明日は気晴らしに友達とお出かけしようかなと思ってます照れ

そして息子は何だか五月病発症したらしく、心配になりラインを送ったら息子も気晴らしに東京にいる友達とご飯を食べに行ってる最中だと聞き、息子なりに気晴らしをしてくれてるのならしばらくは見守ろうかなと思ってます。

知らない土地ですからね…
ホームシックかなえー いいよ、戻っておいで…

そしてまだ続く愚痴…

毒母3?で書いた、毒が父に対し不倫相手に慰謝料請求はしないでくれと土下座した話…。

どうでもよかった話だったのですが、文字に起こすと何だか気になり始め、調べてみました…。

私の記憶では家族で暮らしていた家を出た際、両親の離婚は成立してるのだとずっと思ってました。
そんな風な感じで毒からも聞かされてましたし…。

ですが調べてみたら違ったみたいです…。
両親は別居中だった様です…。それを知り、開いた口が塞がりませんでした…。

毒はその不倫相手とはまだ父と婚姻中からお付き合いをし、父と別れたかった…?
その不倫相手の他にも男性がいた様な…
それは不確かではありますが、不倫相手とデート三昧の時はまだ別居中だった事は確かでした…。

自分の不都合な事は絶対に話さない毒…。
自分を正当化し、父の文句ばかりを子供に聞かす毒…。

父も祖母も一度足りとも毒の文句を私達に聞かせてきた事などありませんでした。

だから昔はだらしのなかった父ですが、どんなに毒から父の文句を聞かされ様が私は父を嫌いになどなれませんでしたし、逆に文句ばかり子供に吹き込む毒が本当に嫌いでした。

どんな事が夫婦の間であろうが私にとっては父です。

話は飛んでしまいましたが、私は毒のそんな話に洗脳される事なく、恨みから抵抗ばかりし、毒とは喧嘩ばかり…。

もう本当に嫌で、家に帰らず友達の家を渡り歩く日々をしばらく過ごしていました。

ですが本当は勉強がしたかった…。
悪い友達と遊んでいても何の充実感もありませんでした。

毒など無視して自分をしっかりもち、夢に向かい勉強をしていれば良かった…。
私みたいな境遇の方はたくさんいらっしゃるでしょうし、親に頼らず頑張っている人なんてたくさんいます。

私にはその根性がなかったんだと自分が情けなく思う時期がありました…。
本当に根性なしです…。

勉強したいけど、家には帰りたくない。
悪い友達と遊ぶだけで、虚しい毎日が過ぎていく…。

そんな毎日を送っていたら、自暴自棄になったのか気づけば私は鬱病にかかってしまっていました。

弱い私です…

その頃の私はわけもわからずただ死にたい…。
遺書も何度書いたか分かりません。
自分を痛めつけ、自殺行為も何度となくあったそうです。

鬱病になり、家に帰った私はそんな行為ばかり繰り返していたらしいです。
なので我が家から刃物という刃物が消えました。

まだ10代でしたが精神年齢が幼児に戻っていたらしく、毒に思い切り甘えていた様です。

鬱病が治るのに1年くらいかかった記憶があります。

それからの私は仕事をし、少しずつ社会復帰をしていきました。

鬱病が治れば元の私です。
毒との争いはまた再び始まりました。

その時毒から「鬱病の時は甘えてきて可愛かったのに」と言われ、愕然とした事を覚えています。

いい年した娘が幼児に戻っている姿など見て嬉しいでしょうか…?

自殺行為などで毒や妹には迷惑をかけました…
ですが生きていて良かったと思えました!
こんな毒のために死ぬなんてあり得ません。

必死で生きて見返してやると心に誓いました。

ちょっと暗すぎる話ですね…
ダークです

昔を思い出すのは30代辺りまでは嫌で仕方なく、過去のアルバムさえ見れませんでしたが、今はそんな過去があるから今の自分がいるのだと思える様になり、そして一番大きかったのはやはり髄膜腫になった事でした。

今現在こうして平凡に暮らせている事に、新たな命を授かったと思える様になりました。

生きていれば色々ありますが、生きているって、健康って有難いと心の底から思える事が出来ました。

でもまだ愚痴は続くのですが…

書くだけでもスッキリしますね。