毒…。

自分の親が毒。
毒親に悩まされて生きてる方はたくさんいるのでしょうね。

自分が生んだ幼子を虐待したり死に追いやったりする親に比べたら…とずっと思ってましたし、今も思ってます。

生きてるだけで有難い
だから私の愚痴なんて、そういう子達にしたら生温すぎるでしょうね…。

でも吐かずにはいられない…。  すいません…

毒は当時次女の結婚に反対、最近では次女の息子の大学受験に対する態度に文句ばかりでした。

私から次女に言ってくれと何度も言われましたが次女が結婚時、毒の言う通り動き私は痛い目に合いました。毒はそんな事は知らないとばかりに私を責め、次女夫妻と普通にお付き合い…。

なので毒が私に言ってほしかった甥っ子の事は次女には絶対言いませんでした。次女の息子です。アドバイスは出来ても非難など出来るわけありません。
そうやって二度と手は貸さないと決めていたのに…

やっと本題にはいれそうですが、毒は再婚相手と離婚したいと約一年前、突然我が家にやって来ました。

しばらく我が家で冷静になる事は構いませんでしたが離婚には反対しました。
こればかりは三姉妹で反対しました。
もう毒も65才です。

よく考えてほしいと三姉妹で説得していたら「誰も私の気持ちを分かってくれない」、「あんた、妹を味方につけて汚いな」とまで言われ…。

その時息子は院試を控えた受験生…。
二階で勉強している息子に毒のヒステリックな大声は丸聞こえです…。

それも度々…。
息子は何も言いませんでしたが、私は憤りながらも毒が冷静になる様つとめました。

ですがある日離婚に反対する私達に我慢ならなくなったのか「私に仕返ししてるのね!」と意味の分からない罵声を浴びせ、止めても聞く耳もたずでその後も怒鳴りながら我が家から出ていきました。

まだタカ坊がいた頃です…。
年老いて、しかも目の見えないタカ坊はただでさえいきなり知らない我が家に来て必死でした。

そんなタカ坊の事さえ考えず感情で家出…。

その頃はまだ夜は少し寒く、夜は毒の近くに置いたこたつで寝ていたタカ坊でしたが、毒が家出をした日は私がタカ坊と一緒に下で寝ようと布団を敷くとタカ坊は何かを察知したのか、その日はこたつではなく、毒を待っているかの様に布団で横になっているタカ坊の姿がありました…。


この姿が忘れられません。
未だにこれを見ると泣けてしまいます…。
毒に置いていかれたのではと不安だったのでしょう…。
このタカ坊の姿は本当に辛すぎました…。

冷たいかもしれませんが、娘達の心配をないがしろにする毒はどうでも良かったと言えば良かったのです…。ただ、タカ坊の為に私は全力で毒に帰ってきてもらう様説得しました。

タカ坊…。