿に置いた。

「前に言ったよね。生きる道を探したいって。見つかった?」

サキは答えなかった。

「ドナーの男の子に恥じない生き方をしたいって言ったよね?」

サキはコウガを無視した。なおもコウガは優しく語りかけた。

「…俺は、あのエースとかいう男の子は、ドナーの子の化身だと思ってる。きっと見に来たんだよ。サキちゃんが今どうなってるのかなって」

サキはピクリと体を動かした。目だけをコウガの方に向けた。

「サキちゃんはまだ男の子の満足のいく生き方をしてないんだよ。だからこうしてサキちゃんの前に現れた。違う?」

サキは目を反らした。コウガはそれを肯定の意味として捉えた。

「だから、そんなことしてる場合じゃないでしょ?」

やはりサキは答えなかった。

「サキちゃん!」

コウガはサキの肩を揺すった。サキは何の反応も示さなかった。
コウガが引き換えそうかと思ったその時、部屋のドアがノックされた。

「…どうぞ」

コウガが返事をすると、ドアが開かれた。そこから入ってきたのはブーカであった。

「君は確か…町長の屋敷にいた…」

ブーカはコウガに軽く頭を下げると、サキに近づいていった。

「…サキ…ちゃん…?」

「…ブーカ…君…?」

この日始めて、サキは声を発した。しかし、それは今にも消えてなくなりそうな、弱々しいものであった。

「(ここは2人にしてあげよう…)」

コウガは黙って部屋を後にした。